第1話 相補関係
2月3週目
火曜日
この日アガルタ編集部では先週の企画会議で出された企画を更に書き直しての二次企画会議が行われていた。
寿々は先週プレゼンした7つの企画の内最上と吉原に評価された3つの企画を再考し、もう一度最初からアガルタの読者層を意識した企画書を作成し、プレゼンを行っていた。
「・・3つ目は前回のテーマから少し視点を変えてみたのですが・・」
そう言いながらモニターに出されたのは『ホツマツタヱが偽書と言われる理由とは!?記紀との決定的な違い』
「一部熱狂的なファンを持つヲシテ文献の一つホツマツタヱですが、最近はそれを解説した動画の再生数が軒並み上がっているようです。ホツマツタヱには古代日本の神話から文化や社会制度までが詳細に書き記されていることから真偽はともかく書物として愛読指示している人が急増しています。そこで40章全てを解説するのは難しいので、一番人気のある記紀との相違をいくつかピックアップしてどう違いが読み取れるのかを、民俗学者・幸田聡先生にわかりやすく解説してもらう記事を作ってみたいと考えています」
寿々は最新の情報と自分の興味が持てる範囲で上手い事折衷でき、かつ肩肘張らずに楽しく作れそうという事を意識した記事を提案した。
今まではとりあえず好き嫌い関係なく既存の記事になぞらえて数打ちゃ当たるとうい場当たり的な企画書を作っていたのだが、それだとどうにもプレゼンに自信が持てなかった。
ならばとりあえずオカルトや超常現象にこだわらず自分が作れそうな範囲で知りたい見たいと追求できる内容をとにかく提案していこうと、ようやくそう思えるようになったのだ。
「俺は賛成かな」
一番最初にそう言ってくれたのは後藤だった。
「確かに最近、古書だけに限らず縄文文化だとか古代日本にインスパイアされているSNSの投稿や動画を見かけることが多くなっている。絶対に需要はあると思うし、何よりも三枝がようやく自分でやりたそうな企画を出したんだから俺はやってもらいたいと思うよ」
と付け加えてくれた。
寿々はその後藤の後押しに素直に感謝した。
後藤は最初から寿々が大和にいた事を踏まえて日本の古典学をベースにした企画を考えたらいいのではないか、と提案してくれていたのでそういう意味でも理解のある先輩であった。
「皆はどうかな?」
と最上が聞くと
なんと全員が挙手して賛成をしてくれた。
寿々は今まで出してきた企画の草案のほとんどが史のものばかりだったので、ある意味初めて自分自身で出した企画が通った事になる。
その喜びはひとしおだ。
そして寿々が座ると次は史のプレゼンだ。
前回出した『富士山麓に潜む因習村の謎・樹海村とは』という内容のプレゼンをしたのだが、総評としては因習村ネタはいいけれど、樹海村は既に存在しないという実地調査の結果が出ているのと、単純に樹海に死を求めて訪れる人々のネタをアガルタ読者がそこまで求めているかは疑問、という2点でもう一度練り直しを求められていたのだった。
そこで史が出したのは『皮裂村と呼ばれた廃村』とういうタイトルでプレゼンをし始めたので寿々は思わず
『またなんでそんな恐ろしいネタを・・』
と一人だけ顔が青ざめていた。
「かつてネット怪談でも有名になった岐阜県にある旧川崎村、通称『皮裂村』ですが。ここ最近の廃村・怪村ブームでこのお話が再燃しているとライターのひろせさんから伺いました。皮裂村のお話はこの資料の通りですが・・・。つまりは心霊スポットとして訪れたらそこに人の皮を剥ぐ老婆がいた、といったニュアンスのお話になります。ひろせさんはかつてこの村を探しに知り合いのライターや怪談師たちと現地取材をした事があるそうです。当時はネット怪談の情報だけしかなくこの手のほぼ創作であろう物語の内容通りでは当然辿り着けなかったとの事でした。ですが数ヶ月前に当時一緒行ったライターの一人がそれらしき廃村を見つけたとのことで。それでひろせさんがよければそのライターを紹介するから取材してみないか?というお話を頂きました。このネタはどこの媒体でもまだ取り上げられていないのでもし本当に村が見つかればかなり反響があるかと思います」
史は堂々とそう企画を提案すると
吉原が
「いいねぇそのネタ!そんな話があるなんてラッキーじゃないか!」
と目を輝かせて話す。
続けて篠田が
「確かに皮裂村の話って、ネット怪談としてはちょっとインパクトが少なくて人気は控えめなんだけど。重要なのはその川崎村がかつて本当に岐阜県にあった村だってところだよね。そういう微妙に現実味があるネタはアガルタの読者が喜びそうな感じがするよ!」
