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オカルティック・アンダーワールド  作者: アキラカ
幽霊団地譚

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第5話 視える



 階段を降りて2階の廊下を左に曲がると205号室の前で佐藤が腕組みをして待ち構えていた。


 「二人ともさっさと入らんか!」


 だいぶ気が立っているようだが、佐藤は近所迷惑になる程の大声を出さないように気を付けて声を掛けているのがわかる。



 寿々(すず)は先ほどの黒い影に触れらたせいで異様に浮遊感がありまだ足元がフラフラしていたが、頭だけは妙にスッキリとしていてそのギャップで転んで怪我をしないようと気を付けて壁伝いに手を付きながら共有の廊下を進んだ。

 (ふひと)はその後ろを心配そうに追いかける。


 佐藤に誘われ玄関に入った寿々と史だったが、勝手に上がるのは躊躇われるので二人してその狭い玄関に突っ立ったまま、さてどうするか・・・とただその場に佇んだ。

 それを見かねた佐藤が。


「そんなところで突っ立っているんじゃない、早く中に来なさい!」


 と口調を荒げてひと掻きだけ大きく手招きをした。


 寿々と史は恐らく同じ意見を持っていただろう、二人して嫌そうに少しだけ顔を見合わせたが仕方なく寿々が率先して先に上がらせてもらうことにした。



 部屋の造りは先ほど見た103号室の当間(とうま)の部屋と同じになる。ただ佐藤の部屋はリフォームされており壁紙やフローリングがとても綺麗で、それこそここへ最後に引っ越して来たのが佐藤だと当間が話していた事から考えるとまだ入居して1年も経っていなのではないだろうか?

 それほど当間の部屋とは雰囲気が全く違っていた。


 キッチンに入ると更に驚いた。壁紙が白いおかげでとても明るい。

 それに佐藤の部屋は当間の部屋で見た和室の襖だったところが真新しい木製の襖になっており、さらにキッチン横の部屋は和室ではなくフローリングになっていた。

 そのフローリングの部屋の奥の壁一面に天井までの書棚が置かれ、その中には書物がびっしりと綺麗に整頓されていた。

 その書棚の前にこれまたこの団地に似つかわしくもない立派な書斎デスクが置かれ、窓際にはロッキングチェアまであるのだから寿々はとてもビックリしてしまった。


 史も佐藤の部屋の内部を見て驚いているようだ。

 佐藤はその荒い口調から想像も出来ないが、相当几帳面な性格なのが伺えた。


 佐藤はそんな二人を一旦放置し、キッチンで沸かしたお湯をティーポットへ入れゆっくりと時間をかけ紅茶を淹れている。

 そしてあれだけ怒っていたと言うのに、その紅茶を二人へと差し出したのだった。


「かけなさい」


 佐藤はゆっくりとそう言うと、キッチンに置かれた高そうな丸いダイニングテーブルの椅子へ座るように促した。

 そして自分で淹れた紅茶の香を嗅ぐと満足そうにゆっくりと一口飲み。


「それで。黒い影を見たのはお前達二人なのか?」


 と目を瞑ったまま問いかけた。


「いえ、私だけです」

 寿々はそう言って軽く挙手をした。


「どういう感じだった?」

「・・・4階の廊下へ足を踏み入れた瞬間、急に金縛りの様に体が動かなくなりました。・・・気が付くと背後からズル・・ズルとゆっくりと近づく音がしてきて、そして耳元で『ク・マ・ラ・ジ・テ・イ・ケ』と囁かれたのです。その後ソレは私の身体を通り抜け403号室の換気扇に一旦入り込んだかと思うと、更に数秒後廊下側の窓から勢い良く飛び出てきてそのまま401号室の換気扇へと再び入っていったんです・・・」

