第3話 次第次第
1月の3週目
寿々は史に頼まれて変化する写真に写っていた民家を取材する為、史の通う高校の校門の前で史が出て来るのを待っていた。
寿々は週が明けてもまだ修理に出した眼鏡が戻って来ないので、今週も引き続き慣れないコンタクトで過ごしている。
しかも眼鏡を掛けない状態で顎鬚を伸ばすのも何となくしっくり来ないので、童顔な寿々は誰がどう見ても中学生のようにしか見えなかった。
当然学校から出て来る生徒達に不審そうにジロジロと見られているのはわかっていたが、とにかく目を合わせないようにスマホを眺めて必死にやり過ごしていたつもりだった。
しかしその下校中の生徒の一人が寿々に近づいてくると、
「こんにちは、俺ここの生徒会の者だけど、君、誰かお兄さんとか待っているの?」
と声を掛けられ寿々は我慢の限界にきていた。
「あ、いえ・・・。お兄さんではないかなぁ。自分社会人なので。知り合いを待ってるだけです」
と高校生にど丁寧な返事をし、本当に気まずくも恥ずかしくもあり、いっそうの事逃げようかと思っていたその時、
「寿々さん!」
ようやく校門から史が自転車を押して寿々のもとへとやって来た。
「あれ?秦先輩??この子秦先輩の知り合いでしたか??」
生徒会の生徒は史を見るととても驚き史と寿々を交互に見た。
史は肩を震わせ顔を伏せ
「ああ・・・・そうそう俺のバイト先の教育担当の人。だから気にしなくて大丈夫だから・・」
そう言うと
「え??そうだったんですか、・・すみません俺、てっきり中学生かと思って!」
とその生徒は寿々に丁寧に頭を下げると「失礼しました!」と言ってその場を去っていった。
「・・・・・史ぉ・・」
寿々は顔を真っ赤にして史を睨んだ。
「・・・くくくく・・あははははは」
史は自転車のハンドルを握りながら顔を伏せ爆笑している。
「・・ったく本当これだから嫌なんだよ!」
と不満を爆発させると
「ははは・・まぁまぁいいじゃないですか・・時には可愛くて得する事もあるかもしれなれないでしょ?」
とまだ涙を流しながら笑っている。
「・・いいからもうさっさと例のその家を案内しろよな・・」
「はいはい」
とまだ笑いを抑えられず思い出し笑いをしながら自転車を押して進み始める。
それを見ていた回りの生徒達は全員、学校の主席であの超絶大真面目、誰もが憧れる秦史が校門の前で中学生にしか見えない謎の人物に大爆笑しているという前代未聞の事態にその場に立ち尽くしていた。
二人は学校の敷地をぐるっと回ってグランドの脇にあるその民家の前までやってきた。
「確かに史が言ってたとおり、どう見ても空き家にしか見えないな」
寿々は道路の反対、グランドのバックネットを背にその家を眺めた。
背後では野球部が大会に向けて一生懸命に練習に励んでいるところだ。
「で?透視して中は確認しているんだろう?」
と寿々は史に聞く。
「はい、先週の金曜日と昨日編集部から帰る時にも確認してますが、やはり中に霊や人がいる様子は一切ありませんでした」
「・・・となるとやっぱり写真に写ったのはその時にいた侵入者だったとか?」
「今の所その可能性が高いです。・・ただ画像が変化するという現象については全く説明がつかないですけどね」
そう言うと史はスマホの画像を寿々に見せた。
寿々はスマホを受け取ってその画像を何度も確認する。
「嘘だろ・・・4枚とも写真から人影が消えているじゃないか??」
寿々は民家の窓に誰も写っていない画像を見て一気に鳥肌がたった。
「秦先輩!」
バックネット越しから史を呼ぶ声がして二人は振り返る。
そこにいたのは新聞部部長、2年生の佐伯だ。
「あ、寿々さん。今回この写真を提供してくれた新聞部の佐伯君です」
と佐伯を紹介すると寿々も
「こんにちは。月刊アガルタの三枝と言います」
と丁寧に挨拶を返したのだが。
