第1話 最後の打ち合わせ
3月5週目月曜
寿々は週末知念の実家、沖縄へ線香をあげに行き。昨日の夜家に戻ると帰宅後はいつも以上に元気のない様子だった。
その日は朝から特に史との会話もなく。寿々は何か思い悩むようにいいとよへ向かって歩いていた。
史も、寿々が先週何かのきっかけがあって一時的に無くしていた知念との最後の記憶を取り戻してからずっと、寿々との関係に何とも言えない壁が出来てしまい、何となく遠慮がちになり正直どうしていいものか悩んでいた。
史はその様子から、沖縄で何があったのかを聞く事も出来ず。
とにかく寿々から話してくれるのをひたすら待ったが、今回の記憶喪失後の仕事の業務内容の変更なども含め、いまだに寿々は精神的に憔悴しているようで記憶が蘇ってから一週間が経とうとしているのに詳しい事は何も語ってはくれなかった。
二人はほとんど会話をすることもなくエレベーターを降り編集部へと入る。
「おはようございます」
「・・おはようございます」
挨拶をするとそのまま自分達の席へ着いた。
その日も朝の7時半の出勤だったが、編集部では菊池と浅野と中嶋が既に仕事を始めており、早速慌ただしさを感じた。
史は目の前の菊池を見ると
「菊池さん、明日で最後になるんですよね?」
と話しかける。
菊池は少し申し訳ないという顔をしながら
「そうなんだ。俺またちゃんと文芸の編集者に戻りたくて。一応内定はもらったから何とか頑張ろうと思うんだ」
「そうなんですね。じゃああと1日ですが最後までよろしくお願いします」
と言うと菊池は思わず驚いた様子で
「・・本当に史君って物凄く柔らかくなったよね。はは、なんというか成長が凄いっていうか・・。俺、面倒くさい事聞いたりしたからかなり気にしていたんだ。本当に色々とごめんね」
「いやぁ、それについてはもう大丈夫なので・・」
と史は以前菊池から寿々への片思いが大変じゃないかって聞かれた事を思い出したが、正直今はあの頃のような不安からは解放されているので、そこまで気を遣われるとむしろ困ってしまうのだった。
しかしながら
「・・・・・」
隣でPCをつけてメールや社報のチェックをしている寿々は史と菊池の会話が全く耳に入っていない様子で。
会話をすればいつもと変わらないのだが、こうやって会話をしていないと寿々の精神が本当にどこか遠くに行ってしまっているような気がして何だか不安が募るばかりだった。
寿々が担当する記事は今はもう連載の徹底検証スマホ心霊写真の記事と再来月号のホツマツタエの記事のみになっている。
心霊写真は初回以降はちゃんとライターと心霊関係を専門的に検証してくれるオカルトラボという会社への発注が主になっているので、寿々は毎回ライターと心霊写真を選別しながら記事の方向性を打ち合わせをすると、後はそのオカルトラボとライターがやり取りをして記事を仕上げられるようになっている。
コーナー自体は大人気とはまではいかないが、今の所はそれなりに雑誌終盤の連載記事としては安定した反響はあるようだ。
一方で4月号に載った現代妖怪実話禄に関してもそれなりの反響があったので、まだ未定ではあるが史と寿々はそのまま連載になるかもしれないという話しだけは最上から聞かされている。
史も寿々が呪物蒐集禄でひろせの担当を外されたショックから一日でも早く立ち直ってもらう為にも、忙しく仕事をしている方が楽かもしれないと思い、何とか現代妖怪のコラムコーナーが連載になればいいなとそう考えていた。
暫くすると寿々が急に
「あ、史。そう言えば今日午後から〖ホツマツタエ〗の記事でT大の幸田先生のところに行くからお前も一緒に来いよ?・・お前とこうやって一緒に打ち合わせに出るのも多分今日が最後になるから。何とか一つでも勉強になるといいよな」
そう言って寿々は笑顔で史の方をちらりと見た。
「わかりました」
寿々のそのいつもと変わらない笑顔が一見しただけではそんな事ないのに。史にはまるでやせ我慢をしているように見えて仕方がなかったのだった。
午後2時
二人はいいとよから歩いてT大へと向かった。
構内に入るとあちらこちらで慌ただしく入学式の準備をする様子が見られた。
「入学式明後日だもんな・・そりゃどこも忙しそうだよなぁ」
寿々はその様子を横目に構内を進む。
