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明日のアラームを止められるなら

掲載日:2026/06/26

人生の「長さ」と「中身」を巡る、少し切実な独り言です。

100億円か、寿命30年延長か。


この問いを初めて目にしたとき、

私は少し考えてから「寿命30年」と答えそうになった。


若いころは、時間こそが何より大切だと思っていた。

お金は失っても取り戻せるが、過ぎ去った時間は二度と戻らない。

三十年あれば新しい人生を始めることもできる。

やり直しのきかない人生だからこそ、

時間には何より価値がある。そう信じていた。


だが今の私には、100億円のほうが切実だ。


六十を過ぎた今も、朝は六時半に家を出る。最低時給に近い仕事だ。

それでも行かなければならない理由がある。

住宅ローンが八十近くまで残っている。

年金だけでは返済が追いつかない。

だから働く。体が動く限り、働き続けるしかない。


もちろん仕事そのものが嫌いなわけではない。


だが、毎朝アラームに起こされ、眠い目をこすって支度をし、

決められた時間に決められた場所へ向かう生活を続けていると、

ときどき考えることがある。


これは本当に、自分の時間なのだろうかと。




寿命が三十年延びた自分を想像してみる。


九十を過ぎた私は何をしているだろう。

世界中を旅しているだろうか。

新しい趣味に夢中になっているだろうか。


そんな未来もあるのかもしれない。

けれど正直に言えば、私の頭に浮かぶのはもっと地味な姿だ。


年金の額を気にしながら暮らし、ときどき病院へ通い、

季節が巡るのを静かに眺めている老人。

そして、もしかすると今と同じように、

目覚まし時計の音で朝を迎えている気さえする。


それは決して不幸な人生ではない。


だが、その未来の三十年と引き換えに、

100億円を手放すかと聞かれたら、私は首を横に振ると思う。




100億円があれば、明日のアラームを止められる。


住宅ローンを返済しなくていい。

生活費を心配しなくていい。

時間を切り売りするために働かなくてもいい。


何より、妻とポルトガルへ行ける。


彼女がずっと行きたがっていた場所だ。

そのたびに「いつか行こう」と言いながら、

仕事やお金を理由に先送りしてきた。

だが、その「いつか」が必ず来る保証はない。

年齢を重ねるほど、そのことが身に染みる。




もちろん、お金で時間そのものを買うことはできない。

一日は二十四時間のままだし、

人生の終わりをなくすこともできない。


それでも、お金は時間の使い方を変えてくれる。


誰と過ごすか。

どこへ行くか。

何をするか。


その選択を自分で決められる自由を与えてくれる。


若いころの私は、

「どれだけ長く生きるか」が大切だと思っていた。

だが今は、

「どれだけ自由に生きられるか」のほうが気になる。


残りの時間がどれほどあるかは分からない。

十年かもしれないし、三十年かもしれない。

だから私は、その長さより中身を選びたい。


明日もまた六時半に家を出る。


けれど100億円か寿命30年かと聞かれたら、

今の私は迷わず100億円に丸をつけると思う。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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