表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第一章 始まり
3/80

一章 2

 中春(ちゅうしゅん)二十五日。のんびりとした三時課(さんじか)の鐘が、そこかしこで軽やかに鳴り響く。

 フロース王国の王城前は、さまざまな年齢の女性で、とにかくあふれ返っていた。先頭の誰もが得意とする武器を所持し、必死に自分を売り込んでいるようだ。

 使い込んだこの鍋とお玉が自慢の武器だ、と主張して、一向に譲らない中年女性。薄く生えたヒゲを含め、どこからどう見ても女装にしか見えない男。そういった趣旨を違えている者が、いくらか混ざっている。

 受けつけている騎士たちを、そうしてとことん困惑させる者がいるせいか。長い列はなかなか進んでいかない。

 これがもし、夏の厳しく照りつける炎天下や、冬の吹きすさぶ冷たい風の中だったら。間違いなく、体調を崩す者が続出しただろう。

(いつになるかなぁ……)

 少女はぴょんぴょん跳んで、見えないなりに前方を確かめている。そんな時、受付とは少し離れたところにある門から、何人かの騎士が出てくるのが見えた。服は赤、青、黄、紫、黒の五色。

(あれってもしかして、フロース王国騎士団が勢ぞろい?)

 赤は、魔法使用者のみが所属するアマリリス騎士。青は、槍を扱う者を集めたベロニカ騎士。黄は、剣を得意としているガザニア騎士。紫は、要人警護を主な任務としているリナリア騎士。リナリア騎士は、団員となる条件が、圧倒的な美形であることと、まことしやかに囁かれている。黒は、馬を手足のように扱える者だけで構成される、コキア騎士特有の色だ。

 服が紫色の人物以外は、服の形が同じだった。

 それぞれの騎士団は、色によってひと目でわかるようになっている。団長を務めている者だけが金の縁取りを許され、他の団員は銀の縁取りだ。

 ぴょこぴょこ飛び跳ねながら、必死に目を凝らしてみれば。今出てきた五人は、誰もがキラキラ輝く金の縁取りで。

(新しい騎士団を作るための人員募集に、五団長がわざわざ勢ぞろいって、ちょっとすごいよね?)

 彼らの存在に気づいた前方からは、早くも黄色い歓声があがっていた。握手を求める言葉は当たり前で、臆面もなく愛を叫ぶ声まで聞こえてくる。

 日の光を受けて、キラキラと輝く金髪が眩しい。青い服も、彼に似合いだ。まさしくどこぞの王子様と言った風情の青年が、中でも特に目立っている。やる気がかけらも感じられない欠伸と、やや背を丸めて嫌そうに歩いている点。そこだけが、取り立ててあげつらう難点だ。そのくせ、時々物色するような視線を、受つけ待ちの列に投げかけている。

 彼の前を歩くのは、オレンジがかった黄色の服を着ている男性だ。こげ茶の癖毛と愛嬌のある笑顔が印象的だが、顔立ちは幼さを感じさせる。声をかけてくる女性たちに手を振り、求められた握手にも片っ端から応え、しっかり愛想を振りまいているようだ。ただ、ごくたまに、フッと姿が見えなくなる。

 並ぶ女性たちからは遠い側で、二人の後ろで背を丸めて歩いているのは赤い服の男性。闇夜のような髪を左肩の上でひとつにまとめ、肩から胸へと流している。首には、彼の右手側から赤、紫、赤、緑の順に宝石が並べられた、飾り気のない首飾り。かえって歩きづらそうなほど、並ぶ列と反対に顔を向けている。そのため、彼の顔立ちも表情も、何一つうかがい知ることはできなかった。

 彼らの後に続くのは、絶世の美女という表現さえかすむ、紫の服の女性だ。黒い日傘を優美に差す、その指先からも色香がほろほろとこぼれ落ちている。女性ゆえか、他より服の裾が二十センチほど長い。彼女が足を踏み出すたびに、長い白金色の巻き髪と、たわわな胸がユラユラ揺れる。歩き方だけでなく、仕草ひとつひとつから妙な色香が垂れ流されているのか。近くにいる者はみな我を忘れ、うっとりと彼女を見つめている。