「史は何でT大を受験しなかったんだ?」
と寿々に聞かれ史は
「あ~・・・俺本気で大学に興味なくって」
「え!?何で・・・」
寿々はその答えにビックリした。
まさか高校で主席だったし、時間があれば家でも普通に勉強しているから大学に興味がないだなんて言うとは思ってもいなかったのだ。
「いやほら・・一日でも早く自立したかったので。大学よりも本音は就職が希望だったんですよね・・・。ただやっぱり出版社は大卒必須じゃないですか。でまぁいいよとも然りなのでそれで仕方なく指定校推薦でW大という感じです」
「でも勉強は嫌いじゃないんだろう?」
「そうですね。勉強はいつでもどこでも一人でもできますし。今は教わろうと思えば自分から教えてもらいにも行けますからね。嫌いではないというか好きですよ。ただ本当に受験とかに時間を割きたくなかったのでそれだけです」
「そうなのか・・。でも学費も違うだろうに」
「一応在学生の奨学金制度は沢山あるのでとりあえず申し込みますし、認められればそれなりに免除されますから。まあ単純に立地で言えばここの方が良かったのは確かですよ」
と笑って話した。
そうこうしているうちに幸田の研究室へと着くと、寿々は部屋のドアをノックした。
「失礼します。月刊アガルタの三枝です」
そう言うと部屋の奥から何やらちゃぶ台でもひっくり返したのかってくらい派手に何かを落とすような音がして
「あーすまんね三枝君!!入ってくれていいよ!」
と中から声がした。
「失礼します・・」
先ほどの物音が気になり慎重にドアを開けるも・・。
寿々は中を見て驚いた。
『前回より大変な事になっている・・・』
幸田の部屋の中は前に来た時よりもはるかに色々な段ボール箱やよくわからない置物や古書がうず高く積まれており、本気で足の踏み場のない様子だ。
「ああ!本当にすまない!!今ちょっと片付けるからそこで待っていてくれ!」
と幸田は机の脇で崩れた段ボールの山から頭をひょっこり出すと寿々と史に声を掛けた。
「もし触って大丈夫でしたらお手伝いしますけど」
と寿々がそう言うと
「いや悪いねぇ!じゃ何とか道を作ってそこのソファまで辿り着いてくれたまえ!!」
幸田に言われた通り寿々と史は中の物を壊したり汚したりしないよう慎重に寄せながら道を作り何とかソファの上の物をどかすと再び幸田を見て
「先生。どうですか?お手伝いしなくて大丈夫ですか?」
寿々が再度聞くと、幸田は汗を拭いながら立ち上がり
「ふぅ・・・。いやはやすまないすまない」
と足元の段ボールを避けながら机前の応接ソファへとゆっくりと近づいた。
「三枝君久しぶりだね!あれからどうだい?何か色々と分かった事とかあったかい?」
寿々は前回幸田に〝鬼神アグル〟と〝追儺〟について色々と尋ねに来ており、その時に幸田から借りた本を何度も読み返しそして独自で調べ色々な仮説までは辿りついていた。
「まず・・お借りした貴重な書物をお返しします。本当にありがとうございました」
そう言って手に持っていた菓子折りと書物が入った紙袋を差し出した。
「・・・それから先に紹介しますね。うちのアガルタの編集部員の秦史です」
寿々から紹介されると史は頭を下げ
「秦です。どうぞよろしくお願いします」
と一礼した。
「ほう。秦。なるほどいい名前だね!僕は君達の家のルーツに関してもとても興味があるんだよ?」
幸田は純粋に好奇心からそう言ったのだろうが、史は自分の家の名前をいい名前だと思った事が一度もなかったので返答に困って苦笑いしか出来なかった。
「それで?三枝君はどうなんだい?鬼神については何かヒントがあったかい?」
「そうですね。俺実は生まれが仙台だったらしく。どうやら東北の鬼神伝承とはそれなりに因果があったようです。実はこの事に関しては自分のルーツ・・と言いますか出生を調べる為にやっていた事でして。一度改めて宮城と岩手に行って調べてみないといけないなと思いました」
「なるほど宮城岩手か・・・。確かに坂上田村麻呂のいた陸奥の国には鬼神伝承が沢山あるからね。例えば今はもうダムに沈んでしまったけれど、ちょうど宮城と山形と岩手の県境辺りにはかつて〝鬼首村〟という場所があったんだけど。そこもそういう鬼神の伝承が根強くあった場所なんだよ。坂上田村麻呂が切り落とした鬼の首が飛んで来たって。よくある話だけどね」
