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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第四章 異国
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二章 2

 専属で連れてきた料理人が腕を振るった食事を済ませ、部屋で休むことになった。

 どのみち、リュールング共和国へ到着するまで、特にできることはない。戦々恐々としながら過ごすより、心安らかでいる方がいいに決まっている。

 エリカ騎士団側の客室のひとつに集まり、床に座って円を描く。出入り口に一番近いところにウルスラが座った。その左側からベアトリス、ヴェラ、メルル、テレシアと順に、思い思いに膝を崩して座り込む。

「そういえば、団長は殿下にみっちりしごかれたんですよね? 道中は大丈夫でした?」

「え? あ、はい。理解するまで徹底的に教わりましたけど、丁寧でわかりやすかったですよ」

「あ、いえ、そちらではなくて……」

 珍しく言いよどんだウルスラに、ベアトリスは首を傾げる。同様に、他の面々も不審がっているようだ。

「……あの殿下は、自分の弱みにつながることには嘘をつくので、アマリリスの団長を巻き込んで、独身とでも言っていたのではないかと心配しているんです」

「えーっと……そんなことを言っていた気はしますけど、それより、ウルスラさんがオーソンさんに膝蹴りをしたという話に驚いてしまって」

 ウルスラがスッと視線を逸らす。ほぼ同時に、ヴェラたちが唖然とした様子でウルスラをジッと凝視した。

「……他人の弱みは、一番知られたくないところにバラしてくれるんですよね、あの野郎は。ついでに、自分の嘘は、協力してくれる者だけがいる場所で言い放つんですよね。だから、私がいると、色恋沙汰の話題は避けるはずですよ」

 ハァ、とウルスラの口からため息がこぼれる。

 これまた珍しい光景に、四人分の視線が一気にウルスラへ突き刺さった。

「だから、私も報復させてもらいましょうか。タデウス殿下は、三年前に結婚されています。慎重にひっそりと結婚されたので、文書で公示はされましたけれど、貴族の中ですら知らない者がいるでしょうね。一歳になった奥方似の可愛らしい令嬢がいらっしゃいますし、愛妻家に見せかけていますが恐妻家です。しかも奥方は、ラエティティア王国連邦内の出身で、あと十歳若かったらエリカ騎士に勧誘していたほどの腕前ですよ? 夫婦ゲンカでもしようものなら、間違いなく、殿下がボコボコにされますね」

 にこやかに暴露するウルスラは、非常に生き生きしている。

「……ここだけの話、新婚時代に一度、奥方を激怒させて半殺しにされたそうですから」

 唖然としてしまう。

 新婚となれば、誰でも幸せでいっぱいの時期だろう。そんな頃に、いったい何をして、そこまで怒らせてしまったのか。

 タデウスは、メイベルに似ていると思った。それは外見だけでなく、性格に関しても同じだ。だからこそ、誰かをそこまで怒らせる事態が想像できなかった。

「……じゃあ、ガザニアの副官って、何をしてウルスラに膝蹴りされたの?」

「ウルスラはよく知ってる人なんでしょ?」

 ヴェラとメルルに畳みかけられて、ウルスラは一瞬怯む。けれどすぐに、いつもの余裕を取り戻したようだ。

「質の悪い冗談を言われたんですよ。寝言は寝て言え、と、気合いを入れるために膝蹴りを叩き込ませていただきました」

 言われた内容に関して、言葉にする気はないらしい。

 わずかに癖のある栗色の髪をふわりと揺らし、メルルが首を傾げる。幼さを強調する大きな瞳に、好奇心が見え隠れしていた。

「……ひょっとして、告白でもされたとか?」

 ごまかそうとして失敗した。そんな顔で、ウルスラがピシッと固まる。そこから何かを思い出したのか、頬が一瞬だけ淡く色づく。その後なぜか、ほんの少し嬉しそうな表情を見せる。

