第2話 高崎の父
寿々は雪の降る中、その民家のチャイムを鳴らした。
レトロなチャイムが鳴り響く。
「・・はぁい」
中から女性の声がして玄関のガラス製引き戸がガラガラガラと大げさな音を立てて開いた。
「失礼します。私月刊アガルタの編集者、三枝と言います。本日2時から小松先生の取材をお願いしておりましたので伺わせて頂きました」
寿々は仕事モードの口調で出てきた女性に挨拶をする。
「あ~はいはい、聞いておりますよ。ささ、雪も降ってますのでどうぞ中へ入ってください」
割烹着姿の60代くらいの小柄な女性はそう言うと、玄関を開け二人を中へ招き入れた。
家の中は灯油ストーブと独特な他人の家の匂いが充満している。
女性は家の中の客間らしき和室に二人を案内した。
中を見ると占いを待つ人なのか、7名がその和室で待機していた。
「先生ちょっとまだかかりそうなので、お呼びするまでここでお待ちくださいね」
と二間続きの和室に二列に置かれた低い折り畳みの長机に湯飲みに入ったお茶を出した。
「ありがとうございます」
寿々が一礼すると、女性はそのまま廊下に出てどこかに行ってしまった。
部屋の中央には円筒状の灯油ストーブが焚かれその上に乗せた大きいアルミ製のやかんがカンカンと音を立てている。
部屋の中にこれだけ人がいると言うのに誰も一言も喋らないので、寿々も史に話しかけづらい雰囲気があった。
史はスマホを取り出すとメモアプリを開き打ち込み始める。
そしてそれを寿々へと向けた
〖これって、全員占いのお客でしょうか?一人当たり何分かかるかわかりませんが、少なくても1時間以上は待ちそうな気がしませんか?〗
寿々もそれに習ってスマホを取り出し
〖1時間くらいで済めばいいけれど・・。一応ちゃんと時間の約束はしておいたんだけどなぁ・・〗
現在の時間は1時40分。約束の2時より20分早く来たつもりだがその後二人が呼ばれるまでなんと2時間近くその場で待つことになった。
自分達より先に待機していた最後のお客が呼ばれようやく部屋の中に寿々と史だけになり、二人は同時に大きなため息をついた。
「どうしますか。これこのあと取材も占いと同じ15分程度で終わらせろって感じだったら・・」
「真面目に困る。一応インタビュー内容は事前に確認しておいたけれど、正直編集長からも漠然とした前情報しかないから状況によって対処しないとだとなかなか厳しいものがある・・」
「とにかくすぐに取材できるようにカメラだけでも今準備しておきましょうか」
「そうだな。あと・・史はちゃんと内容のメモ取り頼んだぞ」
「それは大丈夫です。任せてください」
寿々も資料とボイスレコーダーを準備して呼ばれてすぐに対応できるよう万全を期した。
「・・おっと。ちゃんと名刺もすぐに出せるようにしておかないと・・・」
そう言うと鞄の中から名刺を一枚取り出した。
午後3時半になって前のお客が玄関から出て行ったと思ったところでさきほどの女性が再び和室に来て
「はい、お待たせしました。ではこちらへどうぞ」
と廊下から二人に声をかけようやく別室へと案内をされた。
二人は廊下に出るとスリッパを履き、突き当りの板チョコのような古めかしい木製の扉の奥の洋間に案内され、その人物はそこにいた。
「小松先生、初めまして。月刊アガルタの三枝と言います。本日は取材のお時間頂きまして本当に感謝致します」
そう言って寿々は目の前の60代くらいの小柄な男性に名刺を差し出した。
「はいはい・・・どうも、小松と申します」
小松はまるで町医者の様に壁向きに付けられた机の椅子に腰を掛け寿々からの名刺を受け取った。
「・・・・?」
この時寿々は名刺を受け取る小松の手が微妙に震えたような気がして妙な違和感を覚えた。
部屋は8畳間くらいのそこまで広くない古い洋室だ。
この部屋にも灯油ストーブが焚かれており、古い壁材に使われたべニア板の香が充満している。
部屋の中央には丸テーブルが置かれその上に易占の道具や古めかしい方位学と手相の書物がドサッと乗せられていた。
「それで小松先生、早速なのですが。取材のお時間としてはどれくら頂けますでしょうか?」
寿々がそう聞くと
「まぁまぁ。とりあえずそこにお掛けください」
と寿々と史をそれぞれ部屋の中央と入口付近の椅子に座るよう話した。
「今日はもうこれで全て終わっていますので時間は問題ありませんよ」
寿々はそれを聞いてホッとした。
「ではちょっと準備をさせて頂きますね」
そう言うとと寿々はボイスレコーダーを回し事前にリサーチした内容を聞き始めた。