 最後を歩いてくるのは、朱色の髪に黒い服をまとう、目を見張るような美青年だった。やや面倒くさそうに愛想を振りまいている。どんな言葉を口にし、どういった動きをすれば、自分がより美しい存在に見えるか。そんな彼が見せる、彼自身を知り尽くした所作が、無性に鼻についた。

(あたし、他の騎士団だったら、リナリア騎士がいいわ)

 魔法は使えないから、アマリリス騎士はない。それとほぼ同じ理由で、ベロニカ騎士はまず無理だ。女性の団長で、任務も要人警護。女性専門の警護部隊となるエリカ騎士と、リナリア騎士は役割が似ている。そのあたりが、そんな思いを抱かせたのだろう。

 女だらけの家にいることが多く、平均よりあからさまに身長が低い。同性ですら見上げることが多いのに、知らない男性はなおさら苦手だ。中でも、威圧感を受けるほど、背が高く体格のいい男性は特に。

 団長たちは、一番低そうなガザニア騎士団長でも、せいぜい男性の平均といったところか。女性だが、踵の高い靴を履いているらしいリナリア騎士団長は、彼よりさらに背が高い。長身の美女だ。

 幸か不幸か。彼らは少女のいる場所より手前で、伝令の接触を受けて引き返した。

(よかったぁ……)

 近くまで来ていたら。きっと間違いなく、彼ら目当ての女性に突き飛ばされるか、押し倒されて踏みつけられるかしていたはずだ。

 これから大事な試験を控えている身で、ケガなどしたくはない。

(早く、あたしの番が来ないかな)

 焦れて逸るほどゆっくりと列が進んでいくのを、胸を高鳴らせて待っている。ただそれだけで、だんだん期待と緊張が大きくふくらんでいく。

 やがて、彼女の順番がやってきた。目の前にいる黄色の制服を着た騎士は、少女を見るとパッと破顔する。その笑顔に、見覚えがあった。とっさに名前は出てこなかったが、まごうことなき知った顔だ。

 かなりぎこちないとは思うが、どうにか笑みが浮かぶ。

「おっ、四番街(よんばんがい)弓姫(きゅうき)じゃん。受けに来たんだ? ……大丈夫?」

「お久しぶりです。あ、兄様の許可はちゃんともらってますから、大丈夫です!」

 ぺこっと頭を軽く下げて、少女はあたふたと説明する。

 王城へ通いやすく、立派な屋敷ばかり。結果として商店の数も多い南側が、一番街(いちばんがい)と呼ばれている。東が二番、西が三番だ。北側の、暗くてじめっとした印象のある区画が、少女の暮らす四番街だ。当然、治安もよくない。それゆえ、少女は自発的に自警団に所属している。

 獲物を殺さず、けれど逃さない。そんな弓の腕前から、ついた通り名が『弓姫』だった。呼ばれる時も、名前より通り名ばかりだ。彼女よりいくらか年上の者からは、なぜか『四番街の弓姫』と呼ばれることが多い。

「最初は実技だけど、弓姫ならまず大丈夫だろ。中に入ってすぐ右に曲がって、壁伝いに歩いたらすぐだから」

 以前ちょっと大きな捕り物をした際、協力した縁で腕を知られている。そのため彼は、名前と使用武器を確かめるとすぐに通してくれた。

 木々が緑の葉をサラサラと、涼しげに揺らす。隙間から漏れ落ちる木漏れ日は、位置と形を絶え間なく変える。心地よい晩春の風を体に受けながら、少女は軽やかな足取りで歩いていく。

 たどり着いた場所は、広々とした庭だった。土がむき出しだが、きちんと固めてある。仮に強い風が吹いたとしても、砂埃が舞い上がることはなさそうだ。打ち合いも十分可能な広さがあり、壁に様々な武器が立てかけられている。そのどれもが、刃先を潰してある練習用のものだ。

