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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第二章 初仕事
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三章 3

「いいですか? シンティア王女には絶対に、死んでも知られないようにしてくださいね? あの王女はとにかく口が軽いので、気がついたらあの人が行方不明だと、王都中の人間が知ることになりますからね?」

 そう、ウルスラに何度も繰り返し念を押された。ベアトリスは浮かない顔のまま、シンティアとともに茶を飲んでいる。

 代わりの騎士を立てたウルスラは、オーソンたちに合流して情報収集をしている。彼女が一番、その手のことに向いているらしい。ぜひ貸して欲しいと、オーソンとオリオンに頼まれたからだ。

 その分、人員調整が難しくなったため、代わりとして外を固める騎士を増やしてもらった。

 本来、今日が休日だった者には、後々、他者ともめない程度の特別な何かを支給することになっている。恐らく、滅多に手に入らない、珍しい菓子類になるだろう。それも、他の騎士たちに取り分けられるような。

 その報賞は、救出した兄に手配してもらうつもりだ。

「……ねえ、ベアトリス。何か心配ごとがあるのかしら?」

「え……」

「戻ってからずっと、沈み込んでいるでしょう? 何か、あったの?」

 顔に出さない。それがまったくできない性分だ。わかっているのに、うまく取り繕うことができない。

 そのくせ、あからさまな嘘もつきたくない。

 とんでもなくわがままだ。その自覚は、十二分にある。

「……私的なことで、少し嫌なことがあっただけです。ちゃんと、切り替えないといけないのに……難しいですね」

「嘘をおっしゃい。あなたが『少し』嫌なことがあった程度で、そこまで落ち込むものですか。今まで、前向きなことしか言っていないでしょう? そもそも、わたくし、あなたが落ち込んでいる姿を見た覚えはなくてよ」

 ピシャリと言い切られて、ベアトリスはゆるゆると視線を落とす。そこには、太ももの上でギュッと握られた、両の拳がある。

 今すぐ探しに行きたい。この手で見つけ出したい。

 そう思っているのに、自分は動くことができず、すべて他人任せだ。

 頭の隅では、シンティアの警護があるのだから仕方がない。それがわかっている。けれど、感情は一向に納得していない。

 一刻でも早く見つかって、無事な姿を確かめて、とにかく安心したくてたまらない。

 誰にも吐き出すことのできない感情が、体の中でグルグルと激しく渦を巻いて、出口を探している。

「わたくしは、誰かにうっかり話してしまうかもしれないから、今のあなたの悩みも愚痴も聞かないわ。その代わり、わたくしも、今のあなたの負担にしからならないことは、できるだけしないつもりでしてよ。ですから、オリオンでもオーソンでもレーニア王子でも、あなたが素直に話してしまえる方に、すべて残さずさっさと打ち明けてしまいなさい」

