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オカルティック・アンダーワールド  作者: アキラカ
皮裂村怪奇譚【長編】

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第12話 家へ

 施設からのトンネルは想像以上に長かった。

 しっかりと山を掘削してできたこのトンネルは一体どこの資金でできたものなのだろうか・・・。

 寿々(すず)は知念の背中にしがみ付きながらふとそんな事を考えていた。



 孝政党議員・猪之俣(いのまた)知子(ともこ)。御年71歳。

 T大卒元弁護士の経歴を持ち、女性の人権保護と社会進出を推進。また女性へのDVやストーカー被害、性暴力や人権問題にまで一切の妥協を許さない徹底的な女性ファーストを掲げる稀代の女帝と政界では囁かれている。

 そしてその女性と子供達を保護する為の施設『御光(みひかり)の母』という新興宗教団体の創始者でもある。

 政界に入ってからはその娘、猪之俣理恵(りえ)が団体を後継し、この山奥に存在した施設は恐らくその『御光の母』の幹部候補育成の為の施設なのだろうと寿々は思った。


 猪之俣(ひかり)は今後母理恵が知子と同じ様に政界に進出する時には新たなトップとなりこの連鎖はどこかで公にされない限りこの先も続いていくのかもしれない。


 それにしてもこのトンネルも信者やどこぞの支援団体からの献金で出来ているのだとしたらどれだけの資金がこの教団には貯えらえているというのだろうか。

 その裏では儀式と称し男を見世物として残忍な形で殺して統率と忠誠心を図る洗脳教育が行われているというのに。

 もしかしたら教団の本部ではもっと闇深い事が執り行われている可能性だって大いにありうる。


 寿々はここの施設の話しを口外する事は絶対に許されない、そう思った。

 恐らく寿々の荷物から教団にアガルタの編集者である事はバレているだろう。

 東京に帰ってからも寿々だけでなく史も知念も暫くはその事を踏まえながら生活をしなくてはいけないのは必至だった。



 出口まで10分は掛からなかったがようやく目の前に出口の明かりが見えてきた。

 知念はトンネルの出口が近づくとゆっくりと減速し、そのまま外に出た右の森の中にバイクを止めた。


「知念さんありがとうございました」


 そう言うと寿々はバイクを降りようと足をつけるも、バイクの後部など乗り慣れていないものだからか上手く降りられずバランスを崩して転びそうになった。

「わっ!」


 それをまだバイクに跨ったままの知念がタイミング良く支える。


「大丈夫ですか!?気をつけてください。また怪我でもされたらと思うと俺の心臓がもたないですよ・・」

 そう言われて寿々も何だか恥ずかしくなり。


「ありがとうざいます・・。ていうか知念さんてめちゃくちゃ女性にモテますよね」

 と何気なく寿々も感心しながら、また男としてその格好良さに憧れるという意味でそう言った。


 すると知念はバイクを降りてメットを外しながら

「はは、まあそれなりにですが。でも俺は三枝さんみたいな人に好かれた方が嬉しいですけどね」

 と笑顔で答えた。


 寿々はその返答にどうやって返せばいいのかわからず

「ははは・・・またまた~」

 と笑ってごまかし、何となく気まずい雰囲気を消し去るように、セラと史が出て来るのを待とうと再びトンネルの中へと戻った。


 知念はその寿々を見て少しだけ残念そうな表情をしたかと思うと


「俺、ちょっとこの先に行ってどんな感じなのか確認してきますね」

 とトンネルの先に続く未舗装の山道を指さして歩いて行ってしまった。


「了解です、気をつけて」

 寿々もそう言って知念を見送る。


 そしてポケットからスマホを取り出し充電の具合を確認する。

 運良く残量があと15%残っていたがまだ電波は圏外を示していた。