「・・・え?え?編集部の方・・なんですか?僕てっきり秦先輩の弟さんか何かかと・・」
「はぁ・・・まあこれでも一応28歳なんですよぉ・・・・」
と高校生相手にもういい加減にしてくれと言わんばかりの反応をしていると、隣の史が先ほど以上に爆笑してバックネットにしがみつき笑いを堪え両肩を震わしているではないか。
「あのなぁ史!!いい加減にしろよな。流石にブチ切れるぞ!!」
「すみません・・・ぐくくく。てかもうブチ切れてるんですよ。くくく・・」
その寿々と史の様子を見ていた佐伯は口を開けてポカーンとしている。
「ふふ・・・ああ佐伯わざわざ悪いな、それでタブレットは持ってきてくれた?」
と史は涙目で佐伯に向き直る。
「あ、はい!!ちょっと今そっち行きますね!」
佐伯はバックネットを半分回って外に出られるフェンスを開けそこから二人の所へと急いで戻ってきた。
「すみません、お待たせしました。どうぞ」
そう言って史にタブレットを渡す。
「ありがとう」
史は佐伯に笑顔で礼を言うとタブレットを受け取りあの4枚の画像データを確認した。
佐伯は何処となく顔を赤らめ史を見つめ、その姿を寿々は何とも不思議な感覚で眺めていた。
「・・・寿々さんいいですか?」
史に呼ばれて寿々は差し出されたタブレットの画面を確認した。
するとタブレットの方のデータはなんとまだ人影が残っている状態だった。
「・・・え?どういうことだ??」
「この画像。先週末に俺が見た時とほぼ同じ状態です」
そう言いながら確認してもらうために史は佐伯にも見せる。
「・・・そうですね。おかしいですね。あれだけ毎日変化があったのに何で変化が止まったんでしょう??」
史は少し考えながら自分のスマホの画像と見比べた。
「・・・・まさかと思うけれど。複製?したからとか??」
寿々はそれを聞いて
「まさか・・・そんな映画じゃあるまいし・・」
と一気に肝が冷えた。
「・・・・でもそれが本当か確かめるためには・・・・」
と史は言いながら寿々の方をチラッと見つめ。
「・・・いや、それは絶対に嫌だ。俺のスマホにその画像は入れないぞ!」
「でもそれ以外方法はなくないですか?」
「だめだ・・やめろ絶対に送るなよ!!」
そう言って拒否する寿々を無視して史は寿々のスマホに自分の画像を転送した。
ピコンと言う軽快な音と共に寿々のスマホに史からの通知が届く。
「何で送るんだよ!!仕事場とかそれこそこのタブレットへもう一度送り直すとか確認する方法はあるだろう??」
寿々は両手でスマホを握りしめ泣きそうになりながら抗議した。
「会社の方には既に大本のSDカードの複製データが入ってますし、佐伯はこの画像が怖くて俺に相談して情報を提供してくれたんですよ?そんな相手にまたこのデータ送り返せますか?」
としれっと言う。
「じゃあ俺はなんだっていうんだよ!俺だって怖いし嫌だよ!こんなチェーンメールみたいなの」
「寿々さんは大人だし仕事なので諦めてください」
と史はきっぱりと言い放った。
そして佐伯にタブレットを返し
「佐伯わざわざ持ってきてくれてありがとう。もうそのデータは消しても大丈夫だと思う」
と再び笑顔で礼を言うと、佐伯はタブレットを両手で大切そうに受け取り
「いえ・・・お役にたてて良かったです。それに僕、秦先輩が笑うところ初めて見ました・・先輩が楽しそうにしているところが見れて良かったです・・」
そう言うと深々と頭を下げ走って校舎へ戻っていった。
「・・・・お前学校でどんな生活してるんだ?」
寿々も佐伯の異様な態度を見てふとそんな事を口にしてしまった。
史は寿々に向き直ると
「気になります?」
と何やら意味深な言い方をされ
「まぁ・・興味はあるよな?」
と返すと
「毎日能面を被ったように過ごしていましたよこの3年間」
「・・・能面?」
「今は違いますけどね」
そう言いながら隙を狙って寿々のスマホを勝手に操作しチャットアプリの通知から画像を保存させてしまった。