「・・・・・」



 佐藤はそれを聞いている間ずっと目を瞑って紅茶を啜っていた。

 そして聞き終わるとティーカップを下ろしテーブルへゆっくりと置いた。



「『くまからんじていぃけ』」

「!!?そうです。そう耳元で囁かれたんです!」

 寿々は驚いて少しだけ腰を浮かせ前のめりに佐藤に話した。


「佐藤さん何か知っているんですか?」

 史は佐藤の言動や行動に不信感を抱き少し険しい表情になっている。


「うちなーぐち。つまり沖縄弁で「ここから出ていけ」って言われたのかもしれんな」

「沖縄弁??何でですか?佐藤さんは何か知っていらっしゃるんですか?」


 史は更に問い詰める。

 寿々もあまりに佐藤が状況把握が早すぎて、怪しいとばかりに眉をひそめた。


「これは村田さんが前に言っていたんだが。昔ここのF棟で悲惨な一家心中があってな。どうやらその心中した家族の旦那さんが沖縄出身の方だったらしいんだ。実はワシも前に黒い影を見たとき同じ事を言われたんだよ。」

「なるほどそういう事でしたか・・・。」


 史は納得して少しだけ警戒心が解けたようだった。


「あの・・・佐藤さんはいつからこの団地に?」


 寿々はここまでの佐藤との対話から恐らく通報などはしないだろうと確信し、寧ろこれをチャンスだと取材を敢行し始めた。


「ワシはまだここへ来て1年にならんよ。今月で10ヵ月くらいかな」

「どうして()()だったんですか?」


 少しダイレクトすぎる質問かもと思ったが、佐藤はどうも裏から探ってもすぐにその魂胆がバレそうなタイプだと感じ敢えてそうはしなかった。


「・・・・」


 その直感は当たっていたようで、佐藤は少しだけ左の眉をピクリと動かした。


「昔は公務員をしていたのだが、退職後すぐに妻を亡くしてな。それまではもう少し郊外にある戸建てに住んでいたんだが、腰も悪くなってきて一人ではどうにも手がつけられなくなったのでその家を売却し、新しい場所を探していたところ間取りも丁度良かったし、見た目はボロだがワシも先がそこまで長くもないから丁度いいとここに決めたのさ」


「ではここがその・・所謂『幽霊団地』と言われているとは知らずに引っ越してきたという事ですか?」

「当たり前だろう!そんな事を知って引っ越して来る奴の気が知れん」


 当然の意見である。


 昨今心霊スポットやら事故物件やらとすき好んで探してまで住んでいる人達が急増していると風の噂で聞いているが、寿々も全くその心理には同調できなかった。


「佐藤さんはあの『黒い影』をいつ目撃したのですか?」


 寿々は佐藤の目を真剣に見つめ一番聞きたいその話題に切り込む。

 佐藤はもう一口飲もうとして口元まで持ってきていたティーカップを再びソーサーの上へと戻し、ゆっくりと腕を組むと思い出すように目を伏せた。


「ふむ・・・。ワシが()()を初めて見たのは実はここへ来てすぐだった。多くの住民は先日のお札騒動とほぼ同じ時期に初めて目撃したようだったが・・・」


「来たばかりというと10ヵ月前という事ですか?」

「そうだ」

「どこで目撃したんですが?」

「やっぱりここの廊下だよ。・・・あの日はちょうど引っ越しで出た段ボールなんかを整理して翌日の回収へ出す為に夜の10時頃にこの部屋を出たんだ。あの時はまだ1月だったからとても寒かったのを覚えている。すると外に出ると階段の方からズル・・ズル・・と何かを引きずる妙な音がして気になってそっちを見たんだ。その時は階段が死角になってしっかりとは見えなったんだが、そいつはゆっくりと上の階へと向かったので気になって追いかけたんだ」