「やっぱりまだまだ山の中って感じなのか・・・」


 すると今しがた下りて行った知念が急いで走って戻ってきた。


「三枝さん!!隠れて!」

「!?」


 そう言うと寿々も驚いて急いで森の方へと走りだしたが、それより早く知念が寿々の腕を引っ張ると抱える様にして手前の木陰に身を潜めた。


 と同時にマズい事に下から一台の黒いレクサスが山道の石を踏みつぶしながらぐんぐんと上ってくるのが見えた。


『そんな・・このタイミングで一体誰が・・・』


 車はそのまま寿々と知念の前を通り抜けてトンネルの中へ入っていたが、数十メートルしたところで停止ランプが煌々と点くと急にバックして出口まで戻って来た。


「やばい・・三枝さんもっと下の方へ!」

「はい!」

 知念はそう言うと寿々の手を引いて森の中を急いで走る。




 レクサスは出口まで戻ると左の運転席が開き中から一人の男が出てきた。


「・・・・・何だ?・・・何でこんなところにバイクがあるんだ?」


 そう言うとその男は足を少しだけ引きずる様な妙な歩き方でゆっくりと知念のバイクへと近づく。

 そして少しだけ目深にかけたハンティング帽をくいっと持ち上げると、訝しそうな顔で知念のバイクをぐるりと回りながら調べ始めた。


 寿々はその男の顔を見て思わず声をあげてしまいそうな程驚いた。


「っ!!!!」


 隣にいた知念も寿々のその息を吸う声が聞こえたのではないかと急いで寿々の口を塞いだ。


「・・・・ん?」


 その男は寿々のその声に気づいたのかゆっくりと寿々と知念の方へと歩み寄った。


 ジリ・・ジリ・・・ジリ・・・


 男の革靴の底が小石を踏みつぶす音を立てながら二人に近づいてきた。


「・・・・・・・」


 絶体絶命かと思われたその瞬間。

 レクサスの後部席のドアが開くと中から一人の女性が出てきて


「佐藤・・・・。いつまでこんなところでウロウロしているの?早く行かないと光が待っているのよ!」


 そう言って車から呼びかけたのは孝政党議員の猪之俣知子だった。

 佐藤はその声に少しだけ面倒くさそうな顔になるとすぐに気を取り戻し


「失礼しました・・・ですが森の奥にバイクが置かれてましてね?嫌な予感がしたものですから」


 そう言って佐藤は踵を返し車の方へ戻り出した。


 知念と寿々はまだ口を手で塞ぎながらも緊張していた肩の力が自ずと抜ける。


 猪之俣は

「バイクですって??」

 と声を荒げるとヒールのパンプスで車の後ろに回り、佐藤の横までくると何やら寿々と知念には聞こえないくらいの声で話し始めた。


「・・・侵入者・・・うか・・」

「・・ね・・・・・と・・で・から・・・・は・・・て・・・・さい」

「・・・わか・・ました」



 そして佐藤が知念のバイクに近づこうとしたその時


大母(だいぼ)様!!」


 とトンネルの中からセラが出て来て猪之俣に近づいた。

 猪之俣はセラを見ると先ほどまで険しかった顔が少しだけ柔和になり


「・・あら・・セラ。久しぶりねぇ?今日はまたどうしたの?普段ならこっち側に偵察に来る事なんて無いでしょう?」


 とセラに返すと

「・・・・・・・・・」

 セラは少しだけ黙って今の状況を一生懸命把握しようと目線だけで周囲を観察し。

 そして

「・・・日々カメラで監視しておりますが最近はこちら側にも妙な奴らが勝手に侵入しているのを確認しております。なので毎日私がこうやって偵察に来ているのです」

 とセラは取り繕うように話した。


 寿々はセラの遥か奥のトンネル内に史が近づいて来ているのに気づくと


『史!!今は来るな!!』


 勿論叫ぶわけにもいかず寿々は心の中で懸命にそう祈った。


 史も出口に車が止まって隣でセラが誰かと話しているのを確認すると即座に壁際に寄りとにかく気づかれないよう身を屈める。