と篠田らしい視点での意見が上がった。
最上も
「僕もなかなか面白い話だと思う。取材の方向性や予定なんかをもう少し詳しく練ってみないと完全にオーケーとは言えないんだけど。皆はどうかな?」
そう言うとほぼ全員が挙手する中、寿々だけが顔を青ざめて手を挙げられずにいた。
それを見た最上は困ったような顔をして
「やっぱり三枝君的にはダメそうかい?」
と聞かれ
「・・・・・・・・」
寿々は本当に心からその取材に行くのが嫌ではあったが、数秒考えてから仕方なくゆっくりと挙手に加わった。
会議が終わり寿々と史が席に戻ると
「・・・寿々さんそんなに嫌ならば別に挙手しなくても良かったじゃないですか・・・」
と史は拗ねているのかやや投げやりな意見を言う。
「確かに嫌だ。俺も行く事を考えると嫌に決まっている。・・・だけど企画自体はやっぱり面白そうだとは思うから挙手しないわけにはいかないだろう?」
と本当に苦しい決断だったと言わんばかりにそうはっきりと答えた。
「でも本当にそこまで嫌なら俺も他の人に同行頼みますよ。無理して一緒に行ってもそういう感じだと正直取材の妨げになります」
史も寿々にそうはっきりと反論する。
そこまで言われて寿々も椅子に座りながら腕組をして悩んでしまった。
『確かに人の皮を剥ぐ村だなんて絶対に行きたくない。誰かに代わってもらえるなら本当にそうしたいところだ。大体俺は心霊やオカルトがどう考えても苦手だ。ここ数ヶ月色んな事があったけれどそれでもこれっぽっちも慣れない』
「・・わかった」
寿々はそう言うと立ち上がり
「ちょっと編集長に相談してくる」
と言ってスタスタと歩いて行ってしまった。
「は・・?まじで・・」
確かに史もはっきりと意見を言ったが、まさか本当にここまで拒否されるとは思ってもいなかったので素直にショックだった。
『・・・寿々さんそんなに俺と取材行くが嫌なのか?いや、俺とと言うより心霊や怪談に付き合うのが嫌なのか・・・。でも俺はそっちの記事を作りたいし・・。そりゃあ寿々さんがそいういうの嫌いなのは最初から分かっていた事だけど・・』
史もそこまで考えてやはりどちらかが折れないといけない、とすればやっぱり自分の方に決まっていると思い、立ち上がると寿々の後を追って最上の元に向かった。
「そうだねぇ。三枝君が心霊やオカルトネタを扱うのが苦手なのは十分よくわかっている。ただこれは史君がどうこうって話じゃなくアガルタでは皆がどのネタでも仕事ができないと困るのはわかるよね?確かに皆、得手不得手があるから得意な分野をやっている傾向の方が目立って見えるけれど実際は中嶋くんだって怪談ネタをやるし篠田君だって神話やそれこそUFOネタを扱っているよ?キミ達はたまたま通った企画のほとんどが心霊ネタに関する事が多いってだけだから」
という最上の意見が正論なのは寿々もよくわかっていた。
「それは十分わかります・・。でももし皮裂村の企画で本当に取材となれば俺は寧ろ足手まといになるかと思います。仕事の妨害になれば同行するライターさんにも迷惑が掛かるでしょうし、正直適任とは思えないんです」
そこまで言ったところで後ろから史がやって来て。
「編集長、話している所すみません」
「史?」
寿々も振り向いて少し驚いた顔をしている。
「なんだい史君。三枝君の話しの事についてかい?」
と最上が聞くと
「・・はい。やっぱりさっきの企画、無しでお願いします」
とはっきりと申告した。
「は?何で?だってやりたい企画なんだろう?せっかく出来そうだって言うのに」
と寿々が驚いていると
「いえ。やっぱりどう考えても教育担当を差し置いて教えてもらう立場がわがままで企画通すなんてありえないかと」
「はぁ??いいじゃん別にやりたいんだろう?その為だったら別に俺じゃなくて他の人が一緒取材に行ってくれるならその方がいいだろう?」
「そんなの絶対にありえなくないですか?どう考えても理に適ってないかと」
と寿々と史が最上の前で揉めていると
「ちょっと二人共いいかい??」
「!」
「?」
最上がいつもより大きな声で制止したので二人ならず編集部全員が静まり返ってしまった。
見れば最上はいつもよりニコニコとしている。
しかし最上のニコニコはどっちの意味なのかさっぱりわからないのだ。
寿々も史もそのニコニコ顔に困り、目を見合わせた。
「まずは史君からね」
そう言って最上は史を見た。
