序章
フィエリテ王国へ早馬を飛ばしたのは、十日前。
「……もう、返事がきたそうね」
呼び出したメイベルは、明らかに不審な様子だ。やはり呼び出しをかけて集めた他の面々も、メイベルと大差ない。
それもそうだろう。何しろ、早馬ですら、フィエリテ王国まで四日はかかるのだ。帰りも同じ程度はかかるとして、実質的な時間は二日ほど。
たったそれだけでは、ろくに事実確認はできない。もちろん、あちらが間諜を使っていなければ、の話だが。
「あの時逃がしてやった侍女の情報だろうな。まあ、そこは計算のうちだ」
仮にも、フィエリテの王妃が、祖国で罪を犯したのだ。
今回は場所が祖国ということもあり、取り立てて、フィエリテ王国が責められることはないだろう。だが、他国は忘れない。折に触れて、チクチクと嫌味を言われ続けることになる。
これを回避する手立ては、ほぼないと言っていいだろう。
「犯罪者は祖国へ帰す、だそうだ。こちらが知りたいと伝えた、フィエリテ王国が絡んでいるかどうかは、わざとらしく見ない振りでもしたようだな」
くつくつと低く笑うモデスティー伯に、メイベルたちは露骨に眉を寄せる。平然と立っているのは、ウルスラだけだ。
「それにしても、フィエリテ王国は面倒ですよね。どこから突っつきましょうか?」
「……そうだな。リュールング共和国を揺さぶってみるか」
「あそこですか? まあ、妥当でしょうね」
リュールング共和国は、ラエティティア王国連邦に名を連ねている一国家だ。フィエリテ王国とは、規模が似ている。その上、国家体制が真逆に近いためか、仲はよくない。
フィエリテ王国としては、リュールング共和国に、今回の詳細を知られたくないだろう。
「メイベルが行ってくるか?」
意地の悪い笑みを浮かべるモデスティー伯に、メイベルは華やかだが冷たい微笑をひっそりと向ける。
「残念ですけれど、ラエティティアには第二王子が出向くと、すでに表明しておりますの。わたくしが出ると、武力行使を疑われてしまいますわ」
「……タデウス殿下か」
「ええ。珍しく、やる気になっておいででしたから、わたくしが水を差すのもどうかと思いますわ」
タデウスは、多くの民から『第二王子様』と呼ばれている。表には滅多に出てこないが、外見の特徴は母親に似ているそうだ。頭の出来は、メイベルにほど近いとの噂もある。
とはいえ、彼について語られる多くは、噂の域を出ないものばかりだ。
「今まで、伯寄りと言いながら、相応の行動は取っていないでしょう? ですから、第二王子は、今回は妙にやる気でしてよ。大義名分がありますから、自由に好きなだけ、思う存分腕が振るえるのですもの」
ニッコリ微笑むメイベルの言葉に、薄ら寒いものを覚えたのか。ウルスラが露骨に顔をゆがめる。
「……実際のところ、その第二王子は、信用できる方なんですかね?」
「わたくしが信用に値すると思えるのでしたら、それほど問題はありませんわ」
「……あー、じゃあ、私には無理ですね」
あっさりと言い放ったウルスラに、メイベルはかすかな苦笑を向けただけだ。彼女の言い草を、気に留めた様子はまったくない。
そもそも、それほど簡単に、見知らぬ人間を信用できるかどうか。
メイベルが同じ立場で聞かれても、返す答えは変わらない。
「正直に言いますけど、私としては、リナリアの団長も信用ならないんですよね。まあ、ガザニアの団長よりは、ちょっとマシですけど」
「あら……あなた、本当に人を見る目がありますのね」
「危険な人間をかぎ分けられないと、死ぬかもしれないですからね。うちの団長みたいに、誰でも彼でもホイホイ信じていたら、私はとっくに死んでますし」
「ベアトリスは、ねぇ……」
ちょいと肩をすくめたウルスラの意見に、まさしく同意だったのだろう。メイベルは呆れた声音で呟き、ふうっと息を吐き出す。
実際、ベアトリスは人を簡単に信じすぎる。
メイベルやヴァーノンの言葉には、必ず裏があると疑ってかかるくらいでちょうどいいのだ。
「では、タデウス殿下がラエティティア王国連邦へ向かうと決定して、いいんだな?」
「ええ、かまいませんわ。むしろ、大歓迎でしてよ」
冷ややかな微笑の中に、一抹の楽しみをさりげなく混ぜて。ニッコリとメイベルが微笑んだ。




