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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第三章 徒花
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一章 1

 メイベルが持ってきた手紙は、すでに開封されていた。どうやら先に、国王へ見せてきたらしい。結果として、対応を丸投げされたのだろう。

 それを受け取り、砕けた封蝋を確認して、モデスティー伯は中身を取り出す。

 封筒自体、割と分厚いと思っていた。中身は、四つに折りたたまれた便せんが五枚。

「……こんなに言いたいことがあるとはな」

「鬱陶しいことこの上ないのですけれど……まあ、しょせん、サマラ王妃の考えですわ」

 元々、メイベル自身は、モデスティー伯に心から賛同している形ではなかった。単に、姉サマラが嫌う人間の味方をしようと考えただけだ。それゆえ、公言はするものの、進んで近づきたいとは思っていなかった。

 しかし、ベアトリスと関わるうちに、近寄りがたい悪魔のような人間は、ごく普通……とは言いがたいが、人間から大きくかけ離れた生き物ではないとわかったのだ。

 何より、最も手慣れたベアトリスから、彼への上手な近寄り方を教わっている。

 これからは、それほど怖がる理由はないだろう。

「それでも、サマラ王妃に出てこられると、国内の反対派が喜ぶでしょうね。まったく、愚かな臣下たちですこと。王太子殿下は中立が原則ですもの、彼は除くとしても、続く王子がことごとくモデスティー伯に反発しない理由を、少しは考えた方がいいと思いますわ」

 メイベルが物心ついた頃は、兄王子たちは基本的に中立派だった。むしろ、王太子寄りだったと言っていい。当時のモデスティー伯子息も、まだ頭角を現してはいなかった。

 状況が一変したのは、モデスティー伯の襲爵が行われた後だ。

 どんどん上り詰めるくせに、弱みを一向に見せない。そんなモデスティー伯に、貴族連中は大いに恐怖を抱いたのだろう。

 中立から動こうとしない王子たちには、あっさりとすり寄ることをやめた。幼い末王子には、どうやら最初から期待していなかったらしい。結果として、ある程度の発言権を期待できる第一王女に、主な狙いを定めたのだ。

 モデスティー伯を排除しようとする動きに、いち早く牽制を始めたのは第二王子だった。今でも彼は、モデスティー伯の擁護をしている。メイベルは、それに便乗した形だ。

「王子連中は、表立って俺を非難はできないだろうな」

 冷ややかに笑うモデスティー伯に、メイベルはブルッと身震いする。

 現状でモデスティー伯がいなくなれば、国政が完全に滞ってしまう。彼と同量の仕事をこなすには、優秀な文官が最低二人は必要だ。常時安定して処理するためには、五人ほど人員を割かねばならない。

 たとえ中立派の王子であろうと、モデスティー伯を排除する動きには眉をひそめる。その意味がこれっぽっちも理解できないのが、反モデスティー伯派なのだ。

 読み終えた便せんを床へヒラリと落としながら、モデスティー伯はひっそりと息を吐く。

「……しかし、相変わらずだな。惜しいところで足りていない」

 以前、同じような評価を聞いた。そんな覚えがあったのか、隅に控えていたオリオンが小さく噴き出す。

 だがすぐに、今は笑っていい状況ではないと思い直したのか。オリオンは軽く咳払いをして、再び会話に耳を傾ける。

 その間も、書類の山の前に座り込んだウルスラは、着々と仕分けを続けていた。

「あなたにその評価をされるということは、割とマシな方ですよね? まあ、足りないっていうくらいなので、敵じゃないんでしょうけど」

「ああ、そうだな。あれは俺の敵じゃない」

「でも、面倒ですよね。こうも立て続けに攻められると、ちょっと団長が心配になりますから」

「案ずるな。今回はきっちり、敵を減らす策は考えてある」

 鼻で笑ってから囁いたモデスティー伯に、ウルスラは漫然と顔を持ち上げた。メイベルとオリオンも、視線を彼に固定する。

「確か、今年はまだ、野営訓練はしていなかっただろう? あれを利用させてもらう」

 野営訓練は、各騎士団に対し、半年に二回、半分ずつの団員を参加させて行うものだ。何日か、森に泊まり込んで活動を行うため、比較的気候のいい時期にすることが多い。

 誰しも、真夏の暑い最中や、冬の吹きすさぶ風の中では行いたくないだろう。

「エリカ騎士を半分にすると、人数の不安もあるからな。一度で済ませる……というのは建前だ。サマラ王妃派は今、俺の弱みを握りたい。俺は相手の戦力を削ぎたい。まずは、この野営訓練は、ビーの弱点を見つけ出す最適な口実になると、向こうに思わせるんだ」

「……ちょっと聞きますけど、伯は何を企んでます? 何か、すっごい嫌な予感というか……ひょっとしなくても、うちの団長って、ホートン候夫人の同類だったりします?」

 やや怯えをにじませるウルスラの問いには答えず、モデスティー伯はかすかに微笑む。しかし、ウルスラはそれですべて察したらしい。

 完全に引きつった顔で、不自然に、書類の山に没頭する素振りを見せ始めた。けれどその手はカタカタと震え、とても作業にはなりそうにない。

「ガザニアからはオーソンを出させる。お前たちは副官を出せ。わざわざ苦痛を味わいたいのなら、話は別だがな。送り出す団員も、できるだけ、サマラ王妃派を多くしろ。ただし、疑われないよう、そうじゃない人間も適度に混ぜておけ。これは単なる偶然で、人間凶器のなせる技だった、とな」

