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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第一章 始まり
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四章 3

 最低でも、日に一度は顔を見せるように。そう、間違いなく伝言を頼んでいたのだが。

「兄様!」

 ろくにノックもせず、転がるように飛び込んできた顔は、実に二日ぶりだ。

 今すぐ膝の上に乗せて、不義理をこと細かに問い詰めたい。

 だが、あまりに切羽詰まった表情だ。まずは話を聞くことが先決だろうと、仕方なく笑顔で出迎える。

「どうした?」

「エリカ騎士のことなんですけど、兄様は口も手も出さないでくださいね」

「お前が望むならば、もちろん手も口も出すつもりはない」

(ただし、度を超えていると判断される場合は別だ)

 そこは思うだけで、声には出さずにおく。

 この子の性格上、それでもよしとはしないことをわかっている。

 こんなことで嫌われては、これからの人生の楽しみが、何一つなくなってしまうではないか。

(それにしても、オリオンか、それともオーソンか? どちらにしろ、こうも情報を漏らされては困るんだがな……)

 表情は徹底的に甘やかす態勢のまま、じきに定例報告に来る人物たちを思い浮かべる。

 どちらも、非常に腹立たしいことに、このところ、やたらとこの子と接点を特に多く持っている者だ。

 彼らがもたらすこの子の情報は、喉から手が出るほど欲しい。その反面、あまりベタベタと、意味もなく接近して欲しくはない。

「絶対ですよ? 兄様、たまにあたしのこと、先手を打って甘やかすから心配で」

「いくら何でも、お前から『嫌い』と言われる真似はしないぞ?」

 だから、自宅で妻子がやりたい放題にしていても、目に余った場合以外は見過ごしてきたのだ。

 この子が堪えていない状態で口を出せば、知れた時点で「兄様は黙ってて」と一蹴されてしまう。しかも、その後で、しばらく顔を見せてくれない、最悪なオマケまでついてくる。

 最愛の存在に、会いたくても会えない。身を引き裂くような、厳しい苦痛を味わわされるくらいならば。

 渋々だが、出過ぎた真似は控えることを選ぶに決まっている。

「今回のことは、団長たちに任せることにした。お前の気が済むよう、フォローをするように伝えてある。好きなだけこき使えばいい」

「あー、だから妙にタイミングよく入ってきたんですね」

 不可解だったことが理解できたからか。彼女は心からすっきりした顔で、ペコリと頭を下げた。

「明日は、もうちょっとゆっくり話をしに来ますね。あたしもお昼ご飯にするから、兄様もちゃんと食べて、今日こそは家に帰るようにしてくださいね?」

「ああ、わかった」

 笑顔で頷いてみせれば、この上なく嬉しそうな笑みを返してくれる。それで十分だ。

 もちろん、言われたことを素直に実行するかどうかは、まったくの別問題だが。

 部屋を出て行く後ろ姿を見送り、いつの間にか届けられていた昼食に手を伸ばす。

 あの子のいない、潤いのない家に帰るつもりはない。だからせめて、食事くらいは従っておかなければ。

 地獄へ毎日送り出されるなど、真っ平ご免だ。

 切り開いて野菜とハムを挟んだ、手のひら大の丸いパンに、熱い紅茶。片手で食べられるこの食事は、仕事の妨げにならないから気に入っている。後は、紅茶をこぼす心配だけすればいい。

 残らず食べ終わり、紅茶を口に含んだところで、ドアを叩く音がした。

 叩き方の癖で相手がわかる。あの子はどこか楽しげで、オリオンはかなり控え目だ。遠慮がなく、しかも事務的な叩き方はオーソンだ。

「入れ」

 短く告げると、ドアが開けられる。覗いた顔は予想どおりだった。

 普段よりずいぶん遅い時間に来たのは、先に訪れたあの子と、うっかり行き合わないためだろう。こんな人のいない一角でたまたま出会う確率など、ないに等しい。

「宿舎の食堂でちょっと揉めましたよ。新米魔法使い相手とはいえ、氷結(イス)の魔法、華麗に避けてましたけどね。見事な避けっぷりに、姉さんを懐かしく思い出しましたよ。あ、今回はベロニカの団長が収めました。エリカ騎士はまあ……ごく一部以外は反省したんじゃないですかね。問題の一部は表向きです。心から後悔して反省したって顔じゃなかったんで、ほとぼりが冷めたらまた何かやるでしょうね」

