第2話 皮裂村
『皮裂村』取材2日目
朝7時。
寿々と史は準備を終えバス停でバスが来るのを待っていた。
前日史に軽装で歩きやすい格好と言われていたので寿々もちゃんと支度をしてきたつもりだったが。
隣でバスを待つ史を見ると明らかにガッツリとした山スタイルで。正直そこまで必要か?などとちょっとだけ侮った目で史を見ていた。
しかし寿々は自分の軽いダウンジャケットとジーンズ姿を見比べ
『・・これじゃあ俺の方はまるで遠足にでも行くみたいじゃないか』
と前回の館山での遭難を思えば史の万全の装備もあながち無駄ではないかもしれない、そう思い直し少しだけ反省した。
予定の時刻から10分以上遅れて来たバスに乗り込むと二人を乗せた路線バスははまっすぐ県道を進み、廃墟廃村ライターの知念と合流予定の場所へと向かう。
バスは山道をゆっくりと進み、途中川沿いに並ぶ集落をいくつも過ぎてようやく目的のバス停に到着する頃には8時近くになっていた。
史が前日に知念と連絡をとった話だと、知念は目的地から少し離れたキャンプ場に前乗りして宿泊していたらしい。
二人は山間の誰もいないバス停で降りると史が地図アプリを確認しながら更に県道沿いを15分程歩いた。
「合流場所は・・・おそらくこの辺りになってますね」
史は知念からもらったスポット情報を頼りに鬱蒼とした県道の路肩で辺りを見回す。
そこには本当に何もなく、知念が言っていた脇道らしきものも見当たらない。
車通りもほとんどなく、ただ3月の晴天が美しくまた山間の空高くから暢気にトビの鳴く声だけが響き渡っていた。
「えぇ・・本当にここが合流場所なのか?」
寿々もその何も見当たらない景色に疑問と不安が声に出る。
「間違いはないと思いますが・・・」
史はそう言うと山側の路肩の背の高い雑草を少しだけかき分ける様に進み何か無いかと散策を始めた。
そして20メートル程進んだ辺りで足元に枯れて折れた高い草木の合間に側溝の蓋が分岐しているのを発見した。
「・・・?」
史はその草をかき分けると山側に続く側溝を見つけ、それを追うようにそのまま背の低い木々が生い茂る草むらの中へとズンズンと進んで行ってしまった。
「おい史!!どこ行くんだよ!」
寿々は追いかけず県道の路肩に立ち止まったまま史を呼ぶ。
「・・・・これは」
史はその先10メートル程進んだところでようやくその道が元々舗装された道路だという事に気がついた。
今はもう舗装がボロボロに崩れ、その崩れた間から木や背の高い草木が生い茂っている状態だ。
「寿々さん!ここが多分脇道かと思います!」
と史は草木の奥からそう声を掛けた。
「・・・嘘だろう・・・こんな鬱蒼とした場所を進まないといけないのか・・?」
と寿々はのっけから絶望していると、県道のカーブ奥からバイクの音がしてそちらの方を向いた。
バイクは寿々の少し手前で停止し、メットを脱ぐと
「三枝さんおはようございます!」
と知念が挨拶をしてきた。
「あ、知念さん。おはようございます」
寿々も挨拶を交わすと、ゆっくりとそちらに近づく。
知念は愛車のトライアンフT120から下りると寿々を爽やかな笑顔で迎えた。
今日はいつもの革ジャンとデニム姿ではなく、やはりかなり防寒対策のされたライダー装備だ。
「よくわかりましたね?脇道がここだって」
と知念が言うと
「ああ、史が今・・」
と寿々は脇道の方を向いて指差す。
「おはようございます」
すると史が草木をかき分けて一旦県道へ戻ってきた。
「おはよう史君!よくわかったね」
と知念は史の方を見て感心するように答えた。
「ええ、側溝が奥の方へと向かっていたので多分そうじゃないかと」
そう答えると知念は足元を見て
「それにしても冬の間に雪でまた道が潰れたみたいだから・・・」
と言いながら脇道入口に横たわる折れて朽ちた枝や草の山をごっそり持ち上げるとそのまま雑木林の方へと投げた。
「あ、ちょっと待っててくださいね、今バイク通れるくらいの道を開けるんで」
と寿々と史に言い、知念は慣れた手つきで草木を分けながらどんどん道を開いて進んだ。
「あ、手伝いますよ!」
そう言って寿々も知念の横に進み出来る限りの草木を鷲掴みにしては同じように奥へと投げる。
「すいません!手伝ってもらっちゃって」
