第3話 廃村
「三枝さん!史君!」
そう言って廃村の入口にある石碑の方からライターの知念が歩いてきた。
「とりあえず、知念さんには今の事伏せておきましょう。状況に応じて話そうかと思います」
と史は寿々に耳打ちするように話した。
「ああ・・そうだな。話す必要があれば話すってことで」
寿々もその提案を受け入れ二人は知念の方へと歩き出した。
「お疲れ様でした。遠かったでしょう?俺はバイクで進んでしまったけれどあの道を歩いてここまで来るのはなかなか大変ですよね」
知念は相変わらずの爽やかな笑顔で寿々にそう語りかける。
「知念さんはもう村の方は一旦見て回ったんですか?」
と史は質問した。
「ああ、一応一冬越えているからね。前回来た時と比べてどれだけ変わっているか、またどれだけ危なそうか今ざっくりと見て来たところだよ」
知念はそう言いながら二人と合流した。
「三枝さんどうします?入る前に一旦休憩しておいた方がいいんじゃないですか?」
知念はそう寿々に提案したが
「確かに若干疲れてはいますが、まだ10時ですし。このまま村の取材を初めて昼にしっかり休憩を取ろうかと思います」
と寿々も仕事を先に済ませ、後ろは早めに戻れるようにした方が絶対にいいとそう思い知念に答えた。
「わかりました。じゃあ早速中へ行きましょうか?」
と言いながら知念は自分でも動画撮影用カメラとスタビライザーを準備して中を案内するように進み始めた。
村へ入ると早速寂れた元民家が数軒見えてきた。
とは言え、ネット怪談で言われていたような明治初期から昭和に廃村になった廃屋・・・といった雰囲気はない。
少なくても昭和中期までは誰か人が住んでいたの間違いない。古さもその程度の民家ばかりだ。
「寂れてはいますけれど、ネットに書かれていた雰囲気とはだいぶ異なりますね・・」
史は写真を撮りながらそう呟いた。
「そうだね。俺もここが廃村になったのは昭和中頃だと思っているんだ。そういう意味では実際の旧川崎村が1964年に合併して名前が変わった頃とはリンクしているかもね。もっともここは実際の川崎村ではないんだけど。でもここが廃村になったのも恐らくそのくらいだと俺は考えているよ」
民家の中は草がびっしりと枯草となっており、道を歩いてゆくと3軒目の家は雪の影響なのか家全体が大きく傾きあと一冬越えた時にはもう建ってはいないだろうな、という衰退っぷりだ。
「この廃村はそこまで広くはないんだけど。この先道が分岐して左は6棟、右に3棟の民家がある。とりあえず左の6棟に行ってそこの小屋に動物の鞣した皮なんかがあるから、それをちょっと見てもらいたいんだ」
そういいながら知念は先頭に立って道をグングンと進んでいった。
史はその知念の身軽さに付いて行けるが、どうも寿々は二人を追いかけるだけで必死だ。
少しだけ坂になっており、上るようにして道を進むと突き当りが分岐になっていた。
知念はそこを左へ進む。
すると間もなくして6棟の民家が見えてきた。
敷地が緩やかな山の斜面に沿って段になって高さ調整がされ、右に4軒、左に2軒、それから畑だったような場所も見られる。
その一角はまさに昭和にタイムスリップしたかのような雰囲気が残っていた。
「うわ・・ここだけ何だか綺麗ですね?建物は古いですが少し前まで人が住んでいたって言われても疑わないですよ」
と寿々もその通りを見て驚いた。
「俺も最初に来た時は三枝さんと同じように感じましたよ。何だかここの通りだけ異様ですよね」
知念はそう言いながら山裾に沿った民家を眺めながら更に上へと上ってゆく。
そして一番上に立つこの辺りでは特に立派な民家に辿り着くと知念はその敷地内に足を踏み入れた。
史はその民家を見るとその写真も撮り収めた。
「こっちです」
知念はそういいながら敷地奥にある作業倉庫のような小屋へと案内した。
木枠で作られ、かつてはガラスが入れらていただろう引き戸は今はもう全て割れ落ち破片が地面に散乱している。
知念は閉じられたその扉を少しガタつかせながら力を込めてスライドさせた。
ガシャ!ガシャ!!
