第2話 障り
ひろせ宅から帰ったその日の夜。
寿々はあの絵画の夢を見ていた・・・・。
寿々はひろせのマンションに一人で佇み、窓際の床の上にはあの赤く塗られた一枚の家族の肖像画が置かれている。
窓の外は異常に明るい青空。
そして窓の外からはどこからともなく聞こえてくる工事現場の金属音。
しかし部屋の中は異様に静まり返りその絵画だけが寿々をずっと睨みつけているように視線を送り続けていた。
寿々はその視線から逃れる事も出来ずただ一人体を震わせていた。
あまりに怖いからなのか、それとも体調が悪いのか。寿々はその場でよろけると床に膝をついた。
その間も絵画はずっと寿々を睨み続けている。
寿々は気づくと鼻から血を垂らしていた。
しかもその量はとても鼻血のレベルではない。
更に口からも血が漏れ出している。
ボタボタ・・。
そして急に嗚咽がしてそのまま口から大量の血を吐いた。
ドボっ・・。
『・・ヤバい・・・このままじゃ・・・またアイツが出てきてしまう・・・!』
寿々は顔を真っ青にして集められるわけもない床に流れた自分の血を急いでかき集めた。
「嫌だ・・・・止まれ!・・もうこれ以上外に出るな!!」
半狂乱になりながら床の血を集める。
しかしそれも空しく血は止まる事なく寿々の足元全体を赤く染めた。
すると絵画から微かに笑い声が聞こえた気がして寿々はゆっくりとそちらを見た。
目の前には絵画がなく。
あの絵に描かれた椅子。そしてそれに座る小さい頃の自分がいた。足元には絵画に描かれていたあの黒い靴を履いている。
「・・・・・何で。俺?」
「寿々・・・・君は本当に最低だね」
子供の寿々はそう訴え掛けてきた。
「・・・?」
「僕が誰かわかる?」
寿々は子供の自分が何を言っているのかは大体わかっていたが、しかし何となく違和感を感じていた。
「・・・お前は俺の消えた双子の兄だった存在だろう?・・・そして今は鬼神を宿している」
そう言うと子供の自分は椅子から飛び降りピカピカの黒い靴で寿々の血溜まりをぴちゃぴちゃとまるで水溜まりを跳ねる楽しそうに歩き出したかと思うと急に立ち止まり
「嘘つき!!」
と耳元で大声で叫んだ。
「!!」
寿々はその大きな声に驚き耳を塞ぐ。
そしてそのまま耳元で
「違うだろう。・・・その体は元々僕のものだ。本当はお前が母さんの腹の中で死んだ。・・・・お前はこの世に生まれてきていないんだよ。消えた存在なのに・・・いつまで僕の体に憑依し続けているの?いい加減僕の中から出て行ってよ・・・僕の体をかえしてよ。寿々?」
「!!!!」
寿々はがばっと布団から起き上がった。
「はぁ・・・はぁ・・はぁ・・」
心臓の音がずっと耳に響いている。
そして突然耳鳴りがしたかと思うと右耳の奥で何かが切れるような痛みを感じて急いで明かりをつけた。
そして耳を抑えると右手に血がべっとりとついている。
「・・・そんな」
寿々は急いで眼鏡を掛けて洗面所に行くと自分の右耳からかなりの出血があり、右の頬が真っ赤に染まっているではないか。
「どうして・・・・なんで急にこんなに出血するようになったんだ・・・」
昼間の鼻血はともかく耳からの出血に繋がるような要因に全く心当たりがない。
「これは・・まさかあの絵画の呪い・・?・・それともいよいよ鬼神が外に出たがっているからなのか・・・・・」
寿々はどちらにせよとても恐ろしくて、洗面所の壁にもたれかかると体をぎゅっと抱えそのままその場に座り込んでしまった。
翌日
寿々は結局不安でほとんど眠れないままその日は出勤した。
会社に到着したのは9時半過ぎ。
アガルタ編集部はすでに全員が稼働しており朝から皆世話しなく動き回っている。
「・・おはようございます」
いつもより元気のない挨拶に気づいたのは勿論隣の席に座る史だけだ。
「おはようございます?・・・ていうかどうしたんですか?」
「え?何が?」
「何がじゃなく、そんな寝不足みたいな顔をして・・」
