第4話 贄
寿々が厠に行ってから15分ほどが過ぎただろうか。
史は遅いな、と思いながらも
『そう言えば今朝腹痛がどうこうって話をしていたような・・・』
と思い出し、心配もあったが正直いちいち聞きに行くのもどうかと悩んだ。
「三枝さん遅いな」
知念も思わずそう呟いたので仕方なく
「ちょっと俺声かけて来ます・・」
と知念が行動するより先に行かねばと思い、屋敷の敷地から出てそのまま一つ下の家に向かう。
一つ下の民家は上の民家より庭も狭く家も半壊しているので建物近くを避け、史は更に奥の畑手前にある厠らしき小屋を見つけると少し離れたところから
「寿々さん?大丈夫ですか?」
と声を掛けた。
しかし厠の方からは何も反応が返って来ない。
史は不思議に思いもう一度声を掛けながら入口の方へと回った。
「寿々さーん?」
すると厠の扉は開いたままでチラッと覗いた中には誰もおらず急に嫌な予感がして辺りを見渡した。
「寿々さん!!」
史は辺りに響き渡るくらいの大きさで寿々を呼んだ。
しかし周りからは何も声は返って来なかった。
史は急いで透視をしてみた。
何分前から寿々がいなくなったのか分からないけれど、それでも何か掴める事を信じて。
「・・・・・・・」
しかしどうにも透視の範囲が狭い。
良くて現在地から半径8mくらいしか察知できない。
史は本当にこの透視能力の無力さをこの時以上に悔やんだ事はないだろう。
史の声に異変を感じた知念も上の方から急いで降りてきた。
「史君!どうした?」
知念は史に駆け寄ると
「寿々さんがいないんです!」
と物凄い表情でその状況が最悪だと言わんばかりに知念に訴えた。
「え・・いないって。厠にも周りにも?」
と言いながら知念も開いた厠の扉を確認し中に誰もいない事や、当然その中に落ちたのでもない事を確認すると急いで辺りを捜索し始めた。
史も一旦道に出てもう一度上の敷地に行き小屋や家を確認し、更に他の敷地にも行っていないかダッシュで駆けまわる。
「史君!!ちょっと来て!」
そうこうしていると厠の奥、元は畑であろう鬱蒼と草が生い茂った辺りから知念が大声で史を呼んでいる声がして急いで駆け寄った。
「知念さん何か見つかりましたか!!」
すると知念は草むらをかき分けて史に見せた。
そこには一人二人ではないいくつもの人間の足跡が残され、更にその奥には先ほどまで寿々が書き込んでいたスケジュール帳が落ちていた。
「・・・寿々さんのスケジュール帳」
史はそれを拾い上げる。
スケジュール帳には血痕が付いており、それを胸に抱えると
「・・・誰かが・・いや大勢が寿々さんをここから攫っていったのか」
とかつてない程の剣幕で草むらの奥を睨みつけた。
知念もとんでもなくまずいといった表情をしながら、しかしながらどうすればいいのかと顎に手を当て歯を食いしばり考えた。
「まだ日も高い。まずは可能な限りこの足跡を追ってみよう。それで何も掴めなかったら俺はバイクで戻って通報する。とにかく誰が何の目的で三枝さんを攫って行ったのかわからないけれど一刻も早い救助が必要だ!」
と知念に言われ史もそれに同意した。
二人はそのまま草をかき分けながら足跡を追い、ずんずんと村の奥森の手前までやって来た。
するとその辺りから急に足跡が忽然と消えた。
「おかしいですね・・」
史は知念に向けてそう呟く。
「ああ・・・」
知念も消えた足あとが不気味過ぎて辺りをぐるりと見まわたした。
史は
『これだけあった人の足あとが急になくなるはずはない・・』
そう思いきっと近くに何か構造物が隠れているのではないかと思い再び左手に力を込め透視を行った。
その様子を見ていた知念は
「・・・史君?きみ一体何を・・・」
と呟いたが、史はその声を無視してとにかく周囲に何かないか意識を集中させた。
『・・・一日にこんなにも透視を繰り返す事もなかったせいか、どうにも集中力が落ちてきている・・。一番最初に視た時よりもヴィジョンもボヤけ初めているのがわかる』
