最終話 旅立ち
翌日のニュース。
「LDプリオさんの所有する島に、新たな島が発見されたニュースをこれまでお伝えしてきました。しかし昨晩、今度はその島が一夜にして消えるという。また、島を訪れていた日本人男性一人が、島と共に行方不明になったとのことです。この男性を近くで見てきた人の中には、この人物が日本に古くから伝わる童話の登場人物本人ではないかという、信じがたい議論まで飛び出し波紋が世界に広がっています」
そんなニュースが世界を駆け巡った。
一方浦島は、亀岩の背の大木の上で一夜を明かした。
なぜだろう?
豪華なベッドよりも、ここの方が寝付きがいい。
浦島のそんな疑問をよそに、亀岩は日本を目指し進み続けた。
しんかい2000とは比べ物にならない速さであった。
朝日を浴び、晴れやかな気持ちで目覚めた。
浦「なんて気持ちいいんだ!」
しばらく心地よい風にあたっていると、突然木が動いた。
またしてもゴムのように木がうねり、浦島を地上へと誘導する。
大地に飛び移ると、木は再びビュンと音をたて元の姿に戻った。
まるで生き物のようだ。
おそらく亀岩の気持ちと連動し、自在に変形させることができるのだろう。
浦島は亀岩の進行方向に頭があると思い、そちらに歩き出した。
多少揺れることもあるが、転倒せぬよう気を配った。
島の先端に到着すると、島がやや浮上し、亀岩の首が海面に現れた。
スピードもやや緩やかになった。
浦「首の上を伝って先端まで来いと言っているのか?」
そう思った浦島は首の上を歩きだした。
首とはいえ、亀岩のものとなると十分な太さがある。
うっかり海に転落する危険もなさそうだ。
先端に来ると亀岩の声がした。
亀「よく来てくれました」
浦「亀岩さん。本当にこの島には色々と驚かされます」
亀「長く生きていると、色々なことができるようになります」
浦「ハハハ」
亀「無事脱出できたようです」
浦「ええ。あっちの島は、今頃どうなっているか」
亀「きっと大騒ぎでしょう」
浦「銅じいさんからもあれだけ言われていたのに。この時代で騒ぎになることは慎めと・・ これからどうすればいいものか・・」
亀「竜宮城に行かれては?」
浦「私もその気持ちで一杯です。ただひとつ気になっています・・」
亀「それは?」
浦「私が人間だということです。1600年前にも私は竜宮城に住むことをお願いしたのですが、乙姫様に許してもらえませんでした。理由は私が人間だから。そこは竜宮人の世界。人間の住む場所ではないと・・」
亀「確かにその通りです」
浦「はい」
亀「しかし今なら心配ないでしょう」
浦「本当ですか?」
亀「今の浦島さんは、人間とはいえ、この時代の人々とは違います。私と同様、ここで暮らしていくことは難しいでしょう」
浦「そう思います」
亀「きっと竜宮人も受け入れてくれるでしょう」
浦「そうだとしたら嬉しいです。もし竜宮城にもう一度行くことが許されるのなら、乙姫様に会ってぜひ聞きたい。あの玉手箱について・・」
すると亀岩が乙姫のことを話し出した。
亀「そういえば浦島さんに、まだ乙姫様のことを話していませんでしたね。乙姫様が渡した玉手箱・・ 中に入っていた煙・・ 全てはただの手違いでした」
浦「手違い?」
亀「はい。あの日、乙姫様はあなたに密かな恋心を抱きました」
浦「私に?」
亀「そうです。そしてあなたと竜宮城で永久に暮らすことを望んだ。しかし浦島さんは人間。人間が竜宮城で暮らすことは掟に反する。そこで乙姫様はあなたを竜宮人にしようと考え、玉手箱の中には竜宮人になれる煙を入れたはずでした。しかし何かの手違いで深い眠りに落ちる煙が・・」
浦「なんですって。いったいなぜ?」
亀「それは分かりませんが、乙姫様とあなたが竜宮城で暮らすことを快く思わなかった竜宮人の仕業かもしれません」
浦島にとって、それは辛い事実であった。
亀「私は乙姫様の指示で、竜宮人になったあなたを数日後に出迎えに行きました。しかしそこで私が目にしたのは、深い眠りについたあなたの姿。すぐに竜宮城に戻りました。乙姫様はショックを隠せないご様子。その時のことは今でも忘れられません」
浦「なんと」
亀「乙姫様は自分を責めました。そして、あなたと暮らすという夢が断たれたことに絶望し、現実に耐えられなくなり・・」