「史君は自分で企画を出してそれを通したんだ。だからそんなに簡単にやめるとか言うのは絶対に無し!わかるね?自分の行動にはちゃんと責任を取ること。アルバイトだからなんだとか関係ないよ」
「・・・・・・」
と厳しめな口調で史を叱った。
「次に三枝君」
そう言って今度は寿々の方を見る。
「・・はい」
「君が教育担当として史君に教えるのは編集者としての仕事だよ。さっきも言ったようにアレが嫌これが嫌で仕事を分けていては正直まだまだ未熟すぎると感じざるを得ない。これからは僕ももう少し君に厳しくしていかないといけないかもね」
と寿々にもかなりきつめに叱った。
そしてさらに
「でもね足手まといに云々に関して言えば、別にそれでもいいんじゃなかって思うよ?キミ達は最初からお互い欠けている部分があるから僕は丁度いいと思っているんだ。三枝君が苦手な部分を史君が補って、史君が苦手な部分を三枝君が支えて。確かに二人共最近は少しずつ成長して欠けている部分が減ってきているのかもしれない。でもだからこそ慢心せずにもう一度自分のやるべき事に立ち返ってもらいたいんだ」
最上の意見はもっともだった。
その話を聞いて二人はその場で深く反省し項垂れた。
「ちょっと厳しく言いすぎちゃったかな?まあそんなに落ち込まずに。史君はもうすぐ卒業だし、ようやくちゃんとした取材に行ける事をもっと喜ぶべきだよ。そして三枝君は自分の担当している史君がここまで成長していることをもっと素直に誇るべきでしょ?ね?」
と最上はずっとニコニコとしていた。
席に戻ってからの二人はようやく自分達のやりたい企画が通ったと言うのにまるでお通夜のように落ち込みどんよりとしていた。
それを見ていた丸と篠田はお互い顔を見合わせた。
「おいおい三枝も史もいい加減落ち込んでないで元気出しなって!」
と丸が激励する
「そうですよ、編集長が叱るとか寧ろレアイベントですからね?」
しかし篠田の希少性への優位主張は全く二人には届かなかった。
「いや・・・本当もう自分が愚かすぎて・・」
と寿々が言うと
「元はと言えば俺が寿々さんにあんな事言わなければ・・・」
と史も後悔をしていた。
「だーもう馬鹿っだねぇあんた達は!!いいからもうさっさと校正終わらせな!来週まで間に合わないでしょ!シャキッとせんかい!」
と丸がブチギレたので仕方なく二人は仕事に戻った。
暫くして忙しなく史の元へやってきたのは中嶋だ。
「史君!!さっき川口先生から連絡ありましたよ?木曜日ケセランパサラン見にきてもいいって!」
その言葉を聞くと史はさっきまでの落ち込みが嘘の様に明るくなり
「マジですか??やった!」
と歓喜した。
そして隣の寿々を見ると、寿々もその言葉に目を輝かせ
「え?じゃあ川口先生と会えるんですか??」
と中嶋に聞くと
「勿論ですよ!それと驚かないでくださいよ?」
と中嶋は続ける。
「?」「?」
「実は、増殖したケセランパサランを僕たちに分けてあげるからちゃんと桐箱もってくるようにって言われたんです!」
「⁉︎え・・ケセランパサランを貰えるんですか??」
史は思わず驚いて立ち上がった。
すると
「ええ!ずるい!!」
とそれを聞いていた丸も立ち上り
「中嶋!私もケセランパサラン欲しい!!」
と大声で参加表明をした。
木曜日
午後2時
この日は午前中からずっと晴天で絶好のドライブ日和だった。
午前中やれるだけの仕事をしてから寿々と史と丸、そして中嶋はレンタカーでミニバンを借りて千葉にある川口磐太郎の事務所へと向かっている。
運転は中嶋が担当していた。
中嶋は普段からUFOやUMAの研究、探索の為色んな場所に移動する事が多く、またこの4人の中で唯一まともに運転ができる存在でもあった。
この後は磐太郎の事務所に寄ってケセランパサランを分けてもらい、そのまま磐太郎を乗せ夜の館山まで行きUFOサミットに参加。渋谷に戻ってくるのは午前0時の予定となっている。
「中嶋、アタシちょっと仮眠するけど運転任せていい?」
丸が運転席のすぐ後ろでアイマスクを準備しそう聞くと
「全然オーケーですよ!今のうちに休んでおいてください!」
と中嶋は頼もしく答えた。
丸は欠伸をしながらミニバンの最後尾をチラッと見る。
寿々はコートをかけて史の方に頭を倒して眠り、その隣で史も腕組をしながら寿々の肩にもたれ掛かるようにして同じく眠っている姿を見て
「あらあら・・仲がよろしいこと」
と笑いながら丸もアイマスクを下ろし眠りについた。