「あぁ、そう。何か眠れなくて・・。あ、それより俺が来るまでに何か連絡とかあったか?」
寿々はそうごまかすように話を切り替えた。
史は勿論寿々が話を逸らしたのには気づいていたが、確かに伝えなければならない事があったので。
「・・・はい。さっき知念さんから連絡があって、来週の予定だった打ち合わせを出来れば今日の午後に変更できないかって聞かれました。一応俺の独断では決められないので改めて連絡するという事で一旦切りましたが」
「よし、じゃあ俺連絡するわ」
そう言うと寿々はスマホを取り出して昨日もらった知念の名刺に連絡を入れた。
「・・・あ、どうも。月刊アガルタの三枝です。・・・いえいえ、昨日は慌ただしくてすみませんでした・・・」
史は寿々の様子がどうもおかしいと思いながらもここで問い詰めるわけにもいかず一先ずは自分の仕事へと戻った。
午後3時
編集部に直接知念が訪ねてきた。
「こんにちは。ライターの知念です。すみません、三枝さんお願いします」
入口で通りかかった編集アシスタントの浅野にそう声をかける。
「三枝さーん!ライターの知念さんが来られました!」
と浅野はその場で手を挙げて寿々を呼んだ。
寿々は席から急いで駆け寄ると
「あ、どうもわざわざお越しいただきましてありがとうございます!どうぞこちらへ」
そう言うと打ち合わせブースへと案内する。
知念は恐らくバイクでここまで来たのだろう。見るからにそれ風な革ジャンとジーンズ、そしてバイクのメットと大きな革製の鞄を抱えてブースに入って来た。
「いやぁ、昨日は本当に遅れてすみませんでした。普段からこうやってバイクで移動をしていると時々本当に身動きが取れなくなるほどの渋滞に巻き込まれてしまったりするもんで」
そう言いながら寿々に案内されたブースの奥に荷物を置くと入口に近い方の椅子に腰を掛ける。
対面奥に史が座り、知念の向かいには寿々が腰を掛けた。
「昨日頂いた名刺にも書かれてましたが、知念さんって廃墟廃村の専門のライターさんなんですね。私そういう専門の方とお会いするの初めてなので。・・・普段はどういう形で取材されているんですか?」
と寿々が聞くと
「そうですねぇ。移動は基本バイクです。場所によっては寝泊まり出来る所もなかったりするのでバイクには基本いつでも野営出来るようにテントとか一式積んで全国を回っていますよ。最初はただ興味半分で廃墟を写真で撮ってたりしただけなんですが、そのうち廃墟や特に廃村の歴史にはまってしまいましてね。それで今のような仕事に落ち着いたってわけです」
知念はそう言うと寿々ににっこりと微笑んだ。
「へぇ~格好いいですねぇ!バイクで野営とか男としてはめちゃくちゃ憧れますよ!それでその探索中に例の『皮裂村』・・を見つけたんですか?」
「そうです。もともと東海地方はキャンプの聖地みたいなところがあって。岐阜もあの辺りを回るのは大好きなんですが。俺も結構何度も行ってた場所なんですけれどね。まさかあの道から更に奥に行ける横道が続いてるとは思っていなくて。たまたま行ってみたら謎の廃村に辿り着いたって感じですかね」
知念は骨格がしっかりとした少し昭和の匂いも感じる古風な顔つきを更に渋くさせ寿々にそう話した。
実際知念はイケメンというよりかは本当に男前という言葉がぴったりだ。
バイクで旅をし一人でキャンプまたは野営をしながら廃墟の写真を撮る。
そんな自由気ままなスタイルに憧れる男も少なくないだろう。
「あの、知念さん。俺も質問してもいいですか?」
と寿々の隣で機会を伺っていた史が声を掛ける。
「?確か、秦君だったよね?」
「はい。・・・その昨日お話を聞いた限りだと所謂ネット怪談で言われているような皮裂村とは少しイメージが違うような印象があるのですが。知念さんから見てその廃村はあの『皮裂村』の話しと何かリンクするような雰囲気ってあったのでしょうか?」
