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オカルティック・アンダーワールド  作者: アキラカ
皮裂村怪奇譚【長編】

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第1話 邪念

3月の2週目水曜日



 その日月刊アガルタの編集者三枝(さえぐさ)寿々(すず)と編集見習いのアルバイト(はだ)(ふひと)はネット怪談で知られている『皮裂(かわさき)村』の取材の為岐阜県を訪れいていた。


 朝9時に品川から東海道新幹線に乗り名古屋駅まで行き、そこから東海道本線で岐阜駅まで出て。更に翌日の朝早くから取材現場に行けるよう今日中に岐阜市から美濃市駅まで乗り継ぎ、予約していたビジネスホテルに到着した頃にはすでに夕方近くになっていた。




「いやぁ・・遠すぎ・・」


 寿々はホテルに着くや否や既にぐったりとしてロビーの備え付けソファに腰を下した。

 今回は史が主体の取材という事もあり、寿々は基本見守り程度に付きそうつもりで全てのアポイントメントやスケジュール管理を一任させていた。

 勿論ホテルの受付なども自分でやらせる。

 今はまだ高校を卒業をしたばかりだから心もとない事も沢山あるだろうが、そのうち自分一人でも取材に行けるようにならないといけなくなるのだ。寿々も内心ハラハラしてもいたが、そこはちゃんと教育担当として見守るべきところは全て見守っていこうと決めていた。



「・・寿々さん、チェックイン出来たので部屋に行きましょう」


 そう言って史はフロントから寿々の元へ戻ると寿々の部屋のカードキーを渡した。


 二人はエレベーターに乗り上の階に移動しながら


「同じ部屋だったらもっと節約できたんですけどねぇ」


 などと史がボヤくものだから


「・・仕事だからな。こういうのは別の部屋が当たり前なんだぞ」


 と寿々も真面目に呆れながら返した。







 史は先月末から寿々が暮らすマンションの空部屋に引っ越しをし、ようやく2週間が経とうとしていた。


 最初はだいぶ興奮気味だった史も今週に入ると早くも落ち着いてきたのか、前みたいに何かあれば寿々を急に引き寄せ、手前勝手に抱きしめるなどという事も今のところなく。

 寿々も史のスキンシップがエスカレートしてゆく中、一時は自分の理性の方がこのままでは危ういのではないか?と思い悩んでもいたが、現在はその心配も少しだけ解消されつつあった。


 もっとも、史は今回の『皮裂村』の取材に向けて色々とやらなければならない課題が沢山あったのでそんな事を考える余裕もなかったというのが本音ではあるが。





 ホテルの部屋は隣だったが、荷物を置いてから明日の打ち合わせをする予定をたてるとお互いに別々の部屋へと入っていった。



 寿々は中へ入ると窓の外の風景を見て思わず・・


「うわ・・めちゃくちゃいい景色じゃん・・・」


 そこは道の駅に隣接するビジネスホテルだったが、窓の外には川が流れその向こうに見える山間にちょうど日が沈もうとしているところだ。

 ホテルもまだ出来てから日が浅いらしく室内もとても綺麗でベッドもダブルベッドを占領でき、寿々はそのふかふかなベッドに倒れ込むと長旅の疲れが出て来たのかそのままうとウトウトと眠くなってきた。


「・・・・あ~仕事だけど。外でこうやって一人でゆっくりするのもどれくらいぶりだろうか・・」


 寿々は史が引っ越してからというもの寝不足の日々が続いていた。


 正確に言えば寿々は少し前からだいぶ史の事を意識し始めている。

 特にどうこうと意識をしているわけでないが、やはり同じ家で暮らしていると色々と気になる事もあり、自宅だと言うのに勝手に気を遣いプライベートな事が2週間ほどできずに結果毎日妙な緊張感とストレスがあった。



 当然の事ながら28歳の寿々には理性と倫理観がある。

 いくら自分の事をずっと好いてくれているとは言えまだ18歳のしかも男に何かをしようとなど思うはずもなく、ましてやそれを想像するのもアウトだと自分に言い聞かせてきた。

 