「ああ!!ちょ・・何勝手に弄ってんだよ!!」
「保存しないと変化があるかわからないじゃないですか。本当時間ないんですから四の五の言わないでください」
寿々は保存された画像を悲しそうに眺めた・・・。
「これで俺のスマホに呪いが感染したらどうするんだよ・・・」
「幽霊を信じてない人が呪いとか言わないでくださいよ・・まったく」
史は自分のスマホの画像を確認してから目の前の民家を見比べそして何も変化が無いのを確認すると一度ズボンのポケットにスマホをしまった。
寿々は史の言葉を聞いて動作が止まっている。
「・・・どうしました?」
「あ・・・いやさぁ」
「・・・何かあったんですか?」
史は寿々の態度が気になり質問を返す。異様な事を察すると急に心配になってきた。
「もしかしたら・・・いや。ほぼ間違いないと思うんだが。俺。幽霊が・・視える・・・」
そう言って寿々は真顔のままフェンスにもたれ地面を眺めた。
史は勿論そうだろうとは思っていたけれど、何で急にそれを自覚したのかが知りたかった。
「・・なんでそう思ったんですか?」
「先週の木曜日、雨だったせいか俺めちゃくちゃ左肩痛くて早めに帰宅したんだけど。その帰り道通りかかったスーツ集団にぶつかられて眼鏡吹っ飛ばされてさ。・・・それで落ちた眼鏡を探していたら雨なのに目の前に裸足の白い足が現れて俺の眼鏡を拾ってくれたんだ。で、急いで眼鏡かけて確認したんだけど辺りには誰もいなくて。・・・・それで俺、もしかしてと思ってもう一度眼鏡外して回りを見てみたんだ。そしたら後ろの道を白い足だけが雨の中を歩いていた・・・」
寿々の話しを聞いて史は色んな事が一気に起きすぎてコメントがすぐに出て来なかった。
「ちょっと・・色々と言いたい事はありますが・・・まず左肩はどうなんですか?大丈夫なんですか?」
史は昨年ストーカーの一件があってから年末くらいまで寿々の怪我が心配すぎてずっとべったりとくっついていたのだが、流石に寿々にそれを注意されて以降は逆に怪我の話しをしすぎないように気をつけていたのだ。
「ああ、今は大丈夫。まだ完治とはいかないけれど」
「そうですか・・・それなら良かったです」
と史は本気で心配になり一瞬どうしようと思ってしまった。
「それで・・・じゃあ裸眼だと幽霊が視えるって事なんですか?」
「・・・・・多分」
史は色々と今までの事を思い出し、寿々の祖母が盲目のイタコだった事を考えると目が見えない時の方がより鮮明に視えるというのは理にかなっているのかもしれないと納得した。
「それで俺・・・その他にも色々と調べないといけない事ができてさ。多分来月になったら有給使って少し休もうかと思ってる」
寿々の急な発言に史も驚きはしたものの、確かに寿々はアガルタに来てから働きづめで誰が見てもオーバーワークすぎると感じていたし、何か用事があるのならばそれも仕方ないとしか言えなかった。
「その休暇の間、仕事の予定や引継ぎなんか諸々の事はちゃんと準備して、史の事もちゃんと皆に相談しておくからそこは心配しなくていいからさ」
と何故か弱々しく微笑む寿々に史は急にまた胸が締め付けられる思いがした。
史がコメントに困っているのを察し寿々は一呼吸すると
「さてと・・・。まだそこまで時間は経ってないけれど。画像に変化が出たか・・・?」
とスマホの画像を嫌そうに開いた。
午後4時半になりすっかり辺りは暗くなりつつある。
目の前の家には特段変化はない。
史もすぐ隣で一緒に画像を確認すると・・・。
「!!!!!」
画像開いた途端に寿々はあまりの恐怖でスマホを落とし、史は寿々を庇うように右手でバックネットまで身を引くと左手を向けて目の前を透視した。
その画像にはあの2階にいた人影、明らかに中年の男が下を俯いて家のフェンスを越え自分たちのすぐ目の前付近に立っている姿が写っていたからだ!
