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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第二章 初仕事
24/80

二章 1

 少し足早に、ベアトリスは城内を歩いていた。目的地は、もちろん兄の仕事部屋だ。

 しんと静まり返った廊下に、かすかな靴音を響かせて。ベアトリスはズカズカと、誰もいない廊下をひたすら突き進む。

 目的のドアを、グッと握った拳で二回、トントンと軽く叩いた。

「入っておいで」

 名乗る前に、入室の許可が出る。

(兄様って、本当に叩き方で誰かわかってるのね)

 だが、許可はもらったのだ。遠慮なく、堂々と、ベアトリスはドアを開け放つ。スルリと室内に滑り込んで、後ろ手にドアをそっと閉めた。

「兄様、お聞きしたいことがあります」

「オーソンはリサの弟だ。黙っていたのは、オーソンに問題があってだな……」

 目をキッとつり上げ、唇をギュッと引き結んでいたベアトリスは、とたんに拍子抜けしたような顔を見せる。

「お前がエリカ騎士になって、団長になると決まった後、わざわざ教えてやったんだ。そうしたら、ここで大泣きされてな……絨毯を取り替えるはめになった」

「……ガザニアの副官の、オーソンさん、ですよね?」

 思わず確認してしまう。

 精悍で、いかにも物語の騎士らしい雰囲気の彼と、大泣きしたという姿が、まったく結びつかない。

「ああ、そのオーソンだ」

 確認が取れたことで、とりあえず想像は意識の外へ放り投げる。

 まずは、確かめておきたいことを残らず、知らなければ。

「ってことは、あたしが母様の娘ってこと、とっくに知ってたんですよね?」

「知ってはいたが、しばらくの間、叔父と名乗る気はなかったらしいぞ。いきなり湧いた血縁としてでなく、同じ騎士の立場で馴れ合いたかったとか何とか、くだらないことを言っていたからな」

 彼の言い分にも一理ある。ベアトリスは、そう思ってしまった。

 最初から叔父と知っていたら、騎士としての接し方がわからなくなっていたかもしれない。それならば、後から事実を知った方が、まだ対処の仕方を考えられるだろう。

「ああ、ちなみに、オーソンがリサの弟と知っている者は、他団長を含めて、騎士団にかなりいるぞ」

「……何で、そんなに知られてるんですか?」

「リサの訃報が届いた時、オーソンが宿舎で、人目もはばからず大泣きしたからだ」

 もはや、何も言うことはできなかった。

 オーソンという人は、あまりに感情が高ぶると、激しく泣いてしまうのだろう。そう考えるしかない。

 そんな人が、天真爛漫という言葉の似合うあの母の、弟だとは。

 見た目も性格も、どうにも二人が結びつかない。ベアトリスは知らず知らず、こてんと首を傾げていた。

「……それでよく、あたしと初めて会った時、泣きませんでしたね」

「ヴァーノンに不意打ちを食らって、怒りが先に立っていたらしい。宿舎に戻った後、やはり泣いたらしいぞ」

 聞けば聞くほど、オーソンに対する見方が変化していくのを自覚する。

 これ以上、オーソンの印象を、微妙な方向へ変えたくない。

 そう考えて、ベアトリスは、オーソンに関する質問をやめることにした。

「じゃあ、兄様。兄様はどうして、あたしに剣を教えることができたんですか? 普通の貴族って、ここまで実戦的には習わないって聞きましたけど」

 ベアトリスが問いかけると、珍しくモデスティー伯が視線をフッと逸らす。

 窓の外を見ているふうで、はるか遠くを眺めているような。不思議な色の瞳を、彼はユラユラと揺らしている。

「……リサを守りたかったんだ」

 ボソリと呟かれた言葉の意味が、きちんと把握できなかった。

 いくつか瞬く間、懸命に考えて。護衛に頼らない形での、自力の警護だと、ようやく思い至る。

 力があり、技があれば、一人で守りきれるのでは。

 かつての兄は、そう考えたのだろう。

「結局、当時の俺では、すべては守りきれなかったが……お前に剣を教えられたんだ。オーソンに剣を習ったのは、無駄ではなかったな」

 聞きながら、ベアトリスはまた首を傾げる。

(兄様の剣と、オーソンさんの剣は、あんまり似ていないけど……)

 師弟関係にあると、特徴的な癖が出ることが多いらしい。

 コーデルは、先代のベロニカ騎士団長と癖がそっくり同じという。それゆえに、他団長に負け続けているそうだ。

「オーソンに教わったのは、より実戦的な戦い方だ。型はまったく別だろうな」

「ああ、そうなんですね」

 ベアトリス自身、剣を教わってから、自警団で戦い方を磨いてきた。さまざまな動きを見てきた結果、今は少なからず、最初の型が崩れて面影が薄れているだろう。

「まあ、オーソンを泣かせてでもはっきりさせたいなら、これから直接聞いてこい。宿舎の一階の最奥にある個室だ。もっとも、途中から泣いて、まったく話にならんかもしれんがな」