引き戸を開けようとすると建物を覆うトタン材までもが共鳴して大きな音を立てた。
何度か揺らしながらようやく引き戸が開くと床を確認しながら知念はゆっくりと中へ入っていった。
「うわ・・本当だ・・」
寿々は知念に続き中に入ってその様子に驚いた。
小屋の中はそこまで広くはなかったが、半分が小上がりでもう半分が土間になっている。
土間の部分は崩れた木箱やらが散乱して足の踏み場がないのだが、小上がりになっている方は鹿や猪、ほかにも狐などの鞣した毛皮がそれなりの量積み上げられていた。
「獣臭いかと思いましたが、年数が経ちすぎているからなのかそこまで酷い感じはしないですね」
と史もその中の様子を隈なく見渡しながら驚きが隠せないようだ。
「・・・それにしても・・」
寿々はその鞣した皮を見ながら
「変ですね・・・普通これだけ獣の毛皮が積まていればドアの造り的にも他の獣が荒らしに来そうなものですけれど・・・」
とそのまま無造作に散らばった毛皮や捨て置かれた鞣しに使う道具を見てそう呟いた。
そして表の毛や裏の鞣した革の劣化状態を見ながら
「・・これ本当に昭和の時代に放棄されたものでしょうか・・・俺は専門家ではないですが。昔考古学を勉強していた程度の知識で言えば。この毛皮・・鞣されてから10数年くらいしか経っていないように見えます」
と知念に向けてそう話した。
「え、三枝さん考古学専門の方だったんですか?それはお見逸れしました・・。いやあ俺はそこまでの知識がないので見た限りでは分からなったですよ」
と知念は素直に驚いている様子だ。
「でも寿々さんが言う事が本当だとしたら、この村10年くらい前まではここに誰か住んでいたって事になりますよね?」
史はそう言いながら、その事実も含めこの村の実態がより謎が深まったとそう感じた。
「もう少し残留物とかを隈なく調べてみましょうか・・」
寿々はそう提案すると少しだけ物色するように小屋の中を探索し始めた。
史はその間室内の写真や鞣した皮の山を写真に収める。
寿々と知念は土間の方を気をつけながら少しずつ木箱の破片をどかし、何かないかと探ってみた。
室内に何かカレンダーでもあれば良かったのだがそういう物も見当たらず。
寿々は運よく新聞が埋もれてないかと思い、床辺りを可能な限り見てみたがやはりそれも見つからなかった。
「ダメそうですね・・・」
知念も流石に土間の奥の方は危険だと思い進むのを断念し、とりあえず3人はその小屋から外に出た。
知念はそのまま敷地内の民家前に戻ると、玄関に近づきそのまま玄関の扉を開けた。
「・・・・あれ?」
知念はその事にかなり驚いていた。
「どうしたんですか?」
史が知念に質問する。
「いや・・ここの家・・去年に来た時はこの玄関閉まっていたんだよ・・」
「え・・?ここって本当に廃村ですよね?まさかまだここに誰かが住んでいる可能性も?」
史は知念の表情から嫌な予感を感じ取っていた。
「俺も来るの2度目なので正直そう言われると自信ないな・・。ただ俺が調べた限りではここまでのアクセスルートが今日来た道だけだから・・・。まあもしかしたら他の廃墟探索の奴が見つけて鍵をこじ開けていったのかもしれない・・」
「どうしますか?ちょっと中覗いてみます?」
と史が言うと
「そうだな・・。とりあえず声を掛けてみるか」
と知念は玄関のドアから中に向かって声を掛けてみた。
「すいません!どなたかいらっしゃいますか?」
3人は声が返って来ないか注意深く耳を澄ませた。
知念は声が返って来ないのでもう一度中に向かって大きな声を掛ける。
「すいません!!」
「・・・・・・・・・・・・」
やはり返答はないようだ。
「とりあえず、中調べてみないとな・・・」
というと知念はそのままその家の中へと進んだ。
玄関を入ると真っすぐに土間が広がり
パッと見た限りではとても人が生活をしているようには見えない。
土間には古びたビールケースが2つ転がっており、その奥には戸棚から落ちたアルミ製のボウルや、やたらと数の多いボロボロの竹ざるが埃を被って地面に落ちている。
寿々と史も知念に続いて中へ入った。
「・・・・一見する限りでは誰かが住んでいるようには見えないですね・・」
と寿々は答える。
知念は真剣な表情でそのまま左隣の居間へと土足で上がりボロボロになった襖を開けた。
