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オカルティック・アンダーワールド  作者: アキラカ
白狐怪奇譚➁【短編】

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第1話 迦音

 1月末

 土曜日




 その日、史の父(はだ)総司(そうじ)はいつもの様に神奈川県逗子市にある実家に戻り翌週行われる追儺(ついな)祭の準備をしていた。



 総司の実家の白菱(しろびし)稲荷神社は1300年の歴史を有する。

 御祭神に宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ、配祀神に大宮能売大神おおみやのめのおおかみ大己貴大神おおあなむちのみことのおおかみをお祀りし、明るい雰囲気と美しい境内、授与所の対応もとても高評価で地元の人々だけでなく地方からの参拝も多い霊験あらたかな由緒ある神社だ。



 宮司を務める総司は週末のみの務めになるので基本神社の経営に関しては姉の公子(きみこ)と権宮司を務める夫の真之(さねゆき)で切り盛りしている。そしてその二人を厳しい目で見張っているのが母の吉乃(よしの)だ。

 父彦三(ひこぞう)は15年前に他界しており、その後妻の吉乃が秦家の全てを取り仕切っていた。


 家系的には吉乃が秦家の本家筋で彦三が婿となっている。

 次期跡取りも公子の息子汐音なので、秦家は女系筋という事になる。



 そして総司は今回このタイミングでどうしても母吉乃と姉公子に言わなければならない事があったのだ。




「どうぞ。お入りなさい」


 そう言われて本宅の広間に総司は招かれた。


「・・・失礼します」

 静かにそして丁寧な作法で障子を引き中へと入った。


「・・・・総司さん。どうしましたか。私に用事とは」


 吉乃は総司を見ずに茶を点てる為茶釜の湯をひしゃくで掬いながらそう質問をした。


 隣には公子も座り話しを聞いている。


「・・・・史のことですが」


 総司はそう言って母を見た。


 吉乃はその名を聞いて湯を掬う手を止めるとそのままひしゃくを釜の上へ置いた。


「総司さん。あなたはまだその名前を私の前でおっしゃるんですか?」

 吉乃はとても厳しい目をして総司を睨みつける。


 しかし総司は今ではもうそれくらで怯むような事はない。


「はい。何度でも言います。私は貴方達に史の事はもう一切手を出さないで欲しいとあれだけお願いした筈です。その代わりに汐音(しおん)が後を継ぐまで私が仮の宮司を務めるというお約束でした。しかしここ最近になって私の研究室に汐音が訪ねて来て私と史に脅しをかけに来ました。これはとても看過できるような事ではありません」


 そう言って総司も吉乃を睨み返す。



「・・・・・そうでしたか」

 そう言うと吉乃はゆっくりと立ち上がり、傍にいた公子の前に歩みより急に公子の顔を力一杯に叩いた。


 バチンという音と共に座っていた公子の顔が吹き飛ぶくらい歪んだ。


「・・・・公子さん。何かおっしゃりたいことはありますか?」

 吉乃がそう聞くと

「・・・・いえ、何もありません」

 と公子は吉乃に土下座をする。


 総司はその光景を表情一つ変えずに見ている。


 吉乃は

「たとえどんな理由があっても、一度交わした約束を破ることは許されません。ましてやあなたの()()()()()はいつになったら秦家にふさわしい人間になれるというのですか?迦音(かなん)は長男なのにその責務から逃れ、汐音はいつまで経っても成長をしない。公子さん、すべて貴方の不出来な教育のせいですよ」

 と土下座したままの公子を叱責した。


「・・申し訳ございません」

 畳みに手をついたままの公子の両手がわなわなと震えていた。



「顔をおあげなさい」

 そう公子に言うと吉乃は総司にそろりと近づき


 奥間から居間へ歩み寄るとその場にすっと座った。


「総司さん。これでよろしいかしら」



 総司はその光景を見ても一切何も感じないが、当然これで良いわけがなかった。


「いいえ。これでは意味がありません。迦音も汐音ももう年齢だけで言えば子供ではありません。もし今後私の自宅の結界内に踏み入れたりましてや史に近づこうということがあれば・・・」


