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第五話 「アシュレイ視点 ~恋の始まり・後編~」


 あの日から俺は、一言文句を言ってやろうと社交の場で小さい桃色を探すようになった。


 ……リアムに聞くつもりはなかった。関わりたくないから。


「この茶会には居ない……な」


 あの時俺が仲裁に入った事もあってか、リアムへの嫌がらせは少しだけ落ち着いたようで……いつしか俺は、腹違いの弟を守った勇敢で心優しい兄と呼ばれるようになっていた。


 俺の評判が上がったことで母親を馬鹿にしていた貴族達は手のひらを返したらしく、機嫌の良くなった母親が……俺を叩くことはなくなった。


 リアムの母親からも感謝され……屋敷の奴らだって、皆して俺を優秀で心優しい跡取りだと褒め称えた。


 ずっと放任していた父親さえもそんな周囲の変化に流されたのか、俺の母親にようやく謝罪した。


 完璧とは言えないが、俺の周りの何もかもが始まり以上に良くなってしまった。


 俺にとっては良い事のはずなのに……それが何だか、少し後ろめたく感じてしまう。


 結果的にあの子どもに助けられたようで気に入らない。


 本当に……ムカつく。なんで俺がこんなにモヤモヤしなきゃいけないんだよ。


 どうしても面と向かって話したくて、それから頻繁に社交の場に出掛けてみたが、その子どもに会う事は無かった。


 ただただ、俺の名前が広まっていくだけだった。





◇◇◇◇



 とうとうソイツに会えないまま12歳を迎えた俺は、聖エルテナ学園に通う事になる。


 丸一年、公爵家の完璧な後継者としての仮面を被り勉強に励んでいた俺は、いつしかその子どもの事を探すのをやめていた。


 13歳になった時、リアムも学園に入学してくる事になる。


 在校生のトップとして入学式の祝辞を述べるため、壇上から生徒を見た時だった――有象無象の中に、ずっと探し求めていた、あの薄桃色を見つけた。


 その後何を話したのか覚えてない。気が付いたら式が終わってた。なぜか、新入生の姿を見に行った。


 話しかけようかと思ったけど、社交界で評判を上げすぎたせいですぐに人に囲まれて……いつもタイミングが悪かった。


 どいつもこいつも邪魔だった。


 俺が話したいのはアイツだけ。コイツらじゃない。


 そもそも、何て話しかけるつもりだったっけ?


 何を言いたかったんだっけ。


 確か、文句を言ってやろうとしたんだ。


 でも結果は……評判が上がっただけで、悪くなってない。じゃあ何を言えば? 


 何も……浮かばなかった。

 


