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第八話 「顔が見たい! 恋が始まる、重すぎピクニックデート!?」

『シェリル嬢。昨日私は朝の6時に起床し――』


 純白の紙にびっしりと書かれた文字に目を通す。


「……確かに知りたいとは言ったけれど――まさか“おはようからお休み”まで、アシュレイ様の暮らしぶりを把握する事になるなんて思って無かったわ!」


 相変わらず届いていたアシュレイ様通信だけれど……カフェデートの日から、以前よりも『更に事細かに』書いてくるようになった。


 アシュレイ様からの贈り物に参っていた私は、必死に彼を説得していくつかのルールを決める事に成功したんです。


 お花は1日『一回』まで


 あまりにも沢山のプレゼント攻撃は『禁止』


 いきなりの『突撃訪問』はしないこと


 こんな条件を、無事に何とか聞いてもらえる事になりまして。


 ……いやまぁ……アシュレイ様は滅茶苦茶渋るから、この約束を取り付けるのは――本当に、本っっっ当に大変だったんです!


 ……回数を減らして貰えるように手紙を送ったら――まさかアシュレイ様ご本人がすぐに我が家に突撃してくるなんて……誰も思わないじゃないですか。


 いや、あの方なら余裕でやりそうではありましたね。確かに。


 今にも泣き出しそうなハートをしたアシュレイ様は、土下座する勢いで「せめて手紙だけは!」と言うので……流石に私も断れませんでした。


「お手紙は1日1回です!」


「5回にしましょう!」


「ダメです! じゃあせめて2回にしてください!」


「そこを何とか、6回に!」


「何で増えてるんですか!?」


 アシュレイ様との攻防は、まるでオークションのようでした。


 お忙しいアシュレイ様の事だから、きっとそのうち飽きるだろうと思っていたのに。


 飽きるどころか、彼はずっと変わらなかった。


 沢山の手紙と、毎日届く美しいお花達……そして空き時間を見付けては、私を外に誘い出す。


「アシュレイ様、明日は1日お休みなのね? “2人で一緒にピクニックに行きませんか?”……この前も出掛けたばかりなのに」


 会っている時のアシュレイ様はいつも本当に楽しそう。


 それに私の質問にも、いつだって嘘偽りなく誠実に答えてくれる。


 最近はそんなアシュレイ様のことが……ますます知りたくなってしまう。





◇◇◇◇





「うーん……これはどうしたものか」


 その日の午後、お父様の執務室に足りなくなった便箋を貰いに行った時だった。


 あれ……お父様の頭にハートがない?


 机に置かれた資料を睨んでいるお父様の頭上には、いつものボロボロのハートが無かった。


「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」


「あぁ、ありがとうミーシャ」

 

 ノックの音と共にやって来たミーシャを見ると、その頭からは沢山のハートが出始めた。


 あ……また、小さいハートが出始めたわ。


 もしかしてこのハートは、考えている相手への愛が見えているの?


 それじゃあ、アシュレイ様と長時間一緒に居れば、彼の本当の顔が分かるかも知れない?


 私がずっと気になっていたハートの下。


 決めました!


 明日のデート――私は絶対にアシュレイ様の素顔を暴きます!




◇◇◇◇



 


 翌日、揺られる馬車の中でアシュレイ様のハートが黄色くピカピカと輝く。


「久しぶりのシェリル嬢だ! ――ここが天国でしょうか?」


「大袈裟過ぎます! それにアシュレイ様、私達3日前にもお会いましたよね?」


「ええ。でも私は一秒でもシェリル嬢から離れたく無いんです」


「そ、そうなんですね」


 アシュレイ様は相変わらず、とても愛が重いです。


 普通2、3日に1度は会ってるって、結構な頻度じゃないですか?


 アシュレイ様は一体どこまで寂しがり屋さんなんでしょうか?


 少し引き気味な私を気にも止めず、アシュレイ様はそのまま話し始めます。


「今日はぜひ貴女に見ていただきたい景色がありまして……我が家の領地にある、沢山の青い花が咲き誇るとても美しい丘です」


 青い花?


 それって公爵家の領地にある……あの有名な“ネモフィラの丘”かしら?


 死ぬまでに一度は見てみたい、別名『地上に広がる海』と呼ばれている絶景スポットで――令嬢達の憧れの場所。


 そんな所に連れて行ってくれると言うの?