「……そうですね。一度、オーソンさんの話も聞いておきたいですし」

 軽く頭を下げて、ベアトリスはさっさと部屋を辞そうとして。

「あ、兄様、またしばらく家に帰ってないでしょ? ちゃんと帰らないと、ここに来るの、やめますよ?」

「……善処しよう」

 グッと息を詰まらせ、スッと目を閉じた兄を、冷ややかにジーッと見つめながら。ベアトリスは今度こそ、兄の部屋を辞した。

 その足で、真っ直ぐ騎士の宿舎へ向かう。開けっ放しの入り口から、迷わず中へ突き進む。

「え……ちょっ……お、おい! エリカの団長が来たぞ! 裸のやつ、絶対出てくんな!」

 ちょうど休憩時間だったようで、やや着崩している者も見える。上半身に何も身につけていない者も、ちらほらといるようだ。

 だが、ベアトリスは一切気にすることなく、ズカズカと廊下を進んでいく。

 兄に教えられた、オーソンの部屋へ一目散に歩く。個室を与えられているなら、話をじっくり聞くには最適だろう。

 コンコン、とドアを叩いた。

「オーソンさん、ベアトリスです。お話があるんですが」

「入って……もらうのはダメだな。宿舎の外で話そう」

「わかりました」

 答えたベアトリスは、廊下を少し戻る。そこで、オーソンの部屋のドアが開くのを、ジッと待っていた。

 部屋から出てきたオーソンは、待っているベアトリスを見て、まずギョッとした。

 激怒していると想像していただろうから、無理もない。何しろベアトリスは、ニッコリ微笑んでいたのだから。

 オーソンは何も言わず、廊下を歩き出す。ベアトリスは彼に従い、黙ってついていく。

 興味津々といった周囲の視線を、容赦なく弾き飛ばしながら。二人は宿舎の外へ出て、ある程度の声を出してもいいよう、塀の近くまで進む。

「……怒ってるか?」

「怒ってます」

 ひっそりとしたオーソンの問いかけに、ベアトリスはきっぱりと返す。

「母様の弟で、あたしの叔父様だってこと、今までずっと黙ってたことに怒ってます」

「あー……先に、モデスティー伯に確認したのか」

 しっかりと深く頷いたベアトリスは、ジーッとオーソンを見つめる。

「でも、黙ってた理由をちゃんと話してくれたら、許してもいいですよ」

 ベアトリスがきっぱりと言った瞬間、オーソンがプッと小さく噴き出した。

 その理由もついでに問い詰めよう。そう考えたベアトリスが口を開く前に、オーソンが笑いながら声を出す。

「わかった、わかった。こうも父や姉にそっくりなところを見せられては、俺が耐えきれなくなる」

「……そっくり、ですか?」

 自身では、母と似ていると思ったことがほとんどない。けれど、母を知る人は、たいてい母を思い出すと言う。

 気づかないところで、実は似ているのだろうか。

「あ、よく似ている。こっちが下手に出るしかない時は、確実に上からものを言ってくるところ。たまに自分の考えに没頭しすぎて、人の話を一切聞かなくなるところ。いきなり口説き文句みたいな、とんでもないことをサラッと言うだろ? あとは、そうだな……疑問が出てくると、確実に解消してくれる人間のところへ、真っ先に突っ込んでいくところもか?」

 挙げられた例に心当たりがある、どころではない。口説き文句の部分以外は、まさにその通りだとしか言いようがなかった。

 ただ、それはベアトリス自身に当てはまることだ。

 記憶にある母の姿と、オーソンの言葉は、どうしてもつながってくれない。

「口説き文句を言ったがために、父は幼いシンティア王女につきまとわれたからな。さすがにそこは、ベアトリスには自重して欲しかったんだが……」

 どうやら、あの時シンティアが言った名は、オーソンの父──つまり、ベアトリスにとって祖父の名だったらしい。

「え? でもあたし、そんなこと言った覚えは……」

「言っただろうが。シンティア王女に、初めて警護したのがシンティア王女みたいに優しい人でよかった、って」

「あ……それは言いました。本当のことですし」

 真顔できっぱりと言い切るベアトリスに、オーソンが重たいため息を吐き出した。

 知らず知らず、ベアトリスの眉根がグッと近寄る。

「あんな『災いの口』相手にそんなことが言えるのは、ラウィーニア家特有の性質が出た人間と、隠すことなんぞ何もないベルギル王子だけだ。いいか? それがラウィーニア特有の、厄介な性質だって言ってるんだ」