「・・・・・」
部屋の中は土間より酷かった。
雨漏りが大分酷いのか畳はほとんどが抜け落ち普通に先に進めそうにない。
知念は仕方ないので庭側の木製の戸が閉められた通路へと向かい、ポケットからLEDライトを取り出すと今にも抜け落ちそうな足元に気をつけながら前へ進んだ。
寿々は知念が明けた襖の奥を見てすぐに鈍臭い自分には無理そうだな・・と断念し、そこに留まる事を決めた。
しかし史は知念に続き上に上がると同じように通路を慎重に進む。
通路の一番奥まで来た知念はボロボロの障子を開け座敷を廊下から観察してみたが、やはりこちらも同様に畳が抜け落ち奥へ行くのは容易ではなさそうだ。
「どうですか知念さん?」
後ろから着いてきた史が知念に声を掛ける。
「う~ん・・・行ってみてもいいんだけど。ここから見るだけでもあまりあの奥に有益な情報が落ちているようには見えないんだよな・・」
そういいながら知念は座敷の更に奥の部屋にライトを当てながら史に見せた。史は明かりが当たった部屋も写真に収めた。
その部屋も床が朽ちて抜け落ち歩けなさそうだ。何より奥は屋根が落ちているのか天井から板がぶら下がり近づくのも危険に見えた。
土間で奥の二人を見守っていた寿々は一体何があるのか気にはなったもののやはりその場で二人が戻ってくるのを待っていると。
ふと玄関の外で何かが横切ったような気がしてすぐにそちらを向いた。
「!?」
寿々は慌てて外に飛び出し、今目の端で見た右の敷地入口から左の動物の毛皮があった小屋方面に走っていったように見えた何かを確認しようと辺りをキョロキョロと見回す。
「・・・何だ今の・・」
そして寿々はふと先ほど史が言っていた『人間の子供のような姿』の話しを思い出し。
『いやいや・・・まさかこんな人が住んでいなさそうな場所に子供がいるわけないよな・・・』
と思い背筋がゾクッとした。
程なくして知念と史が外に出て来て、知念は玄関を元通りに締める。
「寿々さん?どうしました?」
史は寿々の隣に寄って来て何かを警戒しているその顔に気づき声を掛けた。
「・・見間違いかもしれないけれど・・今中にいたらこの辺りを何かが通ったような気がしたんだ・・」
寿々がそう言うので史も警戒しつつ左手を上げて再び辺り一帯を透視してみた。
「・・・・・・・・」
しかしやはり気のせいなのか、それとも自分の透視範囲が狭いせいなのか今のところは何も察知する事は出来ない。
史は寿々と目を合わせると小さく首を横に振った。
「二人共いいかい?」
玄関先に立つ知念に呼ばれて寿々と史はそちらに戻った。
「じゃあこの後はさっき通った分岐の道を右側に向かって残りの3棟を見に行くけれど。あっちは正直倒壊しかかった家しかないので、ちょっと早いけれどここんちの敷地内で昼飯食っておこうかと思う」
寿々は知念にそう言われて時計を確認するとすでに11時半になっていた。
「そうですね。確かに早めに昼食取ってそれから残りを調べた方がいいかもですね」
と寿々は同意し、史もそれに従った。
3人は民家の庭先にある適度な置石や座れそうな木箱、ビールケースなどを持ち寄り腰を掛けると各自持って来た昼ご飯を取り始めた。
寿々は朝コンビニで買った昆布のおにぎり一個とお茶を少しだけを飲むとあっという間に終了し、その後はスケジュール帳を出すとここまでの経路や町のマップなどを簡単にメモ書きし始めた。
「三枝さん、まさかおにぎり一個で終わりですか?」
と3個目の総菜パンをかぶりつきながら知念が信じられないとばかりに質問する。
「?、ええ。俺いつもこのくらいしか昼は食べないんですよ」
と寿々も何も疑問に感じる事なくスケジュール帳から目を向けそう答えた。
「・・・いつもはそうですけれど。昨日も何か腹減って機嫌悪かったじゃないですか・・。いい加減もう少し飯食うようになってもらいたいですけれどね」
と史は昨日の寿々の様子を思い出しながらちょっとうんざりした表情でそう付け加える。
「は?昨日は昨日。今日は特に腹も減ってないし大丈夫だって」
と寿々はいつもの様に史に屁理屈を言うと
「ふふ・・」
知念はその様子を見て笑いながら
「史君って18歳だよね?」
と聞いてきた。
「?そうですけれど・・」
「何かまるで三枝さんのお母さんみたいな言い方するね?」
