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オカルティック・アンダーワールド  作者: アキラカ
一家眷属父子譚【短編】

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第2話 秦家

 会議室から戻っての寿々(すず)はまるで戦場のように忙しかった。


 まず戻った瞬間にひろせから呪物蒐集録の原稿が届き、早速内容を確認をしてひろせと連絡を取ると一部内容の修正の可否を確認。その後手が足らないので菊池に原稿を引き継ぎその間にもまだ回ってくる原稿の校正を全て終え、ようやく(ふひと)の記事を見てやれそうになったのが午後7時過ぎだった。



「・・・史。進行どうだ?俺今日8時に上がらないとだから、その前にどうしても内容を確認しておきたいんだけど」


 そう声を掛けると。史は真剣にモニターを眺めながら


「・・・はい・・・あと20分待ってもらってもいいですか?」


 と目も合わせずに返されてしまった。


「まぁ待つのはいいんだけど・・・とりあえず今の状態でいいから一度全体を見せてもらってもいいか?」


 と少し強めに言うと、流石に史も不安そうな顔になりそのまま黙って椅子を移動させ寿々にモニターを譲った。


 寿々は自分の椅子を史のモニターの前に移動させ内容を隅から隅まで確認した。



『・・・・記事も書いてるもんなぁ・・流石に記事自体は問題なさそうだけど・・・』



 やはり写真の配置や説明などでどうしても分かりづらい原稿になってしまっている。

 元より変化する写真などという正直読ませるには難しい内容だ。

 こうやってただ時系列で表現されても誰も記事を読もうとは思わないだろう。



『俺もあまりこういう記事でインパクトを狙うのが苦手ではあるけれど・・・。流石に検証コーナーの最後を締める記事だし、もう少し手を加えたい。でもできればそれを俺が手を出してやってしまいたくはないな・・・せめて内容を読んでもらえるような流れだけでも上手い事教えてあげられれば』



 寿々は編集ソフトにレイヤーを加え色マーカーを上からなぞった。

 その形は丁度しし座のマークのような形で左端が矢印になっている。


「史・・・記事は完璧だからそこはあえて意識せずに。この・・・右ページから左ページにかけて・・・・こんな感じの流れを意識してみて欲しいんだ。この線の上にそのまま写真を載せろって意味じゃないからな。写真と見出しをバランスを見て入れ、流れを作ってから記事はその隙間を埋める感じで挿し込んでみて欲しいんだ・・・あとせっかく作ったけどこの図表は恐らくこの枠だと必要ないかもしれない。入れるならこの左上に囲み記事を作るとか・・・どう?やれそうか?」


 寿々は史に説明すると、史も真剣に意味を理解しようと暫く寿々のなぞったその形を眺めた。

 すると何かを思いついたのか

「あ・・・」

 と小さく呟くと


「ちょっともう一回やってみますね・・・」

 と再びモニターにかじりつくように作業に没頭し始めた。




 そこから暫くすると

「寿々さん・・・もう一度見てもらってもいいですか?」

 と史から声がかかり、寿々は再び席を移動して内容を確認する。


 多少粗削りではあるが、写真の配置と見出しの構図が先ほどより断然良くなって見やすくなっており、寿々もこれならばこのまま載せられそうだ!と嬉しくなってしまった。


「いいよコレ!さっきから比べると格段に読みやすくなってる!あとこの最後にこの一番怖いアップの写真入れたの凄くいいと思う・・・正直俺はまだこの写真かなり怖いけど・・」

 そう言われて史も満面の笑みで寿々の肩に触れる距離でモニターを見直した。

 寿々は思わず史の頭をわしゃわしゃと撫でてしまったが、少しくらい嫌そうにするのかと思いきや史は全く抵抗する事もなくそのまま嬉しそうにしているので寿々も思わず声を出して笑ってしまった。