浦「どうなったのですか!?」
亀「あなたと同じ煙で長い眠りにつきました・・」
浦「そんな・・」
亀「乙姫様は眠りにつく直前に、浦島さんが目覚めるその日まで、しっかり見張り、誰にも見つかることのないようにとだけ言い残しました。そして、その役目を担ったのが銅の家系」
浦「では乙姫様は今も?」
亀「はい。深い眠りの中で、再びあなたが竜宮城を訪れるその日を待ち続けています」
浦「私のために乙姫様までもが・・」
亀「自分を責めることはありませんよ」
浦島の気持ちは複雑であった。
もし玉手箱の中に、竜宮人になれる煙が入っていたならば、浦島はあの時、竜宮城に戻り乙姫様と幸せに暮らすことができたはずである。
それが叶わなかったのは不運であった。
しかし辛いことばかりではない。
浦「私は嬉しいです。乙姫様が私のことなどをそのように想っていてくださったなんて」
乙姫様の愛を感じ、目からは涙がこぼれた。
しばらくの間をおいて。
亀「私もつくづく感じます。人間は金作や銀作のような悪人ばかりではない。浦島さんのような優しい方もいる。乙姫様はそれを見抜いておられた」
浦「そういえば金作と銀作は・・」
亀「あの二人は大量に亀を殺しました。私の背の上にいることも露知らず・・ 当然の報いを受けたまでです・・」
浦「そうでしたか・・ 申し訳ない」
亀「浦島さんが誤ることはありません」
金作達を思うと、また辛さがこみ上げたが、涙をぬぐった。
亀「少し急ぎましょうか」
浦「はい」
亀「淋代海岸に着いたら、浦島さんとはお別れになると思います。後日私の子供たちが迎えに参ることでしょう」
浦「寂しいですが、あなたには色々と感謝しています」
亀「私もです。あなたは乙姫様にとっても大切なお方。よくここまで頑張ってくださいました」
浦「いいえ」
亀「ではスピードを上げますよ。大木に戻ってください」
浦「分かりました。亀岩さん本当にありがとう」
亀岩はかすかに笑みを浮かべると、首を海中に沈めた。
浦島は島の大木に戻った。
すると島全体が激しい轟音と水しぶきをあげ、猛スピードで海を突き進む。
浦「うっひゃあああああああ!」
これまでとは別次元の爽快感に浸る浦島であった。
一方日本では。
銅「これは・・ まずいことになったな・・」
電気店のテレビを見ていた銅次郎がつぶやいた。
浦島が日本を飛び立ってからというもの、連日電気店に足を運んでいた。
この近辺は浦島本人が以前から目撃されているということもあり、見渡すとあちらこちらに記者の姿が目につく。
さっそく一人の男に。
男「ちょっとよろしいですか? この人見ませんでしたか?」
と、浦島の写真を見せられた。
銅「さあ・・ 分かりませんね」
男「見かけたことは?」
銅「見たことはあるかもしれない。随分騒ぎになっているみたいだからね」
男「そうなんです。実はこの人物、あの浦島太郎ではないかという噂がありまして」
銅「それにしても、これではまるで指名手配犯を捜査しているのと変わらんではないか」
男「はい。我々記者にとっては、一大スクープの種ですからね。みんな躍起になっているのです」
銅「まあ頑張ってくだされ」
男「ありがとうございました」
そう言い男は去って行った。
銅次郎は山に入る途中、海岸にも立ち寄った。
案の定、そこにも記者の姿が多く見られた。
銅次郎は大きく息をつく。
浦島が無事に戻ってくることをただ祈るのみであった。
深夜になり、銅次郎が寝ていると、誰かが入ってくる音がした。
目を覚まし出て行くと、そこに浦島の姿があった。
浦「銅次郎さん。今戻りました」
銅「おお無事だったか!」
浦「はい」
銅「人には見つからなかったか?」
浦「はい。幸い誰もいませんでした。しかし海岸に沢山の足跡があったので、人に勘づかれないよう注意しました。本当に大変なことになってしまいました・・」
銅「記者たちがあんたを探しまわってるようだ。こうなってしまった以上、下手に動かないほうがいい」
浦「銅じいさんの言いつけを守れませんでした」
銅「仕方なかったのだ。問題はこれからどうするか・・」
浦「私は竜宮城に行くことにしました」
銅「それでは、ついに行く手立てを見つけられたのだな?」
浦「はい」
浦島は顔を輝かせた。
