針灸師
今日も客が一人も来なかったな、と針灸師がつぶやきながら店じまいを考えていると、診療所のドアが開き随分と見かけない客が現れた。
その客の顔は元々が青い顔をしているのだが、今日は更に顔色が悪いようだった。
「おやおやお客さん、随分と久しぶりじゃのう。どうしたね?随分顔色が優れぬようじゃが?」
「ええ、最近なんだか調子が良くないんですよ。なんだか体がとてもだるいし、あちこち吹き出物が出て体中が痒いんです」
「ふ~む。そうか、そうか。それでは看てみようかの。そこに横になんなされ」
と針灸師は診療台を指差し客に言った。
客が診療台の上で横になると針灸師は客の体に手をあて目をつぶった。
「先生、いったい何をやっているんですか?」
「ツボを視ているのじゃ」
「ツボですか?」
「前にも説明したとおもうのじゃが、キミの体には無数のツボがあるのじゃよ。ツボを視る事により病の原因が分かるのじゃ」
「何か分かりましたか?」
「ウム分かった」
「何か悪い病気ですか?先生」
「厳密には病とは言えぬのだが、一種のアレルギーのようじゃ」
「でも先生、今まで私はアレルギーなんか無かったのですが」
「そうじゃの。確かに君は100年前までは健康そのものじゃった。しかしここ数十年君の体の免疫力は低下しておるようだ」
「そりゃ先生、年って事ですか?」
「いやいや何を言うかね。君はまだ若い。君はまだあと数十億年も生きるはずじゃよ」
「先生、いったい何のアレルギーなんですか?」
「君の体の表面には無数の小さな生き物が生息しておるのだが、それは知っておるかね?」
「はい、それは知っていますが、以前先生はそれらの生き物は何も害が無いって言っていましたよね?」
「確かにそうなのじゃが、どうもそのうちの一種にアレルギーを起こしているようじゃ」
「どの種ですか?」
「人類という生き物じゃ」
「ああ、ああ、人類ですか。確か数万年前から急激に増え始めた生き物ですよね?やっぱりそうでしたか!」
「やっぱり、というと?」
「なんだかそうじゃないか、と思っていました!人類が現れてから体の表面がズキズキと痛んだり、元々湿気があったはずの所が乾燥したりするんですよ!」
「東洋医学ではそのズキズキは『戦争』と言い、乾燥した肌は『砂漠化』と言うのじゃ」
「『戦争』?『砂漠化』?なんだか聞き慣れない言葉ですね」
「『戦争』とは同じ種同士の殺し合いの事を言うのじゃ。そして『砂漠化』とは他の種を殺す事を言う」
「なんですって?!そりゃ先生ばい菌って事でしょう?なんとかしてくださいよ。今だったら抗生物質とかでばい菌を殺す事もできるんでしょう?」
「う~ん、他の医者ならばそうするのじゃろうが、ワシはその種を殺す事には反対じゃ」
「どうしてですか?先生は訳が分かりません!!もういいです!!他の医者に相談します!!」
「まあまあいいから最後まで聞きなさい」
「また東洋医学での講釈ですか?もう聞き飽きましたよ、それは」
「君には信じられないかもしれんが、その種は君を守っておるのじゃよ」
「守っている?そんな馬鹿な!見て下さい私の顔を!私は100年前まではもっと美しかった!人類が私を病気にしているのです!!」
「その『美しい』という概念を創ったのは人類なのじゃよ」
「なんですって?」
「思い出してみたまえ。君には数万年前『美しい』という概念が無かったはずじゃ。それだけではないぞ。君は2000年前には自分が丸いという事も知らなかったはずじゃ。それを発見したのは人類なのじゃ」
「・・・・・・・・!」
「確かに人類は毒素を出し君を汚染しておるじゃろう。しかしそれは君という存在を知り尽くし君という存在を守る為に活動しておるのじゃ」
「なんだか今の状態を考えると、とてもそうは思えませんけどね」
「人類もまだそれを自覚しておらんからな。
さっきワシがツボを視ておったじゃろう?ツボとは人類が収集した君の情報を集め保管するセンターなのじゃよ。
人類もそれを何の為に集めているのかはっきりとは自覚しておらぬ」
「先生の話は難しすぎて、なんだか分かりませんよ」
「まあまあいいから、ここは重要だから、最後まで聞きなさい。
ツボは君の表面の至る所にあるのじゃ。
それらはどれも重要な役割を果たしておる。
東洋医学的にはそれらのツボは『ニューヨーク』『パリ』『ロンドン』『東京』などと呼ばれまだ他にも無数のツボがあるのじゃ。
それらのツボは君の健康状態を管理する為の無数の知恵を蓄えておる。
ワシもこれらのツボの助けなくして君の健康状態を知る事は出来ぬ」
「先生はばい菌の味方だったのですか?!」
「いいかげん、そのばい菌という概念を改めなされ。
人類は君の敵ではない。君の存在を美しいという事を知っている唯一の種なのじゃ」
「なんだか信じられないですけどね・・・・・」
「無理もない。
今まで人類はツボに蓄えた知恵をめぐり争っておったのじゃからな」
「『戦争』ってヤツの事ですね」
「さよう。東洋医学的には『戦争』とはツボに蓄えた知恵をめぐる『権力闘争』によって起こる争いなのじゃ。
本来ならばツボ同士は情報交換を行い君の体調管理をしなければならなかったのじゃが、ツボ(東洋医学的には『都市』とも呼ばれる)がそれぞれ自分がエライと主張し、他のツボを攻撃してしまったのじゃよ」
「あまり頭の良い種とは言えませんね」
「確かにの。しかし今それらのツボを診断してみたら『気』の流れの変化が見えた」
「『気』の流れですか?」
「権力闘争の時代が終わろうとしておるのじゃ。ツボはそれぞれが独自のネットワークを広げ他の無数にあるツボと繋がりを持ち始めておる。
そのネットワークは無数あるツボを繋げひとつにしようとしておる」
「そうすると、どうなるんですか?」
「地球が丸い、という事を知るのじゃ」
「『地球』とは人類が私に付けた名前ですね?」
「さよう。『権力闘争』は地球が丸いという事実を拒絶する事によって起こるのじゃ。君の病の原因はこの権力闘争なのじゃ。
西欧医学ではこれを『アレルゲン』と言う。
人類が地球は丸いという事実を知った時、このアレルゲンは消滅し君は癒されるであろう」
「癒されるのにどれぐらい時間がかかるのでしょう?」
「もうじきじゃ。数十年、もしかしたら数百年かもしれぬが、君は確実に癒される」
「・・・・そうですか。そうすぐには治らないのですね」
「何を言っておるのかね?君はまだまだ若い。君にとって数十年数百年なんてたいした時間じゃないだろう?」
「そうですね!ありがとうございます。なんだか少し楽になったような気がしますよ」
「ウム、少しでも助けになってワシも嬉しい。
・・・・最後に君にお願いをしておきたい事がある。
どうか人類を大切にしてほしい。君にとって人類がとても面倒な存在に思える事もあろう。
しかしいずれは人類は君を守り助けるじゃろう。
だから、人類にふんだんに恵みを与えてやるがよい。
大地の恵みを与え、空気や水の恵みを与えなさい。
そうすれば、いずれは彼らも自分達が地球の一部である事を知るであろう。
地球の素晴らしさを知った人類はいつかは地球を飛び出し他の天体に君の美しさを自慢するに違いない。
その時に君は人類のありあがたさを知るじゃろう。
だから、人類を愛してあげてほしい」