 そして時間を確認するともうすでに7時55分を超えていた。

「あ・・やば、俺時間だわ。じゃあ史残りの作業頑張って明日までには何とか完成させような!」


 寿々はコートを羽織ってマフラーを巻きながら急いで帰り支度をした。

「これから用事ですか?」

 と史は何げなく聞く。

「ああ、ちょっと編集長と話しがあるんだ・・・じゃあまた明日な!」

 と寿々は慌てて外に出て行ってしまった。


「・・・・編集長と?」


 史も少しだけ気になったものの。とにかく今は自分でも誌面を作れたのと、寿々に褒められた嬉しさの方が勝ってそれ以上深く考える事はなかった。





 エレベーターで1階に上がりエントランスに出るとすでにそこには最上が待っていた。


「編集長、すみませんお待たせしました」

 少し急いで最上に駆け寄ると

「全然いいんだよ。時間通りだし。さ、じゃあ僕の馴染みの店だけど行こうか」


 そう言いながら最上は外に出ると待たせていたタクシーに乗り込んだ。



 寿々も続いてタクシーに乗り込もうと屈みこんだが、ふと先月のストーカーの一件を思い出し反射的に回りに誰もいない事を確かめてしまった。

「・・・・・・・・」


「どうしたの三枝君?」

 最上に聞かれて自分でも想像以上にトラウマになっているんだなと改めて実感てしまい。

「・・いえ大丈夫です・・」

 そう言いながら寿々はそそくさとタクシーへと乗り込んだ。




 最上に連れていかれたのは恵比寿にあるとある料亭だった。


 二人は個室になっている座敷に通されると最上は熱燗を、寿々はビールを注文した。

 お通しが来て寿々は最上のお酌をするとまずは一杯、と互いを労い酒を飲み交わした。



「・・・それで俺に話しっていうのは・・」


 寿々が最上に問いかけると、最上は旨そうに熱燗をぐいっと一飲みし、


「・・・うん・・・。まぁ、史君の事・・というよりは(はだ)家についてなんだけどね」

 そう最上が切り出してきて寿々は正直びっくりしてしまった。

「秦先生でもなく・・・()()・・ですか?」


 そう聞くと最上は手酌で熱燗を注ぎもう一杯ぐいっと飲み干した。


「・・・・そうだね。君は史君の教育担当だし、秦先生の元担当でもあったから正直ちゃんと教えておいた方がいいと思ってね」

 寿々はなんだかいつになく重々しい話になりそうで、正直それを自分なんかが聞くべきなのか?と恐ろしくなってきた。



「秦家・・・・三枝君も(はた)がどこから来た一族か、くらいはわかるよね?」

「・・そうですね。渡来系、中国から朝鮮半島を渡って来た種族。元は秦国の末裔だと。その程度ではありますが」

「・・まあ渡来系といっても現在の日本ではその祖先を持つ人口は非常に多い。正直我々の祖先にだってその血は混ざっているだろう。でもね。(はだ)家はちょっとその筋とは違う家系なんだ。渡来してからしばらくは本筋の(はた)一族と同じように京都の方で過ごしていたのだけど、秦家の祖先はその後早いうちに常陸(ひたち)の地、つまりはこの関東へと渡り稲荷信仰を布教し時代からすればある意味宗教革命を起こした一派になるんだ」


 最上はお通しを一口食べると再び手酌で酒を注いだ。


「現在は稲荷と言えばどこでも見られ、珍しくもない神社だと言えるけれど・・・。(はだ)家の稲荷信仰はそこらへんの稲荷とはちょっと比べ物にならない。何よりも抱えている力そのものが尋常ではない。・・・その昔皇室が抱える陰陽師一派が秘密裏にこの関東における稲荷信仰を制圧しようと何度も公儀として術を掛けたと言われているが。現在を見れば一目瞭然。陰陽師は時代から消され、しかし稲荷信仰はどうだろうか・・。衰えるどころか今もなおこの日本の礎となり信仰を栄えさせている・・・」


 寿々は最上の話しをまるでおとぎ話か何かのように聞いていた。

 確かにその通りなのかもしれないが、何故突然自分にその話をしだしたのか・・・その理由がわからなかった。


「前に三枝君と史君が取材した団地の一件で、その後処理を頼んだ人物・・・誰だかわかるかい?」


 そう言われて寿々はあの時の事と今聞いた話・・・そして今日の出来事を考えて、そして答えた。


「・・・・もしかして。秦先生ですか・・?」


 寿々は自分でその答えを言っておきながら半身に鳥肌が立った。


「うん。そうなんだ。・・・秦先生は君も知る通り普段はああいう具合で、とてもそんな力があるようには見えないんだけれどね。秦先生の力は正直この東京においても争える相手がいないくらいとても強い力を持つ人なんだよ」