そう思いながらも寿々の事を思い更に意識を高め歩きながらそのまま透視を続けた。
すると畑の境界線から90度逸れた山裾の崖辺りに何やら四角い構造物がぼんやりとだが見えてきた。
「!!」
史はそれを確認する為に目を開けるとまっすく畑の際を左に折れ、更にその奥の木々の中へと走っていった。
「ちょっと史君?」
知念も何がなんやらと思いながらも史を追いかける。
木と木の間に少しだけ窪地のような低い場所があった。
そこには藪に隠れる様に扉が付いた防空壕に似た入口がひっそりと存在していたのだ。
「・・・・・ここか」
史はその入口を見つけると急いで扉を開け中に飛び込もうとしたところで知念に呼び止められた。
「史君ちょっと待って!!」
「・・・なんですか」
史は寿々の事だけしか頭になく、呼び止められたことに苛立ちを露わにした。
「いや、ちょっと慎重に頼むよ。きみが三枝さんに対して激重感情なのは最初から分かっているけれど。それにしたってここからはそんな突っ走っていったらただでは済まない可能性もあるんだぞ」
知念にそう言われて史は更にムッとした顔をする。
「慎重にって・・もしかしたら寿々さんの命に係わるかもしれないのにそんな悠長な事言ってられないでしょ」
と知念に吐き捨てるように言うと
「だからだよ。もしきみがこの中に入ったところで誰かに襲われて命を落としたらその時点でもう三枝さんは助からないかもしれない。無謀に突っ走るだけが策じゃないだろう?きみは頭が良いんだ。だから感情に流され過ぎないよう気をつけたほうがいい」
知念にそう言われて史も少しだけ冷静になった。
「・・・・わかりました。とりあえず慎重に進みます」
知念は史のその素直な反応に安堵しながら
「それと一応さっきの力?この入口を見つけた能力も聞いておいてもいいか?この先何があるかわからないからさ」
と付け加える様に知念に聞かれ
「・・俺は小さい頃から透視をする能力があります。透視といっても遠く離れた場所や他人の具体的な思考とかは視ることはできません。ただ周囲にある物理的な物や人、幽霊などもほぼ100%俯瞰するように居場所を視る事ができます。それと最近ではその力を使って人ならざる存在・・例えばこの前寿々さんに憑りついていた悪魔なんかをこう掴む事ができます」
知念はそれを聞いて口が空いたまま驚きを隠せなかった。
「えぇ・・悪魔を掴む・・?・・凄いな・・」
と本気で史の能力にビビっていた。
「しかし今は左手を負傷しているので、透視ができる範囲が極めて狭いです。さっき見た限りではおおよそ半径8メートルくらいが関の山ですね。普段ならば大体その倍の距離まで視る事ができるのですが」
と史はまだ本調子ではない左手を知念に見せた。
「・・・うん。良く分かった。とりあえずもしきみの力がどうしても必要だと判断したら俺もすぐに頼る事にするよ。ちなみに俺は前にも話したけれど祖母がユタだからか霊感がちょっとだけある。霊を視るだけでなく場合によっては霊や精霊と会話をする事もできる。一応もしそういうのが必要になれば思い出して欲しい」
知念は真剣に史の目を見てそう答えた。
「わかりました・・」
史も知念の目を見て真剣に頷く。そして
「知念さん、これは確証があるわけではないので伏せていたのですが。今日この村に入る前、石碑の近くで透視した時に子供の様な人の姿を視ました。寿々さんの事と関係あるかは分からないですが知念さんにも報告しておきます」
「・・子供?・・・わかった覚えておく。よし、じゃあ先に進もう」
知念がそう声を掛けると二人は警戒をしながら扉を開けた。
寿々は朦朧とする意識の中で色々な人物の声を聞いていた。
頭を強打してはいたが、脳震盪を起こして身動きが出来なかっただけで完全に意識が飛んでいない事だけが救いだった。
もしまた意識を失うような事があれば今度こそ本当に憑依されて帰って来られないのでなないか、という不安があったからだ。
