五章 3
軽く曲げられたオリオンの左腕に、ベアトリスは下から右手をそっとかける。ちょうど、肘の上に小指側が乗っている恰好だ。
「ちょっと、ドキドキしますね」
ベアトリスがコソッと囁くと、オリオンは一瞬目を見張った。しかしすぐに、微笑とも苦笑ともつかない笑みを返す。
「確かに、緊張しますね」
顔を見合わせて、互いに小さな笑い声をこぼした。
「二人とも、緊張している暇などないぞ?」
モデスティー伯が、呆れた声音でボソリと呟く。
大広間には、すでにたくさんの人が集まっている。これからそこへ、乗り込むのだ。それも、二階から。
嫌でも、注目を浴びる。
「最も危険なのは、入ってから階段を下りるまでだ。その間は、護衛もない」
遠距離から、魔法や弓、投げナイフなどで狙われればひとたまりもないだろう。
ベアトリスはドレスゆえに、武器を所持していない。そしてオリオンは、式を書き慣れている手でなければ、有事の際、即座に対処できない。
だからこそ、オリオンの右手を自由にしているのだ。
二階の入り口を警備している騎士たちが、ゆっくりとドアを開け放つ。
これまで、廊下が薄暗いと思ったことはない。しかし、光が洪水となってあふれている大広間と比べれば、廊下はしっとりと夕闇に包まれているようだ。
昼間のように明るく、キラキラしている中を、ゆったりした音楽がやわらかく流れている。ともすれば、人々の話し声でかき消されるだろう音楽が、踊り場へ出たベアトリスの耳に届く。
それほどに、大広間はしんと静まり返っていた。
階段には薄手の絨毯が敷かれている。よほど強く足を叩き下ろさなければ、足音はしないだろう。その証拠に、先を行くモデスティー伯の足音は、少し離れたベアトリスにはまったく聞こえない。
「行きましょうか」
ひっそりと囁かれて、ベアトリスは小さく頷く。
階段は、ドアの右手側にだけついていた。それゆえに、ベアトリスがしっかりと人目にさらされる。しかも、ベアトリスを確認するオリオンは、嫌でも視界に着飾った人々をとらえるはずだ。
それでもオリオンは、先導して階段を下りていく。
触れている彼の腕から、わずかな震えが伝わってくる。
怖くないはずが、ないのだ。
一緒にいる。ついている。そう伝えるために、ベアトリスは左手を上から、肘のそばにそろりと添えた。それから、離れていた頭を、心持ち彼へと寄せる。
ほんの一瞬、オリオンはびくりとして足を止めた。しかしすぐに、彼は再び階段を下りていく。
階段を下りきった直後、待っていたモデスティー伯がベアトリスに笑みを向ける。クルリと背を向けた彼の感情は、一切うかがえなかった。
フッと、音楽が途絶える。
「本日は、我が長女ベアトリスの婚約披露にお越しいただき、感謝しております。エリカ騎士団の団長を務めるベアトリスは、このたび、アマリリス騎士団団長オリオンと婚約の運びになりました」
モデスティー伯のよく通る声が、朗々と響き渡っていく。
歓迎している騎士たちから、ちらほらと拍手が起こる。貴族たちは微動だにしない。
「長らく公表しておりませんでしたが、ベアトリスは、亡きホートン候令嬢であるリサ嬢と私の娘です。不審な点がありましたら、ホートン候や彼の子息にもお尋ねください」
噂では、すでに出回っているはず。しかし、一部の貴族から、かすかなどよめきがあがった。
公の場で、他の貴族を巻き込んで認めると、思っていなかったのかもしれない。
「それではみなさま、今宵は存分にお楽しみを!」
それが合図だったのか、人々は一斉に動き出した。
楽団は再び、ゆるやかな曲を奏で始める。給仕たちは、飲み物を乗せたトレイを抱え、器用に人の間をすり抜けて歩く。来客たちは、思い思いに会話を楽しんでいるようだ。
主役らしく、少しばかり目立ってみただけ。そのはずだ。
しかし、値踏みする視線には、まったくもって慣れていない。ベアトリスは、知らず知らず入っていた肩の力をふわりと抜く。
安心しようと、オリオンを見上げる。パッと目が合った。
