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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第三章 徒花
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序章

 国から護衛が迎えに来たため、シンティアは今日、帰国する。彼女を出迎えた顔触れに、ベルギルを追加した面々で見送りに出た。

「ベアトリス、ありがとう。とても楽しかったわ」

「あたしも、いろいろ勉強になりました。こちらこそ、ありがとうございました!」

 ペコリと頭を下げるベアトリスに、シンティアは苦笑いに似た吐息をこぼす。

「本当に、ベアトリスは素直ですこと。シンティア王女も、少しは見習ったらどうなのかしらね」

 ちょいと肩をすくめたメイベルが言い放ち、シンティアはすぐさま噛みつこうとする。それを制するように、ベルギルがメイベルの後頭部を軽く叩いた。

 完全に油断していたようで、メイベルの頭はガクンと前に落ちる。

「……ベルギル王子に殴られる覚えはなくってよ?」

「俺の大切な婚約者を貶したんだ。相応の覚悟があってのことだろう?」

 体勢を立て直したメイベルが低く呻くと、ベルギルはサラリと言ってのけた。

 これまでは、人前でその手のことを言う人間ではなかったのだろう。一瞬で真っ赤になったシンティアはもちろん、メイベルもヴァーノンも、すっかり硬直している。

 ベアトリスはキョロキョロと、全員を順々に眺めてしまう。

「シンティア……今度は俺から会いに行く」

 驚いたように目を見開き、シンティアは何度も瞬きを繰り返す。それからゆっくりと破顔した。

「お待ちしております、ベルギル様」

 嬉しくて、幸せでたまらない。

 そんな表情で笑うシンティアに、ベアトリスもつられたように、やわらかな笑みを浮かべる。

 ほのぼのした雰囲気と、妙ないたたまれなさが同居している。その空気を壊すように、馬が一騎、全速力で駆けつけてきた。

「何ごとですの?」

 冷ややかに見つめるメイベルに、伝令はやや怯んだ様子だ。しかしすぐに、手にしていた封筒をメイベルに押しつける。

「ラエティティア王国連邦のフィエリテ王国からです。お読みいただき、早急に判断を下していただきたいとの、サマラ王妃直々の伝言もございます」

「……このまま持ち帰りなさい。レーニアの独断で追い返されたと伝えれば、あなたは咎められないでしょう」

「い、いえ、必ず渡すよう仰せつかっております。突き返された場合には、この命を持って償え、と……」

 メイベルは形のよい眉を、ギュッと寄せ合う。ベルギルも苦い顔だ。シンティアはわずかに眉をひそめている。

 ヴァーノンだけが、なぜか楽しそうに笑っていた。

「これは受け取って差し上げるわ。その代わり、あなたはさっさと戻りなさい」

 言外に邪魔だと言い放ち、メイベルは伝令を仕草込みで追い払う。その後ろ姿が完全に見えなくなってから、ヴァーノンが笑いながら口を開く。

「なーるほどね。サマラ王妃ってことは、わがまま王女の差し金ってことじゃん」

「ヴァーノンは少し黙っていてくださる? この頭痛の元を、今すぐどうにかしなくてはいけないわたくしの身になりなさい、ね?」

 相当苛立っているのか、メイベルは冷え切った空気をまとっている。だが、ヴァーノンは改めるつもりはないようだ。ニコニコしたまま、ぐーっと伸びをしている。

「サマラ王妃も、わがまま王女よりマシとはいえ、メイベルみたいな人だったじゃん? どうせその手紙に全部書いてあるんでしょ? 後は陛下とモデスティー伯に押しつけちゃえばいいよ。面倒ごとはその二人が頑張るって、ずいぶん前に決まっちゃったも同然だし」

「……しばらく、モデスティー伯が手のつけられないほどに荒れ狂ってもいいのでしたら、わたくしも迷いなく押しつけますわ!」

 悲鳴に似たメイベルの低い呻きに、誰もがしんと静まり返った。

「あの……」

 ちょこんと首を傾げながら、怖ず怖ずとベアトリスが声を発する。とたんに、メイベルは冷たい視線をベアトリスへ向けた。

「えっと、その、サマラ王妃? って、誰ですか?」

 完全に毒気を抜かれたらしく、メイベルから険呑な空気は消え去っている。うつむくヴァーノンの肩が小刻みに震えているのは、笑いを堪えているからか。ベルギルやシンティアは、完全に呆れ顔だ。

「わたくしの姉よ。希望どおりの国へお望みどおりの地位で嫁いで以来、一応は大人しくしていると思っていたのですけれど……どうやら、ただの思い違いだったようね」

「あ、メイベルさんのお姉さんなんですね」

「順番としては、俺の下でレーニアの上だ。フロース王国の悪女と名高いサマラを知らないとは……本当に世間知らずの団長だな」

「そうなんですか? すみません」

 兄弟に説明を受け、突っ込まれ、ベアトリスはぺこりと軽く頭を下げる。素直な反応に、かえって良心が咎めたのか。ベルギルはあらぬ方向を眺めたまま、再び言葉をつむぐ。

「……王太子と俺は中立、兄とレーニアはモデスティー伯寄り、妹たちとジェロームは反モデスティー伯派だ。何かあって王族に頼るなら、レーニアか兄の派閥にしておけ。他は日和見か敵だ」