「……まさか、図星?」

 ヴェラがわざとらしく仰け反る。それで我に返ったのか、ウルスラがニッコリ微笑む。

「団長にも関わりますけど、モデスティー伯の養女になってオーソン様に嫁ぐことを、ホートン候たちは期待しているようですね」

 キャア、と歓声が上がった。

 今まで浮いた話のひとつもなかったウルスラだ。彼女たちの興味が集中するのは致し方ないだろう。

「とはいえ、私にとっては、今以上に忙しくなるのに、団長と義理の姉妹になる以外のうまみがありませんからね。全力でお断りさせていただく所存です。あ、もちろん、団長と姉妹になるのが嫌なんじゃないですよ? そちらは大歓迎なんですが、私、オーソン様は嫌いなので」

 あっけらかんと言い切るウルスラに、照れはない。むしろ、うっすら浮かべた笑みに、嫌悪がひそやかに込められている。

「……でもさ、サージ様に比べたら、断然マシじゃない?」

 テレシアがボソリと呟くが、ウルスラは笑みを崩さない。

「それこそ、ベロニカの団長と比べれば、誰でも断然マシですよ? 正直なところ、オーソン様よりは、まだリナリアの団長がマシですねー。あの方でしたら、まさに利害関係のみで、お互い割り切ってしまえそうなので」

「……自分より綺麗で色っぽい夫って、どうなのよ」

「いいじゃないですか、目の保養になりますよ? 毎日の訓練も楽しそうですよねー」

 飄々としているウルスラは、本心から語っているのか。その見極めがつかず、ベアトリスはまじまじと凝視してしまう。

「それより、ヴェラとメルルとテレシアはどうなんですか?」

 それぞれに意中の相手がおり、うまくいっているのか。

 さりげなくそれを聞き出し始めたウルスラに、話したい気持ちがあったのだろう。三人は我先にと口を開き、言葉を発する。

「順番に聞きますからねー」

 心から楽しげに笑って、ウルスラがヴェラを指名する。他の面々は聞き役だ。

(……楽しそうなんですけど、でも……)

 どこか心ここにあらず、といった体のウルスラが、どうしても気になってしまう。

 知識がある分、これからのことを考えているのかもしれない。それとも、まったく別のことに気を取られているのか。

(きっとあたしは、まだまだ頼りないから……)

 いつも頼ってしまうから、相談相手にもなれないのだろう。

 そっと目を伏せて、こっそりと息を吐き出す。

(もっと、もっと……)

 強くなりたい。弓や剣の腕だけでなく、精神的にも。


         ‡


 同じ頃、オリオンの部屋にサージとタデウスが訪れていた。

 タデウスは元々、今後起きうる問題について相談するため、来る予定だった。だが、サージは予定外だ。

 追い返すつもりが、あまりに落ち込んでいる様子に、ついつい引き入れてしまった。

「……団長、酒ください」

「任務中ですよ?」

「やけ酒でも飲まないとやってらんないですよ!」

「国に帰ってからお願いしますね」

 そうは言うものの、サージはすでに酔っているかのような管の巻き具合だ。

「だって、信じられます? エリカの団長の前で、公開処刑だなんて」

「ベアトリスさんだけで幸いでしたね。大勢の前で同じ結果になるよりは、ずいぶん気が楽かと思いますが」

 そもそも、相手にしてもらえると考えていたこと自体が間違いだ。

 ウルスラは自分の感情に正直に生きている。頭の良さや武芸など、何でもいいが、人の役に立つ能力で秀でている部分を評価する癖があるようだ。しかも、そこで満足して留まることを許さない。

(私とて、気をゆるめたら敵視される立場ですからね……)

 崇拝と言っても過言ではないほど、ウルスラはベアトリスに心酔している。彼女を傷つけるものは、たとえ誰であっても見逃さないだろう。常に目を光らせ、数歩先を警戒しているほどなのだから。

 今もまた警戒を強めているのは、これからフィエリテ王国へ行くからだろう。

(……まさか、ラエティティア王国連邦へ行くことになるとは、プラシダさんも思っていなかったでしょうし……)

 亜麻色の髪に、暗緑色の瞳。

 この組み合わせは、フロース王国では非常に珍しい。けれど、それが当たり前の国がある。

 その国は、ラエティティア王国連邦の中でも小さな国で、名をセイヘキ王国という。ベアトリスの父方の祖母と、タデウスの妻の出身国だ。そして、フィエリテ王国からは蔑まれている。

