表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第二章 初仕事
27/80

三章 1

 いろいろと衝撃を受けたからか。すっかりフラフラになってしまったベルギルを、オーソンとオリオンが連れていった。もちろん、退室前に、オリオンはベアトリスのケガを治している。

 どうにか説得できたウルスラは、とりあえず報告はしないことに承諾してくれた。

「ところで、シンティア王女。さっきの、ベルギル様と距離を置くというのは……最終的に、婚約破棄してしまうんですか?」

 怖ず怖ずと、ベアトリスが問いかける。とたんにシンティアは、形のいい眉をギュッと寄せた。

「あなたねぇ……貴族や王族は、簡単に婚約を破棄することはできないのよ? お互いに正当な理由があって、それが周囲にもきちんと認められない限り、不可能なの。わたくしが嫌だと言い、それをベルギル様が認めたとしても、周囲が反対しただけで破棄の可能性はグッと低くなるのよ」

「あ、そうなんですね。よかった」

 きっかけは何であれ、ベアトリスには、あの台詞がシンティアの本心とは思えなかった。

 何か思惑があって、あんなひどい言葉を投げつけた。そう感じられてしまうのだ。

「シンティア王女は、ベルギル様が大好きですもんね」

 ニッコリ微笑んだベアトリスに言われて、シンティアはパッと頬に赤を散らす。

「あ……あなたのその、ホートン候そっくりなところ、少しは自重してちょうだい! いいこと? わたくしにとって、ベルギル様は本当に理想の方なの。ここだけの話ですけれど、わたくし、うんと年の離れた方を結婚相手にと、お父様にわがままを言ったのよ。そうして会わせていただいたのが、ベルギル様なの」

 真っ赤な顔をして、シンティアはやや声を張り上げてなれそめを語る。

 ドアの外にはエリカ騎士が待機していることなど、完全に忘れ果てているようだ。

「ベルギル様は、わたくしがいいとおっしゃってくださったわ。その時のことは、今でも忘れられないの」

 うっとりしながら語っているシンティアの話を、ベアトリスは相づちを打ちながら聞いている。

(本当に、シンティア王女って可愛い人よね)

 熱を込めて語るシンティアは、いかにも恋する女の子、といった体だ。

 恋愛に夢中になる感覚は、まったくもって理解できない。そんなベアトリスでも、ほんの少し寄り添う努力くらいはできるだろう。

「もし、ベルギル様が婚約破棄を考えられた時には、潔く受け入れるつもりですけれど」

 ほんのり寂しげに、ポツリとシンティアは呟く。

「そういえば、どうしてあんなことを言ったんですか?」

「わたくしに危害が及ぶ可能性を、ベルギル様が考えていないと思ったからよ。そもそも、王族でありながら、自国の騎士団長の出自を把握していないだなんて……よほどの愚者ですわ。わたくしでも、我が国の重要な人間は、出自を覚えていてよ」

 グッと胸を張るシンティアは、ひどく誇らしげだ。

 自身の国のことを、より知っている。それは、王族にとって、とにかく重要なことなのだろう。

「あの時は頭に血が上ってしまったものだから、あれほどのことを言ってしまったの。頭が冷えたとしても、わたくしはきっと、ベルギル様以外の方に嫁ぐ気にはならないわ」

 ふんわりと目を細めて、左頬に左手を添えて、シンティアはにこやかに告げる。

 万一、この王女の恋路を邪魔する人間が現れたら。その時は、全力で、使えるものは何でも使って、それこそ兄を利用してでも戦ってやろう。そんなことを、ベアトリスはふと考える。

「何より、わたくしとベルギル様の婚約破棄は、そう簡単には認められないと思うの」

 推測の形を取りながらも、シンティアは信じて疑っていない口調で言い放った。あまりの強い言い方に、ベアトリスは知らず知らず首を傾げてしまう。

「どうしてですか?」

「ベルギル様は、わたくしと逆なの。うんと年下の娘を結婚相手に望んでいらしたのよ。ですから、わたくしとの婚約をすぐに承諾してくださったの」

 ニコニコしながら、はっきりきっぱり言い切ったシンティアに。部屋の外から、かすかなため息が漏れ聞こえてきた。


         ‡


 シンティアとベルギルにひと悶着あった翌朝。

 前日のうちに、ウルスラを通じてオーソンに伝言をしておいた。それを、ナイジェルにも伝えてもらっている。そうして、いつもよりずっと早い時間に、三人で待ち合わせをしたのだ。

