第1話 恋のスリルライド
1月末
史は3学期が始まってから暫く学校でも様子がおかしい事もあったが、ようやくいつもの真面目な史に戻り、以前のように休み時間にも自主勉強に励む毎日を送っている。
またクラスメイトもほとんどが大学共通テストを終え、その後の入試へと準備を進めている中、学校の授業も今週でほぼ終わりとなり2月からはほとんどが自宅待機となる。
史は既に指定校推薦で進学が決まっているので、2月はほぼアガルタでのバイトにあてる為1月中は色々と休みの調整を行っていた。
そして先週の校了後、思わず寿々へ告白してしまった史は翌日から元々決まっていた調整の休みで今日までずっとアガルタには行っていなかった。
当然その間寿々とも会っていないし連絡も一切とっていない。
しかしこうやって時間を開けた事によって、ようやく心の平静さを何とか取り戻しつつあるような気がしていた。
――――先週の水曜日
「寿々さん・・・どうしよう。凄く好きです・・・」
そう言って数秒間寿々を抱きしめたかと思うと史は寿々をゆっくりと下し、そのまま再び落ち込むように項垂れた。
当然寿々からの答えは期待していなかった。
ただもう好きすぎて言わずにいられなかっただけだからだ。
下された寿々は少しだけ短く息を吐き呼吸を整えると、
「・・・・・・・知ってる」
とだけ返してきた。
「・・・・・・・??・・・・・知ってる??」
史も流石にその答えは予想していなかった。
何なら即座に殴られ、罵倒される覚悟すらしていた。
「・・流石にわかる。お前の態度は露骨すぎる」
「え・・・でも何でそんなに冷静でいられるんですか??気持ち悪すぎるでしょ?男に好きだなんて言われて・・・」
史は寿々のあまりにも冷静な反応にどう答えればいいのか全く分からず狼狽えた。
「先に聞いておくけれど。史は俺の事を好きって、どういう意味で言ってるんだ?」
寿々は特に取り乱して史から離れるわけでもなく俯いたまま目を合わせず質問した。
「・・・・いや。どういう・・・て」
「例えば俺と付き合いたいとかそういう意味?」
寿々は直球で聞いてくる。
史は何だか寿々が怖くなってきた。
「いえ・・・・付き合えるとは思っていないので、そこまで考えてなかったです・・・。本当にただ気持ちを伝えずにいられなかっただけなので・・・」
史は詰問にあっているようですっかり萎縮してしまった。
「そうか・・・・。なら今まで通りでいいな」
寿々はいつも以上に冷静な態度でそう言うと、そのまま顔を合わせず道を歩き出した。
「え?なんでそうなるんですか??」
史は意味が分からず寿々を追いかける。
「史。はっきりと言っておくけど俺の恋愛対象は女性だ。それだけはわかって欲しい」
寿々は史と目を合わせずきっぱりと答えた。
「・・・・・・・・」
「それと自分で言うのも何だけど。男から告白されるのは別に初めてでもない。というかそんなの今までだって沢山ある。だから驚く事でもない」
史は寿々の話を聞いて自分が本当に情けなくなってきた。
寿々10歳の年の差はただ10違うだけではない。
当然その10年分の経験の差があるのだ。
「あと・・・・それでも誤解しないで聞いてもらいたいんだけど」
と寿々は付け加えた。
「別に気持ち悪くはない」
「・・・・え?」
寿々は立ち止まって史の方を向き真剣な目ではっきりと伝えた。
「史に好きだと言われても、気持ち悪いとかは全く思っていない。むしろ普通に嬉しいと思っている。ただ・・・願わくばそれが友情とか信頼とかでとどめておいてもらいたかった」
そう言われて史は、寿々の人間としての器が違い過ぎる事に愕然とした。
『本当に今の自分は、この人の隣にいる事さえおこがましく感じる・・・・・』
史は自分がいかに子供かを知り、それ以上何も言えなくなってしまった。
暫く寿々も史も互いに何もしゃべる事もなく、気づけばいいとよまで戻って来ていた。
「史は明日からまた調整の休みだよな?」
「え・・ええ。そうです」
「次来るのは・・・?」
「来週の火曜・・・・」
「じゃあ・・また来週、気をつけて帰れよ。・・・あ、あと家帰っても先生とこれ以上揉めて話を凝らせるなよ?嫌なら適当にスルーしとけばいいんだしさ。・・・・じゃあな」
そう言って寿々はいつものように笑って駅へと向かって歩いていってしまった。
その後史は妙に冷静な気持ちになった。