「そうか。くれぐれも、あの子がケガなどしないよう、気を配ってくれ」

「わかってますよ。俺だって、可愛い姪っ子がケガなんてしたら、それこそ気が気じゃないですから」

 左の口角だけをクイッと持ち上げ、オーソンは笑む。

 リサとの婚約を考え始めた頃に、上の弟だと紹介された。以来二十年以上、個人的なつき合いが続いている。

 オーソンがいなければ、今の幸福はなかった。ただ、エリカ騎士団というきっかけがなければ、彼があの子と再会できなかっただろう点だけは、今でも申し訳なく思っている。

『実はな、ビーがエリカ騎士の入団試験に合格し、何の因果か、団長に就任する予定になっている』

『は? ビーって、まさか……』

『俺が引き取った、リサの忘れ形見に決まっているだろう。彼女と同じく、弓を扱い、四番街(よんばんがい)では『弓姫(きゅうき)』の名で親しまれている』

 教えたとたん。ヨロヨロとその場でうずくまって、絨毯をぐっしょりと濡らすほど号泣された。あの時は、どうしたものかと真剣に悩んだものだ。

 けれど、先に知ったことで、その後あの子と会った時には、気合いと根性でかろうじて平静を保ったらしい。

 あの子が、あの情けない号泣を目撃するくらいなら。見てしまって、ひどく動揺するくらいなら。オーソンに、前もって教えておいてよかったと思っている。

「あの子の素性はおおっぴらにしないよう、俺も団長たちも気をつけてますし、まだ叔父だって言ってないんで、もうしばらく陰から見守ってニヤニヤすることにしますよ」

「そうか。では、あの子には、怪しい男に気をつけろと忠告しておこう」

「貴重な早朝散歩の時間を奪わないでくださいよ? それから今のところ、無許可の余計な虫はついていないようです」

 別段、同じ騎士として良好な関係を築く分には、取り立てて文句は言わない。しかし、個人的な部分に踏み込みすぎるのは、まったくもって歓迎しないだけだ。

 どうしても踏み込みたいならば、叔父であることを明かせばいい。

 そうすれば、堂々とあの子にくっついていられる。その上、『余計な虫』を追い払う、立派な大義名分もできるというのに。

「まあ、今日のところはこんなもんですね。何かあったら、またいつもの時間に来ますから」

「わかった」

 入ってきた時同様、スルリと出て行ったオーソンの声が、珍しく部屋の外で聞こえた。彼に答える声もまた、よく知っている。

「入ってこい」

 ドアを叩かせる前に許可を出す。静かに、誰かが室内に滑り込んできた気配がした。

 オーソンもそうだが、オリオンも変わったことがあった時には、昼食時に報告をするよう伝えてある。ベアトリスほどの歓迎はしないが、異変があった時に報告に上がるよう命令している者も、いなくはない。

「何かあったか?」

「エリカ騎士の件に絡んでいるのですが、昨夜の夜回り番で泣かれてしまいました」

 意識せず、ため息がこぼれる。

 あの子は平気な振りをして、他人には明るい笑顔を振りまく。我慢していることに自分でも気づかない振りをして、無理に無理を重ねている。そのうち限界が来て、ふとしたきっかけで感情が雪崩を起こす。

 血は争えないのか。外見に似たところは一切ないが、そんなところはリサそっくりだ。

「先ほど、エリカ騎士の件は表面上片がついたそうだ」

「はい。私も、コーデルさんから簡単に顛末は伺いました。ただ、感想として『金髪ポニテ、栗色ロング、金茶ショートと、栗色癖毛のお嬢さん方には、こんなことがなければぜひとも声をかけておきたかった。惜しい、実に惜しい』だそうです。エリカ騎士の方々にも、早めにコーデルさんに対する警告を入れた方がよさそうですね」

「……あいつはまだ懲りてないのか。まあ、エリカ騎士は、いつぞやのようなハズレがないとはいえ、庶民では障害が過ぎて本気になれないだろうに」

 言いながら二十年ほど前の『ハズレ』を思い出し、つい笑ってしまう。

 見上げたオリオンも、苦笑いを浮かべていた。

「それで、その、ですね……」

(……思っていたより、早いな)

 不意に言いよどむオリオンに、続きが予見できる。

『ねえ、オリオンくん。あなたがいつか、この子ともう一度出会った時……』

 穏やかな、聖母のような笑みのリサが、眠ってしまったあの子の頭をそっと優しくなでていた。

『プラシダ様も、いいですよね?』

 彼女の決定に逆らえるはずがない。

 それを最後に、彼女のところへ行かなかった。通いのメイドからリサの逝去を聞き、あの子を迎えに行くまで、ずっと。


 ──命の終わるその時まで、常に寄り添い、時に支え合い、ともに生きていくことを誓いますか?


 二人で夢見ていた正式な儀式を迎えることなく、強引に別たれてしまった道。もう一度、寄り添うことも叶わなかった。

 あの子は、リサと残した、たったひとつの希望だ。

 だから、あの子の望みだけは妨げたくない。思うとおりに生きられるよう、手助けをしてやりたい。

「エリカ騎士団が正式に発足した後、あの日の約束を、果たしたいと思っています」

 いつかこんな時が来ると、想像はしていた。きっとリサも、わかっていたのだろう。だからなのか、不思議と腹立たしい気持ちはない。

 二十年近く、秘密を守り通した男だ。これから先を、信じて託すことができる。

「最後まで、リサとの約束を守るか?」

「守ります」

 即答された。

 リサの後ろに隠れて、ガタガタと震えていた情けない少年は、もういない。値踏みする視線を向けても、真っ向からしっかりと受け止める、一人の男がいるだけだ。

「ならば、やれるだけやってみればいい。その結果、コーデルのように無残に当たって砕けようが、俺は一切関与しないぞ」

「ありがとうございます」

 右の拳をスッと胸に当てて軽く頭を下げたオリオンを、追い払うように手を振った。

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