『・・・・・なんだあいつら・・。これじゃ外に出られないじゃないか・・・どこにも隠れられる場所もないって言うのに』


 史は内心焦りながらもとにかくセラが何か合図をくれる事を祈ってただひたすらその場で待ち続けた。



「君は確か御前様に仕えていた少女だったよな?」

 と佐藤はセラに質問する。

 するとセラは

「・・はい。今は主に偵察をしてこの先に誰も近づかないようにしています」

 そう言うと佐藤はセラを不思議そうな顔で見つめ

「・・・・じゃあ。ここにあるバイクは誰の物か心当たりはあるかね?」

 とそう言って森の中に置かれた知念のバイクを指差した。

「バイク??いえ、ちょっと詳しく見させてもらえますか?」


 そうセラに言われると佐藤はトンネル右奥に置かれたバイクまで連れて行こうと後ろを向いた。


 セラはそのタイミングを逃さずにトンネル奥で待機する史に向けてサッと小さく手を後ろに回し、自分の後ろ方向へ急げと合図を送る。

 そして自分はゆっくりとバイクに近づくとそのまま調べる仕草をしてバイクの前へと移動し、更にゆっくりとしゃがみ込みバイクを真剣に眺めた。

 それは佐藤に後ろを振り向かせない為だ。


「・・・・どこかのバイカーが迷い込んできたのかもしれませね・・・。ちなみ私はまっすぐトンネルを走って来ましたが誰とも遭遇しませんでしたので・・・・」


 そしてまたゆっくりと立ち上がると後ろを振り向き先に広がる森の音を聞く様に耳を澄まし

「・・・・まだ森の中に潜んでいるかもしれません。私はこのままこの周囲を探し出し見つけ次第ここから追い出すようにしたいと思います。もし言う事をきかなかった場合は捕らえて連れて行きますので・・・」


 そう言うと佐藤はセラのその態度に感心したように


「へぇ。まだ子供だってのに随分としっかりとしてるんですねぇ?流石猪之俣様の教えは実に偉大ですな・・・」


 と佐藤はセラを褒めた。

 そして佐藤は車の運転席へと戻ると一瞬だけトンネルの中を確認するが、勿論そこには誰もおらず佐藤も小さく

「・・気のせいか・・・・」

 と呟くと

「猪之俣様、では行きましょう」

 と声を掛けて猪之俣が再び車の後部座席に乗ったのを確認するとエンジンをかけそしてそのままトンネルの中へと入っていった。


「・・・・・」

 セラはその様子を車が見えなくなるまで入口でずっと監視し続けた。



「もういいぞ」


 セラのその一言で寿々と知念はその場にへたり込み、史は立ち上がると急いで寿々を探した。

「寿々さん!!」

 寿々も慌てて立ち上がり

「こっちだ」

 と合図を送る。


 史は寿々に駆け寄ると

「今のって・・・まさか!!」


「ああ。間違いない。猪之俣議員も()()と呼んでいた」


 そう()()とは4ヵ月前に都内C市の幽霊団地の時にF棟205号室から不可思議な消え方をしたあの佐藤だ。

 何故今日ここであの男を目撃する事になったのかは分からない。

 しかし寿々も史も佐藤が本当に生きて存在しており、尚且つ政界人と繋がりがあって怪しい動きをする人物なのだと言うことだけは充分に理解した。


「・・・色々と面倒臭い事になりそうな予感しかないけれど・・。まずは先に進んでこの私有地から一刻も早く抜け出そう」

 

 寿々は真剣な顔で全員に声を掛けた。




 寿々と史とセラは山道をそのまま降りるのではなく脇の茂みに隠れながら下へ降りる。

 知念も大変だが念のため敷地外まではバイクを手押しで後ろについて行く。


 程なくして木々の間に国道らしき道が見えてくるとその前に国道と隔てる様に敷地を囲む金網フェンスが見えて来た。

 フェンスの上には有刺鉄線と監視カメラが備わっている。


 セラは既に無駄だとわかってはいたが監視カメラに石を投げその角度を変え、そして門に掛けられた電子錠に志保から聞いた番号を入力するとようやく4人は外に出る事に成功したのだった。