 そこでは、実技と無関係の試練が待ち受けていた。

 何の因果か。居並ぶ五人の試験管が、そろいもそろって強面の中年男性ばかり。その上、体格もいい。彼らの厳つい顔の怖さより。ツルツルしてピカピカ光っている頭より。全身から放たれる威圧感が、何より恐ろしい。

 体が勝手に、カタカタ震えてしまいそうなほどに。

「まずは名前を教えてもらおうか」

「ベ、ベアトリスです」

 兄との約束どおり、家名は出さない。それを口にすれば、試験が受けられなくなる。そうでなければ、問答無用で通されるだろう。

 ベアトリスは、どちらも望んでいない。

「得意な武器は何かね?」

「え、えーっと、弓です。それから、剣も少し」

「……弓の精度はどのくらいだ?」

「多少は条件で左右されますが、今この場でなら、ほぼ的中と思います」

 最も怖い顔で、背が高く体格もずば抜けている男性が、ピクッと頬を引きつらせた。彼は無言で立ち上がると、ベアトリスから十五メートルほど離れた木に近寄る。そして、彼女に向かって言い放った。

「では、今から私がこの木を蹴る。すべての葉が落ちるまでに、何枚射抜けるか。その結果を見て、お前の合否を決めよう」

「は、はい!」

(そういうのは母様や兄様とよくやったし、多分大丈夫)

 初めて弓を持った日からずっと、落ちる葉を射貫く訓練は欠かしていない。それよりもっと厳しい訓練も、幼い頃から必死にこなしてきた。

 自信は、ある。

 腰に下げていた弓を、わざとゆっくり外す。

 持ち手を金属でしっかり補強し、イチイの木からベアトリスに合わせて作られた一品物だ。小弓(しょうきゅう)と呼ぶにはいささか小振りか。しかし、ベアトリスが持って構えれば、ごく一般的な小弓の大きさに見えた。

 右腰の矢筒のふたを、慣れた手つきで開ける。するっと引き抜いた一本を、おもむろに番えた。大きく息を吸い、一気に吐き出す。

 それまで怯えがにじんでいたベアトリスの瞳が、スッと凪ぐ。それを見て取った男性は、宣言どおり、木を倒しそうな勢いで蹴った。

 ヒラヒラと落ちる葉は、まるで舞い踊るように、不規則に動きを変えた。一枚だけを射抜けと言うならばまだしも数を競うなど、最初からベアトリスに不利な試験だ。

 鋭く空気を切り裂く音の直後。男性が蹴った木の幹に、一枚の葉を貫いた矢がざっくり刺さった。さらに風を切る鋭い音は続く。地面や幹、枝に刺さる矢。壁にぶつかって地面に落ちる矢が散らかっていく。

 その矢尻はどれも、葉を貫いている。

 最後の一枚を貫いた矢は、木の根に刺さった。

「……ふぅ」

 知らず知らず詰めていた息を、思い切り吐き出す。それからベアトリスは、剣帯の左腰後ろについた金具に、弓の持ち手をきっちりはめ込む。

 始まったら射るのにすっかり夢中で、何枚刺さったかまったく確かめていなかった。だから結果が怖くて、楽しみで、胸がドキドキして落ち着かない。

「……合格だ。文句のつけようがない」

 耳の中で脈打つ音が邪魔をして、男性の低い声がよく聞こえなかった。申し訳ないと思いつつ、それとなく首を傾げる。

「あの……?」

「射抜いた数は二十三枚。葉のほぼ中央を貫く精度はもちろん、この時間で二十三枚という速度は、リナリアでも即座に騎士となれる水準だ。馬上でも可能ならば、コキアでもいい」