 佐藤は再びゆっくりと目を開き遠くを見つめながら話を続けた。


「どうやらソレは3階の廊下を右に進んだようで、ワシは好奇心に負けてついついそれを追いかけてしまった。階段の壁から覗き込むように奥を見るとその黒い影は一番奥の301号室の前でパッとまるで霧の様に消えてしまったんだ。不思議に思ったワシはそのまま301号室の前まで来るとどうしてもその中が見てみたくなって部屋のドアノブを回した。3階は殆どの部屋に入居者がいないのはF棟の人間なら誰もが知っていたからな。・・・すると扉は施錠されておらず簡単に開いてしまったんだ。部屋の中は閑散としていたがカーテンの無い窓は公園の街灯で照らされて逆光で細部まで確認する事は出来なった。ワシはそれ以上何もしてはいけないと我に返り、再び部屋の扉を閉め自室へと戻ろうと振り返った。その時、黒い影の様なモヤが廊下を塞ぐようにワシのすぐ目の前に立っていた。その異形の姿にワシはすっかり腰を抜かしてしまったが影は容赦なくワシに覆いかぶさりそして耳元で『くまからんじていけぇ!』と囁くと次の瞬間にはまた霧散するように消えていってしまったんだ」



 寿々は佐藤の体験談を聞いて大体自分と似たような経験をしていると感じた。

 確信はないが恐らく佐藤が見たものと寿々が遭遇したものは同じ《《存在》》なのではないかとそう思ったのだ。

 そうなるとその他の住民が見た影もきっと同一の存在という事にもなる。しかしながら問題はアレが本当に〖幽霊〗なのか?はまだ確たる証拠は何もなかった。



「佐藤さんは沖縄弁に詳しいんですか?」



 考え込む寿々の隣で史は佐藤に質問をする。

 佐藤は首を横に振りながら。



「全然分からん。だがあの言葉を知り合いの沖縄出身の奴に聞いたらあまり使わない言い方らしいが『ここから出ていけ』という意味になると言うことだけはわかった」



 暫く考え込んでいた寿々だがふと一番の疑問点に気づいた。



「・・・なぜ黒い影は住民を脅かしてまでこの団地から追いやろうとしているのでしょうか?」


 

「そんな事ワシにわかるわけがないだろう。・・・だがその話を他の住民に話したら突然村田さんがワシの部屋を訪ねて来てな「その話はあまりしない方がいい。それは昔あった一家心中の家の幽霊だから騒ぎ立てるとまた酷い事になる」とわざわざ忠告しに来たんだ。そしてその一家心中があったのがさっきワシが扉を開いてしまったあの301号室だったと言うわけだ」


「また酷い事になる・・・・という事は以前もあったという事ですよね。うーん・・・それがいつ頃の事を話しているのか分かればもう少し、こう・・・」


 一人まるで探偵の様に考え込むその姿に、佐藤だけでなく史にまで不思議そうに見つめらられ、寿々は冷静になろうと咳払いを一つした。



「確かにそのへんを詳しく知っているのはもう村田さんくらいだろうけれど。村田さんはいかんせん調子が悪くてな。だからあんた達ももうこれ以上ここに関わるのはやめて欲しいんだ」


「そうですよね・・・・・本当にご迷惑おかけしてすみませんでした」



 寿々は佐藤に向かって深々と頭を下げる。

 しかしそこで史がその寿々の謝罪を遮るように重ねて質問をしてきた。


「佐藤さん?今詳しく知っているのは村田さんくらいだとおっしゃっていましたが、当間さんは詳しくは知らないという事ですか?」

「ん?そうだろうね。あの人もここへ引っ越してきたのは10年程前だと聞いているし。一家心中があったのが15年くらい前だとF棟で一番長く住んでいる村田さんが言っていたから。当間さんは噂程度には知っているかもしれんが、当時の事を聞ける人物は誰もいないかもしれんな。強いて言うならあとは自治会の誰かなら・・・と言ったところだが。ワシからはもうこれ以上何も引き出せんよ」



 話が終わると丁度タイミング良く書斎の振り子時計が20時を知らせる鐘を鳴らした。

 いつの間にかこんな時間になっている事に気づき寿々と史は佐藤に礼を言うと部屋を後にしようと立ち上がった。

 佐藤はそこで念を押す様に。


「もうこれでここF棟での取材は終わりにしてくれよな。確かにワシはあんた達マスコミが好きではないが、昔働いていた部署の一つが広報課だったから取材や編集の大変さは少しくらいは理解できる。特にそっちの小さい方のアンタ」


