第8話 同衾
「御前様・・・申し訳ございません。あの愚劣な贄を見失いました・・」
時刻は午後10時半を過ぎた頃。
『御光の母』の御前様こと、猪之俣光はさきほど襲った寿々に腹を蹴られた事に激怒し施設の防衛班総出で捜索に当たっていた。
「あの男・・・私からの憐みを拒むだけでなく・・腹まで蹴るなんて。絶対に許さないわ」
光は施設内の謁見の間と称された部屋で片膝を着いた防衛班の女達十数名を前にして寿々の愚行を話し女達からの批判を更に煽った。
「そんな・・御前様のお腹を!!」
「許せない・・・男はどこまで女を虐げれば気が済むと言うのか・・」
「絶体に捉えてすぐにでも贄の儀を執り行うべきだわ!」
「卑しい男には死を!!」
女達の士気が一気高まる。
その中で一人の女が手を挙げた。
「御前様!」
すると光は何も言わずその女に手を差し出す。
「今、逃げ出した贄の連れを一人牢屋に入れています。何か上手い事利用するか若しくはこのまま牢屋の男から先に贄の儀を執り行い信徒へ安堵を与え、更なる儀に向けて統率を図るのがよろしいかと・・」
そう言われ光も少しだけ考える様な仕草を見せ
「そうね・・・まずそいつをこの場に連れて来なさい・・。報復の仕方についてはその後で考える」
と伝えると防衛班の女達は一斉に立ち上がり謁見の間を後にした。
牢屋の中でひたすら寒さを凌いで何とか朝まで生き延びようと、それだけを考えていた史は床にも壁にも寄り掛かれば体温を奪われそうでとにかく中をウロウロと歩きまわるしか出来なかった。
『今時間は何時くらいだろうか・・・。知念さんが救助に行ったのが午後2時くらいだったから往復しても3時間はかからないとして・・・救助が到着するのに遅くても夜8時までには来てくれそうだけど・・・・。やはり途中で何か巻き込まれたり。もしくは失敗してここの信者に捕まってしまった・・そう考えるのが自然なのか・・』
「・・・・くそ!」
史は一人牢屋の中で悔しがり冷たいコンクリートの壁を叩いた。
すると上の方から数名が話す声が近づいて来たと思うと地上1階の扉が開いた。
「・・・・・・」
史はその人数の足音に最大の警戒をする。
階段を下りてきたのは昼間史を追いかける様に指示していた背の高い女とその他5人程度の信者だ。
背の高い女は
「後ろを向いて手をこちらに出せ」
と指示してきた。
「その前にここに捕まったもう一人の男はどうしたのか教えろ」
史は鉄格子に近づく事なく抵抗するように寿々の行方を問いただした。
背の高い女は史の言い方が気に食わなかったのか右眉をぴくりと動かし
「・・・早くしろ」
と一切その話には取り合わないとばかりに更に命令をする。
しかし史もこの事に関しては一切譲歩する気はなかった。
すると背の高い女が後ろにいた女に合図をするとその女は昼間史が喰らったテーザー銃と同じものを構えて鉄格子に近づく。
史は小さく舌打ちをすると仕方なく両手をあげゆっくりと格子に近づき後ろを向くとそのまま両手を後ろに合わせる様に格子の間から差し出した。
背の高い女はそのまま史に手錠をかけると牢屋の鍵を開け
「おかしな真似一つでもしてみろ。その場でお前の心臓を一突きで仕留めてやるからな・・・・。分かったらついて来い・・・」
と呟いた。
牢屋から出ると外はかなり気温が低く、このまま雪が降って来てもおかしくなさそうな程だった。
しかし史は何一つとして言葉を発する事なく女達についてゆく。
『なるほど・・・牢屋の場所は一番奥の方だったんだな。当然入口には監視カメラがあるか・・』
そして暫く歩いて林を抜けると
『ん?・・あの右奥辺りの建物は信者の宿舎といった感じか?』
史はそう思いながら地形や建物、監視カメラの位置を把握しながら寒さを堪えひたすら歩く。
『・・・寿々さんあのあとどこに行ったのだろうか・・。まさかこの寒さの中まだ外にいたりはしないよな・・。本当こいつらにまた捕まっていなければいいけれど・・』
女達はそのまま中央の教会のような建物から史を連れて中へと入った。
そして廊下を歩き礼拝堂に出る手前の通路を右に折れ一つの部屋へと連れてゆく。