「・・・実は先生の占いの的中率が凄いと、都内で占いをしている方々からもここ最近大きく噂されておりまして。先生の占いは何が違うのか是非ともお聞かせ頂きたいのですが」
そう聞くと小松は口元だけにっかりと笑い
「・・・へへへへ」
と不気味に笑った。
「!!!」
その瞬間寿々はその笑い声が先月仕事場近くで出会った易者にそっくりだという事に気づいた。
「・・・・私が凄いのではありません。私はいつもとんどさんに言われるがままにその方向を意識して占いをしているに過ぎません。とんどさんはわかりますか?恵方にいらしゃる神様ですよ」
寿々はその言葉を聞いて間違いないと確信をした。
しかし、あの時の話をしてもいいのか思い悩みとりあえずは仕事を遂行する事を優先しないとと思いその後震える声でインタビューを続けた。
その様子を後ろでメモを取っていた史は勘づき
『・・・寿々さんどうしたんだ・・急にあんな動揺して』
とその様子が気になって仕方がなかった。
その後気を保ちながら寿々は資料にそって6,7個の質問をしたのち
「では・・・最近占った中で特に印象深いエピソードなどがありましたら、話せる範囲で教えて下さい」
そう聞くと
「そうですねぇ・・・・・やはり・・・・。とある方の亡くなったご親族に呼ばれて幽門の札お渡しした話でしょうか・・・・」
小松はそう言うと寿々の目を見てニタっと笑った。
「!!・・・・・ちなみに・・・そのお客はどういう、人でしたか・・・」
「そうですねぇ。20代くらいの小柄で華奢な男性でした。・・・私は時々都内や関東圏外にもとんどさんのお導きがあればどこへでも行きます。その方はちょうど都内でお会いしました。そうでしたよね?・・・えっと」
小松は寿々から受け取った名刺を見て
「三枝さん?」
「!?」
後ろでメモを取っていた史の手が止まった。
「・・今、なんて・・」
寿々はもはやインタビューをする事よりも小松が最初から自分に気づいていてずっと話をしていた事が恐ろしくてたまらなかった。
「・・・わかってたんですか・・・?」
「ええ。勿論。と言いますか、今日あなたがここへ来るのもちゃんととんどさんが教えて下さいましたよ。・・・こういうのを人は神のお導き・・とでも言うのかもしれませんね」
小松は最初と変わらず余裕のあるような喋り方をしているが、寿々に正体をバラしたあたりから徐々に額に脂汗をかきはじめていた。
「寿々さん、どういう・・」
史も意味が分からず寿々に問いかける。
「史ちょっと待っててもらえるか・・・。今はこのまま話を続けさせてくれ・・・」
と寿々は意を決すると
「・・・・あなたには一体どこまで視えているんですか?」
「へへへ。残念ながら私には全くそういうのは視えないんですよ。ただし、頭の奥の方で声を言葉を感じるんです。とんどさんからもそうですが、あなたもご親族からもです」
「ちなみに、俺の祖母はあの時あなたに何て言っていたんですか?」
「・・そうですね。自分はもう消えるので最後にあなたにどうしても伝えたい事がる。だからここへ連れてきて欲しい。確かそう言っていました」
「でもあの時、あなたは筮竹で占っていましたよね。あれは関係ないのですか?」
「いえいえ。当然関係ありますよ?それも含めて声なのですから」
「・・・・・では他に、あの時何か別の声は聞こえましたか・・?」
寿々のその質問に小松は顔を拭い大きなため息をついた。
「はぁ・・・・。三枝さん。あなたはどうしてわかっていてそれを私にわざわざ聞こうとするんですか?」
「・・・・・・」
「あなたは今ここでそれを私の口から聞いてもいいんですか??」
小松は額に汗を浮かべながらもう一度顔を拭った。
良く見ると左手が小刻みに震えている。
「・・・・私が聞いた声は神の声。神の産声です。・・・あなたの中からじわりじわりと滲み出る赤い血の一滴一滴に潜む拭いきれない怨念の塊。・・・・・私があなたに聞きたいですよ・・・。どうしてあなたは今日ここに来たんですか??あなたは私を殺しに来たのではないのですか??・・・とんどさんからは私は今日死ぬとそう言われていました。・・・でも今のあなたからはそんな印象もない・・・。なぜ・・・なぜなんですか??」
そう言うと小松は全身を震わせて身を屈めた。
「・・・・・・」
寿々は小松の言っている事の意味は分かったが、どうして自分が小松を殺すなんて事が起きえるのか全く分からなった。
「寿々さん・・・」
史が流石に駆け寄り寿々に肩に掛けた。