「そうだねぇ・・・。これはあくまでも俺の主観と推論なんだけど。ネット怪談でも言われていた旧川崎村って実際山奥でもなく平野の真ん中なんだよ。だから旧川崎村って部分はフェイクだと俺は思っている。ただ、あながちそうとも思えないのがあの話しに書かれていた潰れていたドライブインを右にってところだけど。それは実際その廃村に向かう途中にそれっぽいところを通るんだ。その先はちょっと違うんだけど。でもそこから更に奥に行くと確かに石碑っぽい石が二つあって、それを少し下ると俺が見た廃村があったんだ。だから謂れに近い廃村という事になると俺は思っている」
寿々もその話を聞いていて当然怖い気持ちもあるのだが、山道を超えて隠された場所を探すって部分に関しては本当に冒険心をくすぐられワクワクもしてもいた。
「なるほど。ではもう少し詳しい場所を確認してもいいですか?」
と史が質問すると
「ああ勿論!」
と知念はスマホを取り出して記録しておいた地図アプリのスポットを表示させると史と寿々の間に置いた。
「ちょっと分かりづらいかもしれないけれど。岐阜市から北上してこの県道を進むと・・・ちょうどこの辺りから更に奥に入る道があるんだ。今はもう使われていないから正直県道からは全くわからない。それでこの先に潰れたドライブインがあってずっとこう山奥に進むと、・・ここ。この地図上では何もないこの場所が俺が行った謎の廃村」
「すみませんが、このデータをこのアドレスまで飛ばしてもらってもいいですか?」
と言うと知念はすぐにそれに応じてくれた。
もらったデータから史は更にノートパソコンでアプリを開き上空写真で確認する。
「・・・・・不思議ですね。上空写真で見るとこの辺り本当に木ばかりでいくら拡大しても何も確認できないですね・・」
そう言って二人に画面を見せた。
知念も
「実はそうなんだよ・・。俺も何度か確認しているんだけど上空写真ではそんな村見当たらないんだよ・・。俺正直方向感覚だけは自信があるんだけどな」
確かにそういう活動をバイクだけでしていて今まで無事でいられるのだ。方向感覚は当然疑う必要もないだろう。
しかしそれを持ってしても謎は深まるばかりだ。
すると寿々は
「はは、もしかしてパラレル廃村だったりして・・」
などと言い出すものだから、知念も史も寿々をちょとだけ驚いた顔をして寿々を見返した。
「ははは、三枝さん面白い事言いますね!でも俺も今はもしかしたらそうなんじゃないかって思っていますよ!正直俺はそういうの信じない方なんですけど、でももしかしたら・・この謎の廃村に関しては無きにしも非ず。かもですね」
と知念は寿々に向けてとても柔和な笑顔で答えた。
史は一瞬その雰囲気に何かを感じてはいたが、ここでそれを言うのは違うと思い
「わかりました。ではとりあえずこの場所までの経路をもう一度計算して時間なども含めスケジュールを立てたいと思います。知念さん、すみませんがスケジュール調整でこの後も色々とお聞きする事があればその都度連絡しますね」
「わかった。それは全然大丈夫。こちこそよろしく頼むよ!」
と知念は史にも笑顔で答えた。
打ち合わせはスムーズに進み、その後知念は立ち上がると
「あ。ところで三枝さん?」
と荷物を持ちながら寿々へと話しかける。
「はい?」
「昨日あの後大丈夫でしたか?というか今日も体調はどうです?」
と聞かれて寿々もまさか知念に昨日の体調不良がバレていたのかと思うと少しだけ気まずくもあり。
「え?いえいえ、全然大丈夫ですよ?」
と寿々はごまかすように返すと
「・・・本当ですか?」
何故か必要以上に寿々を心配してくる。
「何でですか?」
と寿々が更に知念に聞くと
「・・・三枝さん。もしかしてひろせさんちにあったあの絵の障りに遭ってませんか?」
とずばり寿々の心配事を言い当てられた。
「障り?」
史もそれを聞いて寿々を見た。
「障り・・・。あ~・・障り。まぁ確かに今日あの絵画の夢を見ました」
と寿々がそう言うと
知念は
「はぁ・・やっぱり」
と何故か本気で落ち込んでいる。
