第9話 合歓
「お、やった。薄いけど毛布があるぞ」
寿々は詰所の備品入れの奥から防災用のような毛布を見つけ取り出した。
史は一応詰所の扉は内側から鍵を掛けたが、これに関してはあまり効果はなさそうだと思った。
「史、毛布使えよ寒いだろ?」
そう言って寿々は史に渡そうとしたが
「・・・何言ってるんですか?どう考えても寿々さんの方が寒いでしょう・・」
と本気で信じられないと言った顔をされた。
寿々はこの教団施設に連れ去られ時に服も持ち物も全部取られ、御前様と呼ばれる女に襲われた時にたまたま奪ったシーツ一枚を身に纏っているだけだ。
その後運よく再会できた知念からジャケットを借りているが、その下は実質全裸みたいなものなのだ。
寿々もちょっと感覚が麻痺してきていたのかもしれないが、とりあえず知念に借りたジャケットのおかげで言うほどでもないような・・・そんな気がしてしまっていた。
それに対して史はジャケットもない状態だ。
「わかった。じゃあとりあえずこれを二人で使おう」
おそらく寿々は大分思考回路が参っているようだ。
史は普通に寿々が来ている知念のジャケットを自分が借りて、寿々が毛布を使うのが一番良さそうだと思っていたが、素直に二人で毛布を使いたかったのであえてそれは言わない事にした。
史は壁を背に床に座り背中から毛布を覆うように掛け、寿々を前向き座らせると密着するように抱えその上から毛布で包み込んだ。
寿々は嫌がるどころか本当に暖かくて落ち着いたのかふと密着する史に
「へへ・・暖かいな」
と思わず本音が漏れてしまっていた。
思考回路が弱った寿々は異常に可愛い。
史は思わず寿々の肩に顔を埋めるようにして更にぎゅっと抱きしめた。
「・・・どうしたんですか。なんでそんなに可愛いんです」
史は寿々に埋めながら耳元でそう聞いた。
「はは可愛いとは思わないが・・・正直今は気を張る気力もない」
と寿々は弱々しく笑い素直に答えた。
それはそうだ。精神的にも肉体的にもこんなに過酷な一日がかつてあっただろうか。
いつもなら威勢よく叱り倒す寿々ももはや限界を超え抵抗をする気力すら持ち合わせていなかった。
史は目の前の寿々の首の包帯をチラッと見て
『あの女許せないな・・寿々さんに噛みつくなんて・・・』
と目の奥が本気の怒りで満ちていた。
「・・・とりあえずこの後の事を話すけど」
寿々は知念とセラが話した事を史に伝えた。
セラの話しだと施設外には当然外部へと繋がる道があるとの事だ。
しかしそこには警備員が常駐していて更にトンネルの入口は常に鍵が掛けられているので容易く出入りはできないらしい。
しかしそこは大人の男が3人いるのだから、もしもの時はある程度力業で突破するのは可能との事だ。
では問題はどうやって壁を超えるかだ。
知念は廃村からセラに連れられて崖の小道を通って施設裏にある掘っ立て小屋に来たと言っていた。
つまり崖には宿舎裏辺りから掘っ立て小屋まで、そして掘っ立て小屋から廃村の入口付近までを繋ぐ険しい道が存在するとの事だ。
「・・もしかして廃村に来た時に透視で視た子供の人影って?」
「うん、今話したセラだと思う。セラはこの施設で女として育てられ今は主に偵察をしているとの事だ。それとサンカの末裔らしく脚力が尋常ではない。普通の人間には登れないような崖も難なく越えられるらしい」
「サンカ!・・・まだ日本にサンカの生き残りが存在していたんなんて驚きですね・・」
史も知念同様に相当びっくりしている。
寿々は更に話を続けた。
「知念さんにはこの後一人で廃村に戻って準備をしてもらう予定なんだ。でも俺達が昨日来た道は倒木が酷くてそこからは戻れなくなっている。あと知念さんが一度戻った時にバイクのガソリンが抜かれていたらしいが、それはセラが素直に返すって言ってたからそれでバイクが動かせる。知念さんが立てた計画は、まず時刻は明け方。信者も一番くたびれて動きが鈍くなるだろう時間帯を狙って盗られた荷物を回収。この場所に日が差すのはその後1時間程度大体朝の6時半頃。それを合図にセラは今は閉じられている廃村からのトンネルの扉を開け、知念さんがバイクでここの中に侵入してある程度派手に乗り回してくれるらしいので、その間に俺達はどさくさに紛れて中央突破で脱出をする。あとは俺と史とセラで外部に通じるトンネルをこじ開けそのまま外に逃げ出す・・・」