寿々は冷や汗をかきながらも意識だけはちゃんとしていた。
何故ならばちゃんとここで聞いておかないと、と直感的にそう思った。
「・・・大丈夫」
そう言いながら肩に置かれた史の手を叩いた。
「・・小松さん。あなたの言っていることの意味は全部分かります。ですが、俺はまだ鬼神に食われてはいません。これからもそうさせない為にどうしても知りたいのです。俺の中にあるあの赤い箱をどうしたらもう一度縄で括り直せるのか・・・・」
史はその寿々の話しを聞いて初めて意味を理解した。
三ヵ月前。初めて寿々と出会って団地で透視した寿々の中に潜む縄で括られたあの箱の事だ。
「ひぃ・・・その名前を私の前で言わないでくれ・・・」
小松はすっかり寿々に怯えてしまっている。
「小松さんお願いです・・・。何でもいいので何か知っている事があったら教えて下さい・・!」
寿々も必死に懇願した。
「・・・・神送りが出来る者の命と引き換えにしか救われる方法は・・・ありません・・。あなたの御祖母さんがそうしたように・・・・」
寿々はそう聞いて
『・・・やっぱりそうなのか・・・』
と酷く落胆した。
小松の取材は正直不十分ではあったが、聞いた内容を膨らませば何とか記事には出来そうではあった。が、小松の状態から写真など当然撮れるわけもなく、礼を言って片付けをすると寿々と史は小松の家を後にした。
外に出ると足元には5㎝くらい雪が積もっており、未だに上空からは大量の雪が降り注いでいた。
史はあの状態からして寿々が泣いているのではないかと心配したが、寿々はしっかりとした眼差しで上から降ってくる雪を眺めると鞄から折り畳み傘を出して広げた。
「一本しかないけど。少し歩かないか?」
と寿々は史に提案してきた。
史は寿々に聞きたい事が沢山あったが、とにかく先ほど小松との話を聞いた以上は全て寿々から話してくれると信じそのタイミングを待った。
史は傘を持ち寿々と半分ずつ雪を避けたが、如何せん折り畳み傘なのでどうしたってお互いの肩にすぐに大粒の雪が積もった。
「ここから少し降りると俺の通ってた高校なんだよ。久しぶりだしちょっと見て行こうぜ?」
寿々はそう言うと大きく息を吐いた。
「・・たく。どっから話せばいいのかなぁ」
「嫌じゃなければ最初から教えてください」
史は寿々の肩に積もった雪を払いながらそう言った。
「・・・・・最初は。あのストーカーに刺された時・・」
史はそう聞いて、もしかしてと思っていた嫌な予感が的中してしまいやるせない気持ちでいっぱいになった。
でも寿々が泣くことなくちゃんと話そうとしてくれいているのに、自分が泣くなんて出来るわけがない。
「俺、あの時本当にどうすれば助かるのか・・そればかり考えていた。だからその後に見たものは団地の時みたいに全て幻覚だと思っていた。でも違った。・・・俺の流れる血溜まりの中から縄で縛られた赤い箱が浮かんでくるのを見て、意識が朦朧とし。俺この箱を開ければ助かる・・・力が手に入る。何故かそう思ってしまったんだ。・・・実際は助かるどころかあのままあの箱を空けていたら俺の意識は箱の中にいる鬼神に食われこの世から消えてしまっていたんだけど・・・」
寿々は数秒間目を閉じると力なく笑った。
「でも箱を開ける寸前で史に助けられた。だから俺はまだ何とか俺でいられている・・・みたいだ」
「その箱って今どういう状態なんですか・・?」
「縄は俺が解いてしまった。・・・この縄が俺の祖母が命と引き換えに括ってくれた縄だったというのに・・・俺は全くその事について記憶がなかったんだ。ほんっとに馬鹿だよなぁ・・。だからいつその箱が開くのかは分からない、今日かもしれないし明日かもしれない。1年後かももしかしたら一生開かないかもしれない・・・」
「もし開く・・事があるとしたらきっかけとして考えれるのは?」
「・・・確証はないけれど。多分出血。事故とか病気とか。場合によったら手術なんかもありえるかもしれない」
「逆に多量の出血がなければ回避できる可能性もある・・・」
「わからない・・。確実にそうだと言えるものは何もないから」
そう言うと寿々はかじかんで震える手を口元にあてて息を吐いた。
史はそれを見て左手を差し出す
「?」
寿々は最初意味が分からなかったが、分かった瞬間顔が真っ赤になった。
「んな学生じゃあるまいし!!」
「いいじゃないですか、幸い山道で車も通らないんですから」
「もぉ・・・」
寿々は仕方なく史の大きな手のひらに自分の右手を乗せた。
