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ルナテック

ヤカロンではありません。あまねです。カロンはギリシャ神話の地獄の渡し守です。正しくはカローンです。この小説はわたしが中学の頃見た夢です。

 あたりは煙るような闇だ。さっきまで机の上で宿題をしていたはずなのに、うとうとしていたら、ここいいた。立ち込める闇に、けれどかえってどこまでひろがりをもっているかかわからない。濃密な空間の固まりが恐ろしい。

 しかし僅かな風のそよぎがある。それは衣服のはためく音、こすれる音らしい。ひとがいるのだ。

 この闇の中ひとが行き交じっているのはおかしいが、今はそれにすがるしかない。

 闇雲に手を伸ばし、しかし恐ろしいので、踏み出せず、

『誰か、待ってください。お願いします、待ってください!』

 と叫んだ。

 そのとき、バサッと何かに抱き留められた。勢いのままわたしとそれは半回転した。

「おっと」

 そのひとは言い、男の人だと気づいた。わたしは男の人の長いマントにくるまれたのだ。背が高い人だ。見上げると、薄ぼんやりと横顔が見えた。

 わたしはみるみる頬が赤くなるのを感じた。恐ろしいほどハンサムなひとだったからだ。

 月が出ていた。そのひとは私を見下ろして愉快そうに、目を輝かせていた。ただ黙ってわたしを眺めていた。

「ここはどこでしょう?」

 沈黙に耐えられずわたしは言った。男のひとはさらに目を輝かせて言った。

「ドコ?」

 まるで日本語を知らない人おうむ返しだった。でもやっぱり日本人だった。すぐにこう言ったからだ。

「じゃあ、しようか」

 男のひとはわたしをその場に引き倒し、キスをした。わたしは驚いて目をありったけ見開いた。


セックスは痛いものだと聞いていたけど、これほどアクロバティックなものだとは思わなかった。何かもっとロマンティックなものだと信じ込んでいた。果てた男のひとが私の体の上で大きく呼吸を繰り返して重かった。


その頭越しに周囲をうかがうと薄明りの中、そこはまるで何かの舞台のような場所だった。隅に足場のような鉄パイプの構造物の片側が光っていた。遠くには観客席の連なりまで薄ぼんやりと見える。わたしたちいる一段高くなった場所では男のひとと女のひとの喘ぐ声がかぼそく漂っている。

 顔をめぐらすと、あちこちに肌を白く闇に浮かばせて裸で重なり合いカップルばかりのなか、バシンバシンという音がする。舞台中央ドラムを叩いている男の人がいた。そのひとの顔は機材の陰で全く見えない。

「ここにいる人はみんなそうなの」

 わたしにのしかかっていたひとは、息を整えるのに苦労していた。「きみはなかなかだね」

と言ってから「そうだよ」とやっと言った。

「何のために?」

彼は口をゆがめてちょっと口ごもった。言いにくいことというのではなく、どういったらいいかわからない、という感じだった。見上げると彼の顔には卑しさが浮かんでいた。ハンサムなひとでも卑しい顔をするんだ、と私は思った。

 彼は言った。

「う~ん、言語、演技、生活、みたいなもの」

「誰とでもこんなことするの?」

 おとこのひとは初めてわたしに興味を持ったかのように、言った。

「きみは変わってるね。ぼく、きみが気に入ったよ。もう一回しよう」

わたしは初めて激しく拒絶した。


「いや、よ。

わたしはほかのひとともしてみたい!

あの、ドラマーともしてみたい」


 彼は裸のおなかを、やはり裸のわたしのおなかに押しあてた。そしてなが~いキスをした。キスに酔うことを知ってしまった。

「ここを出よう! 君と一緒にいたい」

身づくろいもそうそうに、彼はわたし抱き上げると舞台を突っ切り、客席に降りた。手をひかれるまま、小走りに走り舞台からどんどん離れた。急かされ走りながら振り返ると、もうドラムを叩くことはせず、顔をこちら向けて舞台に腰掛け足を組むドラマーが見えた。顔は昏く翳ったまま。

 月は中天に懸っていた。





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