「その力って言うのつまり・・・」


「呪力・・・」


「・・・呪力?」



「実は秦先生にはいいとよの祈祷や厄払いを主にお願いしていてね。時々僕の昔馴染みの関係でどうしても手に負えない事象があると僕はいつも秦先生にお願いしているんだ。秦先生は無理を言ってお願いしても基本依頼を断る事はない。何故ならばその代りに僕が史君の面倒見る事が交換条件になっているからなんだ」


 寿々は最上の話を聞いてにわかには信じられないと思ったが、確かにそういう理由ならば色々な事に納得がいく・・・そう思わざるを得なかった。



「それにしても最近の史君は本当に三枝君に懐いてしまって、正直僕もここまで史君が変わってしまうなんって思ってもいなかったよ」


 そう言って最上は声をあげて笑った。

 寿々も正直その通りで

「それは俺自身でもそう思っていますよ・・・」

 と少し困った風に返す。


「・・・・史君は見ての通りハーフだから、秦家からは相当苛められていたようでね。まあ彼が生家に戻る事は恐らくないだろうけれど・・・。それでも秦家の力だけは侮ってはいけないよ。特に本家筋の人間に今後万が一接触する事があったら三枝君、君は迷わず逃げなさい。君はだいぶ秦家に近い存在になりつつあるからね。本家の狐に睨まれないよう十分気をつけて欲しいんだ・・・・それから史君もね」


 最後に最上の言った言葉に寿々は動きが止まった。


「・・・史もその狐・・だと言う事ですか?」


「・・・どうだろうねぇ。僕はそうは思わないけれど。でもその血が入っている事は間違いない。もし彼が狐としての自覚を持って呪力を使えるようになってしまえば、人を呪い殺す事も出来てしまうかもしれないね。・・・三枝君・・・僕は君が秦家と関わるのはもはや運命なのではないかと思っているんだよ。だから早めにしっかりと話しておきたかったんだ」



 最上は酒を飲む手を止め目を細めると遠くを見つめるようにしてそう呟いた。



「・・・ところで、風の噂だと来月有給申請を出したいって聞いたけど、本当かい?」


 最上は話を切り替えて寿々に聞いた。

 寿々はまだ史の事、秦家の事が気になっていたが。


「え・・はい、そうなんです。ちょっと数日実家に戻って色々と調べたい事ができまして・・」


 と何とか頭を切り替え、いつそれを最上に言おうか迷っていたのでかえってこのタイミングで告げられて良かったと感じた。


「そうか。うん、それは構わないのだけど。やはりは2月はそれなりに忙しい季節だからねぇ・・」


 そう言われ寿々も確かにそれを危惧していた事もあり。直接言われてしまうとやっぱり有給を使うのも難しいのか・・と不安になった。


「その用事・・って言うのはそれなりに時間がかかりそうな事なのかい?」


 最上も恐らく極力譲歩してくれるつもりで聞いているのだが。


「いや、スムーズにいけばそこまで時間は掛からないかと思います。実家も群馬なので」


「じゃあ。これは提案なんだけど、その群馬県に行くついでに僕からの依頼でとある人物への取材をお願いしたいんだ。その仕事の合間に実家の方で過ごして、その後有給使ってそのままゆっくりしてきてもらうってのはどうかな?」


 つまり最上としは、あくまでも仕事の一環で群馬に行き、経費は会社持ちにさせてそのまま有給消化して来いという事らしい。


「え?そんな事してもいいんですか?」


 寿々も上司からの提案とはいえ本当にいいのか不安になる。


「いいんだよ。僕は結構そういうところを狡賢(ずるがしこ)くやるのが好きなタイプなんだよ!だから三枝君も会社を上手く使って自分のやりやすいスタイルを取り入れていくともっと仕事が楽しくなるんじゃないのかな?」