そこは一見すると普通の応接間のようにも見えたが、どうみても違うと思ったのは目の前に一人の女がいかにも自分がこの組織のトップだと言わんばかりの高圧的な態度でそこに立っていたからだ。
史は本能的にその女へ嫌悪感を感じた。
自ずと険しい顔になる。
何よりも女の格好が気に食わない。
全身の素肌が透けるほど薄い白い肌襦袢を纏っている。明らかに嫌な予感しかしなかった。
史は部屋の中央へ押しやられると背の高い女に後ろから膝裏を薙刀の石突で押されその場に跪かされた。
「!!」
「御前様・・こいつがあの男の仲間です」
背の高い女はそう言うとまるで兵士のように目の前の女に頭を下げた。
『御前・・・なるほど昼間信者が話していたのはこいつの事か・・・』
光は見定める様にゆっくりと史の周りをぐるりと歩き、スッと史の顎を持ち上げ
「・・・ふ。まだ子供か?まあさっきの奴よりかは生殖本能はありそうだが・・・」
と発言したところで史は頭が真っ白になり
「は?・・・さっきの奴って誰の事言ってるんだ?あんたまさか何かしたのか??」
と思わず光をとんでもない目で睨んだ。
すると後ろで待機していた背の高い女が急に薙刀の刃を史の首の下に回し
「男の分際で御前様に無礼な口をきくんじゃない!!」
と大声で怒鳴りつけた。
「・・・・・・」
史は再び睨みつけながら沈黙をする。
光は史の前に屈み史を哀れな目で見つめ
「やはり男はどうしようもなく愚かだな・・・。こんな状況でも大声を上げて威嚇すれば女は怯んでかしずくと勘違いをしている・・・・。私はお前など怖くはない。確かにお前がここで暴れれば何人かは倒す事が出来るだろう。しかしそれでもここにいる女は自分が男より賢く有能であると全員が自負している。何をどうしてもお前はここでは男としての尊厳など塵程も無いのだ」
そう言うと光はすっと立ち上がり
「やはりこいつではダメだな・・・。さっきの贄をもう一度探して来い。私はあの男と同衾する。壁の外に出ていないのならどこかで隠れているかくたばっているはずだ。こいつは明日中に贄の儀を執り行う事にする」
と回りの女信者へ命令した。
すると史は
「・・・待て・・・・いや。待ってください・・・・」
「・・・何だ急に」
「・・・・・・従います。全て。一切抵抗しない事を約束します」
とそれだけ答えた。
光はその謙った態度が気に入ったのか、ニタっと不気味な笑みを漏らすと
「・・・・・ほう。何故心変わりしたのか知らんが・・・。お前分かっているのか?お前は明日死ぬ。なのに今からこの私と子作りが出来るとそう言うのか?」
史はそう言われると正直出来る自信は全く無かった。
しかしその役目を寿々にさせるくらいなら自分がすればいいとそう思ってしまったのだ。
「・・・・・・・多分」
史の曖昧な言い方は光の好みでは無かったが、それでも光の目的は子孫を残しこの場所を永続させる事だけにある。
勿論世に残せるのは女子のみだ。もしこれで妊娠できても男の場合は顔を見る前に殺される。
そしてまたこうやって男を捉えて贄にする。それを繰り返さなければならない。
自分の母親も祖母もそうやってここを保ってきたのだ。
当然自分もそれと同じ道を歩むのだと信じて疑っていなかった。
「よし・・・ではついて来い」
光は立ち上がると早速屋敷の方へと向かって歩き出し、史は回りの信者に立ち上がらされると重い足取りでその後を追った。
その様子を遠くから伺っていた存在がいた。
それは寿々と知念のいる掘っ立て小屋から戻ったばかりのセラだった。
時刻は深夜0時。
小屋に来てからまだ2時間程しか経っていないくらいの時間だったが、知念と寿々がストーブの前で休んでいると急に小屋の扉が開いた。
「はぁ・・・はぁ・・・おい。起きろ」
そう言うとセラが慌てた様子で二人に声を掛けた。
知念はまだ体が休まっておらず飛び起きることは出来なかったが、寿々はハッとして起き上がった。
「やば・・俺いつの間に眠って・・」
知念はまだ眠そうにしていたが、セラの様子を見てただ事ではないという雰囲気を感じ取っていた。
セラは寿々に向かって
「おい。お前の連れの銀色頭。あいつお前の代わりに御前様の床へ連れて行かれたぞ!」