史はその作戦を聞いているだけならば何とかなりそうだと思ったが、はたしてそんなにスムーズにゆくだろうか・・・という不安も当然あった。
「わかりました。今時刻が分からないのが問題ですが、とりあえずは空が明るくなってきたらここから出て施設に侵入できそうな場所を探し荷物を回収、日が昇って知念さんが乗り込んできたら走って外に出る・・ですね」
「問題は明け方まで寝ずに過ごせるか・・だな」
と言いながら寿々はどことなく眠そうに毛布に顔を埋めた。
「寿々さんは寝ていてもいいですよ。俺起きてますので」
と言うと寿々の頭を自分の方にもたれ掛からせるように優しく引き寄せた。
寿々の顔が必然的に史の顔のすぐ横にきて。
寿々はその史の首筋から感じる暖かいさと心地よい匂いについくらっとし、もはや自制など出来るわけもなく。
少しだけ上を見る様に史の首筋に沿って顔を近づけてしまった。
『・・・・・・え??』
史はそんなまさかという顔をしている。
寿々が今自分の首筋にキスをしたように思えたからだ。
しかしそれは間違いではなかった。
寿々は顔を真っ赤にさせて史の首筋に顔を埋めたままだ。
史は信じられないと思いながらも今触れらた寿々の柔らかい唇の感触で一瞬にして今まで懸命に堰き止めていた欲求が完全に歯止めが効かなくなってしまった。
そのまま左手で寿々の顔を覆うと強引に引き寄せ有無を言わさず唇を重ねた。
「・・・・・・っ・・はぁ・・」
息を懸命に整えようと寿々の口から吐息が漏れる。
しかし寿々もそうされるのを嫌がるどころかむしろ自らもそれを求め返してくる。
史の頭の中真っ白になりもはや何も考えられなくなっていた。
今まであんなに頑なにダメだ、嫌だ、それはないと言って散々拒否してきたのに。
まさか一線を超えれば急にこんなにも積極的に自分を求めて来るなんて今まで1ミリだって想像していなかったのだ。
すると寿々はそのまま史の首に手を回しながら体勢を変え、ちょうど史の上に跨る様に対面になると更に激しく何度も唇を重ね更にこじ開け・・そして舌を絡めてきた。
史はそのキスだけでもう頭の中がぼうっとしていたけれど、更にその体勢に堪えられなかった。
寿々を抱える手が腰から下に滑り、何も履いていない寿々の臀部をシーツの上から掴み弄るように撫でまわす。それ以上はマズイと理解しながらも本能に抗えずズレ落ちた毛布から露わになった細い腿に沿うよう更に体に羽織ったシーツの隙間から手を入れ素肌を直接触らずにはいられなかった。
『・・・何これ・・。今俺の上に寿々さんが跨ってこんな食われるようなキスされているの・・本当に現実か?・・・・。てかまさかこの人こんなにもエロい人だなんて思ってもいなかった・・・』
史はすでに何も思考する事も出来ずただ本能的にシーツの間からひたすら寿々の素肌を弄った。
寿々も史の大きな手で背中、腰、そして尻を何度も何度も触られ流石にいよいよマズイと感じると急に恥ずかしくなり唇から離れ少しだけ悶えるように小さく呻くと史の首に顔を埋めた。
その間どれくらだったろうか。
おそらくそこまで長くはなかっただろう。
しかしお互いに下半身が反応しているのはこれだけ密着していれば否が応でもわかる。
史は寿々の臀部から前に手を移動させ、そのまま寿々のを触ろうとしたところで止められた。
「・・・・・ここでこのままするのは嫌だ・・・」
寿々は自分から史の上に対面状態で跨がっておきながらそれ以上は無理だと史の手を抑える。
しかし史は
「は・・はぁ・・何言ってるんです?この状態から止めるんなんて冗談でしょ・・」
と興奮しながら更に力を入れて無理矢理触れてきた。だが寿々は頑なに
「これ以上続けるのは無理・・」
とそのまま史の胸に倒れ込むように抱き着いた。
正直史はこのまま自分のも触って欲しいし、まさかこの状況でこの先をしない選択肢なんてあるのか?とそう思っていた。