 ぽかんと口を開け、パチパチと目を瞬かせる。そんなベアトリスに、言葉がじっくり浸透していくまで、わざわざ待っていたのか。

 しばらく口を閉ざしていた男性は、もったいぶって声を発した。

「実技は合格だ」

 大きく口を開けたが声は出ず、ベアトリスはただただ目を見開くしかできない。

「次は面接だ。城の壁に沿って歩いて行くと、広間へ入れるバルコニーがある。そこから中へ入るように」

「は……は、はい!」

 ここからが本番。

 男性の威圧感についつい敬礼してしまったベアトリスは、キュッと頬を引き締める。

 堅牢な石造りの城は、外観は華やかさとはほど遠い。言うなれば、質実剛健という言葉がよく似合う印象だ。

 言われたとおりに歩いた先で、ベアトリスはことさら目を丸くした。

 張り出したバルコニーには、雨に濡れないよう、張り出した大きな屋根がある。五段の階段は一段一段が低く、真っ白だ。どこもかしこも薄汚れていない。支えることを前提にした手すりは、見た目は少々無骨だ。しかし、近寄れば、丁寧で細かな彫り物が施されていることがわかる。

(ひょっとして、ここ……かな?)

 恐る恐る階段を上り、総レースのカーテンがかかった窓をそっと叩く。室内の様子は、一切うかがえない。

 中から「どうぞ」と男性の声で返事があった。

 どうやら間違っていなかったらしい。ホッとして窓を開けたベアトリスは、顔を引きつらせて思い切り閉める。

(え、えっ? な、何で? も、もしかして幻覚!?)

 開けた拍子に、ふわりと揺れてめくれたカーテンの向こう側。ほんの一瞬だったが、目に焼きついているのは、思い思いの姿勢でくつろぐ四人の姿だ。彼らの服は、それぞれ色は違うが、縁取りが金色である点は同じだった。

 今度はそっと薄く窓を開けた。指先でちょいとカーテンを避け、わずかな隙間から中を怖ず怖ず確かめる。

 二階へ出入りできるらしい左手側の階段の影で、赤色の何かがうずくまっている。さっき覗いた一瞬では、まったく気がつかなかった。右側の階段の手すりには、コキア騎士団長が全開の笑顔でもたれかかっている。左の壁に埋め込まれた暖炉の前では、青い服の男性がだらだらと寝転がっていて。

(うわっ、本当に騎士団長様が勢ぞろいしてる!)

 部屋のほぼ中央には、紅茶が五つ置かれた大理石のテーブルが鎮座していた。それをぐるりと囲む、立派で豪奢な皮張りのソファ。窓に顔を向けてにこやかに座っている女性の体は、かなり沈み込んでいる。

 この手が触れている総レースのカーテンは、庶民には到底手出しできない値段だろう。全面に敷かれた赤い絨毯も、見るからにふかふかしている。すでに転がっているベロニカ騎士団長と一緒になって、寝転がって肌触りを楽しんでみたい衝動を堪える自信がない。

 こんな部屋で、こんな状況で。騎士団長たちと、のんきに気さくに、他愛のない世間話でもしろというのか。

(無理無理、そんなの絶っ対無理! だって、団長してるってことは、家柄も立派な人たちってことだし!)

 最低でも、社交界に出ることが許される家柄でなければ、団長にはなれない。たとえ、他の誰より腕が立つとしても、だ。そのことを、ベアトリスは兄に聞いて知っている。

 兄の意向とはいえ、十七にもなって社交界に出ていない。そんな小娘が、おいそれと顔を合わせていい類の人たちではないはずだ。

 ドアに背を預けている黄色い服の男性が、部屋の隅に向けていた視線を、不意にベアトリスに投げかける。カーテンの隙間から覗いているだけのベアトリスに、いい加減業を煮やしたのだろうか。彼は、ニコニコしながら近づいてきた。

 見たところ二十歳そこそこといった彼が、団長を務めているとはにわかに信じがたい。しかし、金の縁取りをまとうのだから、家柄も実力も保証されているのだろう。

「うぁっ!」

 彼は途中、何もない場所で足を取られたかのごとく、いきなり転んだ。

 ふかふかの絨毯へ、豪快に顔から突っ込んだ彼に、ベアトリスは思わず目を瞬かせる。けれど、彼は何もなかった様子で立ち上がり、再び歩いて目の前で腰を落とす。

 目線がほとんど変わらなくなって、ベアトリスはホッと息を吐き出した。知らず知らず入っていた肩の力も、すとんと抜ける。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