第3話 時の解決
寿々が目を覚ますとそこはいつもの寝室のベッドだった。
「・・・あれ?史・・?」
時計を見ると昼の1時過ぎだ。
寿々は眼鏡をかけて起き上がりベッドから立ち上がった。
歯を磨き顔を洗いキッチンへ向かい冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中には卵焼きが用意されていた。
それは形がとても綺麗で弾力もしっかりとあり、とても美味しそうな卵焼きだ。
寿々はそれを見るとふっと笑い、つい嬉しくなりとても満足した気分になった。
そしてもう一度部屋を見渡し、その閉められた冷蔵庫をそっと閉じた。
「・・・・・・・あぁ・・・・・・そう・・か・・・。そうだったな・・・・」
「・・・俺・・・・死んだんだったな・・・・・・」
4月28日
三枝寿々が息を引き取ってから2日が経った。
史は昨日は学校が休みだったが、今日は朝から大学に出席している。
いつも通りに授業を受け持参した弁当を食べ、そして午後の授業を受け。
午後6時半に全ての授業が終わるとその日はアガルタのバイトも休みの日だったので帰宅の為構内を一人歩いていた。
「秦君!!」
3人組の女の子達が史の前に出て来てキラキラとした色めきだった雰囲気で話し掛けてきた。
「ねぇねぇ、秦君って彼女いたりするの?」
そう聞いてきたのは同じ学部の女の子だった。
「えっと・・たしか田沢さん・・・だっけ」
「えっ!!名前覚えてくれてるめっちゃ嬉しいんだけど!!」
「加奈羨ましい!ねーねー!アタシ瀬川凜!よろしくね!」
「あ、ちょっと私も!私小林茉優!!よろしく!」
「もー!私が秦君に話し掛けてるんだからぁ、で?秦君て彼女いたりする?」
「・・・いないですね」
「ま!?・・本当?じゃあ・・・今度うちらと一緒に遊びに行ったりしない?」
「しないです」
「は?・・・え・・そんなあっさり言う?」
「じゃあ俺もう帰るんで」
そう言うと史は再び一人で構内を出る為に歩きだした。
呼びかけた女子3人は唖然とした顔を見合わせて
「あ、じゃあ気が向いたらでいいから今度一緒にお昼でも食べよう!」
と田沢が声を掛けたが、史は全く振り返る事もなくそのまま歩いて行ってしまった。
大学を出て駅まで歩くと、そのまま自宅のある東北沢の駅までまっすぐ向かう。
途中のコンビニで少しだけ買い物をすると再びすぐに家へと向かった。
階段を上って一番上の3階。一番奥の角部屋、306号室。
史は鍵を取り出すとその鍵についた朝顔狗子図の犬のキーホルダーを見つめる。
「・・・・・・・」
そしてゆっくりと鍵を開けた。
ガチャ・・・
扉を開けると中は真っ暗だった。
廊下の電気を点け、靴を脱ぐと家の中へと入ってゆく。
そしてリビングの電気を点けた。
部屋を見渡して鍵をテーブルの上へ置くと
「・・・・・ただいま」
とソファに向かって呟いた。
「おかえり・・・・」
ソファに座る寿々は帰ってきた史ににっこりと笑い返した。
史はそのソファに座る七色の光が寿々である事は分かっていた。
しかし次元の狭間とは違い、やはりこの世界での寿々はどれだけ触れてももう話す事も実体化する事も叶わなかった。
ただ・・・
ただもうそこにいてくれるだけで今はこの状況を受け入れるしかなかった。
史は手を洗い片付けを済ますとキッチンで夕食の準備する。
料理の腕はまだまだ初心者の域を脱してはいないが、それでもだいぶ慣れたものだ。
まだ包丁の使い方が上手くなく危なっかしいが、それでもゆっくりと野菜を刻み不揃いながらもしっかりと下ごしらえをする。
今日のメニューは青菜と卵の炒め物と豆腐の味噌汁だ。
どちらも寿々の為に覚えた料理だ。
それと朝作った卵焼きもある。
冷凍米を温め茶碗によそると、二人分をテーブルに乗せた。
史は一人分の作り方を知らない。
多分これからも暫くの間はずっとこうやって二人分を作り続けるだろう。
準備を終えると隣の七色の光を見てから
「いただきます」
と手を合わせた。
二口ほど食べるとリモコンでテレビをつけ、動画サイトからひろせと淵本の動画を再生する。
今日はまた新しい呪物が手に入ったので公開してゆくという内容だった。
そしてその動画を見ながら
「・・・寿々さん。俺明日、群馬の葬式に行ってきます・・・。寿々さんはどうするんですか?」
と隣の七色の光に質問する。
それにしてもなんておかしな質問だろうか。
