一章 1
「……というわけで、エリカ騎士団とアマリリス騎士団から、第二王子の護衛を出すことになりました」
決定事項として報告してくれたウルスラに、サロンのあちこちからため息がこぼれる。
同じくため息をついてしまったベアトリスは、真っ先に、いったい誰を連れていくべきかと頭を悩ませてしまう。
一般的に、男性よりは非力と判断される女性騎士。そして、魔法が使えなければ、たいていは軟弱といえる魔法使いならば、向こうもそれほど警戒しない。そう判断されたことは、ベアトリスにも理解できた。
裏をかいて、力強い面々を出すべきか。それとも、あえて見目麗しい者を選ぶべきか。
「……誰を出したらいいんでしょうね」
「あ、エリカ騎士から出す人は、もう決まってますよ。伯がサクッと決めちゃいました。まずは団長。それから私。あとは、ヴェラとテレシアとメルルです」
知らず知らず呟いた瞬間、ウルスラがあっけらかんと言い放つ。
すでに決まっていたことで、頭を悩まさなくてもいい。それがありがたいのか、そうでないのか。いまいちよくわからなくなる。
どうにもすっきりしない。
(……ひょっとしてあたしは、自分で悩んで決めたかったのかな?)
先に決められてしまって、しかもそれが決して悪くない配分だった場合。今のような時には、どうしても拭いきれないもやもやしたものが胸につっかえてしまう。
甘やかされる前に、自分で動いて失敗をしておきたい。そういう気分になるのだ。
「アマリリスも、団長を出してくると思いますよ。あそこの副官、本気で役立たずなんですよね。今、家もゴタゴタしているので、どうなることやら。本当はミランダも連れていくつもりだったんですけど、フェリックス様が離れるわけにいかないようなので、代わりにメルルになったみたいです」
「ミランダさんが……ということは、アマリリス騎士は、名の知れた家の方になりそうですか?」
ランソム候の娘で、跡継ぎに指名されたミランダだ。ヴァーノンという例もあり、スラングや訛りの理由はいくらでもつけられる。実際のところ、ヴァーノンはしょっちゅう、ベアトリスでも知っているスラングを使っているのだ。
そのミランダを連れていくつもりだったということは、貴族という一面も必要になるかもしれない。そう、判断されているのだろう。
「どうでしょうね。ミランダは単に、他国にも顔を知ってもらえたら、とランソム候が思っただけのようですし。こっちには第二王子もいらっしゃいますし、団長と、アマリリスの団長で、割と十分だと思いますよ? さすがに、一国の王子と、騎士団と国政に関わる家と、王族の婚家に選ばれやすい家を、残らず敵には回したくないでしょうから」
「……それでも、やらかしてくる国だったりしないよね?」
不安そうに呟いたテレシアに、ウルスラはちょいと肩をすくめる。しかも、問いかけに対し、明言はしなかった。
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時々は、騎士の宿舎にも顔を出すようにしている。もちろん、特に理由があるわけではない。ただの気まぐれだと、そういうことになっている。
「ガザニアの団長、今日は何回転びました?」
まだ午前中だ。それも、仕事始めの鐘がなって、それほど経っていない。
何もないところで転ぶ理由は、自身にもさっぱりわからない。けれど、そのおかげで、騎士たちには顔と名が知られているようだ。
もちろん、王都の住人には、お披露目で馬上に縛りつけられていた団長、と覚えられている。
「んー……覚えてないや。とりあえず、階段は毎回落ちてるけどね。あ、今日は、食堂までの廊下でも転んだっけ」
こうして、人畜無害のダメな人間を装う。それが、生き残るために必要だった。
三歳の誕生日を迎えてしばらくしてから、突然家族と引き離された。何の説明もなく、連れて来られたのはこの王都。
