三章 1
前日の夕食時に、それぞれの簡単な紹介を、リュールング共和国と交わしている。その際に、翌朝、リュールングが抱える軍隊との訓練を申し出ていた。
朝食の場でそれを再度確認し、今、ベアトリスたちの目の前に数十人の軍人が整列している。
場所は、いつも軍人たちが訓練をしているという、地面がむき出しの広いところだ。フロース王国でいう、城と街の間にある場所に近い。だが、こちらは城内にある分、そもそもの敷地が広大なのだろう。
「エリカ騎士より多いですね」
槍をギュッと握り締めながら、興奮したようにテレシアが呟く。ヴェラは緊張した様子で、メルルはなぜか楽しそうに、軍人たちを眺めている。ウルスラに至っては、徹底的に不敵な笑みを彼らに向けていた。
「楽しみですねー」
口もきけないほど、しっかりと叩きのめすことが。
はっきりとそう続けなかったのは、ウルスラの温情なのか。はたまた、ただの気まぐれなのか。
それぞれに楽しみにしていることを確かめ、ベアトリスは軍人たちを見る。
黒い詰め襟に黒いズボンという服装は全員そろいで、肩のところに違う目印がつけられていた。それが同じ者がいることから、階級を示しているのだろう。一番前に立つ、ひときわ豪華な目印をつけた者が、団長と同等の扱いをされる者と推測できた。
彼らが所持する武器は、主に剣と槍だ。槍は穂先が菱形に近い、滅多に見かけない形だった。剣は、腰に下げている者もいれば、手に持っている者もいる。
「何だか変わった槍ねぇ……あれで、私に対抗できるの?」
テレシアがボソリと感想をこぼす。
彼女の槍は、尖った穂先と、根元に広がる左右の突起が特徴だ。コーデルの使うそれと、よく似た形状でもある。
「そもそも、テレシアに勝てるのかなぁ?」
本人は声を抑えたつもりだろうが、メルルは元々声が大きめだ。リュールング側にしっかりと聞こえたようで、一部がグッと眉を寄せて渋面になった。
「というか、テレシアに勝てないのでしたら、私や団長に勝つことはできませんよねー」
あえて普通の声量で、ウルスラが冷ややかに言い放つ。
「……ああ、そうだね。今回来ているエリカの中なら、私が一番弱いことになるのか」
「そうなんですか? テレシアさんだって、十分強いじゃないですか」
「……アマリリスの団長の防御を破壊する団長と、一人で複数を相手にしても平気なウルスラとじゃ、さすがに無理無理。だいたい、団長に本気出されたら、私が近づく前に沈められるじゃない? それに、戦闘時におけるメルルはかなり強いし、ヴェラだって援護だけなら相当でしょ?」
わざとらしいほど褒め称えるテレシアに、ベアトリスは首を傾げる。
ヴェラの補助が素晴らしいことは、身をもって知っている。しかし、メルルは、魔法を使うところをほとんど見たことがない。ただ、補助タイプであることはわかっている。これまでは本人の希望で、屋外の警護を基本的に担当していた。
「そういえば、メルルさんの得意な魔法は何ですか?」
「んふふー、団長、見ます?」
やけに弾んだ声で浮かれているメルルへ、頷きで答える。
見た目は、ビビアンと変わらない年齢に見えるメルルだが、実際には今度二十歳になる。その上、そのことを指摘すると激怒するのだ。
「サージ様がいるから、今回は安心してバンバン使えるんですよ!」
「……今回はメルルがいるからって、俺が参加させられたんだよなぁ……」
がっくりと肩を落とすサージがいる。どうやら、サージはメルルと対極にある魔法の使い手らしい。だが、それぞれがどんなものなのか、さっぱり予想もつかなかった。
「百聞は一見にしかず、って言うじゃないですか。だから、お見せしますね」
ずい、とメルルが前に出る。バッと右手を挙げて、ヒラヒラと振って見せた。
「私は魔法使いです。だから、大事な武器を持ってる人は、なくなっても泣かない武器でかかってきてくださいねー。大事な武器が、二度と使えなくなってもいいなら、別にかまわないんですけど、一応警告はしないといけないんで」
軍人たちは顔を見合わせて相談しているようだ。そのうち、一人が前に出てきた。片手で持つ限界と思しき長さの剣を手にしている。柄の先に、そこそこ大きな深紅色の丸い石がついていた。
自信満々の顔だが、そんな彼に向かって、メルルはギュッと眉を寄せる。
「……それ、大事な武器じゃないんですか? 本当に大丈夫です? 泣いたりしません?」
見た目は十六、七歳のメルルに、心配そうに言われたからだろう。彼はあからさまに憤りを顔に出す。
「泣かないなら、いいんですけどね」
