2.神成家
怪我などをしていたため、久しぶりの更新になります。
これをもって、執筆活動の再開に出来たらいいなと思います。
「おい! 今晩、もうじき龍男さまがお帰りになるそうだ! 今すぐ玄関に並べ!」
玄平の家を、一人の使用人――厳密には違うが――の男が叫びながら走り抜ける。
その知らせを聞いた使用人たちもバタバタし始める。
自室にいた玄平は、それらを騒がしいと思いつつも納得した。確かに兄・龍男が自宅に帰ってくるのも、かれこれ3ヶ月ぶりほど。家柄が家柄だけに、3ヶ月出迎えをしていないことも相俟って、使用人たちが騒ぐのも無理はない。
部屋を出て、玄平が玄関前の様子をうかがうと、既にそこには使用人たちが左右に並んでいた。そして玄関に近い方にいる数人の使用人は、心なしか手を震わせている。それは新入りの使用人だった。龍男が3ヶ月も家に帰らないでいた間に、また新入りも入っているのだ。
やがて黒いリムジンが門を通って近づいてくる。それまで少し緊張していた玄関前の空気が、さらに研ぎ澄まされる。止まったリムジンの中から男が降りると、空気の緊張はピークに達した。
「龍男さま、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ!」
家で一番の使用人の挨拶に合わせ、皆声を揃えて龍男を出迎える。玄平にとっては見慣れた風景だが、それにしても凄みを感じずにはいられない。どういうわけか、龍男は胸に花を抱えている。
「みんな、長く顔を見せなくてすまなかったな」
「家のことは心配いりません。ですが、龍男さまのお帰りを皆待ち侘びておりました」
「そうか……すまなかったな」
そして使用人の列を龍男は進んでいく。その間も一人ひとりの使用人と目を合わせ、軽い挨拶をする。これも龍男の人柄だ。
やがて列の末端、新入りのところまで来る。新入りが口を開ける前に龍男が先に手を差し出す。
「新入りだな。どうか、よろしく」
新入りは呆然として、ただただ嬉しそうな顔を浮かべながら、龍男の手を握る。
そうして新入りとの挨拶も終えた龍男は、玄関に入って玄平と顔を合わせた。
「兄さん、お帰り」
「うん。玄平、花だ」
胸に抱えていたその花は、玄平に贈るためのものだった。
「え? なぜ?」
「生徒会長選挙に立候補するんだろう? それだけでも立派な仕事だ。頑張れよ」
「ありがとう」
差し出された花を玄平は受け取る。龍男は玄関に座り込み、靴を脱ぎ始めた。
「あ、お祖父ちゃん」
奥を見やった玄平が見たのは、出迎えに来た祖父・義彦だった。
「龍男、またしばらく顔を合わせなかったな」
龍男は靴を脱ぎ終わり、立ち上がりながら言った。
「まあ家限定だとそうなりますね。なんだかんだ言って仕事では顔合わせているでしょう」
「はっは、そうだな。それにしてもなぜ突然こうやって?」
「お祖父さんに用があって来たんですよ。まあ、それは晩御飯の後にでもしましょう」
そう龍男がリビングに向かうのを急かすように言うと、義彦もそれにならった。
「よし、まずは飯だな」
玄平もそれについていく。
祖母・鶴子も療養中の身ながら、せっかくだからと出てきて、食卓は盛り上がった。
「龍男もまた大きくなったねえ……」
「そんな、身長ではもう伸びていませんよ。日々まだまだ社会勉強です」
龍男を囲んでの夕飯は、玄平にとっても楽しいものとなった。
夕飯が終わった後、龍男は玄平と高校生活の話をしていた。勉強のこと、そして生徒会のこと・・・普段忙しくて聞けない話を、尊敬する兄からこれでもかというほど、玄平はたくさん尋ねた。
「……さて、もう11時だ。もう寝なさい」
龍男は玄平に、もう寝るように促した。
「え? まだ11時だよ? 高校生なんだから少しくらい……」
「生徒会長に、なるんだろ」
龍男は少し笑いながら言った。
「学園の模範になるんだから、遅刻とか居眠りは許されないぞ。それに今から支援者を募ればいいだろう」
「なるほど……じゃあ寝る! おやすみ!」
火でも付いたかのように、玄平は自室へと引き上げていった。
それと入れ替わるように、自室にいた義彦がリビングに戻ってきた。
「玄平は寝たか。話は何だ」
「止めなかったんですね」
龍男の顔から笑みが消えた。
「何を?」
義彦はまだ状況がつかめていない。
「生徒会長なんて、完全に私の座を狙っているとしか思えません」
「それは、考えすぎだろう」
義彦はなだめるように言った。
「玄平はただ単に、お前に憧れていただけだよ。だから自分も生徒会長になってみたいと思っていた。それで出馬しただけだろう」
「野心というものは、本人の知らない所で育つものなんですよ」
龍男は自分の部屋に向かおうとした。
「待て。お前まさか、金山に……」
「おやすみ」
龍男は聞く耳を持たずに、リビングを去った。
神成家は元々、日本全体を牛耳っていた暴力団・吉野組の下部組織だった。
そのうち神成会を結成し、吉野組の中でも繁栄していた。ところが、戦後の警察による暴力団の取り締まりにより、吉野組の下部組織は次々と衰退していった。
その中でも、生き残り続けている数少ない一つがこの神成会だった。神成会3代目の神成義彦は、神成商事を設立。日本社会の中核となることで、裏の顔を存続させたのである。その偉大な3代目の孫にあたるのが、龍男とその弟・玄平と芳郎である。
孫がいるのだから、もちろん息子もいる。龍男たちの父親である龍平だ。ただ龍平は、鶴子に似て小さい頃から病弱で、自分が神成家を継ぐのは荷の重すぎる仕事だと、若い頃から辞退していた。それがゆえ、息子たちの誕生やそれからは、運命の後継者候補がゆえの20年間だったのだ。
もちろん、よほどのことがない限り、長男である龍男が次期後継者である。ところが、神成家の運命の歯車はそう簡単には回らなかった。