・・・・・今の今までは。



 その時寿々はあまりに眠かったせいもあり、ふと


『・・・しかし。俺は真面目にどっちの方なんだろうか・・・ていうか史はどっちを想定しているのだろうか・・・』


 などと思わず考えてしまい・・・。


『・・・・・!!やめよう!それを考えるだけでもかなり危うい・・!』


 と自分で考え始めたにも関わらず、すぐにそれを消し去った。




 すると部屋の扉がノックされ


「寿々さん?打ち合わせ出来そうならお願いできますか?」

 と扉の外から史の声がして慌てて起き上がり


「あ、悪い。もう少ししたらそっちの部屋行くからちょっと待っててもらえるか?」


 とドアを開けずにそう答えた。


「わかりました」



 史の返事を聞いて隣の部屋へ戻って行く音を確認すると寿々は全身から冷や汗が流れ落ちた。

 そして何故か。


 何故か・・・具体的な妄想など何一つもしていないのにも関わらず。


「・・・・・・・・・・・嘘だ」


 寿々は自分が一体何に反応しているのか真面目に理解出来ず下半身を見て青ざめた。



「・・・違う、これは・・・疲れているだけだ・・・」



 そう小さく呟くと枕に顔を埋めとにかく自分の意思に反したソレを落ち着かせるためだけに集中した。







 部屋に戻った史は資料をまとめ寿々を待っていたのだが、20分してもやって来ないのでもしかしたら居眠りでもしているのではないかと思いもう一度呼びに行こうと立ち上がったところ、ようやく扉がノックされた。


「・・・悪い。遅れた」


 扉を開けるととんでもなく青白い顔の寿々が立っていて史も引くほどビックリした。


「え・・なんでそんなに急に体調悪そうなんですか・・」


「何も聞くな。顔色が悪いだけで体調は悪くない・・」


 と寿々も何故か妙な言い回しをするものだから史も必要以上に心配になり

 寿々を部屋に入れて扉を閉めると


「え・・顔触ってもいいですか?」


 と史に聞かれて


「ダメに決まってるだろ!!」

 と寿々は何故か反射的にブチ切れた。


「・・・・何でそんなに怒っているのか・・わらかないです・・」


 史は本当に寿々のその情緒が理解できず、しかも心配した上で許諾を求めてあらかじめ触れてもいいか同意を得ただけなのにまさか噛みつかれるように切れられ正直泣きそうだった。

 寿々もその顔を見てしまったと思い


「・・・ごめん。急に怒鳴って。今のは完全に俺が悪かった・・。てか史は何も悪くない。全部俺が悪い・・・。ふぅ・・・よし。とりあえず打ち合わせをするぞ・・・」


 そう言うとぎこちなく歩き、窓際の簡易ソファに腰をかけると寿々は史に悟られないよう賢者後の精神統一をする為に深呼吸をして自分のスケジュール帳とスマホをテーブルに広げた。


 史はまだビクビクと怯え、向かい合うようにベッドに腰を掛けると持ち合わせた資料を渡し、明日のスケジュールの確認をおずおずと始めた。


「・・・えっと・・。明日は朝6時半過ぎにはチェックアウトをし、そのまま7時台のバスに乗り・・知念さんが指定した国道の入口まで徒歩で向かいます。・・その後更に徒歩で例の廃村に向かい、距離から計算した限りでは遅くても10時には到着する予定なので・・・。その後は廃村内を可能な限りくまなく調べ写真を撮り。何か情報が掴めればそれを持って帰り改めて市や県への問い合わせをしたいと考えています・・・」


 と史はいまいち元気なく話し始めた。

 本当に何で急に寿々の機嫌が悪くなったのか全くわからずスケジュール確認どころではなかったのだ。

 自分が寿々を怒らせるような事でも何かしただろうか・・・とそれだけが頭の中をぐるぐるとしていた。


 一緒に暮らし始めてからというのもの前より寿々との接触が不可能になり、史としても正直フラストレーションがゼロではなかった。もしかしたらそういう自分の不満が自ずと出ていたのではないか・・・?

 更に今は朝から夜までずっと一緒だ。

 昼は編集部で毎日隣の席で一緒に仕事をし、通勤も一緒。家に帰ってからも一緒・・・。

 史自身はそれでも精神的には幸せだったが、もしかしたら寿々はそうでなかったのではないかったのかもしれない・・・。史は打ち合わせをしながらもそんな事を考え胸が痛んだ。