と慌てて言うと
「・・・・!?・・史が??」
と寿々は急いで立ち上がり、眼鏡を探すと目の前のテーブルの上に置いてあるのが分かりそのまま眼鏡をかけ外へ飛び出ようとしたところで知念に手を掴まれ止められた。
「ちょっと三枝さん落ち着いて!!・・・焦る気持ちはわかるけど。ちゃんと作戦を立ててからでないと!」
そう言って寿々の肩に手を置いた。
「そ・・・・でも。史が・・・」
そう言って目がキョロキョロと狼狽える寿々を見て知念は落ち着かせようと寿々を抱きしめ
「いいから落ち着いて・・・・」
と言って寿々の背中を数回摩ってくれた。
寿々も何だかそれが好意のあるそれではなく、まるで兄弟や親子でする抱擁のようで思わず緊張していて上手く吸えなかった息がふと楽になったような気がしたのだった。
すると知念は寿々を離し
「大丈夫ですか?」
と様子を伺うと寿々も
「・・・・はい。大丈夫です。すみません取り乱して・・・」
とようやく落ち着いて答えたのだった。
知念はセラを見ると
「セラ。ここからその御前様の場所まで俺達で何分くらい掛かりそうだ?」
「お前達の足だと15分以上はかかる」
そう言われて知念は時計を見た。
今は深夜0時15分だ。
「じゃあもう一つ聞きたい。セラはこの施設から直接外に出る道を知っているよな?」
知念は志保がいないのをいい事にセラに直接そう質問した。
セラは少しだけ躊躇ていたが。
「・・・・・・知っている」
と知念の思惑通りの答えを返してくれた。
「最後に・・・・セラ。お前はどうしたいんだ?本当に俺達と一緒にここから出て行きたいのか?志保さんの望みではなく。俺はお前の希望を知りたい」
そう言うとセラは本気で困ったような顔をして・・・・・
「私は・・・・・いや・・僕は・・・・」
そう言いかけて言葉を懸命に吐き出そうと意を決し。
「僕は・・・本当は。御前様を・・・光を助けたい・・・。でも僕は男だし・・ここにはいられないし・・・光はここの指導者だし・・・どう考えても助けられない・・・・」
そう言うと服の裾を掴み悔しそうに肩を震わせた。
知念はセラの肩に手を置くと
「なんでその御前様を助けたいのか教えてもらえるか?」
と優しい声で問いかける。
「光は・・本当は自由になりたいだけなんだ。でも光の母親の教祖様も教団の創始者、大母様も光に自分達の後を継がす事しか考えていない。・・光はいつしか諦めてしまった。・・・でも僕はまだ光の中にその希望が残ってると信じてる。だから・・・ここを出る前に最後にちゃんと話したい・・たとえ一緒に逃げられなくても・・自分を犠牲にして子供を産んだり贄の儀で罪の意識を背負わなくてもいいって、止めるように説得したい」
知念はセラの言葉を聞いて正直色々と思うところがあった。
しかしその正直な気持ちを聞いてそれを無視する事も出来ず
「・・・・出来るかはわからないけれど。でも希望は捨てずに何とか思いを伝えて、それでもダメな時は皆でここから逃げ出そう。・・・だからセラ。俺達に協力してくれ」
知念の言葉にセラは打ちひしがれているようだった。
恐らく人生で初めてまともに話す同性にこんな事を言われたならばきっと誰もがセラのような信頼と羨望の目で知念を見るのは当たり前と思えた。
実際に寿々も知念は男として本当に格好いいと思うし何よりも頼りになる。憧れて当然の存在だと思っていた。
「よし。じゃああと10分で作戦を立ててここを出発しよう」
と知念が言うとはセラと寿々は同時に頷いた。
史は手錠を外され寿々とは違い服を着たまま信者達に押されるようにして光の寝屋へ入れられた。
そして仕方なく敷かれた布団の前で正座し腕を組むと何かを念じる様に難しい顔をして黙り込んだ。
「・・・おい。貴様、一体何をしている・・・・」
光は史の前に立ちはだかる。
しかし史は光を一切見る事なく腕を組んだままずっと難しい顔をしていた。
『・・・・・・どう考えても無理そうだ。こんな風に高圧的に脅されていたら、そういう癖が無い限り普通勃たないだろう・・・。でもこのままではいずれ牢屋に戻され結果寿々さんがこの役目を負わされてしまう。それだけは何としても避けたい!』