「うんと、緊張しましたね」
「そうですね……正直なところ、ベアトリスさんがしっかりと腕をつかんでくれていたこと以外、何も覚えていません」
ベアトリスが何も言えずにいると、オリオンはニッコリ微笑む。
見慣れた、いつもの笑みだ。
「おかげで、一人ではないのだと、冷静になれました。ありがとうございます」
「あ、いえ……えっと、役に立てたなら、嬉しいです」
何とかして励ましたい。
そんな感情を抱え、衝動的に動いた結果だ。それを手放しに褒められると、かえって気恥ずかしくてくすぐったい。
「初めまして、ベアトリス様」
飲み物の入ったグラスを片手に、見知らぬ令嬢たちが声をかけてきた。腕からオリオンの緊張が伝わってくる。
(……味方じゃ、ないみたいですね)
敵ではない、とオリオンが判断できるなら、ここまで緊張はしないだろう。何かやらかしてくる恐れがあるから、しっかりと警戒しているのだ。
「きゃっ!」
集まっていた令嬢の一人が、いきなりベアトリスに向かって飛び出してきた。彼女が持っていたグラスは傾き、ベアトリスのドレスに中身をぶちまける。
深い緑色のドレスにぶどう酒が混ざり、薄気味悪い色へと変わっていく。
(……嫌がらせとしては、多分、古典的ですよね? それにしても、このシミって、落ちるんでしょうか。たった一回、それもほんの少し着ただけで処分となれば、もったいないですよね)
相変わらず、ベアトリスが少々ずれたことを考えているとは、誰も思わないのだろう。隣に立つオリオンですら、ベアトリスが呆然としていると受け取ったようだ。
「ゴメンなさいね、ベアトリス様。後ろから、誰かに押されてしまって」
まったく悪びれた様子のない令嬢は、にこやかな笑顔でそう言い訳する。その彼女の背後で固まっていた給仕係の女性が、みるみる青ざめていく。
「そうですか。普通の女性は踏み止まれませんから、仕方ありませんよね。えっと、では、そちらの方」
ベアトリスは、給仕係の女性に向かって手招きする。すっかり怯えている彼女は、なかなか動けないようだ。
「着替えたいのですが、手伝っていただけないでしょうか」
「……え?」
ニッコリ微笑んで告げた言葉が、よほどそぐわないものだったのか。
指名された女性だけでなく、ベアトリスを囲んでいた貴族令嬢たちも、一様にぽかんとしている。もちろん、ベアトリスの声が聞こえていた者たちも、似たり寄ったりの反応だ。
「このドレス、一人じゃ脱げないので、助けてくれる人が欲しいんです。それから、もし洗って落ちそうでしたら、この汚れも落としていただけると助かります」
「……は、はい!」
手にしていたトレイを別の給仕係に渡し、女性は急いでベアトリスへ駆け寄る。
「えっと、オリオンさんは、どうしますか?」
「もちろん、ご一緒します。ベアトリスさんを一人にはできませんから」
オリオンに連れられて、女性を従え、ベアトリスはドアへ向かう。一階から廊下へ出て、モデスティー伯の執務室へ行くつもりだ。
途中でウルスラと行き会えれば、着替えは彼女に頼めばいい。
そんなことを考えていると、前からウルスラが歩いてきた。心なしか、彼女の顔が赤い気がする。
「……あ、団長」
「ウルスラさん、着替えを手伝ってもらえますか?」
薄暗い廊下では、惨状がいまいちわからなかったのだろう。スッと表情を改めたウルスラは、ベアトリスに近寄った。
「……ああ、ぶどう酒ですか。しつけのなってないお嬢様がまぎれ込んでいるだなんて、世も末ですね」
現場を見ていないのに、バッサリと容赦なく切り捨てる。
いつもどおりのウルスラに、ベアトリスはホッと安堵して笑みをこぼす。
「このドレスは、こちらの方に洗っていただこうと思っています」
「わかりました。では、ついでに着替えも手伝ってもらえますか? その際に、落とし方のコツも教えます。腕に見込みがあるようでしたら、私から別の仕事先を紹介してもいいですよ」
ベアトリスと親しげなウルスラと、彼女の名に。女性は、ハッとした顔をする。