「・・・俺、連れて来られた時に変な注射打たれて・・。もう効果は切れてるって言われたけれど、それのせいだったら嫌だから・・」
「は?注射??それって・・」
「・・よくわからないけど。多分そういう」
史はそれを聞いてショックではあったが、寿々が薬のせいではないと言うのならばそれを信じたかったしそうであって欲しかった。
それにしたってまさか今日ここで寿々からキスをされるなんて夢にも思っていなかったのだ。当然それだけでも奇跡に近い。
しかもただのキスではない上にキス以上の事もだ。
とてもじゃないけれど刺激が強すぎた。
史はこの不完全燃焼のまま色々な思いをぐっと堪えると、自分に抱き着きながらまだ息の荒い寿々をとにかく強く抱きしめた。
「はぁ・・・・・あの・・。確認していいですか?」
「?」
「・・もうこれ付き合ってるって事でいいですよね??」
寿々は史にそう聞かれ
「・・・・・・・・・・・・・・・」
暫く目を合わせないまま黙り込むと
「・・・今弱っているんだよ・・・・だからその・・・・」
と耳元で最低な事を言われ流石の史も少しだけ大きな声で
「・・・嘘でしょ・・・」
と震えた声で返す。
寿々はそれに対してすぐに史の口を押さえ
「・・声デカい・・」
と態勢を変えずにそう小さく呟くと再び甘える様に史に抱き着いたまま
「・・・・・俺、どうしても史にちゃんと約束通りになってから告白してもらいたい。だから・・それまでは今日の事は忘れて欲しい」
と小声で更に身勝手な事を言われ史もちょっと・・いやそこそこ引いた。
正直28歳のいい大人が18歳の自分にそんなわがまま言うのも信じられなかったし、こんな状態でお預けさせられあげく無責任にも付き合うとかはまだ無いと自分都合で断られるなんて本気で大人不信になりそうだ。
それでも史は何よりも寿々との関係が進展した事を心の底から喜ばずにはいられなかった。
だから通常なら到底認め難い要求ではあったが・・・完全に惚れた弱みで。
「・・・わかりましたじゃあ告白はちゃん約束通りにしますよ。正直もう意味あるのかは疑問ですが。ただ忘れるとかは無しです。家に帰ったら絶対にこの続きをしますから」
そう言われ寿々は史の首元に伏せながら耳まで真っ赤にして
「・・・・・・・・わかった」
とだけ答えた。
二度も贄になるべく愚劣な男二人を逃がした光の怒りは今や尋常ではなかった。
防衛班総出で逃げた二人の捜索に当たっていると、寝屋から肌襦袢を羽織り直しながら光が一人廊下に出てきた。
「・・・・忌々しい奴らめ・・・もう絶対に許さん・・。明日中に二人共皮を剥いで燃やしてやる・・」
とそう呟くと、庭先の暗がりにセラがいる事に気づいた。
「・・・・セラ。こんな時間に何をしている。子供は早く宿坊に帰りなさい」
そう言うと光は部屋へと戻って行こうとした。
「・・・光!」
セラはあえて御前様という呼び方でなはくかつて自分を妹として大切に扱ってくれてた友達として声を掛けた。
「・・・・・・・」
しかし光はセラのその言葉に一瞬だけ立ち止まったかと思うと
ゆっくりと振り返り
「いいことセラ。・・・金輪際私に対して無礼な呼び方をするんじゃないわよ」
と睨みつける。
しかしセラは諦めずに
「光・・・。もうそんなに無理しなくてもいい。何でそこまで自分を犠牲にしてまでここの象徴として生きなくちゃいけないんだ?光だって昔はこんな事したくないって毎日泣いてたじゃないか!!」
と説得するも光はそれを全否定するように
「うるさい!!黙りなさい!!それ以上私に口答えするならいくらお前だって容赦しないわよ!」
光は振り返らないままセラにそう答える。
セラはまるで宙に舞うように数歩だけ跳ね上がるとスッと光の後ろに近づき小声で
「・・・・光は。本当は・・・本当は私が男だって知っているよね。・・・知っていてずっと志保にも教祖様にも信徒にも言わずに黙っていてくれているじゃないか・・・。それに私を自由に外に出られるよう偵察として許可もしてくれている・・・。本当はいつでも私・・・いや、僕がここを出て行けるようにしてくれていたんじゃないの?」