しかしながらどうにも妙だ。
周りから聞こえてくるのは皆女性の声ばかりだ。
具体的に何を話しているのかは分からないがひそひそと寿々に聞こえるか聞こえないか程度の会話をしているのだけはわかった。
儀式がどうとか・・祭祀がどうとか・・・
寿々は数人の手によって担架のような布の上に乗せられた状態で運ばれていた。
グラグラと揺れるたびに殴られた後頭部がズキズキと痛む。
どれくらいそうしていたのかはわからない。
寿々は弱々しく
「・・・うぅ・・」
と声を漏らしたかと思うと体をどこか病院の様な簡易ベッドの上に下され、運んできた女たちがサッと避けるとすぐに医者のようなこれもまた女性が寿々の顔を覗き込んだ。
「・・・・・ふむ・・・・なるほど。これが手ごろだったと言うわけね」
女医はそう言うと寿々の目にライトを当て瞳孔をチェックした。
「う・・!」
寿々はその光が原因なのか後頭部の傷が酷く痛んだ。
すると女医は少し離れて何かを戸棚から取り出すと注射器で、その小瓶から何かしらの薬物を吸い上げ丁寧に空気を抜いてから再び寿々に近づいた。
「・・・・や・・めろ・・」
寿々は弱々しくそう呟く。
しかし女医はその言葉など聞く耳を持たず、寿々の腕をまくるとゴムバンドをしその注射針を簡単に血管に通したかと思うと寿々はそのまま意識を失ってしまった。
その後はまるで麻酔を掛けられたような幻覚に襲われていた。
天井がグルグルと回り何度も何度も縮んでは消え縮んでは消え。
次第に脈も速くなり息をするのも苦しくなってきた。
そしてその感覚に
『・・やばい・・このままだとまた鬼神が外に出ようときてしまうのでは・・』
そう思うと体はまるで極寒の地にでもいるかのように震えが止まらなかった。
しかし震えながらも全身がまるで高熱でも出した時の様な脱力感もある。
もはや寿々には今自分がどんな状況なのかさえ理解が出来なった。
ふと気づくと妙に心地のよい布団に横たわっているのが分かった。
先ほどまでの気分の悪さも今はもうない。
しかしまだ意識は朦朧としたままだ。
そして何故か隣に誰かがいるような気がして横を向いた。
眼鏡がないのでそれが一体誰なのかはわからない。
しかし何故かそこにいて欲しいとそう願ってしまい寿々はその人影を
『・・・史・・』
そう呼びかけそうになり急にハッとして飛び起きた。
「!!!」
飛び起きてすぐに後頭部の痛みに気づいた。
「いってぇ・・・」
しかしそれどころではない。ぼやけた視界で慌ててすぐに眼鏡を探す。
室内は明かりなど何もなかったが、障子から差す月明りのような明るさで薄っすらとだがそこが和室である事だけはわかった。
ほどなくして寝ていた敷布団の上に自分の眼鏡がある事に気づきようやくそれをかけ・・・・。
「・・・・・・・」
その状況に絶望した。
なんと目の前には見知らぬ女が横たわっている。
しかも何故なのかわからないが自分は今完全に全裸だ。
「は・・・・・・・???」
状況が全く理解できず寿々は本当に恐怖しかなかった。
目の前の女性はどうも眠っているだけのようだが、掛けられた布団を嫌々持ち上げてみたところやはりその女性も全裸のようだ。
「・・・嘘だろう」
寿々は苦い顔をしながらも部屋の中を見渡しとにかく何か着られるものがないかと慌てふためいた。
しかし残念ながら今いる和室には何もそのような物がない。
「・・・くそ」
仕方なく全裸のまま隣の襖を中腰で少しだけ開け隣の様子を確認する。
そっと覗き込むとそこには行灯で照らされた座敷間に5,60代の女性が3人正座をしてまるで門番のようにしてこちらを見ていた。
「!!??」
寿々はその恐ろしい顔に心臓が止まるかと思った。
『・・・な・・何なんだよここ・・・何だあの人達・・・ていうか何これ。俺はあの廃村からどこに連れて来られ気絶している間に何をされたんだ??』