急いで透視をした史だったが、やはりすぐに目の前に存在していないのは明らかだった。
そしてそのまま家の中や周辺にも注意を払う。
しかしどこにも霊の存在を感じない。
だが、寿々の落としたスマホからは黒いモヤが立ち込めている。
史は目を開け寿々のスマホを拾いもう一度画像を確かめた。
「・・・・そんな」
寿々もその画像を恐る恐る確かめる。
「嘘だ・・・だって今画像にはっきりと写っていたはず」
しかしもう一度確かめた時にはすでに画像から男の姿は消えてなくなっていた。
「・・くそ。今のスクショしておけば良かった・・」
と史は悔しそうに呟くが
「いや、それ俺のだから!」
と寿々は本気で怒りながら史の手からスマホを奪い返した。
そして恐る恐る今の画像を見て
「・・しかしこの後本当どうなるんだ・・・」
と顔がみるみる青ざめた。
「実際に目の前に現れるとか?」
史が本気とも冗談とも捉えられる言い方をすると。
「⁉︎そんな事あってたまるか・・・絶対にそうなる前に手がかりを見つけて阻止してやる!」
寿々はいつにもなく本気を出し突然歩き出した。
寿々は手がかりを掴もうと空き家を囲む3軒の家を順々に尋ねた。
右隣りの家はインターホンを鳴らしても応答が無かった為、すぐに諦めて反対の左側の家へと赴く。
そして再びインターホンを鳴らすと中から犬を抱えた50代くらいの女性が出てきた。
「突然失礼します。私いいとよ出版の雑誌編集者の三枝という者なのですが。お隣の家の事で少しお話伺ってもよろしいでしょうか?」
と問いかけ容姿で怪しまれないようすぐに名刺を渡した。
「雑誌編集の方?お隣の家についてですって??あらやだ・・・また何かあったんですか?」
とその家の女性が逆に寿々に聞いてきた。
「また?と言いますと以前も何かがあったという事ですか?」
と寿々は会話を逃がさないように質問を返す。
「お隣の家、昔はお爺さんとその息子さんの二人暮らしだったんですけど。もう何年も前にお爺さんが亡くなって、その後息子さんも家の中で孤独死されたそうなんですよ。でもその息子さん、私たち回りの住民も家の中にいるなんて亡くなるまで全く知らなかったんです」
「つまり長い間引きこもっていた・・という事でしょうか?」
「さぁ・・うちはここに来て20年近くになりますけど。その間は一度も見た事もなかったので。あ、ちなみに真裏のお宅がお知り合いみたいだから詳しくはそちらに聞いてみたらいいんじゃないかしら?」
そう言われて寿々は丁寧にお礼を言うと早速ぐるっと道を回って真後ろの家に向かった。
そして到着すると再びインターホンを鳴らす。
「・・・はい」
インターホンからは男性の声が返ってきた。
「お忙しいところ失礼します。私いいとよ出版の者ですが、裏のお家の事で少しお伺いしたいのですがよろしいでしょうか?」
そう聞くと暫くして玄関の扉が開き60代くらいの男性が出てきた。
寿々は名刺を渡す。
「私いいとよ出版の雑誌編集者の三枝と言います」
「いいとよ?・・知らないなぁ・・」
と男性は不審そうに名刺を眺めた。
「今、右奥のお宅から裏の家の方とお知り合いだったと伺ったんですが。それで少しお話を聞ければと思いまして・・」
寿々は間を開けずに話し続ける。
「うぅん・・・まぁ知り合いという程でもないんだ、昔のよしみでお爺さんからもし何かあったらちょっとだけでいいから家を確認してもらえないか?と言われてかなり前に家の鍵を預かったんだ。それでほら、お爺さんが亡くなった後暫くして仕方なく家を見に行ったら中で息子さんが亡くなっていて・・」
「じゃあその鍵はその後警察の方が持っていかれたんですか?」
と寿々も大胆に聞き返す。
すると男性も少し間を開けてから、
「いや、結局自然死という事で全て片付いたという報告と共に戻されたよ。何だあんたもしかしてあの家の中を見たいのか?」
寿々は自分で聞いておきながら『正直特に見たくはないなぁ・・・』と思いつつ隣の史を見ると、思いっきり真剣な目で頷かれ。
寿々は仕方なく、
「・・・はい、可能でしょうか?」
と聞くと老人は特に不審に思う事もなく玄関先の扉の中から鍵を取り出し、それを寿々へと渡してくれた。
「本当はワシも手に負えなくて困っているんだよ。別に土地を譲渡されてるわけでもないからな。まぁ、返す時はそこのポストに入れ置いてくれればいいから。あとは好きにしてくれ」
とあっさりと家の鍵を貸してもらえたのだった。
二人は再び写真の家に戻り、括られたロープを解いて門を開けた。
「ここって、もしかしなくてもいわゆる事故物件になるんだよなぁ・・・」
と寿々は嫌そうに玄関までの階段を上り振り返ると、史は後ろでスマホを構えて家の写真を撮っている。
「お前学校のすぐ近くでこんなことして見つかったら大変なんじゃないか?」