 ──まだ夜も明け切らぬうちに、離宮を人影が徘徊している。

 こんな噂が聞かれるようになったのは、ここ最近の話だ。これまでは、離宮自体、使う客人の訪問がしばらくなかったらしい。

「しかし、おかしな話だな」

「そうなんですよね。シンティア王女がいらして、ちょっとしたらこんな噂が出るんですもん。何だか、変な悪意を感じますよね」

 オーソンの独り言めいた呟きに、ベアトリスは力強く同意する。左隣にいるナイジェルも、頷くことで賛同しているようだ。

「シンティア王女と、エリカ騎士団に対する悪意だな」

「……エリカ騎士も、ですか?」

「そりゃそうだね。今、離宮にいるのはシンティア王女と、その警護を任されているエリカ騎士団に、手伝いの他騎士だけ。何か問題が起これば、責められるのはエリカ騎士の団長だよ? たとえ、離宮の外の話だとしてもね」

 ナイジェルは、以前は少し雑な印象のある、オーソンに似た話し方だった。毎日散歩をし、慣れるに従って、まったく違う口調で話すようになった。

 どちらが元々の話し方なのか。以前を知らないベアトリスには、判断がつかなかった。それほど、どちらも違和感はない。

 ただし、初めのうちは違う物言いに慣れず、戸惑いが大きかった。

「それって、つまり、シンティア王女じゃなくって、エリカ騎士団そのものをなくしたいって考えてる人がいる、ってことですよね?」

「まあ、ベアトリスが引責させられれば、エリカ騎士団は崩壊するからな」

 立てた人差し指を下唇のすぐ下に当てて、ベアトリスはグッと深く考え込む。

 元々、エリカ騎士団の発足は、男性に護衛されることを嫌がった貴婦人から出てきた話がきっかけだ。男性の影が遠のくため、彼女たちの夫君や父親からは、エリカ騎士団自体はそれなりに歓迎されている。

 これまで貴婦人を警護していたのが、顔が入団条件だと囁かれているリナリア騎士団なのだ。心配や不安は無理もない。

 つまり、貴族からは、エリカ騎士団そのものを崩壊させたいほど、邪険には扱われていないはず。

 まったく別のところで、邪魔と考える人間がいるのだろう。

「困りましたね。犯人がわからないと、思惑も……」

 ベアトリスが独り言の途中で、不意に言葉を切った。彼女の視線は、前方にある離宮のひとつに固定されている。

 まだしっとりと夜の空気に包まれた中。離宮の色すらわからないが、そこには確かに、かすかな異変が起きていた。

 とっさに、ベアトリスの手が腰の弓に伸びた。あっという間に弓を外して構え、矢を番えている。

 あまりの早さに、オーソンとナイジェルが止める暇もなかったようだ。

 ヒュン、と小気味いい風切り音を鳴らして、矢が人影に向かって飛んでいく。気がついた人影が避けようとして、けれど避けきれなかった。人影の左上腕を、ベアトリスの矢がわずかにかすめる。

 傷になったか、微妙な位置だ。人影があたふたと腕を押さえたことから、少なくとも服を裂いたことはわかった。

「おい、ベアトリス!」

「オーソンさん、逃がさないでくださいね?」

 うっ、と呻いて息を詰まらせたオーソンに、ベアトリスはもう一度同じ言葉を言う。ナイジェルはとうに従う気のようで、人影へ向かってすでに駆け出している。

「……これだから……」

 ボソボソと囁かれたオーソンの言葉は、すべては聞き取れなかった。ベアトリスが聞き返す前に、オーソンは遠ざかっている。

 今さら追いかけてわざわざ聞くのは、いくら何でも微妙な気分になる行動だ。

 二人が人影をつかまえ、戻ってくるのを待つか。それとも、少しでも追いかけておくか。

 逡巡した末、ベアトリスは歩いて近づくことにした。

 体が小さく、力も強くない。そのことは、ベアトリス自身が自覚している。駆け寄れば、かえって二人の邪魔になるかもしれないと判断したからだ。

 近づいてみると、二人が人影を挟んで立っていた。ただし、しっかりとつかまえているわけではない。

「……ベルギル様?」

 前日、会ったばかりだ。まだ暗いとはいえ、さすがに見間違えはしない。

「こんなところで、何をしているんですか?」

「…………」

 だんまりを決め込むベルギルに、ベアトリスは再度同じ問いをぶつける。

「あのなぁ、ベアトリス。昨日の今日だぞ? お前はもうちょっと、機微ってものを理解した方がいいな」

「昨日って……ああ、シンティア王女ですか? お元気でしたよ?」

 ニッコリ微笑んだベアトリスが言い放ったとたん、ベルギルはがっくりと肩を落とした。

 あまりに憐れなその様子に、すかさずナイジェルが助け船を出す。

「あのね、エリカの団長。こういう時は、嘘でも、シンティア王女は落ち込んでいましたよ、とか、元気がなくてしょんぼりしていて、と言うべきでしょう?」

「え? シンティア王女はいつも、どんなことを話していても、最後には楽しそうにベルギル様のことをお話してくださるので、昨日もいつもどおりでしたけど……」

「それを最初に言え!」

 即座にオーソンから突っ込まれ、ベアトリスは不思議そうに首を傾げる。

「あたしの素性を把握しないで、下手をしたらシンティア王女を巻き込んで、兄様から罰を受けたかもしれない人に、親切にする理由を教えてくれたらそうします」

 そもそも、シンティアのことを考え、あの一件はなかったことにしたのだ。今はまだ、そのシンティアに動く気がない。だからベアトリスも、ベルギルに力を貸すことはしないと決めている。