 泣いたことが明白なベアトリスの顔に、シンティアは一切触れない。

 ニッコリ微笑んだシンティアは、真っ直ぐベアトリスを見つめている。

「迷いも不安も困惑も、何もかもすっきりさせたいつものあなたが戻ってくるまで、わたくしはいつまでも待っていますわ」

「え……」

「だって、わたくし、あなたとはずっと仲良くしたいと思っているの。あなたと個人的なお友達になれたら、これからが楽しくなりそうでしょう?」

 真顔に戻って、わずかに不安げな色を宿して。シンティアは胸元でそっと両手を重ね、ベアトリスの反応を待っているようだ。

「えっと……でも、あたし、この国から出ること、多分ないですよ?」

 エリカ騎士団の団長として、何日も留守にすることは難しいだろう。可能性があるとすれば、この国の王女や、王妃の護衛としてつき従う時だろうか。

 とはいえ、国外に出る機会は、それほど多くない。

「普段は手紙でいいでしょう? それから、あなたがここから離れられないのでしたら、わたくしがあなたのところへ押しかけるわ。他に何か、問題があって?」

「え……っと」

 改めて問題点を聞かれると、取り立てて思いつかなかった。

 強いて言えば、シンティアの言葉どおりにできるのか。そこが疑問である点くらいだろうか。

 一国の王女という立場の今は、彼女の思うとおりに行動できるかもしれない。だが、いずれは嫁ぐ身だ。その後は、さすがにこれまでどおりとはいかないだろう。

 その時はその時。そうすっぱり割り切ってしまえるなら、確かに問題はなさそうだ。

「ない……ですね」

 パアッと、シンティアの表情が明るくなる。

 本当に根が素直で、優しい王女だと、ベアトリスはしみじみ思う。

「ね? ですから、わたくし、国へ戻ったらあなたへ手紙を書きますわ。あなたもお返事をくれるでしょう?」

「はい。シンティア王女からのお手紙、楽しみにしていますね」

「それでは今すぐ、あなたが抱えている悩みを誰かに打ち明けてきてちょうだい」

「え……えっと、それはできません」

 ベアトリスが答えたとたん、シンティアは大きく目を見開いた。

 言いたいことが多すぎて、言葉がうまく出てこない。そんな表情で、シンティアはまじまじとベアトリスを見つめる。

「……あなた、わたくしの言ったことを聞いていましたの?」

「はい。ですが、今あたしが抜けると、シンティア王女の警護に支障が出ます。ウルスラさんがいてくれたら、そこまでじゃないんですけど……ちょっと他に借りていかれちゃったので」

 外の警護には、元々アマリリス騎士団から防御の得意な騎士を昼夜一人ずつ、貸してもらっている。他にも、とっさに賊を追える俊足自慢や、夜目の利く者など、各騎士団から貴重な人材を借りているのだ。

 ウルスラの代わりに、と、今はさらに豪華になっている。

 だが、一度中に入られてしまうと、外の騎士たちには手が出せなくなってしまう。女性騎士以外は青の離宮内に入ってはいけないと、国王から厳命されているためだ。

 入り口なり、窓なりを突破された時は、エリカ騎士頼みになる。

 人材が乏しいゆえに、できる限り、ベアトリスはここを離れるわけにいかない。

(あ……)

 エリカ騎士を邪魔に思う存在について、ふと思い浮かんだ。

 女性だけの騎士団を設立するきっかけは、メイベルを女性と信じていた貴婦人たちからの苦情だ。

 実際の事務手続きなどは、すべてモデスティー伯がこなしている。入団試験に合格した者を騎士とし、ベアトリスをエリカ騎士団の団長にすること。それも、国王の承認より早く、モデスティー伯が確認して認めているのだ。

 この状況で、青の離宮内でシンティアに危害が加えられた場合、エリカ騎士団だけの問題ではなくなる。騎士団設立を認めた者たちへ、糾弾する機会を与えてしまう。

 国政に関する権利を、ほぼ一手に集めている。そう言っても過言ではないモデスティー伯自身に対し、妬みは尽きない。また、公明正大の言葉そのもので、甘い処罰は行わないため、恨みも存分に買っている。

 エリカ騎士団の建前とは裏腹に、モデスティー伯を引きずり落とす機会を狙っている者は、数知れない。

(兄様を探すために、情報を得るために、団長たちが不在がちになる……普段と違うことで、団員も多かれ少なかれ不安を感じるはず……それが、狙いなの?)

 青の離宮の警護が甘くなり、いつしか隙が生まれるように。これから先もまだ、さまざまな罠を仕掛けているのだろうか。

(うん、そうよ。こんな時だからこそ、あたしはいつもどおりにしてなくちゃ。泣くのも、心細くて寂しかったって抱きつくのも、兄様が見つかってから)