寿々は恐ろしくて、しかも全裸なので酷く寒くて握りしめた手を顔に当てながら襖を背に震えあがっていると。
「・・・ようやく目が覚めたのね・・・」
と先ほどまで隣で眠っていた女が起き上がり全裸のまま寿々に近づいてきた。
その女は見たところ20代前半くらいで色白な肌ととても女性的な体の曲線が障子から差込まれる月夜の明かりに照らされ一見とても美しくは見えたが・・・。腰まである長く美しい黒髪と何よりもまるで妖怪の様に鋭い目つきと睨みつける表情がそこに存在していてもおかしくない欲情全てを相殺した。
寿々はとにかく怖かった。
今まで普通に女性と付き合ってきたし、当然付き合ってきた彼女とは普通に何度も体を重ねてはきたが・・。こうやってまるで強姦の様に女性に襲われそうになる事など生きてきた中で一度もなかったのでまさかこんなにも怖い事なのだと思いもしなかったのだ。
「・・あんた・・誰だよ・・・ていうか・・俺に何したんだ・・」
寿々は意を決して問いかけてみた。
すると女は酷く不満そうな顔をして
「何?・・・偉そうに話かけるんじゃないわよ。贄の分際で」
と言いながら襖を背に震える寿々に近づくとそのまま寿々の上に跨ろうとしてきたので寿々も思わず恐怖で畳を這いずる様に四つん這いで逃げ出そうとした。
しかしすぐにその女に髪の毛を鷲掴みにされ
「!!」
女は物凄い力で寿々を抑えつけるとそのまま寿々の上に跨り全身を無理矢理押し当てて耳元で
「男は皆贄なんだよ・・。贄は黙って全てを捧げないとでしょ?」
そう言うと女はそのまま寿々の首元を嚙みちぎる勢いで噛みついてきた。
「――――――!!」
遡る事6時間前
史と知念は防空壕らしき入口に入るとその先はトンネルになっており、警戒しながも急いでそこを抜けると出口付近には幸い誰もいなかったが、少し先の方で人影が見えたので二人はすぐに身を屈めトンネル出口の左脇の林の中を身を隠しながら進んだ。
そして大分離れたところで近くに誰もいない事を確かめた後
「・・・ここどこでしょうか」
と史は静かに鞄を下すと中からGPSを取り出し音を立てないように起動させた。
「トンネルの長さからだと山一つ越えたようには思えないけれど・・」
知念もそう言いながら今来た地形を目で確認しながらトンネルの上の方を眺めた。
そこは反対側の風景とは異なり、切り立った山肌が見えた。
その地形はまるでかつて地震や地滑りで地形がごっそり抜け落ちたようなそんな土地に見えた。
史も現在地を座標で確認する。
そしてそこが先ほどまでいた廃村のちょうど裏側にあたる場所に存在している事を突き止めた。
更に林の先に見える異様な光景に驚きを隠せなかった。
何故ならば林の先には明らかに人工的な壁が存在しており、その入り口付近に先程見えた男達が立ちはだかっていたからだ。
しかしながらまさか廃村の更に奥に不可思議な施設が存在するとは思ってもおらずとにかく驚きを隠せなかった。
「あそこにいる人達ですが、数名の年配の男に見えました。しかも制服を着ているので警備員か何かかと」
「そうだな・・・。迷ったふりして話しかけてみてもいいけど。捕まった後どうなるかもわからないからなぁ」
と知念は思い切った事を提案してきたが。
「やっぱり知念さんは一度戻って誰か救助を呼んできてもらってもいいですか?今の時間ならばまだ今夜中には誰かを連れて来れる可能性もありますし」
と史は知念に聞いてみたが
「・・・・・・・」
知念は黙って考え込んでしまった。
「・・・正直きみ一人であの中に入り込んで無事で済むのか・・」
そう言ってはみたものの、やはり寿々の救出を最優先するならばまずは救助を呼ぶのが第一だし、バイクに乗って行けるのは自分しかいない。
「わかった。とりあえず俺は急いで救助を呼びに戻る。だけど史君、くれぐれも無謀に突っ込んでいくような事だけはするなよ」
知念は真剣に史にそう話す。
「・・・わかりました」
史もその言葉をしっかりと受け止め返答した。