「えっと、つまり、第二王子とメイベルさんだったら大丈夫ってことですね」

 全員の関係をすぐさまきっちり把握するのは、ベアトリスにはまだ難しい。

 まずは味方になってくれる人間を把握し、それから敵を記憶する。中立の、どっちつかずの人間は後回しだ。

「いいこと、ベアトリス。何かあった時、情報を得た時は、まずオリオンかウルスラに報告なさい。時間や場所によっては、オーソンでもかまわないわ。ただし、絶対に一人で抱え込まないようにしなさいね? サマラ王妃は、ひと筋縄でいく相手ではないの。あなたが我慢して黙っていては、こちらも手の出しようがなくなってしまうことだけは、忘れずにいてちょうだい」

 妖艶に微笑んで、指先に軽々と手紙を挟んだメイベルは、優美な足取りで城内へ入っていく。恐らく、モデスティー伯か国王に手紙を届けるのだろう。

「僕は、ベアトリスの我慢強いとこ、割と好きだけどね。でも、それは時と場合によって、味方への最悪な凶器になるって、メイベルは言いたかったんだよ」

 ニッコリ笑っているけれど、口調は決して穏やかではない。むしろ鋭さのあるヴァーノンに、ベアトリスはキュッと口を引き結んで頷く。

 連携がまったく取れていない状態で、不意の敵襲を受けること。味方のはずが、信じられずにバラバラになってしまうこと。その恐ろしさは、身をもって理解した。

 二度と、あんな失態はさらさない。

 そう、心に決めたのだ。そのためにできることは、少しずつでも、身につけていくつもりでいる。

「あ、それと、サマラ王妃が出てきちゃうと、僕は表立って動けないからよろしくね」

「え?」

 意味がわからず、ベアトリスが首を傾げる。同じように、ヴァーノンもこてんと首を傾けた。

「あれ? 言ってなかったっけ? 僕の今の家、元々サマラ王女派なんだよね。僕には関係ないって思ってるけど、こういう時に従わないのはちょっとまずくってね。あと、コーデルとテレンスもダメだよ? 家が反モデスティー伯派だったり、中立派だったりするから。まあ、あの二人は元からそんなに役には立たないけどね」

 重要なことを教えてくれるのは、非常にありがたい。

 詳しいことはわからないが、今回、メイベルとオリオン以外、団長も堂々と味方はしてくれないようだ。騎士たちも、それぞれの派閥に関連して、自由には動けなくなるのだろう。

「……じゃあ、エリカ騎士が一番、自由に動けるってことですね」

「うん。どこの騎士団も、団長がモデスティー伯派だと、副官が反モデスティー伯派。逆だと、一応逆ってことになってるから。特に、アマリリスとリナリアはねじ込まれてたりして、そういう関係になってる。まあ、ガザニアはマシな方だよ? 副官がちゃんと、モデスティー伯派だから。コキアなんて、まるっと無視されてるよ? まあ、元々、反発側が作ったお約束だからね。そういえば、エリカだけだね。変なしがらみもなければ、団長と副官候補がそろってモデスティー伯派だなんて」

 そこまで話しておきながら、不意にヴァーノンは言葉を途切れさせる。

「あ、ちょっと話しすぎちゃったかな? まあ、いいよね、どうせこれから、嫌でもわかることなんだし。わかんないことがあったら、直接部屋にでも来て。ベアトリスが何にも知らないで巻き込まれるのが、すっごい怖いことなんだって、今回のことで僕にもよーくわかったし。あ、そうそう。サマラ王妃が引っ込むまでは、他の場所でいつもみたいに馴れ馴れしくされると、僕の立場が危なくなるから、ちょこっと控えててね?」

「はい、わかりました」

 おしゃべりが過ぎたように装ってはいるが、今から必要になる情報ばかりだ。

 じゃあね、と微笑んで歩き出したヴァーノンは、不意に視界から消えた。つーっと目線を下げれば、相変わらず、何もないところで転んだらしい。

 すっくと立ち上がって、スタスタと無言で歩いていく。

 一種、異様な光景に、ベルギルとシンティアは硬直している。

「……シンティア姫、そろそろ」

 いち早く硬直から抜けた護衛に促され、シンティアは慌ててコクコクと頷く。

「え、ええ。わかりましたわ」

 ベルギルの手を借りたシンティアは、急いで馬車へ乗り込む。

 まずはベルギルに、それからベアトリスに、最後にもう一度ベルギルに視線を向けたシンティアは、ニッコリと微笑んだ。

「ベアトリスからの手紙と、ベルギル様のご訪問、心からお待ちしております。それから、アレグリアで毎日、ベアトリスの武運を祈ることにしますわ」

 シンティアの言葉を受け、護衛の騎士が御者に出発の合図を出す。周囲をしっかりと取り囲む騎士に守られながら、馬車はゆっくりと動き出した。

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