 ふわりとしたやわらかな笑みを浮かべたベアトリスに、ジッと黙って見守っていたシンティアがホッと息を吐く。

「吹っ切れたようね」

 ベアトリスはこくりと頷く。

 兄が無事に見つかった暁には、本気で心配したことを切々と訴え、自分からたっぷり甘えにいくつもりだ。


         ‡


 夜も明け切らぬうちから移動させられ、鍵がかかるわけではないここに、好んで押し込められている。

 あれから数時間が経過し、退屈もしているし、心配ごともいくつかあった。何度も何度もちらつく泣き顔が、嫌でも不安と焦燥を煽ってくれる。

 ノックもなく、そっとドアを開けて入り込んできたのは、一人の少女。その影に隠れるように、まだあどけない少年がコソコソと、くっついて入って来た。

 室内のソファに座っていた男性が、そちらをチラッと一瞥する。

 白金色のふわふわした長い髪を、ベアトリスと変わらない年頃の少女がふわりと揺らす。薄紫色の大きな瞳が、パチパチと瞬きを繰り返している。

 艶っぽさがまったくないことを除けば、彼女はメイベルにそこそこ似ていた。

「ねえ、モデスティー伯。そろそろその気になってくださったかしら?」

「ならんな」

 綺麗な真っ白は目に痛いからか。ややくすませた白い壁と、フカフカの絨毯。白いテーブルを挟んだ、二脚の三人掛けのソファ。窓に引かれたカーテンは、ごくごく薄い水色だ。

 絵画が飾られていなければ、殺風景で痛々しい雰囲気すら感じるだろう。それほどに暖かみのある色がなく、ひどく寒々しい部屋に感じられる。

 バッサリと切り捨てたモデスティー伯は、どっかりとソファに座り込み、無表情で茶を口に含む。

 ふてぶてしい、という言葉の似合う態度だが、少女は一向に気にしていないようだ。クスクス笑いながら、少女は部屋の隅にいる少年へ目を向ける。

 真っ直ぐでサラサラした淡い金色の髪に、薄緑色の大きな瞳。幼くてあどけない顔の彼は、ふたつの視線を受け止めきれずに顔をフッと背けた。

 その様を見て、モデスティー伯はふん、と鼻で笑う。

「わたくしも、弟も、あなたが頷くのを待っているの。あまり待たせると、お父様に言いつけてしまうわよ?」

「勝手にすればいい。その結果罰せられるのはあなた方だ。何しろ、俺を強引に連れ出して、国政を滞らせているんだからな」

「まあ! 強引に連れ出したわけではないでしょう? あなたが、一緒に来てくれたのよ。そこは間違えないでちょうだい」

 ぷくっと頬をふくらませて、唇をつんと尖らせて、少女はじっとりとモデスティー伯を見下ろす。

 対して、見上げるモデスティー伯の視線は、彼女を見下しているような、しっとりした冷ややかさがある。

「ほお……一緒に来なければ、俺の大事な存在に危害を加える、と脅しておいて、か?」

「そ、それは……」

 言いよどむ少女に、モデスティー伯は酷薄な微笑を突きつけた。

 予定にあった来客と、予定になかった者。それを知らせてくれた人間に、深く感謝しなければならない。

 事前に知らなければ、何も隠せなかった。手がかりを残し、わざとらしく不安を煽ることも、できなかっただろう。

 目の前にいる二人は、『大切な存在』が誰か、恐らくわかっていない。自分たちの望みを叶えるために必要だから、利用しているだけだ。

 しかし、彼らを煽った人間は違う。

 誰に危害を加えられることが、一番堪えるのか。それを熟知している。

(ただし、実行してみろ。俺は絶対に許さない……)

 かつて、その時最も大切にしたいと思っていた愛する女性を、策略込みとはいえ、手放すことになった。

 容赦なく身を引き裂かれるような、全身をかきむしりたくなる苦痛。実の父親に対して、本気で殺意を覚えた。彼女に触れる手を、その場で切り落としてやりたい衝動を、幾度となく飲み込んだ。

 あの日、リサが何をしたのか。結局、聞かないままだ。

 ただ、予定を早めて出向いた時には、父親は苦悶に顔をゆがめて息絶えていた。リサはこちらを見て、いつもと同じ微笑みで出迎えてくれた。

『プラシダ様、モデスティー伯が急に胸を押さえて苦しみ出して……私、何もできなかったんですけど……ふふっ、プラシダ様に会えてよかった』

 オロオロとしてみせて、不意にクスクスと笑い出す。

 あの時リサは、どこかおかしくなっていたのだろう。そうでなければ、恐らく、耐えきれなかったのだ。

 世の中を残らず味方にしきれず、迂闊で下手な立ち回りをしてしまった。それゆえの後悔など、もう絶対にしたくない。

 今なら、それができるはずだ。

(俺は、二度と手放さないと決めたんだ……)

 生まれて半年が過ぎたからと、連絡を受けて見に行ったベアトリスと対面した、その日に。

「じきに、俺が信頼している人間たちが、ここを突き止めるだろう。その前に、過ぎたおいたを謝る言葉でも考えておくんだな」

 そのために必要なことは、執務室にすべて残してきたつもりだ。

 サッと青ざめた少女を蔑むように眺めながら、モデスティー伯は再び、カップを手に取って茶を口に含んだ。

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