と知念も嬉しそうに答えた。
勿論史も同じように加わり、男3人で草木をかき分けると10分くらでようやく奥へと続く脇道が人一人分通れるくらいにはなった。
「二人ともありがとうございます」
そう言うと知念はバイクを転がしてその脇道に入れ、少しだけ進むともう一度そこで止まった。
「じゃちょっとこの先の事をもう一度説明しますが。この先大体3キロくらい進むと前にも話した廃ドライブインが見えてきます。ドライブインの写真は前に史君に送ってあるので見ればわかるかと。そしたらそこを右に曲がってください。あとは本当に車一台が通れるかわからないくらいの細い無舗装の道が続きます。片面が崖になっているのでそこからは充分気をつけて進んでください。もしかしたらまだ雪もあるかもしれません。道は基本一本道なので迷う事はありませんが、もしロストした場合は無理せずに救助を呼んでください。距離としてはだいたい5,6キロくらいかと思います。すると道の脇に高さ1メートルくらいの石碑が両側に立っていると思いますのでその奥が謎の廃村になります」
知念は寿々と史に丁寧に説明した。
史には前に一度説明しているので、特に寿々に向かって話しているようだ。
「最後に。廃村に入る3キロ手前くらから電波が届かなくなります。その奥に進むと通信は出来ないので注意してください。もし万が一何かがあったらドライブインと廃村の中間地点くらいまで戻るようお願いします。その辺りだとギリ通信可能かと思うので」
知念の説明を寿々は真剣に頷きながら聞いていた。
「俺はこの奥の道が本当に通れるか先に進みながら確認します。もし無理そうならばすぐに引き上げて来ますので。先に廃村の入口でバイク停めてますので目印にしてください。何か他に聞いておく事はありますか?」
と知念が二人に質問する。
「・・・俺は大丈夫です」
と史は問題ないと知念に返した。
すると寿々も史を見て
「俺も大丈夫です」
と合わせるように答えた。
「じゃあ、先に行きますんで本当に気をつけて来てくださいね」
と寿々に向かって言うと知念はメットを被りバイクのエンジンを掛けた。
そして振り返って手を挙げるとゆっくりと先に進んでいってしまった。
史は知念のことは本当に尊敬していたし、今回の打ち合わせも何の問題もなくスムーズに進みとても仕事がしやすく正直に格好いいし非の打ちどころのない存在だと思っていた。
しかしながら、どうも寿々への態度が気になる。
当然ちゃんと聞いたわけではないので知念がそういうタイプの人間なのかはわからない。
ただ単純に自分が寿々への感情が大きすぎる故に勘違いしているだけだとは思っていたのだが・・・。
『寿々さん・・結構ど天然の人たらしだからなぁ・・・。知念さんまさかとは思うけれどちょっと気をつけておこう・・』
と史は波風立てない程度に心の奥へ留めておいた。
「じゃあ、俺達もいきますか」
と史が声をかけると
「だな!」
と寿々もそれに答えた。
脇道は少し先に進むと意外にも荒れておらずその先はとりあえず何の問題もなくスムーズに進む事が出来た。
「それにしてもこの道って旧道とかになるのかな・・・何だか想像以上に昔はまともに使われていたイメージあるけれど」
「そうかもしれませんね。ドライブインがあったって事は昔は主要道路として使われていたと思いますし。・・・ところで寿々さん今日は体調大丈夫なんですか?」
と史に聞かれ寿々も思わずドキっとし
「え・・何が。全然大丈夫だけど」
とついつい焦ってごまかしてしまった。
「・・何がって・・昨日打ち合わせ前顔色悪かったし」
と史がまだ昨日の事を気にしているので、寿々は早々にこの話題を切り上げたかった。
「いや、俺だって腹痛いとかそういうのあるからな?」
と本当は腹痛ではなかったし、顔色が悪かったのはその後頭を冷やすために冷水を顔にこれでもかと浴びたからなのだが・・・。
「腹痛・・え?今日は本当に大丈夫なんですか?」
と更に突っ込みを入れる様に質問をされ
「だから大丈夫だって!!」
とややムキになって返すが
「いや・・この先トイレとかないだろうし。腹痛は死活問題ですよ真面目な話」
確かにこの先トイレなどあるわけもないので用を足すには仕方ないがその辺で済まさないといけなくなる。