と史の寿々への過保護っぷりをまるでお母さんと揶揄されて史も寿々も思わず口を開け、寿々と同時に
「「そう言うんじゃなく!」」
と同時に声を揃えて知念に抗議した。
「はははは!!仲良すぎでしょ!」
と知念はその息がぴったりの二人を微笑ましく思ったのか食べていたパンが喉を通らないようで苦しそうに爆笑していた。
「・・まあ仲はそこまで悪くはないと俺は思っていますが」
と少しだけ顔を赤くさせながら知念に答えると
「あは・・いやぁ。羨ましい限りだねえ」
とそう言いながら残りのパンを平らげると流し込むようにお茶をごくごくと飲み干した。
30分程度の休憩を終えると三人は荷物をまとめ再び立ち上がり
「あ、そうだ。一応この敷地のすぐ下に古い厠があるんで、多少臭いはするかもしれないけれど、用を足すならそこ使ったらいいと思いますよ?」
と知念は史にではなく寿々にそう声を掛けた。
史も流石に何故寿々にだけそんなまるで女性に対するような扱いをずっとしているのか不思議だったが。もしかしたら知念には寿々がそれと同等の存在に見えているんじゃないのか?と半ば確信的にそう思えてきた。
寿々もどうしようかと思ったが、確かに厠があるなら後の事を考えると使っておいた方がいいのかもと思い
「じゃあ、念のため俺ちょっと行っておきます。帰りの事も考えると先は長いですしね」
と言って一旦道へ出ると一つ下の敷地に入り、崩れかけた建物の更に奥を見ると知念が言っていた通り古びた厠があるのでとりあえず小用だけでも足しておこうと中へ入った。
史はあまり取材中に面倒臭いことを言いたくはなかったが、どうしても気になって
「知念さんって・・寿々さんが男だって勿論わかってますよね?」
とあえてずばりと聞いてみた。
知念は史のその言い方にびっくりして
「え?そうだったの?」
と真顔で答えるので
「は・・・?」
と史が何を言ってるんだ?とばかりに素直に怪訝な顔で答えると
「はは、冗談だよ!いくらなんでも分かるよそりゃ」
と史の反応も含め、男前の顔を崩しながら爆笑した。
「・・・・からかってんですか?」
と史は本気で嫌そうな顔をすると
「ごめんごめん。史君もなかなかいいキャラしてるよな!」
とまだ笑いが止まらないとばかりに涙を流しながら答える。
そして
「ああ~でも。三枝さんは何かほら。そうしてあげなきゃって思うでしょ?ね?」
と知念は何故か史に逆に質問してきた。
史もそのニュアンスは物凄く良く分かった。
「何て言うのかなぁ。俺が知る男同士の不躾な対応?そういうの彼嫌いそうだなぁって。まあ会ってすぐにそう感じたんだよね」
「それは、知念さんのお祖母さんがユタさんだっていう能力的なものと関係あるんですか?」
「まさか!こういうのは勘だろ?人間同士の勘。俺も32年生きてるし、色んな人と関わってきたからさ。まあそういうところから得た勘だよ」
史はなるほどと納得しかなかった。
と同時にやはりこういう年上の余裕のある同性を見ると必然的に自分への劣等感を感じざるを得ないもの事実だ。
「でも・・」
と知念は続ける。
「?」
「俺今まで一度も全くそっちの気は無かったけれど。ぶっちゃけ三枝さんは全然有りなんだよなぁ・・・」
「は?」
「いや、男なのは分かっているんだけど。全然有り。寧ろちょっと本気で好きになりかけてるくらい」
と知念は大真面目に史にそう答えた。
史は正直この時どうしてやろうかと本気でワナワナと右手を震わせていたが、それでも今ここで知念に食って掛かかるのは絶対に違うと脳内では理解しながらも本能的にはぶっ飛ばしてやりたいと本気でそう思っていた。
寿々は古びた厠で用を足すのもなかなか根性がいるな・・と思いながらもなんとか済ますと扉を開け外に出る。
そして・・・・
「・・・・・・・え」
外に出た途端にあまりの衝撃でその場に硬直した。
何故ならば厠を出てすぐ目の前に白い服に白い面を着けた6,7人の見知らぬが人物が鎌や鉈を手に持って待ち構えていたからだ。
まさか廃村に来たはずなのに今目の前にいるこの人物達は一体どこから湧いて出てきたのだろうか・・・。
それとも本当に人間か・・・?。
寿々はあまりの恐怖で一言も声を出せずにいると、いきなり後頭部を別の人物に強打されその場で卒倒してしまった。