 時刻は午前10時少し前


 史は数十メートル離れた場所でようやく少しだけ電波が入る事を確認すると、そこが国道156号線で更に真っすぐ南下すれば美濃市に着く事を知った。


「ここでまだウロウロしているわけにもいかないですからね。俺達はこのままバス停まで歩いて運よく乗れるようならばそのままバスで美濃市を経由して一気に岐阜まで戻ろうと思います」

 史は知念にそう言うと

「俺はセラを乗せてどこか途中でセラの身の回りの物を見繕ってから同じく岐阜を目指すよ」

 と言うと自分のメットをセラに渡し無理矢理被せた

「うわ・・知念!僕これ被るの嫌だ!」

 セラはメットを脱ごうとするが知念は頭から押し込み

「絶体にダメだ。ていうかバイクをノーヘルとか普通に捕まるからな。新しいメット買うまで何とか俺が捕まらない事だけを祈れよ」

 と説得した。


「じゃあ俺達行きます。また岐阜で」

 と寿々が言うと知念も

「はい。また後で!」

 と言い勢い良くエンジンをかけるとそのまま国道をまっすぐ進んで行ってしまった。

 それを見送ると寿々と史はようやく安堵したように顔を見合わせ


「・・・帰ろう」

「はい・・」


 と、二人はバス停を目指して足早に歩き出した。








 その後二人は何とかバスに乗り、美濃市に戻るとその日の内に電車を乗り継ぎ岐阜市へと戻ってきた。



 時刻は午後5時


 寿々と史は知念と連絡を取り合い、志保が言っていたNPO団体の事務所にやって来ていた。


 そして3人で教団施設の事を上手い事省きながら、山奥で暮らす志保からセラを頼まれて連れて来た事を説明した。

 すると団体の主催が突然泣きながら

「・・・・良かった・・。私志保さんはもう絶体に生きていないと思っていたから本当にまだ生きているなんて・・・それだけで嬉しいです・・・」

 と喜びと安堵でいっぱいの表情になった。



 セラは

「僕は東京とか分からないし、岐阜(ぎふ)から離れる事はないと思うけど・・・三枝、知念・・・そして史。・・・・色々とありがとう・・・」

 とセラは少しだけ悲しそうにそう俯く。


 寿々は

「セラ・・・お前絶対に俺達3人より遥かに男前だから。立派に成長してそしていつか自信を持って迎えに行けよ。だけど絶対に死んでもいいとだけは思うな。いいな」


 と伝えた。


「・・・・・わかった」


 セラは小さく、しかししっかりと頷きそして史の方を見ると


「・・・史。僕と友達になってくれないか?」


 とセラがそう質問すると史も思わずキョトンとした顔になり、そしてその畏まった言い方に笑いだした。


「な・・なにがおかしいんだ??」


 とセラも思わず恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせ


「いやぁ?俺はもう既に友達だと思っていたから何を言い出すのかと」


 そう言いながら史は鞄からメモ帳を取り出すとサラサラっと自分の電話番号とメールアドレスを書き


「何でもいいから話したいときに連絡しろよ」


 とそのメモを渡した。


「でもまあそう遠くないうちにまた岐阜に来るよ。お前に山の登り方教わりたいし」


 というとセラもそのメモを嬉しそうに両手で持ちながら


「ああ、山の事ならなんでも教えてやる!」


 と自信満々の笑顔で答えた。



 三人は事務所でセラと別れ、外に出ると空はすっかり真っ暗になっていた。



「二人はここからまた名古屋に行ってそこから新幹線で?」

 知念はそう聞きながらバイクのメットを持ち上げる。


「そうですね。今日中には何とか家に帰りたいので」

 寿々がそう言うと史は何となく意味ありげな顔で寿々を見た。


「そうですよね・・確かにこんな事があったんですから・・早く家に帰りたくなるのも無理はないですよ」