寿々はそれを聞いてそれもそうだと思い、必然的に水分補給を控えようと心掛けた。
知念の話しだと約3キロとの事だったが、思った以上に早くそのドライブインは見えてきた。
「ここが知念さんの言っていた廃ドライブインですね・・」
そう言いながら史は知念が送ってきた画像と照らし合わせながら確認をする。
そして鞄を下すと中からカメラを取り出し念入りに建物と周囲を撮影した。
正直編集者がこうやって遠方まで出向いてライターの取材に同行するなんて事は昨今では珍しいのかもしれない。
基本どこの出版社でもこういう事はライターに任せて編集者は企画立案と社に籠って誌面を作る事で精一杯だ。
だがアガルタの編集者はどうも外に出たがる人間が多すぎる。
何と言っても現場が好きだし、自分でその場を目撃したいのだ。
寿々はどちらかと言えば前者のタイプだが、史は明らかに後者だ。
寿々は前々から思っていたが、やはり史は編集者よりもライターの方が向いているのかもと常々感じていた。勿論、本人は本も雑誌も作りたいしとにかく自分で企画したいという意思も強いので向き不向きで何かを伝えることはなかったのだが。
一通り撮影とメモ書きが終わると史は一式を鞄へ戻しドライブインの脇に続く道に目を向けた。
そこは本当に車一台がようやく通れそうな程細い山道がそのまま上の方へと続いているのが見えた。
そして道の土を見ると恐らく知念が通ったであろうバイクのタイヤ痕が残っている。
「知念さんが通ってますね・・・。とりあえず行きますか・・」
と史は寿々に向かってそう言うとその無舗装の道を慎重に登り始めた。
道は雪解けの影響なのかだいぶぬかるんでいる。
そして登りの傾斜があり下手すれば転んで怪我をしそうだ。
この時期は山の上の方から雪解け水が至る所から流れ、場所によってはそのまま崖崩れや最悪地滑りもあり得る。
史は山道に慣れているので問題はないが、寿々はどうだろうか・・・。
史は先に進みながらも少し進んでは後ろを振り返り心配そうに寿々を確認した。
寿々も自分なりにちゃんと山道でも大丈夫そうなトレッキングシューズを履いて来ていたが、それでも傾斜のあるぬかるんだ道に足が慣れず慎重に進みながらも何度も足が滑りヒヤッとするを繰り返した。
その内800mくらいその坂を過ぎるとようやく緩やかな道へと変化してゆき安心して先に進む事が出来るようになった。
「ふぅ・・なんとか難所を通り抜けたか?それにしてもここからまだあと5キロ近くは山道を歩かないとなのか・・」
寿々はポケットからスマホを取り出し時間と電波状況を確認した。
時刻は8時55分
電波状況はまだ問題なさそうだ。
「今回はちゃんとバッテリーも持ってきているから何かあればこの道を戻って連絡をすればいいんだよな」
と寿々は確認するように史に話しかける。
「ですね。俺もちゃんとしたGPSを持ってきているので、遭難などあっても一応場所だけは確認できます。勿論小型のソーラー充電式バッテリーもあるので館山と同じ轍は踏みませんよ」
と自信ありげに答えた。
9時を過ぎる頃には日も高くなり、美しい山道に木漏れ日が差した。
別にハイキングに来たわけでないないが、寿々はその心地よい日差しに思わず癒され。
『今まで山道を歩く機会なんてなかなかなかったけれど。こういうのも悪くないかもな』
と思わず心地の良い木々の香を胸いっぱいに吸い込んだ。
「寿々さんはこういうハイキングとかトレッキングとか。学生の頃なかったんですか?」
史は思わず気になって質問する。
「俺10歳から青森の祖母に家に行ってたからそっちではそういうのなかったんだけど。地元の群馬では5年生になると皆尾瀬に行くんだよ。帰ってきてから中学になった同級生には尾瀬は良かったって聞いていたけれど。まあ俺はそういう機会なかったな」
「尾瀬ですか。一度だけ行った事ありますが、いいですよね。また機会があれば行ってみたいです」
「え~いいなぁ。俺も今度行ってみようかな」
と何気なく呟くと
「じゃあ今年の秋にでも一緒に行きましょうよ。そして帰りに寿々さんちに行って真紀さんにも会いに行きます」
と史は上機嫌にそう答えた。
「いいなそれ。よし。俺もそれまでにもう少し脚力つけておかないとだな」
と寿々も何の疑問を感じる事なく自然とそう答えた。