 総司は眼鏡の下で目の色が急激に金色に光らせると、カタカタと音を立て部屋全体がまるで総司の怒りに呼応しているかのように小刻みに揺れ出した。


「私は二人をただでは済ましませんよ。場合によっては怪我程度では済まないともお考え下さい。もうこれ以上あなた方の好き勝手にはさせませんので」



 吉乃はその総司の言葉を聞いて目が吊り上がりながらにっこりと笑った。


「・・・・ほほほ・・・。流石ですね。その力、久しぶりに見ましたが。前よりもずっと強くなってらっしゃる。・・・ええ。わかりました。私としてはそれで構いません。これも秦家の宿命。力なき者、愚かしき者。どちらも不要です。・・・ただし。もし公子さんの血が途絶えれば必然的に貴方の息子がこの家を継がなければならない事もお忘れなきよう」


「・・・・・」


 吉乃そう言うと再びすくっと立ち上がり、奥間に戻ろうとしたところですっと止まり


「もっとも・・あの狐崩れの野良犬が再びこの家に上がる時は二度と私に歯向かえない程徹底的に縛り上げてやりますからね・・・総司さん。これは貴方が犯した罪ですよ?」


 と振り返るその姿はまるで化け狐の姿そのものだった。







 2月2週目

 金曜日




 史はその日の午後3時に群馬から渋谷に戻りその足で編集部に向かうと溜まっていた原稿を一通り仕上げそのまま印刷所に入稿をした。

 更に前日行った群馬の占い師小松の記事も粗方まとめあげた。



 時計を確認すると既に午後9時を過ぎている。


 史はこのまま、またこの編集部で寝泊まりしてでも仕事に没頭し続けようか本気で悩んでいた。

 企画書の練り直しもしないとだし更に現代妖怪の記事もある。

 仕事は想像以上に山積していた。



 しかしどれだけ仕事に集中していても史の頭の中は今日帰る時に電車の中で調べた『神送り』のことでいっぱいだった。



 誰もいなくなり無音になったアガルタ編集部で史はずっと心の中で自問自答し続けていた。



『本当にその覚悟があるのか・・・自分にその力があるのか・・・』と



 史は寿々の机をぼんやりと見つめ


「・・真紀さんのご飯美味しかったな・・・」

 とぼそりと呟いた。

 そして左手を見つめると雪の中で繋いだ寿々の手を思い出し。

 そのまま握りしめた。



 すると何かを心に決めたように立ち上がり編集部を後にし帰宅する事を決めた。





 自転車を走らせ家の途中まで来た時、史は道真ん中に見覚えのある存在が立ちはだかっているのを目撃し、急いでブレーキを掛ける。


「!!?」



 そこにいたのは先日中嶋から送られてきた『リアル八尺様』と呼ばれていたあの背の高い女だった。


『・・・・嘘だろ・・あの女まさか・・・』


 その背の高い女は目の前の史の顔を見ると



「史~、やぁっと会えたわね・・・・」

 と恍惚とした顔で見つめてきた。


 その顔を見た途端に史は全身に鳥肌がたった。


「か・・・迦音(かなん)!!」


 そして間を置かずすぐさま自転車の方向を変えると来た道を全速力で逃げ出した。

 と同時に迦音も10㎝のヒールを履いたまま史を全力で走って追いかけ始める。


「!?」


 史は運動神経に自信があるし、こっちは自転車だというのに迦音の走るスピードがあまりにも早すぎて本気で命の危機を感じた。


『ふざけるなよ・・あんなの八尺様どころの話じゃないぞ・・!!』


 史は大通り手前まで戻るとそのまま車道を左に急カーブして一目散にペダルを漕いだ。


 再び後ろを見ると大通りに出た辺りの歩道で迦音は立ち止まりその場で史を睨みつけているのが見えた。

 史もその顔に本能的に『ヤバい!!』と感じた。


 100mくらい離れた場所から迦音を見ると手元に見覚えのあるものが握られているのが見えた。


「!!」


 それはかつて迦音に散々苛められたあの自分の髪の毛で作られた人形だ。

 しかしそれに気が付いた時には既に遅かった。



 迦音はその人形を史に見せつけながら右手でグッとっと握り締める。すると史の体もその場から何かに握り締められるように動けなくなり、次に迦音はそのまま人形を歩道の方へグイっと引き寄せる様に動かした。