「知念さんは何でそういうの分かるんですか?」
寿々も思わず正直に聞いてしまった。
「うーん・・・。三枝さんって霊感ありますよね?」
と知念は寿々の事をすでに分かっているように聞いてきた。
「自分ではあまり自覚はないのですが・・おそらく」
「俺、父方の出身が沖縄なんですが、祖母がユタなんですよ。それでその影響が俺にもちょっとだけあるみたいで、何となくわかるんです」
と知念はそう言った。
すると寿々も
「ユタ?そうなんですね!・・実は俺の祖母がイタコでして。多分俺にそういうのがあるとしたらそのせいかもしれません」
「イタコさん!それはまた珍しいですね!なるほどそれででしたか・・」
と言うと知念は一度持った荷物をもう一度机の上に戻すと寿々に近づき
「ちょっと失礼しますよ」
と言うと寿々の頭を両手で抑えた。
「??」
寿々はそれに戸惑いながらもなすがままにされ、史もちょっとだけ驚いている。
知念は目を瞑り少しだけ寿々の頭を数回撫でる様にして触ると、首の後ろ辺りに手を翳し。
「・・・多分、これは霊とかではなさそうですね・・。所謂精霊とか西洋で言えば悪魔・・の類かと。すいません。俺はお祓いはできないので視るだけですが。なるべく早めに専門の方に祓ってもらった方がいいかもしれません」
とだけ教えてくれた。
「悪魔・・・」
それを聞いて寿々はひろせが話していたあの絵画のエピソードを思い出した。
『やっぱり昨日と今朝の出血はあの絵画による呪いだったんだろうか・・・』
知念は寿々のその顔を見るとポケットからメモ帳を出し、スマホをひらくと何かを書き記した。
「余計なお世話かもしれませんが・・・。俺の信頼している祓魔師の方の連絡先です」
と言ってそのメモを寿々に渡してくれた。
「祓魔師といっても海外の方なのでいわゆるエクソシストってやつですね?もしどうしても困っているようでしたら是非俺の名前伝えて話してみてください。本当は俺のおばぁに直接会わせられれば何とかしてもらえるんですけど、いかんせん沖縄にいるので」
そう言うと再び荷物を持ち
「じゃあまた。今日はありがとうございました」
と知念は寿々に丁寧に頭を下げた。
「いえいえ。こちらこそ俺の心配までしてもらっちゃってすみませんでした」
寿々もそうお礼を言うと、知念はまた寿々に向かって何だか意味ありげな笑顔を返し編集部を出て行った。
史は何だかそのやりとりを見て妙なモヤモヤを覚えたが、それでも寿々の事の方が心配だし知念とも上手くやらないとなので今はそれを考えるのはやめておく事にした。
寿々と史は席に戻ると
「寿々さん、あの絵画の障りに遭っているって本当ですか?」
と史に聞かれたので
「ん~・・どうだろうなぁ。実際絵画が原因なのかは分からないけれど。確かにあの絵を見てからちょっと体調悪いんだよ。ただの思い込みだと信じたいけど」
「・・・・・」
史は心の中で自分の力で何とかその障りを祓ってあげられればとそう考えていた。
しかし未だに〝祓〟の発動条件がいまいちわからないのだ。
実際祓おうと意識するだけでは何も変化がない。
勿論祓う対象がないと意味もないのだろうが。
史は自分の右手を見て、そしてまだテーピングで固定されている左手を見た。
寿々は隣でその様子を見ると
「史、別に無理しなくていいんだからな・・。お前絶対に今何かできればとか考えているだろ?」
「そりゃあ思うに決まってるじゃないですか」
とちょっとだけ拗ねるように答える。
「とりあえずお前は今左手を怪我しているわけだしそれを治す事だけに集中しろよ?俺は知念さんにもらったあの連絡先に聞いてみようかと思う」
と寿々がそう言うと、史はちょっとだけ胸の奥がチクっと痛んだ。
「・・・でも。エクソシストとか真面目に怖いからできれば一緒に来てはもらいたいかな」
とそう言われて史は
「勿論行きますよ!というかエクソシストに会える機会なんてそうそうないですしね」
と色んな意味で同行したくて即答した。