そうこうしていると山道はどんどん辺りが険しくなってきた。
先ほどまで片側の崖下が川その奥が山の斜面で見晴らしが良かったのもあるが、次第に道は森の奥へと続き、木々も濃くなり鬱蒼としはじめ、辺りが少しずつだが暗くなってきたように思えた。
寿々は何だか急に不気味な雰囲気を感じ、特に心霊とかでもないのに徐々に不安が募り始める。
史もその様子を察し少しだけ警戒をするも、道を見ればずっと知念が走ったであろうタイヤ痕があるのでまず間違いなくこの先に廃村があるのだと確信だけはあった。
道の雰囲気が変わってから15分くらい歩いただろうか。
寿々と史はようやく知念のバイクが目の前に置かれているのを目にした。
「もしかして・・着いたのか?」
寿々は知念のバイクを確認すると共に、その先に高さ1メートル程の石碑が両脇にあるのを見て確信した。
「みたいですね・・・」
史も間違いないとばかりにそう答える。
そして再び鞄からカメラを取り出しその石碑の写真を撮り、更にスマホでも数枚写真を撮り収める。
寿々はその間辺り一帯を見渡す様に観察した。
特に変わったところは何もないのだが、先ほどよりはるかに何か嫌な雰囲気を感じていた。
まるで誰かに見られているような・・・・。
そう思い寿々は意を決して眼鏡をずらし裸眼でも辺りを見渡してみた。
寿々は裸眼の時だけ幽霊を視る事ができる。
正直幽霊など怖くて仕方ないのだが、それでも最近はその視える力をいい方に捉えられるよう気持ちをなんとかシフトさせているのだ。
視える事で何か起きる前に回避できるよう、そういう風に身を護る為にその力を使わないと意味がない。そう考える様になっていた。
勿論今はまだ朝という事もありそこまで怖くは無いだろう、という考えもあったからではあるが。
裸眼で見た森には特別これといった変化はなかった。
寿々は幽霊が視える時は幽霊だけがくっきりと視えるのだが、近眼なのでそれ以外は普通にボヤけて何も見えないのだ。
そして安堵すると寿々は眼鏡を掛け直し息を吐いた。
「・・・・はぁ・・緊張した」
しかしその瞬間。
ガサッ!!・・・・・・・・・
「!!!」
背後の方で何かが動いたような物音がしてそちらを振り返る。
だが振り返った先の茂みには特に何も変わった様子はない。
その先に猪やましてや冬眠明けの熊が潜んでいるとでも言うのだろうか。
はたまたその先にいるのは知念だろうか。
そう思い寿々は意を決し
「・・知念さんですか??」
と音がした茂みに向かって声を掛けた。
「どうしたんですか?」
写真を撮っていた史がそれに気づいて寿々の元へとやって来た。
「あ、いや・・。今あの辺りから物音が聞こえたからもしかして知念さんか、それとも獣がいるのかと・・」
寿々の言葉を聞いて史は少しだけ眉を潜め、ようやくテーピングがとれたばかりのヒビの入っていた左手を出すとまだ本調子ではないがそのまま意識を集中し透視をしてみた。
目を瞑ると辺り一面のヴィジョンが脳内にスッと入ってくる。
史は久しぶりに透視をしてみたが、何となく前よりもその精度が上がっているような気がした。
しかしやはりまだ手の負傷が堪えているのか思うように広範囲までは視えない。
・・・・しかし
「!?」
微かにだが透視の範囲から逃げる様にして生き物が視えた。
それは明らかに猪とかではない。
『・・・なんだ今の・・熊?いや・・まさか人か?』
そう思う頃には完全に範囲からその姿は消えてしまった。
「どうだ?何かわかったか?」
寿々が史にそう聞くと
「まだ本調子ではないので、とても狭い範囲しか視えないのですが。それでも今一瞬だけ2足歩行の生き物を視ました」
「2足歩行・・?」
それを聞いて寿々も驚いてふいに緊張しだした。
「熊・・・かもしれませんが。でも俺には人のように視えました」
「人??こんな山奥に?っていうかそれって知念さんとかじゃないのか?」
とそう質問したところで
「三枝さん!史君!」
と石碑の方から声が聞こえて振り返るとそこには知念が立っていた。
「・・・・・」
寿々はそれに驚き言葉を失っていると。
「知念さんじゃないですね・・・。一瞬でしたが、俺には生きている人間の子供・・そう視えましたよ」
と史は一気に警戒するような顔つきで寿々にそう話した。