「多分、王族の方なら、ちょっと調べたらわかると思うんですよね。それともあれですか? 騎士団の団長は貴族の跡継ぎじゃないから、素性なんてどうでもいいってことですか?」

「あのなぁ、ベアトリス。ほとんどの騎士と王族、貴族には、お前には怒らせたら恐ろしい男がついている、としか伝えていないんだ。騎士の中には、それがアマリリスの団長だと思っているやつもいてだな……」

 話を遮るように、オーソンが割って入った。

「恐らく、ベルギル王子も、うちの団長と思っていた口でしょうね。何しろ、うちの団長、怒らせたら城が半分消える、と言われているので」

「……オリオンさんって、補助と治癒、でしたよね? どうやったら、お城が半分も消えちゃうんですか?」

 攻撃タイプの魔法使いなら、誰でも簡単に想像がつく。けれど、補助と治癒だ。攻撃というよりは、足止めや防御といった、まさに補助的な魔法しかない。

 そんなオリオンが、何をどうやったら、城を半分も消せるのか。

「うちの団長、捕縛の魔法で、城を半分くらいまでなら壊せるって言われててね。過去に一度だけ怒った時は、たまたま屋外だったから、大きな森がちょっと狭くなった程度で済んだけどね」

 ちょいと肩をすくめて、呆れ果てた声音でナイジェルが言う。

「……ああ、あれ、攻撃にも使えるんですね。そっか……今度、ヴェラさんにも試してもらおうかな」

「人間相手にやるなよ? 血みどろの大惨事になるぞ」

 つかまえる力加減ではなく、壊すために最大限の力で締め上げる。それが攻撃的な使い方だと想定して、ベアトリスは結果を想像してみた。

(……うん、人にはやっちゃダメだよね、うん)

 石で作られた頑丈な城すら、オリオンなら半分は壊せると言われているのだ。たとえヴェラでも、人相手なら、死に至らしめることができるだろう。

 一度死なせてしまったら、人相手に捕縛の魔法が使えなくなるかもしれない。それどころか、魔法を使う騎士として留まることも、できない。そんな可能性さえある。

 大切な人材を、無駄な采配で、あっさり失うわけにはいかないのだ。

「わかりました。シンティア王女の警護の任務が終わって、暇ができたら、ちょっと離れた森辺りで試してきますね」

 徒歩でも、一日あれば往復は楽にできる距離に、広大な森がある。そこでなら、ヴェラが捕縛で壊す練習をしても文句は言われにくいだろう。

 ベアトリスはそう、大ざっぱに判断する。

「その時はオリオンも連れていけよ? あれが手本を見せてくれるだろう」

「はい、そうします」

「うちの団長の破壊っぷりはさておいて、とりあえず、ベルギル王子はどうしましょう?」

 ナイジェルの言葉で、そろってベルギルをまじまじと見つめた。

「ケガ、してます?」

「……いや、服を裂かれただけで済んでいる」

「じゃあ、今度からは、こんな時間にシンティア王女の様子を見に来ないでくださいね? どうしてもって言うなら、昼間とか、夕方とか、明るい時間に来てください。じゃないと、今度は足を狙いますよ?」

 当然、逃走を防止するのが目的だ。

 どんな人間でも、片足が使い物にならなくなれば、逃げることすらままならない。そのことをベアトリスは、自警団での経験上、よく知っている。

 だから普段は、真っ先に足を狙う。今回は、目的の不審者とは違うと直感していたから、あえて腕を狙ったのだ。

「……ベアトリス。お前、さては、噂の不審な人影とは違うとわかっていて射たな?」

「違うと思ってました。あたしだったら逃げる距離でも、逃げなかったですし。でも、青の離宮に近いところにいるので、シンティア王女の警護という意味で矢を放ちました」

 たとえ、私的な時間に近くとも、騎士は騎士だ。

 今、守るべき人に危険が迫っているかもしれないと考えたら、体は勝手に動く。そういうものだろう。

「たとえベルギル様であろうと、今は不審者と大差ないです」

 はっきり、きっぱり言い放ったベアトリスに、呆然としていたベルギルの首ががくりと前に落ちる。

 ほぼ同時に、ナイジェルから苦笑が、オーソンからは深くて重いため息がこぼれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