家族が恋しいと泣く三歳には、ひどく過酷な。心を殺さなければ、到底生きていられないような。思い出したくもない、とにかく嫌な目に遭わされ続けてきた。体が頑丈にできていてくれなかったら、とっくの昔に死んでいる。
元々、ずば抜けて賢かったわけではない。平均よりはマシ。その程度だ。単に、多少の悪知恵が働いただけで。
そんな子供が、今はこうして、一騎士団の団長をしている。
引き取った家は、手駒として動いていると、信じて疑っていないだろう。この国で権力を持った人間に、わざわざ敵対する。そんな者たちも、少なくとも敵と認識はしていないはずだ。
いったい、誰が想像するのだろうか。
いつ裏切ったら、効果的に苦しめられるか。ただそれだけを、ひたすら考え続けているだなんて。
(本当は、全部この手で用意して、やられた分をやり返してやりたかったけど……まあ、いいよね)
国政を担うモデスティー伯には、跡取りがいても有望ではない。いわゆる凡人の子供にしか、恵まれなかった。
そう囁かれていたから、やつらが行動に移す時を待っていたのだ。
一変したのは、ベアトリスが現れてからだった。
家柄に難癖がつけられない上に、実力もある。そして、決して心の折れない少女だ。何より、彼女の母親を知る者が多すぎる。オリオンのように、あの天真爛漫な部分に母親を見た者もいただろう。
今、彼女に手を出せば、さまざまな方向から手痛いしっぺ返しを食らう。それが今回、さらに顕著になったはずだ。
ここぞとばかりに、あちこちで取りつぶされているのに、行動に起こせと命令してくるとは思えない。いくら何でも、そこまで正気を失った愚かな家ではないと信じている。
(……まあ、行動しろ、と言われてもきっぱり断るけどね。僕を切り捨てて処罰させて、自分たちはのうのうと生き延びるつもりだろうから。それに……)
もし、行動に移したとしても、事情を話せばベアトリスは許してくれるだろう。彼女はそういう娘だ。
けれど、許されるのは、身近にいるヴァーノンだけだ。彼に命令した家を許すことは、まずあり得ない。
「……そういえば、ガザニアの団長は……大丈夫ですか?」
「あー、嬉しいなぁ。僕のことまで心配してくれるの? 僕なら大丈夫だよ」
(あくまで、僕単独なら、って意味だけどね)
ニッコリ笑って、あっさりと答える。そんなヴァーノンに、問いかけた側が逆に面食らってしまう。
ヴァーノンが何のために、オーソンを副官に任命したのか。その理由をはっきりと知っているのは、オーソン本人と、ごく一部だけ。中には、薄々察している者もいるかもしれない。
ただ、団長でいるためには、まだまだ家の名が必要だ。
(もうちょっと、ベアトリスのそばにいたいんだよね。あの子、すっごく面白いから)
ひっそりとほくそ笑んで、ヴァーノンはふと、ベアトリスを思い出す。
決して、恋愛感情を持っているわけではない。そもそも、そんなものを誰かに感じたことが、これまで一度もなかった。
一緒にいることが心地よい。それならとっくに、メイベルたちで知っている。
そばにいると心臓がドキドキして、顔が勝手に赤くなる。あのオリオンが、誰かを特別に想っている人間のよくある反応なら、それもまた違う。あり得ない。
誰かを何となく好きだと思うこと。それはわかる。けれど、誰かを特別に愛する感情は、今でもまったく理解できないのだ。
本当の両親から、どうやって愛されていたのか。今はもう、遠くへ消え去ってしまった記憶に埋もれて、それを知る術はない。
(……僕が、人並みに感情を知りたいなんて……本当に、面白いことをしてくれるよね、ベアトリスは)
自分を変えられたのに不快ではない、奇妙で慣れない感情。それが世間では何と呼ばれているか、ヴァーノンにはさっぱりわからなかった。
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タデウスの護衛として、ラエティティア王国連邦へと発つ朝。