 私の胸はもう既にドキドキと高鳴っていた。


「それと、実はシェリル嬢の為に昼食を作ってきたんです」


「えっ、アシュレイ様の手作りですか!?」


 アシュレイ様はどこか照れくさそうに話す。


「はい……その、料理人の作る物よりは不恰好かもしれませんがどれも一流の食材を使っています。味は保証出来るかと」

 

 目の前の大きなハートが不安げに揺れていた。


「不恰好だなんてそんな! 私はアシュレイ様が作ってくれた『その気持ち』がとても嬉しいんです! 本当にありがとうございます」


「シェリル嬢、行き先を教会に変えても良いですか?」


「やめてください。私はお花が見たいです」


「くっ……花に負けたのか……」


 彼のハートは、今のやり取りが遊びである事を教えてくれる。


 こうやってアシュレイ様とする他愛ないやり取りが、私は何故だかとても楽しい。


「どうやら着いたようです。ほら、見えますか?」


「わぁ……凄い!」


 馬車が到着し案内されたのは――本当に見事な花畑と、少し小高い丘に大きな木がある場所でした。


 その通り名がつけられたのも納得ね。


 本当に青の絨毯のようで――空と花の境界が溶け合って、まるで夢の中にいるみたい。


 丘の方まで歩くと大きな木の下の木陰になっている場所に大きめのシートが広げられており、既にちょっとしたお茶とお菓子が用意されていました。


「シェリル嬢は読書がお好きですよね。今日は貴女が好きそうな本をいくつかお持ちしました。二人で本でも読みながら、のんびり過ごしましょう……ここには私達以外誰も来ませんから」


 そう言うと少しだけ強い風が吹いて、置かれていた本のページをパラパラとめくっていく。


「ありがとうございます! でも……何故私が本が好きな事を知っているのですか?」


 本当に、なんで知っているんだろう?


 今まで、アシュレイ様どころか……誰にも言った事は無いはずなのに。


「その……学園時代、よくベンチで読書を嗜んでいる貴女をお見かけしていたので」


 そこで知る衝撃の事実――


「えっ。アシュレイ様も、エルテナ学園の生徒だったんですか!?」


「ええ。私達は学園時代一度も会話したことが無かったので、知らないのも仕方ないですよね」


 あぁ、アシュレイ様が!


 ――しょんぼりブルーになってしまったわ!


 私の言葉のせいかしら!?


「ご、ごめんなさい! でもこれから知っていきますから!」


「……はい。そうしていただけると嬉しいです」


 その言葉に、アシュレイ様のハートの色が少しだけピンク色に変化する。


 ハートが少し回復したのを見届けてから、私は本を手に取った。


 当初の目的を完全に忘れてしまった私は、アシュレイ様が昼食にしようと声をかけてくれるまで気が付かず……本の虫になってしまいました。


 


◇◇◇◇



 アシュレイ様が持ってきたバスケットの中には、料理人が作ったかと見間違う程の、とても美味しそうな料理が入っていました。


「凄い、とても美味しそうです! いただきますね。ありがとうございます、アシュレイ様!」


「そう言っていただけると頑張った甲斐がありました」


 私はふんわりと焼かれた鮮やかな黄色いオムレツを口に運ぶ。


 これ、とてもふわふわで……それに凄く美味しい!


 優しい味がするそれに、思わず頬が緩んでしまう。


「シェリル嬢……お味はいかがですか?」


 夢中になっている私に、アシュレイ様が不安そうな声色で呟いた。


「とても……とても美味しいです! ありがとうございますアシュレイ様!」


「それなら良かったです」


 アシュレイ様のハートが喜びの黄色に光輝いてる!


 ……相変わらず眩しいけれど、最近はこの輝きにも慣れてきました。


 それから私達は、花を眺めては他愛ない会話をし、頬を撫でる心地よい風を感じながら、夢中で本を読んでいました。


「シェリル嬢……もしお身体が辛かったら、私の肩を使って?」


「あ、ありがとうございます」


「気にしないで下さい。いつか膝枕で返して下さるだけで結構ですから」


「ちゃんと報酬を受け取るつもりじゃないですか!」


「バレてしまいましたか」


 ……アシュレイ様のハートは、実際には重くないけれど――私の身体に触れたら考えている事が全部わかってしまう。


 この前も沢山の『好き』を向けられて、私の心臓が持たなかったし……膝枕なんてとても危険過ぎます。


 でも……やっぱり肩はお借りしますね。 





◇◇◇◇





 


「あの、アシュレイ様……さっきからちょっと重たいです。少しだけ離れ――」


 ぐぐぐ、と私に体重をかけてくるアシュレイ様の身体を押し返そうとした時でした。


 あれ……?