「ただし、室内のものには、なるべく手を触れないでくださいね?」
笑顔のウルスラに圧倒されたのか。女性はコクコクと頷き、ベアトリスたちの後ろを黙ってついていく。
向かった先が、モデスティー伯の執務室と気づいた女性は、先ほどよりもずっと顔色が悪い。徐々に、怯えも混ざっている。
「あ、団長が一緒なので、大丈夫ですよ?」
鍵とドアを開け放ち、ウルスラが素晴らしい笑顔であっけらかんと言う。それでもなお、女性は足を踏み入れることができない。
それ以上、女性に何か言うことはなく、ウルスラはベアトリスを追って室内に入った。オリオンは廊下で待っている。
女性はぽつんと取り残されていたが、やがて意を決したのか。恐る恐る、部屋の中へと足を踏み入れた。
ウルスラがドアを閉め、手早く汚れたドレスを脱がせる。その間に、女性がオレンジ色のドレスを裁縫用の人形から外し始める。
声に出しての指示はないのに、見事な連携だ。
新しいドレスを着せる間に、ウルスラは約束どおり、ぶどう酒の効果的な落とし方を伝授する。女性はそれを頷きながら聞き、急いでドレスを抱えて洗い場へ走っていく。
残ったウルスラは、ベアトリスが気に入っていたオレンジ色のドレスを手早く着せる。髪の飾りも、ドレスに合わせたものと取り替えた。
「……ウルスラさんは、こうなるとわかっていたんですか?」
「何かされることは想定の内ですよ。それで、団長が気に入っているドレスが早速ダメにされたら嫌なので、わがままを通させてもらいました。まあ、ぶどう酒をかけられる程度で済んだので、不幸中の幸いですけど」
「そう、だったんですね。ありがとうございます」
礼を伝える間にも、装いは変わっていく。
地味な色合いのドレスに合わせていた髪飾りや、その他の装飾品。それらが次々に、新しいドレスに似合いの華やかなものへ。
着替えが終わると、ウルスラはオリオンを呼んだ。
「……とてもよく、似合っています」
開け放たれたドアの向こうから、開口一番。今日聞くのは二度目でも、とても嬉しくて、けれど少し恥ずかしい。そんな気分になる。
「当たり前ですよ。私が考えに考え抜いて、団長に似合うものを考えたんですから」
妙なところで張り合うウルスラに、ベアトリスは小さく笑い声をこぼす。
「では、行きましょうか。あんまり長く不在にすると、下世話な話にすり替えられちゃいますからねー」
再び仲良く連れ立って歩く二人の後ろから、いくらか距離を取ったウルスラがついていく。
何度も二階から登場するのは嫌だ。それを理由に、一階の出入り口から大広間へ入る。
「団長!」
入ったとたん、ミランダが笑顔で手を振った。
「さっきのドレス、ちょっと大人っぽさがあって素敵だったけど、こっちのが団長らしくていいね」
「本当ですか? あたしも、こっちが気に入ってるんです」
「私が愛情たっぷり、込めすぎるくらいに込めて作ったドレスですからね。団長に似合って当然です」
またしても張り合うウルスラに、初めて張り合われたはずのミランダですら呆れ顔だ。二度目となるオリオンにいたっては、あえて目を逸らして素知らぬ振りを貫いている。
「あ、団長。こっちは、わたしの妹でシルヴィアだよ」
「お初にお目にかかります。エリカ騎士団の団長様。ランソム候が娘シルヴィアです」
「初めまして、シルヴィア様。あたしは、エリカ騎士団長のベアトリスです」
斜め後ろから、んん、とウルスラの咳払いが聞こえた。
「こちらは、エリカ騎士団の団長を務めております、モデスティー伯令嬢ベアトリス様です」
シルヴィアに対し、ウルスラが改めて紹介し直す。その言葉を聞きながら、ベアトリスは軽く首を傾ける。
「あ……父様の名前も必要なんですね」
「まあ、団長はどちらでもいいんですけど、今日は伯の名を前面に押し出した方が無難でしょうね」
「はい、わかりました」
ベアトリスはこくりと頷く。
社交界における、団長としての名乗り方は教えてもらったことがある。しかし、貴族令嬢としてのやり方は、誰からも教わっていない。