「鬼首村・・ですか。なるほど。ちょっとまた調べてみますね、ありがとうざいます」
寿々は少し険しい顔をしてその話を聞いていた。
その表情に隣の史も何となく気になってしまった。
「ところで今回のテーマ〝ホツマツタエ〟なんだけどね。これも時代こそ違えど内容は似たところがあって、この日本でかつて起きた大きな争いと避けらない因縁。そしてそれが故に隠匿された物語、そういう事が詳細に記述されていると読み取れるんだよ。それが所謂大陸から入ってきた渡来系弥人と縄文人つまりはその後の蝦夷にも繋がる争いだったのではないかと。そう読み取れるんだよね!こういう事については記紀では一切隠されてしまっているから今回僕は思い切ってこの隠された部分をアガルタさんだからこそエンタメとして書いてみたいと思っているんだ」
幸田は普段お堅い内容の民俗学についてしか記事にしないのだが、是非アガルタで書くならば思い切った禁忌ともいえる部分を独自の解釈で紐解いていきたいとそう考えていた。
ましてや〝ホツマツタエ〟は偽書認定されたただの想像上の物語として捉えられてしまっている。
それも内容の一部がどうも江戸時代の考えや表記が見られるという理由でこれはあくまでも江戸時代に作られたただのエンタメ作品という事で締めくくられてしまっているからだ。
しかしいつの時代も古書というのは定期的に書き換えが行われている。
翻訳した人物の主観が大いに組み込まれた解釈になってしまっていてもそれは当然の事なのだ。
ホツマツタエは恐らくそのようにして書き換えられた際に色々な思想や捉え方が入ってしまっただけで、内容的に偽書と捨ててしまうにはあまりにも古代日本の成り立ちや記紀では取り上げられない〝富士山〟や〝瀬織津姫〟さらには〝出雲の国譲り〟の謎について書かれており、それはとても簡単に偽書として捨て置けるような内容ではない。
それが幸田の考えだったのだ。
「三枝君僕はねぇ、瀬織津姫の大ファンなんだよ。これだけ現在でも色んな神社で御際神として祀られていながら何故瀬織津姫の存在が記紀から消されてしまったのか。今回はこの辺りにもスポットを当てた記事が書けるといいなと考えているよ」
と幸田は楽しそうに話してくれた。
一通り打ち合わせが終わり、寿々と史は再びいいとよに戻る為T大を出て環状6号線から神山町を抜けるように住宅街を歩いた。
「・・・寿々さんは東北に行くつもりなんですか?」
史は何となく質問をしてしまったが
「どうだろうな。ルーツを知ったからって呪いから逃れられるわけでもないし・・。今の所鬼神に体を乗っ取られているわけでもないから、このまま何も起きなければその方がいいのかもしれない」
その返答を聞いて史は、正直何も起きていないとは言えない現状を寿々に隠し続けるのに必死になり。
「何もなければその方がいいに決まってるじゃないですか!」
と本気でそう言ってしまった。
寿々は少しだけ驚いた顔をしたがすぐにいつもの表情に戻ると
「・・・・俺さ。沖縄で知念さんのユタのお祖母さんに話しかけられて・・・」
史は急に寿々が沖縄の事を言いだすものだからドキっとした。
「それでこう言われたんだ。〝勇也はあんたのこと恨んではいない。全部自分のせいだって言ってる。だからすまなかったって・・・〟」
その言葉を聞いて史も胸が痛んだ。
寿々はその場に足を止めて息を苦しそうに吐きながら
「・・そんなわけないじゃんかなぁ・・。何でそういう事になるんだって・・。誰かが何かが悪かったら必ず犠牲になって死ななきゃいけないのかよ・・・。何で俺の周りはそういう事になってしまうんだ。これが・・・これが呪いじゃなければ何だって言うんだよ・・」
寿々は俯きながら手を強く握り肩を震わせた。
史は周りの目などもう気にする気もなく寿々の首の後ろに手を添えるとそのまま自分の方へ引き寄せた。
「・・・・・・・」
十数秒間そのまま無言の時が流れ、その間に数台の車やバイクが通り過ぎていった。
再びゆっくりと離れ寿々の肩に手をやると史は
「今はもう考えすぎないでください。お願いだから・・・」
「・・・・・・・」
そう言われて寿々は言葉がすぐに出て来なかった。
そして史は寿々の背中を支え
「とりあえず編集部へ戻りましょう。・・6時過ぎですし。戻ったらすぐに帰りますよ」