 次の瞬間自転車に乗った史の体がフワっと浮いたかと思うと、まるで人形にでもなったかのように歩道に飛ばされそのまま叩きつけられた。

 ドサッ!!・・・・・。


「・・・・・・くっそ」


 史は右の額を打ち付けられ顔に鮮血が流れた。


 前を見ると迦音が人形をぐっと握りしめたまま史に近づいてきている。

 体は一向に動かない。


『・・・情けない・・さっきまで寿々さんを助ける為ならばどんな覚悟でも・・・なんて思っていたのに。いざ本物の化け物が出てくればこんなにも何もできないなんて』



「史・・・何故いつも私から逃げるの?」

 迦音は人形を更にギュッと握りしめる。


「う・・・・!」


 史は腕の骨とあばらが接触してそのままどちらも折られるくらい全身がミシミシと音をたて、肺を膨らませて呼吸をする事もできない。


「私、いつもあなたを助けようとしているのに・・。史が逃げるからいけないのよ」


「・・・・い・・きが」



 史は酸欠でどんどん頭の中が真っ白になっていき次第に意識が遠くなってゆくのを感じた。



 するとまた薄れゆく視界で何かがチカチカとパチパチと弾ける様な光が見え、と同時に断片的に日向吾の記憶が蘇ってきた。




 そこには自分の首にしがみついて泣きじゃくり必死に訴える子供の頃の寿々がそこにいた。


 〖・・・お願いだから・・おいていかないで・・・一人にしないで・・〗




 史の頭の中でその声が聞こえた瞬間、右の手の平が大きく開き銀色に光ったと思うと周りの空気に亀裂が走り一気に周囲に弾け飛ぶように波動が拡がった。



 パシィンッ・・・・・・・!!!


「・・・・!!?」


 その衝撃は迦音にも伝わった。

 何故ならばそれまで人形に注いでいた呪力が急に空気中に弾き飛ばされて霧散してしまったかのように力が入らなくなってしまったからだ。


「どういうこと・・?急に力が入らなく・・」


 見ると目の前の史は地面に這いつくばって苦しそうに呼吸をしている。

 そしてそのままふらふらと立ち上がると顔をあげ迦音を見上げた。



『!!・・・・目が・・・銀色に輝いて・・いる・・・・』


 迦音は史の目が暗い歩道の上でただ静かに、そして全く邪気を感じないくらい神々しく光っているように見えた。

 それは今まで見てきた秦家の怨念の目が本当に下等な存在に思えるほどの美しさだった。



「はぁ・・・はぁ・・・」



 史は息を整えるだけで必死だ。



『・・今。何が起きたんだ?・・・寿々さんに一人にしないで、と言われた瞬間に何か今まで感じた事のない力が自分の中で目覚めた・・そんな気がした』


 実際に体が自由になり史は迦音に掛けられていた呪術が完全に解けている。


 迦音は必死に何度も人形を前に突き出し

「なんで・・・なんで力が入らないの??」

 と抵抗をしていた。


 史はその姿を見てヨロヨロと迦音に近づくと無言のまま迦音の持っている人形をパシっと奪い取った。


「呪力がなければお前なんか特に怖がる必要もないな・・・迦音」


 そう言った途端に迦音は顔を歪ませると、睨み返しながら両手を組むと急に史の頭の上からダブルスレッジハンマーを下してきた。


「!!!」


 史はあやうくあと数ミリでぶつかるところで何とかその攻撃をかわす。


「・・・返してよ!!それは私のなんだから!!」


 呪力が無くなったとはいえ、迦音は元は大男だ。

 体は女性の様に細くても元々の筋力が違う。

 本気で喧嘩でもすれば体力に自信のある史でも今はもう敵わないかもしれない。


 だが史は生まれてから18年、ずっと蔑まされ馬鹿にされ、自分の思うように何でも面白おかしく扱えると勘違いしていたこの目の前の愚かな従兄弟に対する恐怖が今は嘘の様に消えていたのだった。