 知念はそう言うとメットを被ろうとして何かを思いつき


「・・三枝さん、良かったら俺と一緒にバイクで東京に帰りませんか?」


 などといきなり言われたものだから寿々も史もびっくりして


「いやぁ・・一応帰りの切符買ってあるので・・それはちょっと無理かと・・」


 と本当はまだ切符など購入していないのだが寿々は取り繕うようにして嘘をついた。


「残念ですね、何ならその切符代俺が返金分払いますよ?どうです?」


 と無理にでも寿々をバイクに乗せて帰ろうとするので流石に史も


「知念さん、しつこいですね。寿々さんは嫌だって言ってるじゃないですか」

 と思わず口を挟むと


「え?嫌だとは言ってないですよね?ねぇ三枝さん?」


 などといつまで経っても食い下がらないようなので史もいい加減ムカついて

「知念さん。この際はっきりと言っておきますけど。寿々さんは絶対に知念さんにはなびかないので良く覚えいておいてください!」


 とまたもや寿々の立場を危うくさせそうな言い方をするものだから寿々も頭を抱え


「?いやでも、史君とは何でもないだろうから俺が三枝さん誘っても問題ないでしょ?何でそんなにまるで付き合ってるみたいな言い方するのかな」


「つき・・合ってはいない・・ですが・・」

 と史からこれ以上何か言わすのが怖くなり寿々は史の腕をガッと掴むと

「??」

「知念さん。とにかく俺は新幹線で帰ります。バイクでは帰りません。来週今回の記事について詳しく打ち合わせをさせて頂きますのでその時にまたよろしくお願いします!!さ!行くぞ!」


 と言うとそのまま史の腕を掴みながら岐阜駅の方へ向かって歩いて行ってしまった。


 その二人を見ながら知念は

「・・・ま、付き合ってるんじゃなければまだ可能性あるわけだし?こっちもゆっくりじっくりとやらせてもらいますよ・・」

 そう言ってバイクに跨るとメットを被りエンジンをかけ岐阜の街中へと走り出した。








 午後10時半



 二人はようやく3日ぶりに家に帰って来れた。


 寿々はリビングに入るとバッグを床に掘り出しそのままソファへと倒れ込む。

 史も家に入る前に土足で走った靴下を脱ぎ捨てそのままゴミ箱に入れるとリビングの入口で崩れ落ちる様に手をついた。


 思えば昨日今日の出来事があまりにも壮絶過ぎて思い出したくもないし思い出せないくらい沢山の事がありすぎた。


 しかし何故なのだろうか。

 史の考えた企画で取材に行くと何故か毎度死ぬ思いをして帰ってくる。

 寿々はこれは何かの因果・・いや、業なのか?。・・・と本気でそう思い始めていた。


 今回は本当に生きて家に帰って来れたのが奇跡すぎた。

 何度死にそうになったことか。


 しかも今回に関しては東京に帰ってきたからといっても安心できる状況でもない。

 ひとまず今後の事を考えるのは明日以降にしておこうと思うと寿々はそのまま眠りそうになりうとうとし始めてしまった。


 しかし寿々の周りで史は何やらあっち行ったりこっちに行ったりとしているのだけは何となくわかった。

 寿々はこのまま眠ってしまいたかったが・・・。

 暫くしてから、そうか・・・とその事に気が付いた。


『そうか・・・疲れているのになんか忙しそうに風呂に行ったり自室に行ったり。なんだったりするのは・・やはりそういう事だよな・・・』


 ようやく約束を思い出したものの。


 寿々はもう今日はどうしようもなく眠たくて仕方がなかったし、それに家に帰ってきて改めて思った。



『本当に俺は・・なんて大馬鹿者なんだ・・・・!』



『まさかあれだけ自分でダメだダメだと言ってきたのに・・。ほんの少し気が緩んだからって本当になんて事をしてしまったんだ!せっかくここまでギリギリ理性を保って生きてきたのに、自分の意思の弱さがこんなにも情けないと思う日が来るなんて・・・・』