と言われるとゆっくりと押されながらいいとよまでの道を再び歩き始めた。
その後編集部に戻った二人は早々に退社し、駅までの道を朝と同じようにほとんど会話もなく歩いていると・・・。
史のポケットからチャットの通知音がして史はスマホを取り出した。
『・・なんだ?・・・?シンディさんから?・・・』
そう。メッセージは本当に今まで一度も向こうから連絡がきた事など無かった、あの新宿2丁目の交信者シンディからだった。
〖は~いフヒト!お久♡ちょっと用事があるんけどあんた新宿3丁目まで来れない?〗
「3丁目・・?今から?」
と呟くと、流石に寿々も少し気になったのか振り返り
「・・?なんだ・・これから用事なのか?」
と聞かれた。
「え・・いやぁ・・・ちょっと待ってください」
そう言うと史は
〖今からですか?〗
と打ち込む。
すると
〖そうよ今すぐ♡〗
という返信が入る。
史は困ったといった顔をすると後頭部を掻き
〖でも俺今日はちょっと・・・〗
と打ち込むと
〖今あんたの隣にいる人も連れて来なさい。その人にも頼みたい事があるわ〗
と言われたので困ったといった顔で寿々を見た。
「・・・どうした?」
寿々は少し怪しむように史を見る。
「・・・寿々さんにも来て欲しいって・・言われてまして・・」
「はあ?俺??何で?」
史は仕方なく寿々を説得して駅から家とは逆方向の新宿へと向かう事にした。
寿々は当然そんな気力もなかったし、すぐにでも家に帰りたかったのだが。何だか史のメッセージ相手が妙に気になってしまい、そのまま一緒に新宿行きの電車に乗り込んでしまった。
「・・で?そのシンディさんって誰なんだ?何で俺が一緒なの知ってるんだよ」
元々機嫌が良くなかったのもあるけれど、何となく言い方が責められているような雰囲気があって史もちょっと言いづらかったのだが。
「えっと・・。つまり半年前寿々さんを引き寄せてもらえるようにお願いした能力者で・・丸さんのハイヤーセルフの師匠みたいな人です」
そう言われて寿々も何だか微妙な気持ちになった。
『なんでそんな人が史に用事があるっていうのか・・。てかやっぱり俺一人で家に帰れば良かったな・・』
寿々はシンディがまだ何者なのかも知らないし、さっきチラッと見えた史のチャット欄のハートマークにも何だか引っかかりがあったせいかどんどん気持ちのモヤモヤが増殖していた。
程なくして新宿に着いた二人は地下道を通って3丁目方向を目指す。
そして東口の地下通路を100m程過ぎたくらいのところで
「は~い!こっちよ」
と丁度過ぎ去った柱の陰からシンディがニョキっと姿を現した。
「!?・・・びっくりした・・・。お久しぶりですシンディさん」
史は本当にびっくりしたらしく。というか確かにその柱を越える手前まではその物陰に誰もいなかったはずなのに急に現れたものだから心臓が止まるかと思ったくらいだ。
「・・・・・」
寿々もその突然の出没に驚いてもいたが、何よりもそのシンディの出で立ちにも驚いていた。
綺麗な紫色にカラーリングされたストレートなセミロングに黒のサングラス。黒いタイトなレザーワンピースに同じレザーのロングブーツ。そして上半身には今からステージで踊り出しそうな白いの羽のショールを纏っている。
寿々がその姿に唖然として声も出せないでいると。
シンディはすぐにサングラスを外して
「・・あら・・・あらあら・・・」
とすぐに寿々に興味を持ったようで身長177㎝+8㎝のヒール計185㎝の視線から寿々を舐めまわすようにぐるりと回り興味津々に眺めた。
「な・・何なんですか??」
寿々はその動作に緊張して思わず足が張り付いたように動けなくなったが
「・・どうしましたシンディさん。寿々さんに何かあるんですか?」
と史が聞くと
「有りも有りの大有りよ。やだ・・もう。そうなのね・・」
と意味深な事を言われたので寿々と史も困ったと言わんばかりに顔を見合わせる。
「なるほどね。・・あ、でも違うの彼の事はまた後で話すとして。今日フヒトを呼んだのはあんたの力を借りたくて呼び出したのよ」
「・・・俺・・ですか?」
「そう。あんた今除霊できるでしょ?その力を使って浄化して欲しい霊がいるのよ。だから借りを返してちょうだい」
とシンディは史に向かってウィンクをした。