ニッコリ微笑んだメルル目がけて、彼は剣を両手で振り上げる。どうやら、片手でも両手でも扱えるもののようだ。
右手の人差し指と中指を重ねたメルルは、間を空けて縦に二本、線を引いた。その二本をつなぐ線を斜めに二本、あっという間に書き足す。
「崩壊!」
「……あ、それ……」
聞いた覚えがあった。シンティアが滞在していた時、彼女が立てこもった部屋のドアを壊すために、オリオンが使った魔法だ。
あの時は確か、ドアだけが粉々になって崩れてしまった。
「あ、あ、あ……」
彼の持っていた武器は、サラサラと音を立てて地面に落ちていく。そこには、剣の長さと同じだけ、砂に似た何かがわずかに積まれている。
手からこぼれ落ちる砂状の剣を、彼は呆然と見つめていた。その空虚な表情は、ひどく現実離れした出来事によるものだろうか。
「だから、ちゃんと言ったじゃないですか。大事な武器はしまっておいて、って」
崩壊の魔法が得意ならば、普段は外の警護に当たりたがるのも無理はない。
ベアトリスが知る限り、崩壊の魔法は生きているものには使えない。その代わり、生きていないものであれば、どんなものでもああして崩すことができるのだ。魔力さえあれば、城をひとつ、瞬時に崩すことも可能だろう。逆に、捕縛の魔法は基本的に、生きているものにしか反応しないらしい。
片っ端から相手の武器を壊すなら、確かにメルルは実戦で強いと言えるだろう。
「反省したら、完全に元通りとはいかないけど、戻すことはできるんだけどね」
「外だとどうしてもちょっと欠けるから、耐久とか強度とか、そういうものが下がるんだよなぁ……」
ニコニコしているメルルに、サージがため息をついて前に出た。
一本の線で谷と山と谷を描き、山の頂点から真っ直ぐ下に線を引く。初めて見る式だ。
「回帰!」
砂がやわらかな光に包まれ、徐々に形を変えていく。
光がふわっと消えた時、見た目には元通りの剣が落ちていた。持ち主の彼は慌てふためき、それを懸命にかき抱く。心からの安堵ゆえか、彼の頬をゆっくりと涙が伝い落ちる。
「多分、欠けてるとこが弱くなってるから、使う前にいっぺん、鍛冶師とかに見てもらった方がいいと思うぞ」
仕事は終わった、とばかりに、サージは後方へ引っ込む。
「サージ様は補助タイプの中でも変わり者で、壊れたものの修復が得意なんですよ。ちなみに、青の離宮でアマリリスの団長が壊したドアも、サージ様がこっそり修復したらしいですねー」
「え? ……あ、そういえば、いつの間にか直っていましたね」
ウルスラの説明を受け、記憶を掘り起こしてみる。
てっきり、シンティアたちが外に出ている間に、新しいドアを用意してつけ替えたと思っていたのだ。まさか、魔法で修繕されていたとは、思いもよらなかった。
「普段は武器の修理とか、そっちが主な仕事なんだよね、俺。たまに、団長とかメルルが壊したものを直せって言われるくらいで」
「いつもは落ちてる葉っぱとか石で我慢してるんだから、たまーにうっかりするくらいいいじゃないですか。サージ様ってケチですね」
「何で俺が、お前のうっかりを、わざわざ魔力使ってどうにかしてやんないといけないんだよ?」
「ケチな男は嫌われますよーだ」
メルルの捨て台詞らしきひと言が、ずいぶん深く、ざっくりと突き刺さったようだ。サージはさらに後方へヨロヨロと歩いていき、そこでがっくりと膝をついた。
「…………」
遠くから何か呟いたサージへ、メルルが憤怒の表情で駆け寄っていく。
「あーあ、サージさん、やっちゃったね。かわいそー」
口ではそう言うものの、まったくそう思っていない声で、ヴェラが笑いながら言う。
二人はギャアギャア言い合っているが、内容までは聞こえてこない。そのうち、メルルが式を描き出した。それを見たサージが、慌てて逃げだそうとしている。
「……あの式は崩壊、ですね。サージさんにかけて、どうするんでしょうか?」
見て取ったオリオンが呟く。壊すだけの魔法に新しい使い方があるのかと、いくらか興味があるようだ。
リュールングの軍人たちも、衝撃からまだ立ち直れない仲間を気遣うことでいっぱいいっぱいらしい。それを確かめ、ベアトリスは再びメルルを見ようとする。
「ダメです!」
後ろから目をふさがれ、さらにグイッと引っ張られた。声と力強さからして、間違いなくウルスラだ。
「あんなものを団長に見せるわけにはいきません!」
「え? えっと、何が……?」
「口にするのもはばかられますから、必要なら後でこっそり教えますねー」
完全に視界を遮られているため、声で判断をするしかない。だが、その声も、騒がしくてはっきりとは聞こえなかった。
(……いったい、何があったの?)