待ち合わせに指定された場所へ向かうと、すでにアマリリス騎士はそろっていた。見たところ、オリオンを含め、五人いるようだ。
ベアトリスたちは急いで駆け寄る。
「へぇ……ヴェラを筆頭に、なかなか綺麗どころだなぁ」
「サージさん、よだれ出てますよ?」
ヴェラがサラリと突っ込む。言われたサージは慌てて口元をグッと拭い、周囲の面々は彼の顔に視線を集めた。
「サージさんは、性格に少々難ありではありますが、コーデルさんよりははるかに常識的ですので、安心していてください」
「団長……俺とベロニカの団長を比べないでくれよ……」
「というか、コーデルさんに比べたら、誰でもマシだと思いますよ? いきなり行動に移さないだけ、本当にまともです」
軽く首を傾げながら、ベアトリスがボソリと言い放つ。
ベアトリスの言動に慣れていないらしいアマリリス騎士たちは、一様にギョッとして身を引いた。
「これがうちの団長ですから、お気になさらず。危害を加えなければ、悪く言われることはありませんので」
ニッコリ微笑んで言うウルスラだったが、アマリリス騎士たちはまだ顔を引きつらせている。
「今、他国へ連れ出しても問題のない騎士ばかりですので、そちらの心配はいりません」
「ああ、そうなんですね。とりあえず、サージ様は限りなくベロニカの団長に近い、と記憶しておきます」
「い、いや……俺はベロニカの団長には近くないって!」
懸命に言いつのるサージを放置して、ウルスラはオリオンと道中の相談を始めた。
そこでベアトリスが出ていかないことを、アマリリス騎士たちは訝しんでいるようだ。
「……と、こんなところですか?」
「ええ、そうですね。恐らく、一番無難な形でしょう」
「じゃあ、うちの団長の教育はお願いしますね。団員は私が引き受けますから」
「はい、お願いします」
どうやらまとまったらしい。
そう判断して、ベアトリスは二人にひょこっと近づく。接近には、二人がほぼ同時に気づいた。
にんまりと笑うウルスラに、思わずベアトリスは身を引いてしまう。
「団長は、第二王子とアマリリスの団長と一緒に、馬車に乗ってください。そこでみっちり、ラエティティア王国連邦について、しっかりと勉強してくださいね?」
「え……あ、は、はい……」
これから出向く国について、何も知らない。そんな状態では、どんな失態をしでかすかわからない。
少なくとも、失礼になることをしないように。できれば、うまくやってこられるよう。かの国について知っておくことは、決して悪いことではないはずだ。
「ヴェラたちには、私から教えておきます。といっても、ヴェラにみっちり教えて、メルルはサラリと、テレシアは聞きながら復習してもらう程度になりそうですけど」
「テレシアさんは、他国にも詳しいんですか?」
「詳しいというか……実は私、ラエティティア王国連邦の一国の生まれなので」
「えぇっ!?」
早馬でも四日はかかる場所にある国の生まれで、なぜここで騎士をしているのか。
そんな疑問が、あからさまに顔に書いてあったからだろう。テレシアはクスクス笑いながら、何でもないことのようにあっさり打ち明ける。
「生まれと言っても、四歳くらいまで過ごしただけで、後はフロース王国で育ちましたからね。でも、生まれた国は気になるので、いろいろと勉強はしていたんですよ。傭兵をしていましたから、知っておくことは損になりませんし。かなり複雑な国ですから、私の両親は安寧を求めて逃げ出したようですね」
「その複雑な国を、到着までにしっかり把握してもらいますからね? 団長、頑張ってくださいね」
「う……わかり、ました……」
がっくりと肩を落としながら承諾すると、頭上からかすかな笑い声が降ってきた。
ベアトリスがそっと顔を上げた先で、オリオンとウルスラ、それからテレシアが笑っている。
「できる範囲で頑張りましょうね」
優しく穏やかな、見慣れたオリオンの微笑に、ベアトリスはもう一度頷いていた。




