1.立候補
佐乃海テルの新連載です。
先行きぼんやりのくせに、設定だけは大掛かりです。
「あと……5秒かっ!」
校舎中に、始業のベルが鳴り響く。そのベルの一音一音を追いかけるように、一人の少年が教室めがけて走っている。
そして目的の教室の、後ろの戸を開けて、少年は叫んだ。
「ぎ、ギリギリセーフかっ?」
すると少年の見る先には、呆れた顔をして教壇に立つ教師。
「残念だったな。遅刻届もらってこい」
教室中から笑いが起こった。
「はい、今学期3回目。まだ3学期始まってそんなに経っていないというのに……神成、お前夜更かしとかしてるんじゃないだろうな」
少年は職員室で遅刻届の紙をもらってくる際に、生活指導の西村に問い詰められた。
「してません。気づいたら慌てるような時間で……」
「まあ最終的には自分で直さなきゃならんしな。それにしても、お前学級委員なんだろう?」
西村はにやけている。それを見ていると少年も照れくさくなってくる。
「えー、まあ」
「だったら、もっとしっかりしなきゃいかんだろ。な?」
「はい、以後気をつけます……失礼しました」
「おう、今日一日頑張れよ」
私立神成学園高等部。少年の通っている学校である。
神成学園は今や、小学校から高校までエスカレータで上がれる私立学校として有名である。ただし、大学の併設校という位置づけではないため、神成大学に進学するためには、別途入学試験を受けなければならない。
この神成学園の経営をしているのが、巨大企業集団・神成グループである。
神成学園は小等部から高等部まで一つの土地に立てられている。そのため、いろいろな校舎を行き来する必要があるため、どこへ行くのも時間がかかる。
そして今、職員室から帰っている少年がこの学校で今注目を浴びている、神成玄平である。この冬を越し、春になると高等部の二年生になる。彼の苗字がこの学園の名と同じなのは、決して偶然ではない。神成グループ総帥である神成義彦の孫なのだ。
玄平が教室へと近づいたところで、教室でのホームルームを終えて職員室に向かっている担任とすれ違った。
「あ、神成。今日の連絡事項2つな。一つはこの間の集金が明日までってやつ。でもう一つは……生徒会長選挙の立候補が今週中ってこと」
「生徒会長選っすか!」
玄平は目を輝かせ、叫んだ。
「ん」
担任はその玄平の反応に、少し驚かされたようだった。
「まあ、そんなに興味があるなら立候補してみるがいい。当選するかどうかはお前の人柄と政策にかかっているがな。昼休みに生徒会事務室に書類もらいに行くんだぞ」
「はい!」
その輝きに満ちた笑顔の理由がいまひとつ分からない担任は、苦笑いをし首をかしげつつ、職員室のほうへと去っていった。
玄平が教室へ戻ると、クラスメイトの男子が声をかけてきた。
「玄平! 生徒会長選挙だってよ! 学級委員しているお前には朗報じゃねえか!」
「分かってるって! とりあえずいろいろ考えなくちゃな!」
玄平は午前中、生徒会長選挙のことが頭を離れなかった。
生徒会長は、玄平がずっと前から憧れているものだった。それには理由が二つある。
一つは神成学園の生徒会がとても変わった組織であること。小等部・中等部・高等部とある神成学園では、生徒会がその三つの中で一つになっているのだ。すなわち、神成学園の生徒会長は高等部の生徒会長ではなく、神成学園全体の生徒会長なのだ。
神成学園の歴史は古くも新しくもない。高等部から順に拡大していったため、卒業生によってどこから入学したかは違う。玄平の父である龍平も一応学園の卒業生だが、入ったのは高等部だ。
生徒会自体は昔からあった。そして他の学校同様に、生徒の自治的な学校運営のための組織として成立していた。それが変わってしまったのは、玄平の兄・龍男が7年前、生徒会長に就任した時だった。
神成学園の運営元の、しかも一番孫が生徒会長になったのである。その1年間の生徒会は確実な変化を遂げた。
まず授業が教科の講義となっていない教師に対する、免職要求デモ・職員室への抗議。生徒たちが夜まで体育館で"決起"し、その教師の免職が決定すると、校庭を龍男が乗った装甲車が凱旋するといった"イベント"が横行した。
ただこの生徒会が1年間最後まで務められたのは、もう一つの側面での変化があった。それは近所での一大事に生徒会で出動するというプロジェクトを旗揚げ、そしてそれを見事に実行・成功させてしまったのだ。
これらの行動を、もちろん神成グループも見ていなかったわけではない。だがそれは彼の将来を見据えた上で好ましくないわけでもない行動であり、彼自身それを見越してやっていた。こうして龍男の評価は、実は内外ともに上がっていたのだ。
だが、そんなこともつゆ知らず、玄平はただ龍男の時代のただものでない生徒会を復活させてみたい一心で、そして自分がただものでない人間になりたくて、生徒会長選挙に立候補したかったのだ。ただの経営者の孫で終わりたくない。そのためにも、彼は小学生の後半あたりからほとんど学級委員を務め続けていたのだ。ただのプロセスであった学級委員に対しても愛着が湧くようになり、そしてそれはその先にある生徒会長という職への愛着と等しかった。
昼休み、玄平は生徒会事務室に立候補書類をもらいに行った。5限の授業が始まる前に書き上げてしまった。
だが彼にはまだ今日やり残していることがあった。
プルル……
電話の発信音が鳴る。なかなか出ない相手に玄平はかけ直しを考えて始めていた。なんだったら、今度にでも伝えればいいのだが……。
「はい」
相手は、出た。
「龍男兄さん、俺、生徒会長選に出ることにしたから!」
「そうか」
龍男の返事は、応援でも説得でもなかった。
「う、うん……」
玄平も反応しづらい。そして、急いでいるのか龍男の方から沈黙を切った。
「ま、敵は多いだろうから頑張れ」
電話は切れた。
おそらく分かりにくい第1話だったと思います。
これは、設定をなるべく小出しにしようという工夫のため、少し不自然に見えてしまっています。申し訳ありません。
これからこの小説を暖かく見守っていただければ、幸いです。