史はそのまま自分のポケットに手をしまう。
「くそ恥ずかしい・・・」
「えー、そうですか?俺は今まさに青春を謳歌しているって気分ですよ?」
「・・・俺も寿々さんに黙っていた事があります」
史はそう言って泣きそうな顔になって寿々を見た。
「実は以前オシラサマの一件の時に俺、ちょっとだけ寿々さんの亡くなったお祖母さんと話しをしているんですよね」
寿々はそれを聞いて目を丸くしてびっくりした。
「なんで??え・・いつ??どうやって??」
寿々の質問の仕方もオーバーだが本気で頭の上に3つくらいはてなマークが浮いて見えた。
「ほら、寿々さんあの時オシラサマに頭打たれて一瞬だけ気絶していたの覚えてえいませんか?」
「えぇ・・そうだったっけか」
「その時イタコのお祖母さんが寿々さんに乗り移ってオシラサマを鎮めてくれたんです。・・・それでその時に寿々さんの中にある縛られた箱を絶対に開けるなと・・・俺がお祖母さんにそう言われたんです・・・・なのに」
そう言うと握る史の手にグッと力が籠った。
「まったく・・・俺達って何でいつももっとちゃんと話をしないんだろうな?」
「・・・・話していたらもっといい方に進んでいたんですかね」
「・・・・どうだろう」
二人はいつの間にか話しながら寿々が通っていた高校のグランド前まで歩いて来ていた。
「ここが寿々さんの母校ですか?」
「そうそう。へぇ~全然変わってないな・・・いつもならまだ野球部が練習している時間だけど、さすがにこの雪じゃ誰もいないか」
寿々は誰もいない母校のグランドを見ながらが
「さて・・仕方ないけど。やっぱり颯太呼び出すか・・」
そう言うとスマホを取り出し両手で颯太に迎えに来いと打ち込みメッセージを送った。
「寿々さんってどんな高校生だったんですか?」
史はグランドの奥の校舎を見ながら
「え?別に普通。本当に何の取り柄もない普通の高校生。成績は中、運動は下、極めて陰キャ組。えーっとあとは・・」
「彼女は?」
「いたけど・・・3ヵ月付き合って急に「何か違う」って言われた」
「何か違う・・!何が違ったんですか??」
「さ~・・・本当何だったんだろう??」
寿々は今更なのに真剣に考えてしまった。
「俺決断力が無いからいつもタイミングが遅いんだと思う。色んな事で悩んで後手にしてるうちに皆からもういい!って多分そんなところだと。・・・というか去年振られたのも完全にそれだった!」
「別にそんなの相性が悪かっただけだったんじゃないんですか?」
史はサラッとそんな事を言う。
「相性・・ねぇ」
そう言いながら史をチラッとみると
額に『俺とは相性いいですよね?』って書かれているような顔で微笑まれた。
「お前・・・本当そういうところな」
寿々は呆れて笑ってしまった。
「俺は何も言ってませんけれど?」
それから10分くらいしてようやく颯太が寿々を迎えにきた。
「こんな天気の中何でこんなとこで待っとるんや??寿々寒かったろ??」
迎えにきた颯太は甲斐甲斐しく寿々を車に乗せると
「お前はこのあとすぐ電車で帰れよ・・」
と史をギロリと睨んだ。
その足で寿々と史は高崎駅に着くと改札前で立ち尽くした。
電光掲示板には全ての路線で大雪の為運休との表示が出ている。
「まぁでも普通に考えてそうだよな・・・」
寿々もわかっていたとばかりに呟く。
「史。急だけど俺んち泊まるんでいい?」
「え?いいんですか??」
史は日帰りで帰れって言われていたし、実家に来て欲しくなさそうだったからどっかビジネスホテルでも探さなければ、とそればかり考えていたのに急に家に来てもいいと言われてびっくりしてしまった。
寿々はその間に電話をかける。
「・・・もしもし。うん、俺、寿々。・・・・今颯太と高崎駅にいるんだけど、電車全部止まってて。・・・そう、一緒に来てる仕事仲間なんだけど、うちに泊めてもいい?」
そして急に実家に行ってもいいだなんて言われて史はなんだか変に緊張してきてしまった。
電話を切ると寿々は
「いいってさ、じゃあもう6時過ぎだから急いで行こう。俺んち前橋だからもう少し走らないとだし」
と忙しそうに颯太の待つロータリーへと向かう。
「颯太さん嫌がりません?」
「アイツの言うことなんていちいち気にしてられないっての。それに・・・」
寿々は急に歩くスピードを緩め
「?」
「今回実家に来た目的は母さんに俺の昔の事を全部聞きに来たんだよ。・・・だから史にも一緒にいて欲しい」
「・・・・わかりました」
史は真剣な目でそう返した。