「へぇ……じゃあ、オーソンさんもですか?」

「いや、俺は違う。幸か不幸か、どっちかと言えば母側に似たものでな」

「……あ、そういえば、あたし、おじい様とおばあ様にお会いしたこともないんですよね。あと、オーソンさん以外のおじ様おば様にも」

 オーソンから、彼の両親の話が出て、ふと寂しくなった。

 他の血縁者を知らないのは、別にかまわない。けれど、もし、会う機会があるのなら。一度は会ってみたいとも思うのだ。

「機会が欲しいなら、いつか設けてもいいぞ? ただし、相応の覚悟はしておけよ」

 ひどく険呑なオーソンの笑みに、ベアトリスは頬を引きつらせながらも、しっかりと頷いていた。


         ‡


 ベアトリスと別れた後、オーソンは騎士宿舎の最上階を目指していた。宿舎へたどり着く前に、たまたま通りかかったオリオンをつかまえる。

「アマリリスの団長、ちょっとお話が」

 声をひそめて、人気の少ないところへ移動する。

 昔から顔を合わせているから、思い切り顔を背けられることはない。だが、やっとアマリリス騎士団へ入った騎士たちは、不安や不満が多いだろう。

 こんな団長で、本当に大丈夫なのか。この騎士団は、まともに動けるのか。

 オリオンのひどい人見知りを知った時は、誰もが一度は絶望感にとらわれる。ある意味、無用な悩みだ。実際には、これほど頼りになる団長は、そうはいない。

「何でしょうか?」

「ベアトリスが、祖父母や、父方の親族に会ってみたいと言い出したんだが……どうする?」

「知った以上、会いたいと思うことは、人の心として不思議ではありませんが……いかんせん、相手が……」

「そうなんだよなぁ……あの両親と、モデスティーの一族だろ?」

 言い渋るオリオンに、オーソンもすかさず同調する。

 何しろ、騎士団の実権をほぼ掌握している夫婦と、国の大半をその手に握っている男の一族だ。

 どれほど綿密に対策を練ろうと、必ず何かやらかしてくれるに決まっている。

「補佐する分にはかまいませんが、いろいろと面倒ですよね」

「いっそのこと、細切れにするか?」

「いえ、それも問題が出るかと。そもそも、誰を最初にするんですか? 順番をつけると絶対にもめるでしょう?」

 そう。オリオンの言うとおりだ。

 誰が一番でも、間違いなく他から文句が出る。やるなら、一度に会わせるしかない。

「こういう時こそ、プラシダさんに頼るといいでしょうね。あの人でしたら、うまく場を作ってくださると思いますが」

「あー、まあなぁ……しょうがない、たまには頼ってみるか。俺にとっては姪だが、あの人にとっては……だしなぁ」

 だが、先日、シンティアのせいでベアトリスに隠していたことが知られたと、気の進まない報告をしたばかりだ。これでまた、余計な厄介ごとを持ち込んだと、チクチク嫌味を言われては敵わない。

「そうそう、あの人を頼るってことは、オリオンは確実に巻き込まれるぞ?」

「ああ、それは、ベアトリスさんにつかまった時点で覚悟が決まっていますから」

 ヒュッと入ってきた空気に、思い切りむせた。

 ゲホゴホと咳き込みながら、オーソンはオリオンの肩をバンバン叩く。

「……オーソンさん、痛いのですが……」

 それでも大いに咳き込み、バシバシ叩いていたオーソンだったが。

「いやぁ、悪い悪い。それにしても、そこまで腹をくくってたのか。知らなかったな」

「プラシダさんにも、リサさんとの約束を守ると伝えていますよ。ですから、ベアトリスさん絡みの案件は、どんなことでも受け入れます」

 目を忙しく瞬かせて、ぽかんと口を開けていたオーソンは、ふと我に返った。

「じゃあ、これからじっくり、オリオンの覚悟を見せてもらうとするか。俺の可愛い可愛い姪を、任せるに値する男かどうか、俺がしっかりとこの目で確認しないとな」

「望むところです」

 力強く、ニッコリと微笑む姿は、他人が怖くて震えてしまい、とても指示を出すどころではない。そんな、ひどく情けない団長の面影などかけらもなく。

 もっとずっと幼くて、誰彼かまわず、人間に怯えていた頃の彼でもない。

 かつて、姉をどんなものからも守ろうと、たゆまぬ努力をひたむきに重ねていた男。彼を思い出させる、一人の男だ。

「まずは手始めに、アマリリス騎士全員の前で、堂々と演説でもしてもらおうか」

「え……いえ、それは……」

 難題に、絶対に怯むとわかっていて、わざと言ったのだ。単なる、腹いせに過ぎない。

 何しろ、見ていれば、ベアトリスもまんざらではないとわかるのだ。

(顔はともかく、だ。中身は間違いなく可愛い姪が、俺が立派な叔父さん面をする前に、もう他の男の手に渡ると思ったら、なぁ?)

 このくらいの意地悪は、ぜひとも、広い心で許してもらわなければ。

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