第四話 「アシュレイ視点 ~恋の始まり・前編~」
俺が彼女に最初に出会った日の事は、忘れもしない。7歳の時に母に連れられて行った『教会』だった。
その日は、愛の女神「エルテナ」様がこの国を創造したとされる建国祭の日で、貴族達は教会に行って司祭から成り立ちを聞き、感謝の祈りと献金をする義務があった。
子ども達にとってはとても退屈な時間で、長すぎる話を大人しく聞くなんて……正直俺も苦手だった。
大人達がお金の話をしている間、俺たち子どもは教会の裏の庭園でちょっとしたお茶会をして待つ。
子どもは親の背を見て育つ、そんな言葉があるようにそのお茶会はちょっとした『社交界』の真似事のような場所だった。
俺はそれが……本当に大嫌いだった。
◇◇◇◇
「アシュレイ様ー! 今度わが家に遊びにきませんか?」
「だめよ! 私が先なの!」
「おい。男爵家風情は引っ込んでろ! アシュレイ様、わが家は伯爵家ですよ!」
どいつもこいつも――本当にうるさい。
親に媚びるように言われてるのか……本当に俺と仲良くなりたい訳じゃなくて『公爵家』の名前に尻尾を振ってるのがバレバレだ。
……本当に醜い。
そんな本心を悟られ無いように、俺は教えられた通り『お手本』のように微笑む。
「勉強が忙しくて行けるかどうか分かりませんが……時間が取れたら『リアム』と2人で参加させて貰いますね。いつ頃の予定ですか?」
俺の口からその名前を聞いたこいつらは、分かりやすく目を泳がせた。
「わ、わぁ! それは、とても嬉しいです。ぜひ、弟君と遊びに来てください。日程はちょっと……お母様達に相談してみますね」
「わ、わたくしも……」
「わ……私もお父様にご相談しなきゃ! アシュレイ様と『リアム様』をご招待出来るなんて、とても光栄ですわ」
「ありがとう。招待状待ってますね」
「し、失礼します」
そそくさと俺の元を離れる姿を見て笑顔で手を振るが、俺の心は冷えきっていた。
入れ替わるようにまた同じような奴らがやってくる。コイツら全部同じ顔に見えるんだよな。
『リアム』は一歳下の俺の弟だ。と言っても半分しか血が繋がって無い。
俺の父親が隣国に外交に行った際、どっかの女と『一夜の過ち』で出来た腹違いの弟。
俺が3歳の時にその女がリアムを連れて屋敷を訪ねてきた。
ロゼット家の血統の証である『深紅の宝石眼』じゃなかったら、きっと公爵は認めずに門前払いしていた事だろう。
そいつらが屋敷に住む事になってから、俺の家庭は完全に崩壊した。
公爵家なんて立場だからか、面と向かっては言ってこないものの……完全に社交界の笑い者になった俺の母親は怒り狂った。
元々感情的な所があった母親だが、それ以降ますます酷くなり、一度怒りのスイッチが入れば誰にも手がつけられない程暴れるようになった。
公爵は自分の過ちのせいなのもあってか、母親の目に余る横暴を黙認するだけで、向き合おうとはしなかった。
そんな中俺はと言うと……元々両親は俺に厳しかったし――叩かれる回数が『少し増えた』だけだ。
『リアム』の事は別に嫌いじゃない。好きでも無いけど。正直どうでも良い。
俺は屋敷の人間や周りの奴らと違って、アイツを虐めたりはしてない。勿論助けもしないけど。
アイツに対して怒ったりしてないんだから、とっても優しいはずだ。
悪いのは俺の親であってリアムじゃない。でも俺だって被害者なんだし、めんどくさい奴らの誘いを断る為に利用するくらいきっと許される。
煩わしい周りの人間から逃れるために、俺は少し散策したいと言ってその場を後にした。
人の気配が無い場所を探し求めているうちに、俺は『リアム』がいつものように虐められている場面に鉢合わせた。
本当に、面倒だ。
またいつものように、見てみぬ振りを決め込もうとしたその時――
「もー! 弱いものいじめなんてカッコ悪いわよ!」
薄桃色の髪をした小さい子どもが、自分よりも背の大きい子どもの集団に飛び込んでいった。
「なんだこのちんちくりん!」
……ほら見ろ、変な正義感で関わるからだ。
無視するのが一番なのに。馬鹿なやつ。
「なによ! 本当の事だもん。あなた達も、あそこでただ見てるだけのあの人も、みんなみーんな、かっこわるいじゃない!」
――あいつ、俺の事巻き込みやがった!
一応、表面上は弟思いな人間の振りをしていた俺は、姿を目撃された以上その場を止めるしかない。
「まさか。誤解ですレディ、大切な弟が酷い目に合っている所を見てしまい、あまりの衝撃にかたまってしまったのです」
俺の姿を見たそいつらの顔は、みるみるうちに青ざめていく。
「君達も……リアムは俺の大切な弟なんです、傷付けるのはやめてくれませんか?」
「し、失礼しました! アシュレイ様」
「申し訳ありません!」
バタバタと逃げ去る奴らの姿が見えなくなったのを確認して、余計な事をした奴の家名を聞いてやろうとした時だった。
「ねえ、君名前は――」
「助けるつもりなんて、無かったくせに。嘘つき」
すれ違い様にそう呟くと、リアムの手を引いたその子どもは、俺の目の前を通り過ぎていった。
「……なんだアイツ」