すぐ近くで、ヴェラとテレシアの笑い声。オリオンが感心したように唸っている。アマリリス騎士たちが手を叩いて笑っている様子も、伝わってくる。
少しすると、ザクザク土を踏む足音が近づいてきた。
「初めて崩壊の魔法を使った時から、ずっと気になってたんですよ。うん、だいたい予想どおりで最高ですね! 新しい戦い方が増えましたよ、私!」
「……あ、あれはないよ。戦いの最中にやられたら、笑って槍が振れなくなるじゃない」
「でもさぁ、絶対戦意喪失すると思わない?」
「戦意がどうこう言う以前に、年頃の女性としてダメですよ。しかも、味方まで戦意が失せるじゃないですか。まあでも、サージ様も案外鍛えていらっしゃることはわかりましたけどねー」
それぞれが好き勝手に言っているが、ウルスラは手をどかしてはくれない。今のところ、視界を戻してもいいとは、まだならないらしい。
「あ、回帰の魔法って、服でも戻せるんですね」
「そもそも、崩壊の魔法で着ている服を崩せるだなんて、誰も思いませんよ」
メルルがあっけらかんと言い放つと、オリオンがボソリと突っ込む。
その会話でようやく、何があったのかが理解できた。同時に、ウルスラがきっちり視界を遮った理由も。
「サージ様が服を着たら、団長の目隠しは取りますからね」
「はい、わかりました。それにしても、服がほぼ元通りになっても、着た状態にはならないんですね」
「一回下に落ちちゃってますからね。ちゃんと服になるだけ助かるってもんです」
砂状になり、下に落ちて、そこで元に戻る。だから、もう一度、自分で着なければいけない。その理屈は、メルルの説明もあって、何となく理解できた。
だが、果たして、戦場などで突然服を失った騎士が現れたら、いったいどうなるのだろうか。もちろん、見てしまった者は敵味方問わず、とても冷静ではいられないだろう。ある意味では、戦局を変えてしまう魔法と言えるかもしれない。
しかし、騎士道に反すると、非難の声もあがるだろう。
元々、使いどころが微妙と言われている魔法だった崩壊。それがますます、微妙な魔法と言われるようにならないかと、ついつい心配になる。
「……俺もう、お婿に行けない……」
「大丈夫、大丈夫。サージ様なら、一人でも図太く生きていけるから」
「メルル、お前……責任取れよ!」
「嫌ですよーだ!」
近くでサージの声が聞こえ、パッと目隠しが消えた。メルルとサージが言い合いをしているのが見える。
欠けるものがあるといっても、素人が目で見てわかるような、雑な仕上がりになるわけではないのか。アマリリス騎士の制服を着ているサージに、先ほどと違う様子は見られない。
「さてと。まだ勝負します?」
クルリと振り向いたウルスラが、リュールング側に告げる。ほぼ同時に彼女は前に出て、スッと剣を抜いた。
キン、と甲高い金属音が響き、キラキラと何かが光を反射しながら空を舞う。
「弱い」
バッサリと切り捨てたことから、剣を合わせざまに弾き飛ばしたようだ。
音に気づいたベアトリスが振り返った時には、すでに勝負はついていた。悠然とたたずむウルスラの手には、愛用の剣がしっかりと握られている。
「この程度で私にケンカを売ろうだなんて、買う価値もありませんよ」
ふん、と鼻で笑ったウルスラに、軍人たちは色めき立つ。彼らを制したのは、彼らを束ねていると思しき中年男性だ。
「そちらで最も強い者と、ひと勝負させてもらおうか」
一人だけ肩の印が豪華だったから、団長と同格だろう。そう考えたのは合っていたらしく、大振りの剣を構えた彼が前に進み出る。
最も強い者。
どの基準で判断するのか。それがわからず、ベアトリスは首を傾げてしまう。オリオンとウルスラは難しい顔で考え込んでいる。
「……どういう意味で、一番強い人ですか? たとえば、武器を失ったら負け、とした場合、メルルさんが一番強いと思います。相手が戦えなくなったら勝ち、というなら、何人かいますし」
わからないことは聞いてみよう。そんな考えのベアトリスは、疑問を素直に口にした。