何もかもが、今日初めて知ることだ。
「オリオン」
右側から聞こえた声に、オリオンがピシッと硬直したのがわかった。
「まあ、こちらがモデスティー伯のご令嬢ね。初めまして、オリオンの母です」
「初めまして……あの、あたしは、オリオンさんのお母様は、オリオンさんと同じ髪と瞳の色と聞いています。あなたは、どちら様でしょうか?」
母親と同じ、異国の色。だからこそ、意味もなく目立っていたはず。
今、オリオンの母親と名乗った彼女と同じ色だったら。オリオンは恐らく、人見知りが激しいだけで、単なる変わり者としてすんなり受け入れられていただろう。
思ったことを、思ったままに。
容赦なく口に出したベアトリスに、ミランダとウルスラはもはや呆れ果てている。初めて目の当たりにしたシルヴィアは、右の指先を額にグッと押し当てた。ほっそりした指からは、すっかり色がなくなっている。
硬直していたオリオンは、ようやく我に返ったようだ。右手を動かし、ベアトリスの手にそっと重ねた。
「あ、それと、婚約に関するお話でしたら、父様にお願いします。あたしじゃよくわからないので、二度手間になってしまいますから」
ニッコリ微笑んで、バッサリ言い放つ。そんなベアトリスに、堪えきれなくなったウルスラが真っ先に噴き出した。つられたようにミランダが、さらにシルヴィアもクスクスと笑い出す。
「……どこにいても、どんな恰好でも、団長は団長だね」
「それが、うちの団長のいいところじゃないですか。団長からこれを取ったら、正直何にも面白くありませんよ?」
「あー、うん、そうだね」
顔を見合わせた二人は、そろえたようにため息を吐く。
「おや、ベアトリス嬢。ミランダと引き合わせてくれた時以来だね」
「あ、ランソム候。お久しぶりです」
ペコリと頭を下げるベアトリスに、ランソム候は苦笑いだ。
貴族からすれば、常にあり得ない言動を披露する。そんなベアトリスは、見ている分には面白い。
「今夜はあなたのための場ですが、少しだけお借りしても?」
「ええ、いいですよ。でも、ミランダを泣かせたら、許しませんからね?」
「おお、怖い。もちろん、悲しませることはしませんから、ご安心を」
ランソム候がベアトリスと話し始めたとたん、オリオンはフッと体の力を抜いた。
今、この場では、ランソム候が高位の家柄だ。彼の人脈は幅広い。不興を買えば、ますます権力から遠ざかるだろう。
「ミランダ、おいで」
「は、はい!」
一気に表情を強張らせたミランダは、チラリとシルヴィアを見る。だが、シルヴィアは、にこやかな微笑みを浮かべると、ヒラヒラと手を振った。
「行ってらっしゃいませ、お姉様」
不安を一切隠さないまま、ミランダはランソム候に連れられて、階段を上っていく。踊り場に着いた二人に気づいた貴族たちの視線が、そこへ集中する。
「お集まりの皆様、この場をお借りして、私からいくつか皆様へお知らせしたいことがございます。まずは……」
ミランダを手すりの近くへ引っ張り出し、ランソム候は自慢げに胸を張る。その辺りの行動は、シルヴィアとそっくりだ。
「庶子ではありますが、我が娘ミランダを紹介させていただきたい。あまりに美しく育っていたため、私もシルヴィアも、すっかり夢中ですよ」
そういった類いのことを、たまに言う人なのか。ごく一部以外には、好意的に受け入れられている。
「このミランダを、私の跡継ぎとします」
「えぇっ!?」
初耳だったらしく、ミランダが素っ頓狂な叫びをあげた。ベアトリスも、ミランダ同様、驚きに口をあんぐりと開けている。来客たちの大半も、一様に驚愕していた。
普段どおりの顔を保っていたのは、シルヴィア。それから、ウルスラとオリオンだ。
「ついでですから、ミランダの婚約者も紹介しましょう」
「え……?」
驚きから一転、ミランダは表情を強張らせる。
二階の廊下へ続くドアが、ゆっくりと開いていく。
そこに立っていた青年は、ミランダを見て破顔した。怖ず怖ずといった体で、中へ入ってくる。
(……え?)