「……いったい、何が起きるんですか?」

 恐る恐る問いかけたオリオンに、モデスティー伯はやはり答えない。

「そうだ、ウルスラ。エリカ騎士には事前に、ビーの料理は絶対に口にするなと伝えておけ。それから、野営の食事当番の時、ビーには料理をさせるな、と必死に言わせろ。それで敵は策にはまる」

「……やっぱり伯は、悪魔ですね。私、そんなひどい作戦、見たことも聞いたこともありませんよ? 夫人と同類なら、相当ヤバいでしょ? 人間凶器とはよく言ったものですよね。というか、団長が傷つくんじゃないですか? あれ、試しにひと舐めしたことありますけど、耐性がなくて、私ですら二日ほど寝込んだ代物なんですから。訓練で死人が出ますよ、絶対」

「二口以上食べられる猛者がいれば、そうなるかもな。たいていはひと口で噴き出して断念するから心配ない。それからビーに関してだが、恐らく、料理に意識が向けば嫌でも思い出して察する。俺があれ以来、手料理を所望していない理由にな」

 きっぱり言い切るモデスティー伯に、ウルスラはすっかり蒼白になった顔を向ける。彼女の様子に、何かを察したのか。メイベルとオリオンも、明らかに顔色が悪くなっている。

「なぁに、そう苦しむことはないだろう。エリカ騎士にも一応、治癒タイプの魔法使いがいるんだ。まあ、精神的な打撃はまったく癒やされないがな。そうそう、アマリリスから一人、治癒タイプを突っ込んでおけ。そいつを優先的に治療するよう、ビーには伝えておく」

「……これでまた、伯の悪魔の所行がひとつ増えましたね」

 ボソリとしたウルスラの呟きを、モデスティー伯はサラリと聞き流した。


         ‡


「えっと、野営訓練、ですか?」

 オウム返しに呟いて、ベアトリスは首をこてんと傾ける。

 団長たちと朝食を食べている最中に、メイベルから決行のお知らせを聞かされたのだ。

「そうよ。本来は、もう少し早い時期にやるのだけれど、今年はエリカ騎士団のことと、シンティア王女が来ていたでしょう? それで遅くなってしまったから、少し慌ただしいけれど、今のうちにやっておこうとなったそうよ」

「野営訓練って、毎年春頃と秋くらいに団員半分ずつでやる、あれ? そういえば、まだやってないね。まあ、サマラ王妃が首突っ込んできたら、またそれどころじゃなくなっちゃうしね」

 にこやかなヴァーノンに、メイベルが冷ややかな眼差しを向ける。

 彼は、ウルスラですらひどく怯える計画の、犠牲にはならずに済む。

 それは、どちらかというと、中立派に近い位置に彼自身がいるからか。はたまた、明確なモデスティー伯派であるオーソンをしっかりと巻き込んで、単なる偶然と主張するためか。

 どちらが主な理由なのか。今でも、メイベルにははっきりとわからない。

 ただし、リナリア、アマリリス、ガザニアから副官を出すと決定している。それはつまり、よりによって、コキアとベロニカの団長が参加する理由になるのだ。

 女好きと自分好き。それに、まだまだ未熟なベアトリスを加えた三人が、監視という立場に立つ団長になる。

 安心どころか、多大な不安しかない。

 正直、完全にオーソン頼みだ。

「エリカ騎士は人数が少ないから、全員参加でしてよ。陛下の承認もいただいているわ。この訓練の間は、警護の必要な貴婦人は、リナリアの護衛で耐えてもらう予定ですわ」

「あれ? じゃあ、メイベルは残るんだ?」

「私もこちらに残ります」

 オリオンが小さく手を挙げながら告げると、ヴァーノンが顔をググッとゆがめた。

 堂々とベアトリスの味方ができる二人が、野営訓練には不在となる。

 その意味を、強く痛感したのだろう。また、同時に、裏側に隠された企みも、薄々察したのかもしれない。

「じゃあ、僕もこっちに残るよ。さすがに、団長か副官でモデスティー伯寄りの人間が一人もいないのは、ちょっとベアトリスにきついだろうし」

 鏡を片手に食事をしているテレンスは、会話をきちんと聞いているのかどうか。コーデルはコーデルで、エリカ騎士が参加と聞き、目をキラキラと輝かせている。

 心配も不安も尽きない、心底最悪な組み合わせだ。

「ベアトリス、いいこと? せいぜい、長くて四泊五日の訓練ですけれど、もし万一何かあったら、すぐにオーソンを頼りなさい。他は誰が出るかわかりませんが、ただの団員や他の団長、副官に比べれば、明らかにオーソンが上ですもの」

「はい、わかりました」

 相変わらず、ベアトリスは素直にこくりと頷く。

 厄介な問題児二人と、ほぼ孤立無援の訓練に放り込まれてしまう。そのことには、ひとかけらも思い至っていないようだ。

 全員が無事に帰ってこれるのか。

 そんな初歩的な疑問が、フッと頭を過ぎる。メイベルとオリオンはほぼ同時に、こっそりとため息をついた。

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