セラは光の背後に近づきそっと肩に手を伸ばそうとした
しかし
「・・・・・・・そうよ。その通りよ。私はいつでもお前が自由に外に逃げていくのを望んでいた。私はダメでもお前だけはと・・・・でも、お前はいつまで経ってもその意味を理解せずここに居座り・・・更にそれを私に言い返した。・・・・・もう全部台無しよ」
そう言って目の色を変えまるで絶望するような表情でセラを睨み返す。
「・・・!?」
セラはこの時自分の告白が完全に失敗した事を悟った。
自分を自由にさせているくらいなら、きっと光の心の中にまだ人としての希望が残っている。ならば説得に応じてくれるとセラはそう今日まで信じて生きて来たのだ。
しかしその考えは甘かった。
「セラ・・・・何でいちいちそんな事を私に聞き返したの。・・・私はお前と違う。自由にはなれない。この先もずっと永遠にね。母とお祖母様の教えの通り生きなければいけないの。唯一子を産んでここに残すことでしか外の世界に出て行く事もできない。でもそうして外に出れても自由はない・・」
そう言うと光はセラにしがみ付く様に近寄り、光より低いセラの肩に手を置き震えながら服を力一杯握りしめその華奢な肩に顔を埋めた。
「セラ・・本当にあんたが私の事を思っているならここでくだらない事を言っていないで早く逃げた男二人を見つけて連れて来なさいよ・・・それも偵察の仕事でしょ?それにあんたもう自分から男だと言った以上ここから生きては出すことはできない・・・・でももしあいつらを連れてきたら私がこの先も庇って生かし続けてあげる・・・だから言う事を聞きなさい。分かったわね」
と光は恐ろしい顔でセラに向き直ると狂った瞳でそう言い渡した。
寿々と史が牢屋の詰所に閉じこもってから2時間くらいが経っただろうか。
次第に空が薄っすらと明かるくなって山からは鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえ始めた。
「・・・・寿々さん。起きれますか?」
ふと耳元で史が囁く声が聞こえてハッとした寿々は起き上がると、対面のままの体勢で眠っていた事に気がつき改めてその状態に赤面した。
そして
「あ・・悪い。俺・・・なんか色々とその・・・」
と言いながら急いでそこから立ち上がろうとしたところで史に腕を掴まれもう一度座らされると真顔で
「・・なんかいつもの寿々さんに戻ったみたいですけど・・まさか夜の事覚えてないとか言わないですよね?」
と真剣に問いただされた。
寿々は勿論忘れているわけがなかった。
ただ少しだけ仮眠したらどうにもいつも通りの思考回路に戻ったようで急に恥ずかしさの方が上回ってしまったのだ。
「お・・覚えてる・・。勿論、しっかりと」
寿々はじっと見つめて来る史に耐えられず狼狽えるだけで目線を合わせられない。
「じゃあ・・もう一度寿々さんからキスしてください」
といきなり史にそう言われて何だかどうにも夜の時みたいにスムーズには出来そうになく寿々は更に戸惑い
「えっと・・だからそれは家に帰ってからじゃあ・・」
などとごまかそうとしていると
「はあ・・・本当に俺は一体誰とあんな事していたんでしょうね・・・まさか憑依された別の人格だったとか、やっぱり薬のせいでしたとかのオチだけはやめて下さいよ・・・」
と落ち込みながら言うものだから
「違う!それは間違いなく・・俺の意思だけど・・・・わかったよ」
と呟くと寿々は史の肩に手を置き、真剣に見つめて来る灰色の瞳の視線を少しだけ逸らすように目を瞑るとそのまま史の唇にキスをした。
そしてそのまま史が再び寿々を包み込むように抱きしめると
「・・・良かった。やっぱりあれは夢だったんじゃないのかって今の今まで本気で疑っていました」
とようやく安心してくれたようで寿々も何だかそれを聞いてつられてほっとしてしまった。
そして史はそのまま寿々の耳元で
「・・・・絶対にここから抜け出して家に帰りますよ」
と呟くと寿々も史の背中をぎゅっと掴み
「ああ。絶対に・・・」
と答えた。