 そう思いながらソファに顔を埋め半泣きしていると



「寿々さん、風呂作ったので入ってください」


 とやたらと疲れた様子の史が寿々の前に座りそう言ってきたのだが、寿々はあまりに自分が情けなくてショック過ぎて起き上がれなかった。


「寿々さん!ほら」


 そう言って史はソファでくたばっている薄っぺらい寿々をひっくり返す。

「!!・・・・・何で泣いてるんですか・・・」


「・・・・ごめん。俺が悪かった・・・。あんな状況だったとしてもするべきじゃなかった」

 と寿々はソファの上で顔を覆い泣きながら史に謝罪した。


 しかし史はそんな寿々を見ても特に動じる様子もなく、やや面倒くさそうに後頭部を掻くと


「そんなの想定内ですから」


 と無情な言い方をしてきた。


「・・・は?」


 寿々も史のその言い方が酷すぎて思わず涙がぴたりと止まる。


「寿々さんが家に帰ったらやっぱり無理って言いだす事ぐらい完全に()()()です!わかったらほら早く風呂入ってください」


 史は容赦なく寿々に風呂に入ることを要求する。


 寿々も何かその雑な感じがどうも嫌でいっそもうこのままシカトしてふて寝しようかと思いソファの背もたれ側に寝返りをしようとすると


「わかりました。じゃ俺が風呂に入れればいいんですね?」


 と言い寿々を抱え持ち上げそのまま脱衣所まで運んだ。


「もぉ・・マジで今日するのやめないか?」

 寿々は顔を真っ赤にさせ本気で拒む。

 しかし史は

「無理ですよ。約束は約束なんで」


 そう言いながら自分の上着を洗濯かごに脱ぎ捨てると寿々の上着も容赦なく脱がせた。


 そして首の包帯を見て一瞬手が止まるとその包帯をゆっくりと解き傷口のガーゼを優しく剥がす。

 史はその傷を見て物凄く怖い顔をしたので、寿々も気になって洗面台の鏡で噛まれた傷を目の当たりにしたが


「うわ・・・」


 歯型の周りがうっ血して真紫色になっていた。

 史はそのまま寿々を後ろから抱きしめると俯きながら


「・・・やっぱりあの女もっと締めておけば良かった」

 と本音が漏れた。


 寿々はその言葉を聞いて少しだけ落ち込み、抱きしめられた史のがっしりとした肘下の筋肉をか細い指でそっと触れながら

「・・・そんなこと言うなよ・・・俺はお前があれ以上人を傷つけなくて本当に良かったと思っているのに・・」

 と本気で悲しそうに言うものだから史も思わず寿々の首に顔を埋める様に更に抱きしめ。


 ・・・・そして

「・・・・・・やっぱりまず風呂に入りましょう」

 そう言われ寿々は

「え?・・まさか俺そんなに臭い・・?」

 とギクリとしながら聞き返すと

「そういうんじゃないですけど。風呂は入った方がいいと思います」

 と真顔で返された。

「・・・・・わ・・わかった」


 寿々はその反応で

『そうか・・そうだよな・・・確かに昨日風呂入ってないのもあるけれど。それ以前にそういう事への配慮が完全に欠けていたな・・』

 と苦い顔をしながら眼鏡を置いてそそくさと下着を脱ぐとそのまま何も考えずに風呂場へ入ってシャワーを浴び始め、その熱い湯が頭部や首元の傷口に滲みたがそれよりも。

『やっぱ年齢とかもあるよなぁ・・。30間近になればそりゃそういう・・・』


 と悩んでいると風呂のドアがいつまで経っても閉まらないのに気づいて外を見ると史がその場で立ち尽くしているので

「何でそこで突っ立てるんだよ・・脱衣所が濡れるから早く入れよ」

 というと微妙に硬直しているのを察し、寿々は

「・・いいからほら。・・・大体お前俺の体なんて貧相で見たくらいじゃ何ともないって前に言ってただろうが。それに俺今眼鏡ないからそんなにはっきり見えないし・・」