確かにまだ寿々への想いが消えたわけではない。
というか、むしろより一層想いは強くなったような気もする。
しかし確実に今までの妙なモヤモヤ感は史の中にはもうなかった。
思えば史にとって、誰かを真剣に好きになったのは生まれて初めての事だった。
いつも女の子の方から一方的な気持ちを押し付けられ、その度に心無い酷い対応しかして来なかった自分を最低な人間だと自覚していた。
だから自分は誰かの事を好きになんて絶対になってはいけないのだ、そう固く信じていたのに、それを覆すほど本能的に惹かれてしまったのが寿々だった。
シンディに言われた通り、寿々を信じて良かったし、初めて好きになったのが寿々で本当に良かった。
純粋にそう思えた。
授業が終わり、今日は久しぶりにアガルタへの出勤となる。
史は駐輪場でいつものようにワイヤー錠を外し、自転車を押して校門を出ると、自転車に跨りペダルをこぎ始めた。
『でもまぁ・・・・・よくよく考えなくても。やっぱり俺、振られたんだよなぁ・・・・・』
一週間近く経ってようやく史はそう自分の中で結論がついたのだった。
編集部に着くとやはり異様な緊張感はあったが、史は意を決して中に入り、
「お疲れ様です」
とりあえずいつものように普通に挨拶はできた、とそう思った。
席を見ると、寿々と篠田が何かを話しているのが目に飛び込んできた。
「お疲れ様です」
史は二人に声をかける。
「あ、史君久しぶり!一週間ぶりくらい?!」
篠田はいつも通りに挨拶を返してくれた。
「史お疲れ!」
寿々もチラッとだけ史を見ると笑顔で挨拶を返してくれ、当然緊張はするがそれでも史はそれだけで安心できたのだった。
寿々はこの一週間でようやく顎鬚を揃えることができたようで、すっかり以前の通りの姿に戻っていた。
「俺のオススメは、やっぱりリゾートバイトですかねぇ。ネット怪談では本当に超メジャーですけど。まぁ面白いですよ?」
そう言いながら篠田は寿々にネット怪談、いわゆる洒落怖というジャンルの怪談を色々とおすすめしている所だった。
「洒落怖ですか?」
史はダウンジャケットを脱ぎながら二人に話しかける。
「あーそうなんだよ。次の企画会議に出すネタで頭抱えて篠田さんに相談したら、こう言うのどう?って教えてもらってさぁ・・・」
「へぇ、いいですね。面白いじゃないですか!」
と史も急に仕事のスイッチが入ったように興味を示す。
「史君は洒落怖見た事ある?」
篠田が史に聞くと、
「そうですね。ベタですが俺はコトリバコと幸福の壺が好きですよ」
と答えた。
「コトリバコ・・・?」
そのワードを聞いた寿々はタイプを打ち込む。
「あー三枝さん、コトリバコはちょっとまだやめておいた方が~・・・」
と篠田は検索する寿々を止める。
「え・・そんなに怖いんですか?」
と素直にタイプを途中でやめた。
「まーそうですねぇ。面白いんですけどややグロなんで。まぁ中級向けというか」
と篠田も言葉を濁しながら
「あとは・・・これは洒落怖ではなく実況スレですが、王道きさらぎ駅とか」
と寿々が受け入れやすそうなネタを提案してくれた。
「あぁきさらぎ駅なら俺も知ってますよ。異世界系ならばそこまで怖くないかも・・・」
寿々はそう篠田に答える。
「史も企画立案どんどん頼むぞ?せっかく取材にも行けるようになったんだし。ちゃんと編集長のOKでそうな範囲でな」
と寿々はモニターを眺めながら声を掛けた。
史はちょっとだけ間を置いてにっこりと笑うと
「わかってますよ。ちゃんとその辺は考慮した上で、どんどん企画出しますので」
と自分のPCの電源をつけるとやる気を見せ仕事を開始した。
そう言った史を横目に、寿々は史に聞こえないよう小さく息を吐いた。
その日、寿々は久しぶりに仲の良い同期の飲み会に誘われていた為、その後午後7時には仕事を切り上げ帰宅するためにコートを羽織った。
「・・じゃあ史、俺今日はもう帰るから。明日は企画の打ち合わせな!それまでになんとかお前も10以上の企画原案を頼んだぞ」
と声を掛けると、
「大丈夫ですよ。俺は常に30以上はストックがありますので」
史は自信ありげに笑顔で答える。
そこへコンビニから戻った篠田が帰宅準備をしている寿々を見て
「あれ?三枝さん今日は早いですね~。もしかしてこれから合コンとかですか?」
と、聞いてくるものだから寿々は慌てて、
「はは・・違いますよただの同期の飲みです」