「・・何か確認事項はありますか?」


 と聞くと、寿々はスケジュール帳に色々と書き込みながら暫く沈黙した。


「・・・・・・」

 史はその沈黙すら何だか怖かった。


 寿々は一通りメモ書きを終え、スマホをつけ時間を確認する。


 時間は午後6時半になっている。


「・・・・・・もしかしたら」

 と寿々はそう言いだし

「?」


「俺は今・・・・・腹が減っているのかもしれない・・・」


 といきなりそんな事を言い出すものものだから史は拍子抜けして


「そ・・んな事でもしかして怒っていたんですか・・?」

 と信じられないとばかりに聞き返す。


「いや・・確かに疲れてもいる。でもやっぱり急に怒鳴るなんておかしいよな。・・・とりあえずスケジュール確認はオッケーだからどっか飯でも食いに行こうぜ」


 と寿々は自分のやらかしを恥じるように先ほどのまで青ざめていた顔が嘘の様に赤くさせると史にそう言いだした。


「・・・そりゃ寿々さん、いつも昼飯適当にしか食べないからそうもなりますよね・・」

 と史も安心したのと呆れたのと

 とにかく寿々の機嫌が何となく戻った安心感でようやくため息がつけた。




 二人はその後美濃市内へ出てご飯を食べようという事になり、準備が済むと二人でホテルを出て歩き始めた。



「俺来月から大学ですが。昼間弁当持っていこうかと思ってて。まだ本格的にはこれからですが、ちょっと真面目に料理覚えようかと思ってるんです」


 隣で歩く史が突然大真面目にそんな事を言うものだから寿々もびっくりしてしまった。


「弁当!!何てハードルの高い事を・・・俺の人生には弁当持参の発想すらなかった・・」


 寿々と史は共に料理スキルが下の下だ。

 特に寿々の方はかなりの偏食という事もあって食べられるものが相当限られている。

 また史も食への関心が薄い為、食べられない物は少ないのだがそれでも料理への関心は今までほぼ皆無だったのだ。


「まぁでも、俺は居候の身なので。真面目な話料理くらいはできた方がいいと思うんですよね。なので節約の為にも寿々さんの分も作るのでもう少し寿々さんが何食えるのか知らないとなんですよ」


「え・・・まさか俺の弁当を史が?」

 寿々はそんな事を微塵も想像もしていなかったので、嬉しくもあり恥ずかしくもあり。


 しかしよくよく考えてみても史は生活面の管理は正直寿々よりしっかりしていた。

 まだ高校卒業したばかりだというのに帳簿もつけているし、4月からは昼間大学にも通いながら可能な限りバイトで稼いだ金で生活をする。しかも親の扶養も特別な免除も無しにだ。そんな18歳もなかなかいないのではないだろうか。


「勿論ですよ!その方が色々と効率がいいと思うので。それでこの前さっそくなんですが真紀さんに連絡してみたんです」


 と急に寿々の母親、真紀の名前が出てきてその事にびっくりした。


「え?母さんとも連絡とってんの?いつの間に??」


「普通に群馬から帰る日の朝、真紀さんの方から連絡先聞かれたので。あ、勿論居候の話しもしてあります」


 と史から色々な情報が飛び出てきて寿々は一気に困惑した。


「ちょ、ちょちょっと待って?・・・母さんにも言ったって??まさかそれ颯太(そうた)にも情報行ってないよな?」


 寿々は一番面倒臭い超絶ブラコンの義弟(おとうと)颯太の部分をどうにか回避しないといけず、史に念を押す様に聞いた。


「大丈夫です。そこは流石に俺も分かるので。真紀さんには一応颯太さんが怒るかもしれないので内密にお願いしますって伝えてありますよ」


「よかったぁ・・・」


 寿々は本心から出た言葉だった。


「それにしても何で颯太さんはあんなにも寿々さんに執着するんですかね?いや、俺が言える立場じゃないんですが・・・」


 と史も正直不思議でならないと言った雰囲気だ。


「まあそれは置いておいて。それで真紀さんにも寿々さんが何なら食べられるのか少し聞いてみたんですが。肉魚と味の濃い、辛いもの、脂っこい物、甘すぎるものはダメなんですよね?」


「ん~・・・そうなんだよねぇ。本当自分でもどうにかしないとと思いながらこの歳になってしまった・・」


 と28歳だと言うのになんとまあ情けない発言だろうか。

 しかし史はそれを今更どうこうしようとは一切考えず


「野菜全般と豆腐と卵、麺類も普通に大丈夫ですよね?」


「ああ、蕎麦うどんは大好き。肉が入っていたら残すけど」


「あとは和洋中で言えば、和は大丈夫で中はダメで?洋食は?」


「肉がなければ大丈夫なのも多いぞ?サラダは洋野菜でも大丈夫だし、パンやパスタもピザも肉抜きならばほぼ問題ない。あとは・・基本肉は食べないけれど出汁は大丈夫なんだよなぁ。味が嫌いとかなわけでなく、動物性たんぱく質の繊維質なところが苦手っていうか。だから鶏だしやブイヨンも大丈夫」