 と最上は悪戯っぽく上機嫌ににっこりと笑った。




 二人は2時間ほど話しそして店を出た。

 最上はタクシーで帰宅するとの事でタクシーが来るまで二人して外で送迎を待った。

 1月の夜はとても寒く、空気が刺すように痛い。

 寿々も少しだけ肩の痛みがあったが、最近はあのダーラナホースのしおりをお守り代わりに左のコートのポケットに入れておくのが習慣化していた。何故だかそのしおりを握っている時だけはいまだに肩の痛みが和らぐようなそんな気がしていたからだ。


「・・・編集長。あの、史の事ですが」

「?」

 寿々は言おうかどうしようか迷っていたけれど、やはりこのタイミングしかない、と思い切って提案してみた。



「史の現場取材禁止ですが、少し緩めてやる事はできませんか?」


 と最上に聞く。

 最上は当然すぐにその答えを出すことはできず暫く虚空を眺めて考えた。



「・・すまないが、やはりそれは難しいかな」


「そうですか・・」


 寿々はこの前の変化する写真や小さいおじさんの件でもそうなのだが。

 史はどうしたって現場で取材をして実際に自分の目で現象を確かめる事が何よりも好きだし、史らしくいられる唯一の手段なのではないかと、ここ暫く真剣に考えていたのだ。


「確かに今までの取材では危険な事もありましたが・・・でもそういうのはなるべく避け、例えば先程の話ではないですがインタビュー取材みたいな仕事ならばそこまで危険な事もないでしょうし。・・・やっぱりあいつ、外に出て仕事したいタイプなんですよね。そうしていないと余計な事ばかり考えてしまうみたいで・・」


「余計な事?」


「あー、なんて言うか思い詰めてしまう?と言いますか・・」


 寿々は史の自分への好意を理解した上で、その感情がただの友情や信頼で止まっていて欲しいし。何よりもそう言う事で悩む隙すら与えないほど仕事に集中していてくればそのうち余計な事で思い詰める事もなく次第にその自分への好意も霧散していくのではないかと。そうずっと考えていた。



 勿論、史の気持ちがもはやそこでは無いと言う事は寿々自身はまだ知らないのだが。



 最上はその寿々の史への優しさに心から感動し、しかし同時に史に危険が及ぶ度に史自身の本来の呪力が大きくなり秦家の血が目覚めてしまうかもしれない事を快く思っていなかった。


 ・・・・・しかし。

 本心を言えばどんな関係であれ。寿々と史がお互いに信頼し合って何のしがらみもなくただ楽しく仕事をしていてくれるのならば本当にそれが一番嬉しいのだ。



 最上は悩んだ末に。



「・・・三枝君はなんだかんだで責任感の塊みたいなところがあるし、やはり何といっても面倒見がいい。・・・君がアガルタに来た事で史君だけでなく、本当に他の皆んなもいい意味で変わりつつある。僕は今のアガルタが好きだし、だからこそもっと面白い雑誌にしていけるという自信もあるんだよ」


 そう言うと、店の前に一台のタクシーが止まった。

 ドアが開き最上が名前を告げると、


「じゃあ、また明日。・・・今日の事は史君には直接話さないように頼んだよ」


 と最上はそこは真剣な目で寿々を見つめた。


「分かりました」


 寿々も当然この話を史にするつもりはなかった。

 最上は最後にもう一度上を向いて数秒考えた後に。


「・・・史君の取材の件。ちゃんと僕に事前に内容確認と報告をしてくれるのなら、その都度検討してみてもいいよ」


 と最上が答えてくれ、寿々は嬉しさで一気に体温が上がった。


「ただし、危険な場所や人物との接触は絶対にダメ!そこは三枝君、君に全てを委ねる。信用しているよ」


 そう言うと最上はタクシーに乗り込みそのまま路地を走り抜けて行ってしまった。


 寿々は空に向かって大きく息を吐き出すと、左手でグッとガッツポーズをとり拳の中のダーラナホースを見つめた。

 そして再びもう一度グッと握り締めると寒さから身を守る為にポケットに手を戻し駅までの道を1人歩き出した。




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