 と佐藤は寿々を指差した。


「?私ですか?」


 突然指名されたので寿々はとても驚いた。


「ああアンタだ。この前まで来ていた失礼な編集者(ヤツ)と違ってアンタは冷静で礼儀も正しく、話も丁寧でこうやって久しぶりに誰かと茶を飲んで話す相手としては寧ろ楽しかったよ。アンタ本当にオカルト雑誌の編集者かい?勿体ないねぇ。アンタなら文芸とかの編集者の方がピッタリだと思うけれどね」


「はは・・・そうですか?ありがとうございます」


 寿々は心の中で『本当にね・・』と佐藤の意見に激しく同意をした。


「そうそう、前に来た奴の名刺はムカついてすぐに捨ててしまったんだけど。念のためアンタの名刺をもらっておいていいかい?」


 そう言われてすっかり名刺を出すのを忘れていた寿々は急いで鞄から取り出すと佐藤にそれを渡した。


「・・・三枝(さえぐさ)さんか。まぁ()()()大変だと思うけれど色々と頑張ってな」

「・・・・・」


『子守』と言われ、さっき当間に『子分』と言われた寿々と同じように、今度は史が明らかに機嫌を損ねていた。




 205号室を後にした二人は2階の廊下へ出ると史は再び内ポケットからメモ帳を取り出しサラサラとメモを書きを始めた。

 寿々はチラッとだけ見えたその内容に正直に感心した。それはメモ書きとは思えない綺麗な書体で完結に内容がまとめられている。



 考えてみれば史は確かに不思議な高校生だった。



 まだ出会って2日だというのに知っている普通の高校生像からこんなにもかけ離れた高校生が世の中にはいるんだなぁ、と寿々はぼんやりとそう考えていた。



『話している事が時々理解できないのはやっぱり今時の10代なんだろうけど・・・』


 ジロジロと見ていたわけではないが、寿々のその視線に気づいているのかいないのか。

 史はメモを書き終えると再度学ランの内ポケットへとそれをしまい、バックパックを担ぎなおした。 

 


「ところで寿々さん」

「?」



 そして振り返りながら史は寿々をマジマジと見つめ。



「寿々さんは本当に幽霊を信じていないんですか?」



 史は笑う事もなく真剣な目つきで、何なら少し怒っているようにも見える真面目な表情で寿々に問いかけてきた。



「何言ってんだよ??当たり前だろ?そんなもの本当にあったら怖いだろう。って言うか最初からそう言っているし、俺の何処に幽霊を信じていそうな素振りがあるって言うんだよ・・・」

「いえ、素振りとかではないのですが。黒い影をその目で見てそしてそれを幽霊ではないと思っている根拠が知りたくて。ただ信じたくないだけが理由じゃないですよね?」

「根拠・・・・」



 確かに考えてみれば根拠など何一つもなかった。

 あの黒い影が幽霊だと言われれば確かにそうなのだ。

 幽霊の定義はともかく、実際に異形の影に襲われたのだから。

 しかし寿々は胸の内に潜むとても嫌な()()があってそれを無理やりこじ開けるのだけは避けたかったのだ。だから根拠はないが信じたくなかったのかもしれない。



「根拠なんてどうでもいいだろう。とにかく嫌なものは嫌なんだ。この話はこれで終わり!それと今日はこれで引き上げて後日レイアウトを含めた打ち合わせをして、記事の詳細を確認するからな」


 寿々は無理やり会話を終わらせると一人スタスタと階段へと向かった。



「・・・強引に自覚させようとしても無理か・・・」


 ボソッと寿々には聞こえない程の小声で呟いた。

 史も吹っ掛けただけで、寿々がすんなり幽霊を認めるとは正直思ってはいなかった。

 しかしながら史の中では恐らく寿々は視えるのに信じようとしていないだけではないか、と更にその内に潜めた潜在的能力をひしひしと感じていたのだ。


 すると史は廊下を進む寿々の背中に向けて自分の左手を掲げ。

 ゆっくりと目を閉じたのだった。



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