翌日。
夜明けと共に、二人は海岸に立っていた。
銅「ついに行ってしまうか・・」
浦「いいえ。まだ正確な日時が決まっているわけではありません。私はここで、その時を待ちます」
銅「そうか」
浦「銅次郎さんには本当に感謝しています」
銅「寂しくなるが、これで我が代々の役目も終わる」
浦「私は竜宮城に行っても、あなたのことや、ここで出会った人達のことを忘れないでしょう」
銅「私もだろう。乙姫様を大切にな」
浦「はい」
涙をにじませる浦島。
早朝ということもあり、静かな海であった。
二人はしばらく思い出話に浸っていると、その静寂を壊すものが。
「あ、あなたまさか! 浦島さんでは!?」
ついに記者に見つかってしまった。
記「やっぱりそうだ! 探していましたよ~」
しまった・・ 見つかったか・・
後悔したが遅かった。
記「浦島さんお話を伺いたいのですが、ご同行頂けますか!?」
浦「申し訳ない・・ 今はここを離れられません」
記「そう言わずお願いします。世界中の関心があなたに集まっています」
浦「しかし・・」
浦島がたじろいでいる内に、記者がひとり、またひとりと集まってきた。
逸早く連絡を聞きつけたようだ。
「浦島さん! 先日までハワイにいたはずのあなたがどうしてここに!?」
「LDプリオさんの島から突然消えた島について何か知っていますか!?」
「あなたは童話に登場する浦島太郎本人ではないかという噂がありますが!?」
「お答え頂けますか!?」
嵐のような質問攻めが始まった。
早朝から海岸は騒然としだした。
浦島は返答に困った。
だが海を背にしている浦島に逃げ道はない。
次第に追いつめられていく。
そんな時だ。
どこからか。
透き通った声が浦島の耳に・・ 違う。心に直接呼び掛けるのを感じた。
「浦島さん。こっちです!」
それは紛れもなく海からであった。
他の者には聞こえないようだ。
浦「今のは?」
気のせいかとも思ったが・・
「浦島さん! 早く!」
浦「そうか。やはり間違いない」
浦島の中で何かが確信に変わった。
すると突然、記者達に背を向け、海に向かって走り出した。
記「ちょっと浦島さんどこへ!?」
記者達も追いようがない。
浦島は構わず突き進んだ。
やがて海水が腰のあたりまで達した時、勢いよく海へダイブした。
記者は慌てる。
「おい逃げられてしまうぞ!」
「落ちつけ! 人魚ではないのだ!」
しかし彼らが次に見たのは、まさに目を疑う光景であった。
海中から、およそ20匹近い亀の大群が一斉に姿を現したのだ。
中央の一番大きな亀の背に浦島の姿はあった。
「なんだこれは!?」
20匹の亀に睨まれた数人の記者達は、たじろいだ。
金縛りのように身動きができなかった。
やがて亀達は静かに方向を変えると、ゆっくり泳ぎ出した。
同時に周りの19体の亀から不思議な泡が現れ、それは宙を漂い、中央の浦島を背負った亀の周りを優しく包んだ。
泡はやがて大きくなり、浦島の体もすっぽりと包み込み、虹色に輝いた。
そして亀は海の中へ消えて行った・・
その光景に開いた口がふさがらない記者達。
時間が止まったかのよう。
しばらくして、記者の一人が小さくつぶやいた。
「間違いない・・ 浦島太郎だ」
続いて我に返った一人が。
「ちょっと! 浦島さん待って下さい!!」
数名が慌てて後を追うが、時すでに遅し。
「あれは本物の浦島太郎に違いない! 後を追え―!」
「無理です!」
「そうだ! 誰か今のを撮影したか!?」
「いいえ。見とれてしまい・・」
「バカもの! こんな決定的スクープを逃すやつがあるか!」
「ああ大変だ~」
「そうだ! ここにいた老人はどこへ行った!?」
「あれ? さっきまでここにいたのに」
「浦島と亀に気を取られているうちに逃げられたか! クソ! まったくこの役立たずが! 老人はいいから、早く浦島を追う手はずを整えろ!」
「はい!」
静かな海岸は一転、慌ただしさを取り戻した。
その様子を山の木陰から見ていた銅次郎は、クスクスと笑った。
そして、浦島が旅立った海をしばらく眺め、静かに目を閉じ、浦島の幸運を祈ると、ねぐらに帰って行った。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。