◇◇◇◇



 ある日廊下ですれ違ったソイツに声をかけようとした。


 今日は珍しく邪魔な奴らの姿もない。全部が完璧だった。今しかないって、そう思った。それなのに。


「あ――」


 俺の事なんて覚えてないとでも言うかのように、ソイツはすれ違い様横目で俺を見た後、すぐに視線をそらし、何事もなかったかのように通り過ぎて行った。


 俺はただ、挙げようとした手を虚しく握り締める事しか出来なかった。


 ……もう全部、忘れてしまおう。


 それでも何故か忘れられなくて、桃色髪のアイツについて知りたくなった俺は、初めて自分からリアムに話し掛けた。


 少しびっくりしていたリアムは、戸惑いながらも『シェリル・リープル』と言う子爵令嬢だと、ちゃんと答えてくれた。


 あの日……リアムから事情を聞いた彼女が言ったのは『あなたのお兄様がやっている事は、母親の横暴を黙認しているお父様とおなじ事なのよ』と言う言葉だったそうだ。


 俺はその言葉が、深く心に突き刺さった。


 俺は心で『傍観者』な父親を軽蔑しながら、自らも『傍観者』になっていたんだ。


 自分の行動の愚かさと、恥ずかしさ。


 ようやく自らの過ちに気が付いた俺は、初めてリアムに謝罪した。


 弟は優しく微笑んで「気にしないで」と言った。俺も被害者の1人なんだから、と。


 その日を境に俺達兄弟は本当の兄弟になっていった。


 それから卒業までの3年間、俺が彼女に声をかける事はなく……遠くから姿を探しては眺める日々を過ごすだけだった。





◇◇◇◇




 リアムが16歳になり卒業を迎えた年の事、弟のデビュタントのため俺達家族は王城に訪れる。


 リアムは未だに嫌がらせを受ける事もあったが、その度に俺は止めに入っていた。


 今度はちゃんと、心から止めたくて動いていた。


「アシュレイ様、まだ婚約者をお決めになっておられませんわよね! 私、刺繍も楽器の演奏も得意なんですの! 良ければ私と」


「ちょっと退きなさい! 貴女なんかより、アシュレイ様と家格の近い私の方がお似合いですわ!」


「あら、私なら貴女達『お子様』とは違って、アシュレイ様を喜ばせられる『大人の女性』ですけれど」


「品がないわね!」


 ギャーギャーと醜く争っている女達……本当に人間ってやつは、どんなに歳を重ねてもつくづく何も変わらない残念な生き物らしい。


 品の無い身体を強調するようなドレスも、キツイ香水の匂いも……全てがうんざりだった。


 そのうち親が決めた適当な相手と結婚するだけ。どうでも良い。誰かを好きになれる気もしない。


 全員同じ顔に見える……


 その時だった。


「おい見ろよ。妾腹の子どもなんかが貴族にでもなったつもりらしい」


「場違いだって気が付かないんだろうか? 図々しい、さっさと帰れば良いのに」


 大声では無いが、わざとらしくリアムに聞こえるように、同じくデビュタントを迎えたらしい二人の男が口々に吐き捨てていた。


 アイツら。


 俺がその場に向かおうとした時――


「まぁ。本当にデビュタントを迎えたのかしら? あまりにも幼稚な言動ですわね」


 当時よりも……ずっと大人びた彼女の声が聞こえた。


 あの時も、俺は傍観してたのに……彼女は果敢に立ち向かって行ったんだ。


 “あの子”も『何も変わってない』んだ。あの子だけが、俺の世界で輝いている。


 その事実がこんなにも嬉しいなんて。


 今すぐ彼女と話したい。俺は変わったと、過ちに気が付いたと伝えよう。感謝の言葉を直接言いたい。そして願わくば、友人になってはくれないだろうか。


 全員同じ顔に見える世界で、薄桃色の髪だけが色彩を放つ。俺の目を――心を奪う。


 堂々と、今度こそ――


「皆様ご静粛に、国王陛下のご入場です!」


 また、タイミングを失った。


 ……デビュタントが終わってパーティーになったら、今度こそ声をかけよう。周りの女どもなんてどうでも良い。気にしない。


 俺はずっとタイミングを窺っていた。


 でもようやくパーティーになった時、一人の男が彼女に話しかけるのを見て……彼女がその男に微笑んでいる瞬間を見て。


 そこで初めて、俺は気が付いてしまった。


 自分の中の感情の正体を。どうしてこんなにも彼女が気になるのかを。


 いつからかは分からない。もしかしたら、最初からかもしれない。


 俺は間違いなく彼女に『恋』している。


 愛しい。好きだ。誰にも取られたくない。


 笑いかけるなら俺だけにして欲しい。


 他の奴なんか見てないで、ずっと側にいてはくれないだろうか?


 どうすれば君に振り向いてもらえる?


 どうすれば俺の名前を呼んでくれる?


 ……どうすれば、君に愛してもらえるんだ?


 俺の中で沢山の感情が渦巻く。


 君に愛される為ならば、何だって捧げると誓おう。


 俺の嫌な所があるなら、一つ残らず……全て直してみせるから。


 だから……俺だけを見てくれ。お願いだ。


 彼女と話していた男が、笑いながら彼女の肩に触れた時、俺の中で何かが動いた。


 このままだと、奪われてしまう。どこの誰かも知らない男に。


 あの愛らしい笑顔が誰かのものに……そんなの、絶対に許せなかった。


 今すぐ彼女と婚約しなければ。


 俺には君以外なんて考えられないから。


 幸いアイツらは、これから『敬愛の儀』で教会に行かなければ行けない。動くなら今しかない。


 俺はそのままの勢いでパーティーを抜け出すと、急いで屋敷に帰り、彼女の家に婚約の申し込みを送りつけた。

何故アシュレイがシェリルに激重愛を向けるのか、無事に皆さんに伝わっていると嬉しいです(^^)

今回は少しシリアスでしたが、次回からいつもの二人に戻ります!

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