本人の葬式だというのに本人はまるで出席しないみたいな聞き方だ。
寿々は
「はぁ?俺の葬式だろう?勿論行くに決まってるだろ?」
と何を言ってるんだとばかりに返す。
「・・・・・・・・」
当然声など聞こえてもこないので、史は何かを言ってるのだろうな。とそう思いながら再び夕食を食べ続けた。
夕食を終え片付けも終えると、読みかけの本を持ってソファまで戻り。ついでに寿々の読みかけだった本も七色の光の前へと置く。
そしていつものように食後の読書をしようとページをめくる。
・・・・しかし当然内容などひとつも頭の中へ入ってこなかった。
「明日になったら・・・火葬されてしまのか・・・。そうなればもう二度と・・・」
史はどこかでまだ体さえあれば何か方法があるのではないかと本気でそう思っていた。
しかしどう考えても死後2日たった人間を蘇らせる方法などあるわけがなかった。
寿々の魂は完全に体から切り離されてしまっている。
もう二度と戻る事はないのだから・・・・・・。
史はもとより本など読めるわけもなく。
膝を抱えて溢れ出る涙をどうする事もできなくなり声をあげて泣いた。
「・・寿々さん・・・俺、一人は無理だよ・・うぅ・・・これから・・どうやったって生きていけない・・!葬式だって・・行けない・・無理だ・・・。こんな・・こ・・んなっ・・辛い世界に一人残されたって・・・っ・・生きていけるわけがない!!」
その泣きじゃくる姿を見て隣の七色の光はそっと史の背中に寄り添うように抱きしめた。
「ごめん・・・本当にごめんな・・史・・・」
寿々の息が止まる数秒前――――
七色の粒子になって既に左腕、左脚、そして右足・・・
寿々の体はどんどん空へと舞ってゆく。
「ダメだダメだダメだ!!!まだだ!まだ・・!!」
必死になって目の前の黒い霧を追った。
「アグルっっ!!!!!」
史は大声で叫ぶと咄嗟に咆哮を上げる
「ウォオオオオッ!!!!」
史の咆哮から凄まじい銀色の浄化の波動がアグル目掛けて急襲をかけた。
「何!!」
アグルは意識の出口あと少しのところでその霧を祓われ途端に動きが止まり宙で舞った。
「・・・糞犬が!!どこまでもどもまでも邪魔しやがって!!」
アグルは体勢が逆さまになりながらも雷を史に向かて放つ!
「ウォオオオ!!!!」
再び史は咆哮でその攻撃を跳ね返した。
アグルは失速して急降下し始める。
「クソ!!クソッ!!クソォッ!!!」
すぐに何とかしようと回りから黒い霧を必死に集めるが、体に纏わりついた銀色の光に浄化されて思うように集まらない。
「・・・クソが・・・お前を先に見つけやったのは・・・俺なのに・・・」
アグルは微かに涙を浮かべていた。
いや、その涙は鬼神アグルの魂を持つ寿々の兄としてだった。
あの日、母の真紀に連れて行かれたあの保護犬の譲渡会で。
最初に日向吾を見つけたのは寿々の中で暗く潜むアグルだった。
アグルはすぐに長きに渡って虐待を受けてきた日向吾の荒んだ心を見抜いた。
「同じだ・・・」
そう思った。
しかしその直後に寿々が気づいた。
寿々は日向吾を見つめ怯えて荒んだ心を見るとその悲しみに触れ、まるで何もかも分かるかのように日向吾を優しく包み込んだ。
たちまち日向吾は寿々への愛情に溢れ、その裏で一瞬だけ同士を見つけたと喜んだアグルはその存在を横取りされて更に闇を抱えた。
落ちてゆくアグルにふと寿々の右手が伸びる。
「アグル・・・もう一度俺の中で一緒に過ごそう。俺はお前を受け入れたい・・28年間一緒に生きてきた兄弟だろ?」
「・・・・・最後までムカつくな寿々・・もうお前の中で過ごすなんてまっぴらごめんだ・・俺は・・やっぱりお前が大嫌いだ・・・」
そう言うとアグルは寿々のその手を拒むように両手を広げ、銀色の光の粒子となって血塊箱と一緒に霧散するように消えていった。
そして・・・出口間際に史が寿々を見ると
寿々の魂はもうほとんど残っていなかった。
「!!!・・・待って!お願いだから・・消えないで!!寿々!!!」
涙を流す史の顔が大きく歪む。
「史・・・・・・・」
その瞬間、寿々の魂は全てが粒子になって消えていってしまった・・・・・・・。
史は泣きつかれたのか、そのままソファの上で丸まるようにして眠ってしまった。
目を腫らして眠るその姿に寿々は本当に心が痛んだ。
「・・・・どうしよう・・・。このままでは本当に史は死んでしまうかもしれない・・・」