 もしかしてアシュレイ様……寝てるのかしら?


 私の頭上から、すうすうと静かな寝息が聞こえてくる。


 もしかして――今、素顔を見るチャンスなのでは!?


 ワクワクとしながら顔を見上げてみると……鮮やかなハートがピカピカと輝いていました。


 な、何でハートが消えてないんですか!?


 私が動揺してしまったせいで、アシュレイ様の身体がぐらりと崩れた。


 「あ! 危ないっ」


 私は思わず、膝を枕にする形でアシュレイ様の頭を受け止めました。


 私の体を貫通する大きなハート。瞬間、流れてくるアシュレイ様の心の声――


『シェリー……今日は早く帰ってくるから、ちゃんと良い子で待っていてね? 帰ってきたら10年目の結婚記念日を盛大にお祝いしよう! あぁ、俺の奥さんは今日も天使過ぎる……あれ、それ――羽はえてない? 飛んでいかない? ねぇ大丈夫なのシェリー!?』


 け、結婚してる!


 夢の中で私達、既に結婚しているわ!?


 アシュレイ様ったら、婚約期間を飛び越してもう私と夫婦になってしまってるんですか!?


 しかも10年も!?


 ……最早熟年夫婦だわ。しかも最後私どこかに飛んで行っているし……。


 次から次へと聞こえる声――


『あぁシェリー……子供達の事は俺に任せて? 君はゆっくり休んでおいで。後は俺が全部やるから、いつもありがとう。俺の奥さん』


 ――まさかの子育て!?


 勝手に子供が生まれているんですか!?


『そんな、疲れるのは当たり前だよシェリー。気にしないで? もうすぐ生まれる、151番目の子供の名前でも一緒に考えようよ。きっとまた、君に良く似た天使だね?』


 いや、多すぎませんか!?


 ――流石に死んでしまいますアシュレイ様!


 私は151人も産めませんッ!


 その夢の中で……私達の子供、どれだけ生まれてるんですか!? 


 そんなに沢山の子育てなんて、確かに私も疲れるでしょう!


「ふっ……ふふっ……アシュレイ様、どんな夢見てるんですか! ようやく貴方のお顔が見られると思ったのに、とても残念だわ!」


 あまりにも現実味の無いアシュレイ様の不思議な夢に、私は思わず吹き出してしまう。


 でも、それが何故だか嬉しいと思ってしまうなんて。


「アシュレイ様、せめて……お顔を触らせて下さいね?」


 私は膝の上に寝ている巨大なハートの中に手を伸ばす。


 ふわりとした感触。

 

 とても柔らかい髪。


 お鼻も高くて……お肌なんて、すべすべじゃないですか!


 感動してペタペタと触っていると、アシュレイ様が声を出した。


「ん……シェリル……くすぐったいよ」


 私の手に、頬を擦り寄せる感触がする。


 その感触から、恐らく微笑んでいるのが伝わってくる。


 ――キュン


 私の胸が少しだけ締め付けられる感覚がした。


 え?


 な、なんで?


 なんで私はこんなに……ドキドキしてるんですか?


 キュンって……キュンって何なんですか!?


 日陰に居るはずなのに、なぜか顔が熱い。


 きっと、アシュレイ様がずっと変な夢ばかりみてるから……だからこんなにドキドキしてるんだ。そうに違いない。


「もう……アシュレイ様にはいつも驚かされてばかりだわ。今度は私が驚かせてあげますから!」


 ……帰りの馬車で、婚約のお話お受けしてみようかしら?


 そうしたら、絶対驚きますよね?


 アシュレイ様って……驚いたら何色になるんですかね?


 でも今はもう少しだけ、このままで。


 私達を心地よい風が撫でる。


 青い花が揺れていた。

1日遅れてしまってごめんなさい!

アシュレイは……きっと寝ても覚めてもシェリル一色なんでしょう(^^)

もう少しだ!頑張ってアシュレイ!

次回は土曜日か日曜日になります

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