「そうだな……正規に戦った場合、そちらが最強と考える者を出してもらおう」
「……正規に……」
つまり、剣を合わせるなりなんなりして、互いに攻撃を仕掛けなければいけないのだろう。
「最強ではありませんが、私がお相手しましょう」
前に進み出たのはオリオンだった。
驚いてそちらを見るベアトリスと、チラッと振り向いたオリオンの目が合う。
「私は魔法使いですが、攻撃手段は持ち合わせています。もちろん、先ほどのように武器を消滅させることもできますが、その魔法は使いません」
そもそも、オリオンは強固な防御と、正確無比の捕縛が長所だ。攻め込まれようと、負けることはあり得ない。
ベアトリスはそう、信じている。
「それに、私と手合わせをした後ならば、私に勝利を収めたことのあるベアトリスさんと戦うことは、もっと楽しくなるでしょうから」
ニコッと微笑んで、自慢げに言い放った。
褒められたことが嬉しくて。一気に視線が集まったことが、無性に気恥ずかしくて。頬を赤くしたベアトリスは、少しずつ下を向く。
「では、勝負!」
言うなり、軍人たちが飛び出してきた。ニッと笑った中年男性を見るに、確信的だったのだろう。
ムッとしたものの、ベアトリスは前に出なかった。もちろん、他の誰一人として、前に出て参戦する者はいない。
応援に回った軍人たちには、それが異様に映ったのか。最初は圧倒的な勝利を確信し、大いに盛り上がっていた彼らの歓声は、徐々に縮こまっていった。
「守護!」
素早く描かれた式の完成と同時に、呪文が唱えられる。魔法が発動している間にも、オリオンの指は式を描き続けていた。
最初に当たったのは、射程の長い槍の一撃だ。穂先がガッと突き当たり、呆気なく弾き飛ばされた。驚愕している軍人へ、オリオンは容赦なく呪文を唱える。
「捕縛!」
逃げる間もなく、一人が捕らえられた。
その後も次々と攻撃を受けるも、防御の魔法を打ち破ることはできない。逆に、捕縛の魔法によって身動きができない者ばかりだ。
攻撃を仕掛けてきた中で動ける者は、いまや中年男性だけになった。
「……オリオンさん、すごい……」
十人の動きを止めて、それでもまだ余裕のあるオリオンに、自然と感嘆の息がこぼれる。
「……団長、あのおっさんで遊んでるな」
「だよなぁ……全然本気出してねぇし」
アマリリス騎士とサージが、ボソボソと言葉を交わす。
「確か、アマリリスの団長って、五十人くらいまではいっぺんに捕縛できるんだよね?」
「えっ!?」
ヴェラがため息混じりに呟いた情報に、ベアトリスは驚きの声をあげる。だが、それを知らなかったのはベアトリスだけだったようで、他の面々はただ頷いているだけだ。
声が聞こえたのか、オリオンが再び式を描き始める。
「捕縛!」
とうとう中年男性をつかまえるのか。そう思ってみていたベアトリスたちは、一様に驚愕の色に染まった。
突然つかまえられ、悲鳴をあげたのは後方にいた軍人だ。
呪文をひとつ唱えるたびに、オリオンの指は式をひとつ描いている。呪文は的確に、後方の軍人たちを次々に捕らえあげていく。
中年男性は振り返り、何が起きているのかを確かめる。次にオリオンと向き合った時、その顔はどす黒い怒りに染まっていた。
男性は、手近な味方を縛る銀色の茨へ足を向ける。それに剣を振り下ろすが、固い音がするだけで、あっさり弾かれてしまう。
それならば、防御を叩き割ればいい、とでも考えたのか。男性は再度オリオンへ近づき、硬い防御の魔法に剣を思い切り振り下ろす。しかし、やはりあえなく弾かれるばかりだ。
その間にも、オリオンは順調に軍人たちを捕縛している。
壊れる気配がまったくない防御の魔法に、だんだん男性の息が上がっていく。
気がつけば、オリオンは式を描くことをやめていた。ただひたすら、男性が剣を振り下ろし、切りつける音ばかりが響いている。
「勝負は、つきましたよ」
静かに告げたオリオンの言葉で、男性は荒い息を繰り返しながら後方を見た。
すべての軍人が銀色の茨に捕らわれている。その光景を目の当たりにしてようやく、敗北したことを悟ったようだ。