と妙に気まずくなりマフラーを巻いて鞄を肩に掛けるとチラっとだけ史を見た。
史は寿々の方をジッと見つめ
「飲み会楽しんできてください」
と特に今までのようにわかりやすい感情を表に出す事もなく、にっこりと笑って寿々を見送った。
寿々はエレベーターで1階に上がりながら
「・・・・やっぱり気まずさは・・あるよなぁ・・・・」
と一人呟きながらエレベーターからおりた。
ロビーでは同期でアウトドア雑誌編集者の笹井と、ホビー雑誌編集者の鳥羽、そして営業の糸井。もう一人唯一の女性、大和編集部の小森が既に集まり寿々が来るのを待っていた。
「よお!!地底人~!!」
笹井は調子良く寿々に向かってくるとそのまま肩を組み、寿々をからかうように話しかけてきた。
「笹井久しぶり!てかその言い方マジで俺の事馬鹿にしてるだろ?」
寿々も調子のいい笹井のノリに合わせ背中をバシっと叩く。
「でもまさか三枝があの地下帝国アガルタに異動するなんて、誰も予想してなかったもんな~」
と鳥羽も笹井に同意するように答えた。
「私、異動前日に真崎編集長から直接辞令言われているの聞いていて、ちょっと信じられなかったもん」
同期で元同じ大和編集部で一緒に仕事をしていた小森も、今だから言えるとばかりに答える。
「・・・いやぁ本当にあの時は俺も信じられなくて、辞令が出た当日は本気で辞めようって思っていたもんなぁ・・」
寿々はそう言いながら3ヵ月前を思い出した。
「んじゃま、とりあえず予約の時間もあるし店行きますか?」
糸井がそう声を掛けると5人は会社を出て渋谷駅近くの繁華街へと足を進めた。
店に着いてから5人はひと仕切り昔話や今の仕事の話に花を咲かせると、次第にプライベートな話題へとなっていった。
「いやさぁ。俺、一応皆んなにちゃんと報告しておこうと思って・・・」
と笹井が何杯目かのビールジョッキを握り意味深に切り出すと。
「お?お?おいまさか??」
と鳥羽もその切り出し方に勘づき、
「俺、今年の6月に結婚します!!」
と笹井は皆の前で高らかに宣言した。
「マジか!!え?なんだっけ。アパレル会社の彼女と?」
寿々もすっかりいつものノリで笹井に質問する。
「そうなんだよぉ。まあ付き合ってもう3年になるし?俺もそろそろ身を固めようかと。なのでみんなには是非とも式に来て欲しい!!」
笹井は頼み込むように両手を広げ頭を下げた。
「え~!行くに決まってるじゃん!おめでとう~!!」
小森も嬉しそうに手を叩いて笹井を祝った。
「俺たちの中で一番フラフラしていた笹井なのに・・・一番最初に結婚するなんて信じられない・・」
と糸井も嬉しいと先を越されて悔しいがないまぜの感情のまま小森と一緒に手を叩いた。
「にしても、俺はこの中で一番最初に結婚するのは三枝だとばかり思っていたから、笹井が先に結婚とかマジで意外だわ~」
と鳥羽が急に寿々の事を持ち出すものだから、思わず寿々も飲んでいたビールを噴き出してしまった。
「おいおい三枝~大丈夫か?」
隣にいた糸井がおしぼりを寿々に渡す。
「いやぁ・・・俺そんな風に思われてたんか・・」
「え?でも三枝君って彼女ともう5年くらいになるじゃん?それ考えたら誰だってそう思うでしょ・・・・」
小森にそう言われ寿々はコメントを無くした。
「・・・・・・・・・」
「いや・・・まさかと思うけど・・彼女と別れたのか??」
と鳥羽はオーバーに身を引き、笹井の結婚報告よりも驚いている。
「ええ?マジ?いつ??」
と笹井も前のめりで聞いてきた。
「・・・・・先月の頭くらいかなぁ」
と答えると、
「ええ?なんで?なんで??」
と鳥羽が食い気味に質問してきたのだが。
「いやまぁ・・ほら異動後めちゃくちゃ忙しくて全然会えなくて・・・・それで別れたいって」
寿々は、元カノが他の男にプロポーズをされて捨てられた事実を濁しながら、かいつまんで答えた。
「ええ?5年も付き合ってたのに?それくらいでぇ?」
と笹井も信じらないとばかりに突っ込んで話す。
「まぁ俺もようやくその事については落ち着いてきたからさぁ。とりあえずは今は仕事一本でいいんだよ・・・」
と寿々もこの話を終わらせようとそう吐き捨てると、
「よっし!三枝!!そうとなれば次合コンやる時は連れて行くからな!絶対に参加しろよ!!」
と鳥羽は寿々の可否も聞かずに独断的に話を決めたのだった。
久しぶりの同期との飲み会は寿々にとっても良い気分転換になった。