「ピザとかパスタとか油分多そうですが大丈夫なんですか?」


「物によるけれど、オリーブオイルはそこまで体が拒否しないかな」


 史はスマホを開きながら


「美濃市内で行ける範囲の蕎麦屋はほとんど昼営業だけなのでもうやってなさそうなんですよね。なので寿々さん大丈夫なら夕飯イタリアンとかどうですか?」


「あ・・?え?今色々と話していてもしかして夕飯のリサーチも兼ねてたの?」

 と寿々が驚くと


「?そうですよ。効率的でしょ?」

 と、さも当然の様にそう言われて

 流石の寿々も18歳でその頭の切れようは凄いな・・・と感心を通り越して寧ろ尊敬しかなかった。



 通りの先に一軒のカフェ兼バルの様な佇まいのイタリアンレストランを見つけ二人はそこで夕飯を取る事にした。


 運がいいのかそのレストランには野菜を豊富につかったパスタやピザのメニューがあり、寿々も喜んで注文をする。

 史は嫌いなものは少ないのだがやはり特にこれといった好みがなく、しかも初めて来る店では必ず本日のおすすめ的なものを無難に頼みがちだ。


 料理が来るまでの間史は更に寿々に質問を続けた


「じゃあ、今のところ一番好きなの食べ物って何かあるんですか?」


「好き・・?そうだなぁ・・」


「ほら、前に上野で食べた茶碗蒸しと湯葉は結構気に入ってたじゃないですか?」


「ああ。あれは美味かった。蕎麦と茶碗蒸しは毎日でも食べられる。というか俺は逆に食べられるものが少ないので結果的に毎日同じものを食べる傾向があるな」


「美味い茶碗蒸しかぁ・・・難易度高いな」


 と史も腕組みをして悩んでしまった。


「そんなに頑張らんでもいいからな・・茶碗蒸しは好きだけど正直毎日出されても困る。食べられるけれど・・・・。もし可能ならば・・卵焼き?とか」


 寿々自身でもそんな事を言っておきながらちょっと厚かましいと感じはしていたものの


「卵焼き・・・。なるほどそれならば弁当にも入れられますね。じゃあ帰ったら挑戦してみます」


 と史も良い案をもらったとばかりに明るい顔になり寿々に笑顔で答えた。





 夕食を済ませ明日の為に早々にホテルに戻るとエレベーターに乗りながら


「あ、そうだ。寿々さん明日ですが、昼は勿論廃村でとる事になると思うので朝のうちに道の駅のコンビニで調達しておいてください。あと服装も歩くのでなるべく軽装、それでいて暖かいものでよろしくお願いします。館山の時じゃないけれど遭難も視野に入れてしっかりと装備してください」


 と史は大真面目に話した。


 勿論寿々もある程度想定はしていたがあの館山での事を考えると本当に身震いがした。


「わかってるって・・。あの遭難を思い出すと本当に生きた心地がしない。()()()の事も含め・・」


 などと言うものだからか史が寿々をじっと見つめている。


「いや、マジで今もなお仕事中だからな・・。本当、そんな目で俺を見るなよな」


 と寿々が史と目を合わせずに言うと


「はいはい、わかってますって。仕事中ですのでそんな邪な想像はしないですよ」


 エレベーターが止まると史はそう言って先に下りて廊下を歩いていく。

 寿々は思わず我に返り


『邪な・・・』


 と先ほどの自分を心底恥じた。


『盛大すぎるブーメラン・・・』


「・・?どうしましたか寿々さん??」


 とエレベーター内で冷や汗をかきながらまた顔を青ざめている寿々に気づき史が声を掛けた。


「・・・なんでもない!」


 寿々はそのまま史の目を合わせないようにして廊下を先に歩くと


「じゃあ、また明日・・・おやすみ・・」


 と自分の部屋へとそそくさと戻って行ってしまった。


「はい・・・おやすみなさい・・」

 史はその寿々の態度がやはり気にはなったもののその日は大人しく自室へと戻っていったのだった。




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