すると痺れを利かせたのか光は史の前で羽織っていた肌襦袢を脱ぎ捨てた。
史もその光の裸体を目の当たりにする。
数秒間その姿を眺めたかと思うとまた再び苦い顔をして目を閉じた。
『大体俺こういう女性らしい体つきもともと苦手だったなぁ・・・。そうか。思えば昔からそういう傾向があったのかもしれない・・・・。それにしても本当に昔はどうやってしていたんだっけか・・・。もっと自然にできていたような気もするんだが・・・』
光は流石に腹が立ったのか史に向かって
「お前・・出来るって言っていたのはやはり嘘だったのか?あまりふざけた態度をしているとこのままお前の首を落とすぞ?」
などと言うものだから思わず史も
「ちょっと黙っていてもらえますか?今集中しているんですよ!」
と声をあげてしまった。
『くっそ・・・首落とすとか言われたら情欲より殺意が上回ってしまったじゃないか・・・。もうどうしたってこのままじゃ無理そうだ。どうせ向こうはその気にさせるような事は一切しないわけで。このままではもう一生無理。いっそ目隠しと耳栓でもあれば・・・そんな要求受け入れてもらえるわけもないけど・・ああもうこの女で欲情しようと頑張っているのが阿呆らしく思えてきた。・・・・・・・本当に嫌だけど。寿々さんの事を想像すればあるいは・・・』
「おい・・・!おいっ!!」
光はいつまで経っても何もその気にならない史をその場で蹴り倒した。
「!!」
そして畳の上に倒れた史に馬乗りになってきた。
史は
『今ちょっとだけ寿々さんの事考えたら兆候があったのに・・・ダメだ蹴られて完全に萎えた』
しかし史は一切抵抗をしないと約束をしている。
もうこれは死を覚悟するより他ないのかもしれない。
そう思っていたその時
――――ッガシャン!!!
障子向こうのガラスが突然割られた音がした。
その瞬間隣の部屋で信者がざわつきはじめたがそれより早く
「史!!!」
寿々が障子を開け光の床に侵入していた。
「・・・寿々さ・・ん」
その絶妙なタイミングもあってか史は驚きすぎて起き上がれない。
「貴様・・・よくものこのこと戻って来れたな・・」
光は史の上から立ち上がるとまさに鬼の形相だ。
一度だけでなく二度も邪魔をされているのだ。もはや寿々に対して恨み以外何もなかった。
「あ・・・のこれは・・・」
史はこんな状態を寿々だけには見られたくなかった。
しかし寿々は
「いい!わかってる!行くぞ!!」
と史に向けて手を差し伸べた。
それを聞いた途端に史は飛び跳ねる様に起きるとそのまま廊下と窓の間に立つ寿々を掬い上げるように抱えあげ勢いよく外に向かって飛び降りた。
そして庭に飛び出るとその位置を咄嗟に確認し
「こっちか・・・・」
と一目散に駆けだす。
寿々は史に所謂お姫様だっこの状態で振り落とされないよう必死に史にしがみ付いた。
史は追手が外に出て来る前に連れてこられた牢屋の方に向かった。
「おい、史そっちは牢屋だろ?」
寿々も史が何を考えそこへ向かっているのか全く理解が出来なかった。
史は寿々の言葉に返答せず茂みの中を突っ切って建物の裏からぐるりと回ると建物角に備えられた監視カメラを後ろから手を伸ばしそっと微妙に角度を変え牢屋の1階の詰所に忍び込んだ。
そしてそのまま身を屈め窓の外の様子を伺う
どうもこちらの林の方まで追手は来ないようだ。
「・・どうだろうか・・・灯台下暗し。まさか自ら牢屋に戻ってるとは思わないでしょう」
と史は窓の外を注意深く確認していると、抱えられたままの寿々が史の首にしがみついてきた。
「・・寿々さん?」
史はその寿々らしからぬ行動に驚いていると。
「・・・・・何もなかったんだよな?」
と耳ともで聞かれ思わず全身の血が沸騰するのではないかと思う程頭からつま先まで熱くなるのを感じ、寿々を片膝に乗せたまま包み込むように抱きしめた。
「・・・マジで何も無かったです。というか全く無理でした。・・・寿々さんは大丈夫でしたか?」
「・・・俺も同じ。怖すぎて無理。本気で幽霊より怖かった」
寿々がそんな事を言うものだから、抱き合ったまま思わず二人して笑ってしまった。