見上げた先にあったのは、まったく知らない顔だ。いや、どこかで見たことくらいはあるのかもしれないが、ベアトリスの記憶にはない。
以前会いに行ったアマリリス騎士とも、違う。
「……あれは、誰ですか?」
「フェリックスさんですよ。アマリリス騎士の一員です」
「え?」
あの時呼び出したフェリックスは、かろうじて記憶にある。だが、見ている角度が違うことを差し引いても、間違いなく同一人物ではない。
そう、断言できる。
「ランソム候も、なかなかの人選をしますね。ちょっと見直しました」
「それにしても、よく、彼の家族が許可をしましたね……」
「相当苦労したらしいですよ? 情報の出所は秘密ですけど、そのために、ここ半月は、城にはいなかったそうですから」
小声でヒソヒソとやり取りする二人の会話を聞きながら、ベアトリスは思わず考え込んでしまう。
このところ、彼は城にはいなかったという。
では、三日前に会った『フェリックス』は、いったい誰だったのか。
「ちなみに、団長たちが会ったのは、フェリックス様の従弟にあたる方ですよ。同じ魔法使いの一族ですから、雰囲気は似ていますけれどね。ただ、昔から、フェリックス様はランソム候と接点があったらしいです。実は、ミランダが娘とはっきりしてすぐ、フェリックス様には意向を確認したそうですし」
「あ……」
あの時呼び出したのは、本物ではなかった。ランソム候はわかっていたから、婚約発表の場で驚かせると約束したのだ。
確かに驚いた。十分、驚かされた。
しかし、ミランダが落ち込んだ時は、いったいどういうことだったのか。今度は、そんなことが気になってしまう。
「ちなみに、その従弟というのがかなりのくせ者でして、フェリックス様が不在なのをいいことに、ミランダに嘘を吹き込んで、ランソム候にまで嘘をついて、うまく丸め込もうとしたみたいなんですが……まあ、先ほど言ったとおりの事情で、呆気なく」
「じゃあ、ミランダさんは……」
「驚きすぎて、声も出ないみたいですねー」
ハッとして目を向ければ、互いに真っ赤な顔で、もじもじしているミランダとフェリックスが見えた。すぐそばに立つランソム候は、ニヤニヤしている。
「……ランソム候は、嬉しそうですね」
「そりゃあ、策略がうまくいったからでしょうね。私は全部知っていましたから、何も驚きませんけど」
「わたくしも、知っていたわ。お姉様に爵位から何から、強引に押しつけてしまうことになるのだから、せめて最高の幸せくらいは贈って差し上げたかったの」
シルヴィアもウルスラも、知っていたから驚かない。それは納得できる。だが、オリオンはどうなのか。彼までが、この企みを知っていたとは思えない。
「ランソム候の現状をかんがみて、ある程度は予想していましたから、それほどでは……。何より、フェリックスさんからは相談も受けていましたので」
「そうなんですね。でも、ミランダさんが幸せなら、それでいいですよね」
ミランダを取り巻く世界は、いきなり変化した。今もまだ、目まぐるしく移り変わっている最中だ。
大きな流れに翻弄されて、自分を見失わないように。重大な場面で、判断を誤ってしまわないように。
団長として、似た立場の者として、できるだけ彼女を助けていきたい。