 と言うので史も何だか微妙な顔をしながら、いそいそと下着を脱ぐと風呂場に入り扉を閉め。

「あの時は売り言葉に買い言葉で・・・・第一昨日の事を思い出すだけでもう無理ですよ・・」

 と恥ずかしそうに言うものだから

「昨日の記憶はちょっと置いとけって・・・」

 寿々も気まずそうに言い、ぼやけた視界で史にもシャワーの湯を頭から掛けた。

 その仕草はまるで大型犬を洗うように雑でとても色気のある感じではなく。

「・・・・・・そうだ。その前に」

 と寿々が言うと、史は上からガンガンにお湯をかけられながら

「え?なんですか??」

 ずぶ濡れにされた顔を拭い聞き返した。



「今日は・・・・勿論・・最後まではしないよ・・な?」


 と寿々が恥ずかしそうに、だがダイレクトな聞き方をするので史も思わず赤面し

「・・・・そ・・それは。まあその・・・いけるところまで、というかやれるところまで・・」

「・・・てかさ。ぶっちゃけ俺ってどっちなの?」

 とまたもやダイレクトに聞かれ史的にはもうここで始めればいいのか?と思いはじめていたのだが


「・・・寿々さんはどっちだと思っているんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 と沈黙すると首をゆっくりと傾げ

 持ったシャワーを再び史に浴びせた。

「うわっ!考えながらシャワーこっちに向けないでください」

 と思わず色んな気管にお湯が入ったらしく鼻やら口からお湯を出していると

「史はどっちだと思ってるんだ?」

 と言いながらシャワーヘッドをフックにかけた。

 史は顔を拭いながら寿々の痩せこけた後ろ姿をまじまじと見て

「寿々さんが望む方でいいと思ってますけれど。希望としては・・・したい方ですかねぇ・・・」


「・・まあそうだよなぁ・・・」





 風呂から上がって髪をを乾かし歯も磨きようやく普段の自分を取り戻した二人はそのまま寿々の部屋のベッドに倒れ込んだ。

 気付けば時刻は深夜0時をまわっている。


 寿々は自分の布団に埋もれてものの数秒で睡魔に襲われると


「・・・なあ・・・やっぱり明日にしないか?明日どうせ日曜だし」

 と史に聞く


「・・・・・・・・・・」

 しかしその返答がすぐに返ってこなくて寿々も不思議に思い横を見ると


 史は既に意識を失うようにすっかり眠ってしまっていた。

 

「・・おいおいまじかよ」


 寿々も流石にそんな事あるんか?とばかりに驚きながら史がベッドサイドに準備したのであろう一式を見て


「・・・・・むしろ気の毒になるな」


 と思わず笑ってしまった。


 その後寿々は電気を消して布団を掛けると暗闇の中暫く間史の寝顔を眺めた。




『本当に何で史だったのだろうか?


 史は自分が俺を能力者に頼んで呼び寄せた。そう言っていた。


 でも果たして本当にそうなのだろうか・・・・・?』



 寿々は史の寝顔を何故か良く知っているような気がしていた。

 それは不思議とずっとずっと遥か昔から知っている。そんな懐かしささえあった。



 デジャヴとでも言うのだろうか?



 寿々はふと急に胸が締め付けられるように苦しくなり、不安から史の胸にそっと耳をあてた。

 何となくそうしないと安心できないと本能的にそう思ったからだ。


 トク・・・トク・・・トク・・・トク・・・


 暫くの間史の心音を聞いて寿々はようやく安心したのか、そのまま目を閉じるとゆっくりと眠りについた。


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