正直あまりプライベートな話題で盛り上がれない気分ではあったが、それでも寿々は飲み会後同期メンバーと笑顔で別れると駅までの道のりを一人歩きだした。
「はぁ・・・・結婚かぁ」
寿々は思わず別れた元カノ間宮梨華の事を思い出していた。
『5年も付き合っていたのに・・・他の男からのプロポーズで急に気持ちが変わるなんて・・・。確かに酷いとしか言えないけれど、やっぱり一番まずかったのは、ちゃんと梨華が望む時にその決断をしてあげられなかった俺自身なんだよな・・・』
と改めて自分の不甲斐なさを恥じた。
そして、ふと気づくと歩いていたその道が1週間前に史に告白された場所だと気付き、急に変な汗が噴き出てきた。
『寿々さん・・・どうしよう。凄く好きです・・・』
寿々の頭の中であの日のあの言葉がリフレインされ、再び心臓が跳ね上がった。
あの時はとにかく、史にこのまま勘違いをさせないように必死に冷静さを取り繕い、何とか余裕のある大人のふりを精一杯演じてみたものの。
正直なところあの時の寿々は、想像以上に酷く動揺していたのだった。
『大体普通に考えて例え男で10下だとしても、あの顔とあの声であんな事言われて動揺しない人間なんているか??・・・・・いや、いるか。普通は動揺せずに怒ったりするのものなんだろうな・・・』
寿々も自分で言って自分で突っ込み、更に気落ちした。
『俺も俺だよなぁ・・・・。正直、以前から史の気持ちに薄々気づいていて、それでいてなんだかんだ俺自身が史との距離感がバグってるのを、ちゃんと修正しなかったのが悪いんだから。もっと毅然として下手に構ったりしなけば良かったのかもしれない。・・・でもなぁ・・』
正直に言えば寿々は史の事を嫌いではない、というか本当に好きではあるのだ。
勿論それはあくまでも人としてであり、しかしながらそれ以上にはなる事は絶対にあり得ないという色々な壁があるからなのだが。
まず第一に性別の問題はある。
寿々は今までどれだけ男から告白されても、それに応じる事は一度もなかった。
当然付き合ったことがあるのも女性だけ。なので全く同性との関係は想像すら出来ない。
第二に年齢。
明らかな犯罪だ。
『百歩譲って性別を置いておいても、未成年相手に何考えてんだ??って方が一番やばいだろ・・・』
第三に仕事関係。
教育担当として失格。最低。
どれをどう考えても有り得ないとしか思えなかった。
寿々もまたこの一週間ずっと史との事を考え、とにかく自分自身がしっかりと気を持ち、何とか今まで通りの関係を保てるよう精神的な努力を強いられていたのだ。
寿々は色んな事が頭の中をぐるぐるし、通り過ぎる人も振り返るほどの馬鹿でかいため息をついた。
そしてふと何かを察し、一つ向こうの通りを歩く人物の存在が気になってそちらを何気なく見た。
「え・・・・・・・・史?」
そこには一瞬だが、見慣れたあの史が10代後半くらいの女の子と寄り添って歩く姿が見えたのだった。
「・・・・・・は?」
寿々は何が何だか分からず、帰宅する道を外れ思わず本能的に史の後を追った。
『いやいやいや。ちょっと待て・・・今の本当に史だったか??』
寿々は急いで二人が歩いて行った方向に道を曲がった。
するとそこには10mくらい先に、やはり史と史の腕にしがみつくように寄り添う女の子が歩いているではないか・・・。
あれだけ特徴的な史の見た目を間違えるわけがない。
寿々はその光景が信じられず何度も目を擦った。
『は?・・・・はぁ???』
寿々の脳内は酷く混乱していた。
たった6日前に自分を抱きしめながら告白してきた男が、何故か今目の前で女の子と腕を組み楽しそうに話しながら裏路地を歩いているではないか!
何が何だかさっぱり意味が分からなかった。
そして二人の行く先にあるのは・・・。
「え・・・・そっちって確か・・・」
そう、その先にあるのはホテル街だ。
寿々は、何で今自分がこんなものを見せられ、何でいちいち後を付けているのか全く意味が分からなかった。
でも本当に寿々の中ではそうしないわけにはいかなかったのだ。
前を歩く二人は再び路地を曲がる。
『いや・・・マジでやめてほしい。そっち行くなよ・・・』
寿々の心拍数はかつて無い程上がっていた。
そして右に曲がった二人を追って角から見たのは、そのまま史と女の子がホテルへと吸い込まれてゆく光景だった。