「……団長はいいですよね。ちょっとアレなとこがありますけど、可愛い彼女をゲットしてますもん。それに、ナイジェルさんだって、ちゃっかり若い子に言い寄られてるし」

「あー、ビビアンちゃんって可愛いよね。確か十六歳だったかな? エリカ騎士団発足当時、ベロニカの団長が口説きたかったって言ったとか言わないとか?」

「言いましたよ」

 愚痴をこぼすサージに、タデウスが止めを刺しにかかる。それをとめるでもなく、オリオンは事実だけを簡潔に言葉で示す。

「マジ? それ、マジ? ビビアンって、ベロニカの団長が目をつけてたの? うわぁ……それ知ってたら、もっと本気で狙いにいったのに!」

 顔は文句なし、秀でた部分があり、性格にも大きな難はない。そういった女性を、コーデルは本能で察知している。だから、老若幼女を問わないのだ。

「ちーなーみーにぃー、エリカ騎士の子たち曰く、フラフラ目移りしてる男は対象外、らしいよ?」

「……はぁ……」

 サージががっくりと肩を落としたところで、タデウスが笑顔のまま追い出しにかかる。彼がいては、ゆっくりと話ができないからだ。

 部屋を追い出し、サージがトボトボと彼に与えられた部屋へ向かうのを確認する。それからドアを閉め、ついでに鍵もかけた。

「……ところで、ベアトリスに父方の祖母の話は?」

「祖母譲りの髪と瞳の色であることは知っていますが、出身地については話していないと思います」

「そっか……頭が痛いね」

「ウルスラさんも、頭を抱えていましたからね」

 常にそばにいる分、ウルスラに負担がかかるだろう。しかも、武力を嫌うフィエリテ王国だ。ベアトリスに対する風当たりは、相当強くなる。

 逆に、リュールング共和国はそれほど気にすることはない。武芸に秀でたベアトリスは、まさにセイヘキ王国の民だ。友好国ということもあって、歓迎されるだろう。

 いっそのこと、ベアトリスに教えてしまうのも手だ。そう考え、提案もしたが、あっさりと却下された。

 知らずに済むなら知らない方がいいと、モデスティー伯もウルスラも言う。

 けれど、知らなければ、身を守ることもできないのでは。それが後々、どんな影響を及ぼすか。これまでの経験からもわかっているはず。

 ただ守るだけなら、簡単だ。だが、ベアトリスはそれをよしとしない。自分が守られても満足はせず、守りたいものを守り抜いて満たされるのだ。

 それでも、二人は知らせないやり方を選んだ。

「フィエリテにしろ、リュールングにしろ、厄介なことになりそうだね」

「……気が重いですよ」

 予想される問題はいくつかある。

 フィエリテ王国には妙齢の王女、リュールング共和国には年頃の王子がいる。婚約していると宣言しても、それぞれに相手をあてがおうとするだろう。同行の騎士たちにも、同様の現象は起きるはずだ。

 ラエティティア王国連邦は、大国のひとつと信じていている者ばかりだ。しかも、基本的に、自分たちの中で問題を解消している。そのため、勝手な行動がどれほど図々しく失礼なことか、まったく理解していない。むしろ、いいことをしてあげたのに、となる。

 こちらが腹を立てれば立てるほど、あちらも立腹していく。かといって、怒りを表明しなければ、これでいいと思われてしまう。扱いが非常に難しく、手間がかかる。

 そして、もうひとつ大きな問題は、相手によって態度をコロッと変えるという点だ。

 多少はフロース王国で慣れてきたとはいえ、こちらはもっと露骨になる。ベアトリスでは、まともに抵抗すらできないだろう。

「ウルスラが頑張るしかないだろうね」

「……私も、頑張ります」

 今さら、婚約者として失格だと言われてはたまらない。

 常に彼女を守る立場を、快く譲ってもらえるくらいにならなければ。そのためにできることは、心血を注ぐつもりだ。


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