 そして同時に未だに秦家のあの祖母と伯母に怯えながら自分を偽って生きているこの男に心底同情した。



「・・・・・迦音。もうやめにしよう。お前を恨んだり蔑んだりすればお前に呪力(えさ)与えることになる・・。俺ははっきり言ってお前も汐音も秦家の人間全員と縁を切りたい。もう恨んだり恨まれたりそんな生き方しなくてもいいってわかったんだよ」


「うるさい・・うるさい!うるさい!!!」


 それでも迦音は興奮して呼吸も荒く、再び史の頭めがけて大きな蹴りを入れてきた。


 その足はとてつもなく長く、史も咄嗟に避けたがつま先の15㎝くらいが防いだ左手首に盛大にヒットした。


「!!??」


 と同時にゴキという鈍い音とともに全身に落雷が落ちたような衝撃が走る。


「・・・・うぅぅ」


 その激痛に顔が歪んだ。

 完全に骨にヒビが入った。そう直感でわかった。


 史は持っていた人形を落とし、苦痛に顔を歪ませながら手首を力いっぱい抱えて抑えた。


「ひひひひ・・・ほら。もっと恨みなさい。私を恨んで恨んでそして力を・・・呪力を共に高めるのよ??」


 と迦音がそう言った次の瞬間


「ぎゃんっ!!!!!!」


 という奇声を発し迦音は歩道のアスファルトの上にぺしゃんこになる様に押しつぶされた。


「・・・な・・?」




 良く見ると自宅に続く道の角から一人の男が現れた。


「・・・・父さん?」


 史は腫れて痛む手首を抑えながら今目の前で迦音をアスファルトの上にとんでもない力でプレスしているのが自分の父親、総司だという事に気づき同時に驚いていた。


 総司はゆっくりとゆっくりと迦音が苦しむその姿を眺める様にして近づく。


「・・・・・お・・叔父様・・・」


 迦音は苦しみから顔が歪み、プレスされた力で呼吸も出来ず苦しそうに涙を流している。


「迦音・・・君はちゃんとお母さんから話しを聞いていなかったんだね?」


「・・・・な・・ん・・のこ・・と」


「僕はこの前君のお母さんにちゃんと、これ以上史に近づけば怪我だけは済まさないって忠告したばかりだよ。なのに全く聞いていないだなんてなんて可哀相なんだろうね。君は本当に可哀相な子供だよ」


 そう言いながら総司は迦音の頭の上にゆっくりとしゃがみ目の前で憐憫の目で見下ろした。


 すると迦音がまるで赤子のように大きな声で泣き出して

「・・ご・・ごめ・・ん・なさ・・・ご・め・・ん・・な・・さい・・ゆ・・るし・・・て・・」

 と総司に苦しそうに泣いて謝った。


「ふぅ・・」


 総司がそう短く息を吐くと同時に迦音をプレスしていた力が解け、解放された迦音はそのまま恐怖に震えて道の上で泣きじゃくった。


 総司は史を振り向くと

「すまない史・・・怪我はどうだ?」

 と真剣な顔をして聞いてきた。

「・・・多分ヒビはいってる」

「・・・病院には一人で行けそうか?」

「それは大丈夫」

「そうか・・・悪いけど。僕は迦音を家まで連れて帰るよ。ここに置いて帰るわけにもいかないからね。それにもう少し釘を刺さないといけないだろうし」

 そう言いながら泣いてる迦音を睨んだ。


「・・・・・・父さん」

「!!」


 総司は史から十数年ぶりにそう呼ばれて急に胸が苦しくなった。


「・・・あの。俺がこんな事言うのもなんだけど。迦音にこれ以上何もしないで欲しい」


 その史の言葉を聞いて総司は驚いた。

 あれだけ恨んでいたこの従兄弟に対して一体どういう心境の変化でそんな事を言っているのか分からなかったのだ。


「・・詳しくは家に戻ったら話すけど。俺・・もう秦家(あんた達)の事をこれ以上恨みたくないんだ」


 史のその表情を見て総司は本当に言葉が出て来なかった。


「わかった。とにかく今はすぐに病院に行きなさい」


 そう言うと総司は倒れて泣きじゃくる迦音の腕を一生懸命引き上げてよろけながら抱え起こすと自宅まで連れて帰っていった。


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