史が本当の運命の人と出会えるのはまだもう少し先だ。
寿々はそこまでは何とかこの姿で史のそばに居続けられないか・・・そう思っていたのだが。
今の史の精神状態ではとてもじゃないけれど、大学も仕事も続けるのが無理なのではないかと思うくらい酷く心が傷ついてしまっている。
「こんなことになるならば・・・もっと早くに・・・。いや、最初から恋人になんかならなければ良かった・・。すべて俺の我がままで・・・・・」
寿々は窓の方を向くと、手前の本棚あたりをジッと見つめた。
「・・・・・・もしかして。そこにいる?」
寿々がそう問いかけると
見えないベールをかき分けながらそっと深淵の子が姿を現した。
「・・・・・・」
深淵の子は黙ったままだ。
寿々は少しだけ近づくと
「なぁ・・・・・史から俺の記憶を消してあげることはできないか?」
と聞いた。
深淵の子は
「・・・出来るよ。・・・・でも史の記憶だけ消しても周りの皆が知っていたらやっぱりいつかは矛盾で頭がおかしくなると思う」
「そうか・・・そうだよな・・・」
寿々はもう一度史を見つめる。そして見つめながら
「じゃあ・・・俺の存在そのものをこの世界から消す事は出来ないか?記憶も全て」
深淵の子は黙り込んだ。
寿々は再び振り返る。
「・・・・・・出来るよ」
彼女は何だか少しだけ寂しそうに答えた。
「・・・・・・そうか」
寿々は床を見て自分の七色の体を見て。そうしてからもう一度だけ史を見た。
「じゃあ・・・どうすれば俺の全てを消す事が出来るの?」
「消すには体が必要。・・・体だけ残しても矛盾が生じる。あと・・・それをするには私も一緒に向こう側に行かないといけない」
「・・向こう側?」
「つまりはあの世・・幽界と更に霊界、そしてそこから繋がる天上界のこと」
「そっか・・・・」
寿々はそう言われるとまた自分の我がままで誰かを巻き添えにするのは無理だなと諦めた。
しかし、
「私はいいよ」
と深淵の子はそう答えた。
「え・・・いいって・・なんで・・」
「私、別にここにいてもいいけど。でも生まれ変わりたいとも思ってる」
そういいながら寿々の目の前に座って膝を抱えた。
「私、政府に作られたこの体もやらされている事も当然好きじゃない。でもその反面どこにでも行けるのはちょっと楽しかった。こうやって寿々とも沢山話せたし」
「うん。俺も」
「だからいいかなって。寿々となら一緒にあの世に行ってもいいかなって」
「・・・うん・・・」
寿々はそれでもやっぱり心が咎められた。
「・・ねぇ体は持って行っても大丈夫なの?」
と寿々が聞くと
「それはわからない。前代未聞かも」
と深淵の子は笑う。
「でも寿々の体と魂を私が完全に取り込んで、更に私自身をこのポータルの中へ押し込めば一応私が飲み込んだものの全ての記憶がこの世から消える。きっと政府のやつらも皆私の存在も記憶も記録も全部忘れちゃうんだ。へへ・・それはちょっといい気味だね」
そう言うと少しだけ楽しそうに寿々の方を向いた。
「・・・・俺明日葬式だし。体が必要ならもう今しかないな・・・じゃあちょっとだけ待ってて」
寿々はもう一度史の前に来て、愛おしそうに銀色の髪をそっと撫でるとその胸に顔を埋めた。
そうして暫くの間史の心音を感じ・・・・
「史・・本当にありがとう。お前の事が大好きだったよ。・・・・頑張れ・・史・」
と囁くと、泣き顔のまま笑い史の額にキスをした。
そしてゆっくりと立ち上がると、最後にもう一度だけ史を見つめ。
寿々は深淵の子と手を繋ぐと次元の狭間へと入っていった・・・・・・。
空間の先は群馬の葬儀場だった。
控え室で真紀と颯太が寝ずの番をしている。
颯太は真っ赤に目を腫らして
「・・本当にこんなに・・こんなに急にいなくなるなんて・・・思ってもみいひんかった・・。何でこんな・・」
真紀は後ろのちゃぶ台でお茶を淹れながら
「寿々は本当に不思議な子だったから・・。昔から色々と心配な事も大変な事も沢山あったけど。それでも決して後悔ばかりの人生じゃなかったと信じてる・・・」
寿々は真紀と颯太の会話を聞いてまた辛くなってきてしまった。
そして流れない涙を流しなら
「ごめん・・母さん・・ごめん・・・颯太・・・」
と何回も謝った。
深淵の子はそっと寿々の手を取る。
「・・・ああ」
寿々はそう答えると自分の棺の前に来てその中を見つめた。
横たわるその体は本当に抜け殻そのもので、真っ白でただの物質でしかなかった。
寿々はその横に座ると自分の体に寄り添うように近づく。
「颯ちゃん、お茶が入ったから。少しこっちきて休んで」
真紀がそう言うと颯太は棺に入った寿々をもう一度見てからゆっくりと立ち上がり真紀の方へと向かった。
寿々はその後ろ姿を見て深淵の子に
「じゃあ・・・・行こうか」
と声を掛けた。
「うん」
そう答えると深淵の子の顔が大きく開き、それと連動するように棺に入る寿々の遺体の下にも大きな穴がぽっかりと開く。
そしてそのまま寿々の体と魂はその深淵の中へすっぽりと吸い込まれてゆき・・。
それを見送ると深淵の子も自分のポータルをまるでぐるりと洋服の裏をひっくり返すように全てを飲み込んで消えて行ってしまった。
再び目を開けるとそこは明るくひたすら真っ白な砂漠だった。
「・・・・・・」
寿々は少しだけ驚きその世界をぐるりと見渡す。
「・・・・驚いたな・・・。あの世って暗くって三途の川があって、もっとこう殺伐とした感じだと思ってた」
隣で佇む深淵の子は
「案外生きている人達の情報って役にたたないもんだよね」
と笑って答える。
寿々は両手に一本の苗木が植えられた白い鉢を抱えていた。
それは寿々の体があの世に合わせて変換された姿だった。
「これ・・どうするんだろう」
すこしだけ困ったように寿々が話すと
「育てればいいんじゃない?」
と言われ
「育てるって言ったって・・水とかあるのかなあの世って・・・」
「さぁ・・・私もちゃんと体持って来るの初めてだからわからないなぁ」
「・・・でもこれで俺の存在は皆の記憶から消えた・・んだよな?」
「うん。人々の記憶からは抹消されたはず」
「何か・・・やっぱり寂しいな・・」
「・・・うん」
寿々はもう一度真っ白な砂漠を見渡す。
「ここからどこへゆけば・・・」
すると深淵の子は走り出し
「こっち!!」
と元気良く寿々に手を振った。
深夜0時
史は肌寒さを感じソファから起き上がった。
「・・・・・・・」
そして自分がまるで子供のように泣き疲れてそのまま眠ってしまっていた事に気づき、再びその絶望の波が押し寄せてきた。
胸がとても苦しくて苦しくて・・・もう限界だと。
あれだけ泣いたのにまだ涙が出て来る。
どうすればいいのか分からなかった。
しかしふと横に七色の光がいない事に気づくと更に不安になった。
「・・・寿々さん・・・」
史は立ち上がり回りを探す。
寝室にも、風呂にもトイレにもどこにもいない。
自分の部屋もクローゼットの中も見たが、そのどこにも寿々の七色の光は見当たらなかった。
「・・・・何で」
再びソファの前まで来ると・・・急に自分の目の前の物の全てから七色の粒子が湧き出るように光り始めた。
「・・・何だ・・・何なんだこれ・・・・」
その粒子はまるで日向吾のデジャヴを見た時のように一粒一粒浮きあがっては弾けて消えてゆく。
史の周りはいつの間にか大量の光に包まれそしてどんどん弾けて消えてを繰り返した。
するとまずは目の前の自分の部屋が消えていった。
そこはキッチンと繋がった1Rへと変わる。
「・・何だよ・・これ・・」
そして次は寝室のパーテーションも無くなった。
更にこの前買ったばかりのダブルベッドが消え、ワンサイズ小さい一人用のセミダブルに変わる。
ソファの隣にあった寿々の本棚もすっかり消えて無くなってしまった。
キッチンに置かれた寿々のマグカップも茶碗もコップも皆消えてゆく。
歯ブラシも眼鏡ケースも・・・。
その度に史の中からも寿々の記憶が一つ一つ弾けるようにして消えていった。
「・・っぁぁ・・あ・」
史は消えてゆく寿々の記憶を逃すまいと必死に抵抗し、捉えられない光を何度もかき集めるように足掻いた。
「嫌だ・・!嫌だぁ・・・・消さないで・・・消さないでくれよ・・お願いだから・・・・・・」
苦痛と悲しみから搾り出されるようなかすれ声で縋るように泣き叫ぶ。
しかしその願いも空しく、自分の内側からも溢れる出る光はどんどん弾けて消えてを繰り返し、その内に一体何をしているのかさえ分からなくなってきた。
「・・・・・・」
そしてその光が収まりかける頃には、すっかり自分が何で泣いているのかさえも分からなくなり。
最後には流していた涙さえも光となって消えていってしまった。
史はソファにドサっと腰を下す。
そのまま暫くの間呆然とただ部屋の中を眺め続けていた・・・・。
~affected by 空気公団『時の解決』~