と寿々は玄関の扉に手を掛けながら史に聞いた。
「別に仕事って言えば何とでもなりますでしょ?・・細かい事はどうでもいいので早く中入って手がかりを見つけましょう」
と、結局禁止されているというのに現場取材をめいいっぱい楽しんでいるようで、寿々も史のこういう心霊オカルトへの積極性にはいまだについていけそうになかった。
寿々は鍵を開けて中へと足を踏み入れた。
中は相当長い間空気の入れ替えがされてなかったのであろう。開けた瞬間から淀んだ空気が玄関に向けて一気に流れ出してきた。
「・・・うわっ」
予想はしていたが、家の中は悪臭が酷い。
寿々が玄関先で先に進むことを躊躇っていると、史は慣れた様子でスマホのライトを照らしながら土足のまま家の中へと入っていった。
寿々も置いていかれるのは困るので史の後ろをついて中に入る。
「・・・透視して見てた通りの間取りですね・・・」
史は一階のダイニングキッチンとリビングその隣の和室をぐるっと回り、ふとダイニングの天井を照らした。
『・・・・染み?』
史は天井の黒い染みを見てすぐにピンときた。
そしてそのままもう一度廊下に出ると階段を上り二階へと上った。
2階も透視をして見えたとおり3部屋ある。
史は手前から一つ、また一つと扉を開けるが部屋の中にも何もなくガランとしているだけで特に異変はなかった。
そして廊下の突き当りの最後の部屋のドアを開けた。
そこの部屋の臭いは想像以上に酷かった。
「うっ・・」
史も思わず袖で鼻と口を覆う。
そしてスマホのライトで中を照らした。
部屋の間取りは8畳ほどだろうか、入って右側が写真で人影が写っていた窓になる。
左側はクローゼットと本棚が置かれてる。
そしてここの部屋だけ他の部屋とは違って積まれた雑誌、ベッドやローデスク、そしてそのローデスクの上に置かれた古いパソコン全てがそのままの状態になっていた。
良く見るとローデスクの下のカーペットが真っ黒な染みになっている。
どう考えてもそこで息子は亡くなったとしか思えなかった。
「史・・うわ・・やばいなここ」
廊下の後ろから着いてきた寿々は部屋に入る前から顔を覆って先に進めずその場で立ち止まっていた。
史は悪臭に耐えながら更にその部屋へと入っていく。
「・・・もう。本当勘弁してくれよ・・」
寿々は嫌々息を止めその部屋の入口まで進んだ。
史は染みのついたカーペットの前のパソコンを調べてみた。
当然パソコンの電源は抜かれている状態だ。
しかしよく見るとその古いパソコンの本体の一番下に何やらアンテナが付いているカードが差し込まれていた。
『なんだ・・これ』
史はそのカードに手を触れようとした瞬間まるで拒否されるような強さの放電をくらった。
バチン!!という音と共に火花が飛び散る。
「いってぇ!!!」
思わず手を引いて怪我がないか確認をした。
部屋の中が暗いので良くはわからないが、特に火傷とかはなさそうだ。
「史何だ今の?大丈夫か??」
寿々は入口から中へ飛び込もうとしてやはり悪臭が酷くてその場で吐きそうになり、顔だけ廊下に戻した。
「うぅぅ・・やば。吐きそう・・」
その様子を見た史は一度廊下に戻り寿々を部屋から離した。
「寿々さんは入らなくていいですよ。ただ寿々さんのスマホを貸してもらえますか?」
寿々は仕方なくロックを解いて例の画像フォルダを開いて渡した。
そして二人で再度変化する写真を確かめた。
「・・・・・・・」
二人は顔を見合わせる。
画像4枚はどれもこれも真っ暗で何も見えなくなっていた。
「寿々さん・・・・ちょっとこれ・・・明るさ上げてもいいですか?」
そう聞かれて寿々も何を確認しているのか察し、
「いや、だめだ!それ今ここでやらなくててもいいだろ!」
と本気で怒った。
「じゃあ寿々さんは見なくていいので」
そう言いながら史は寿々に見えないように真っ暗なその画像の明度を100%まで上げた・・・・。
そこには男のアップの顔が写っていた。
「・・・・・・」
史も流石に背筋がぞっとした。
つまりデータになったこの家の住人は意思を持って今自分達の目の前にいるという事になる。
この家にもこの世にも存在しないのに男はデータの中で何かを訴えているかのようだった。
史は寿々のスマホでその画像を4枚ともスクショを撮る。
「史まじでやめろよ!俺のスマホでその画像を撮るな!」
本気で怒る寿々に
「大丈夫です。すぐに俺に転送したら寿々さんのデータは消しますから」
と言ううちにすぐに転送を終え4枚のデータを完全に消去した。
「これでもう大丈夫かと思います。あとはもう一度確認したい事があるのでもうちょっとだけ待っていて下さい」
そう言って寿々のスマホを返すと、史はもう一度奥の部屋へと入っていった。
「史もういいって!」
史は寿々の制止も聞かず中へと入り、さっきのパソコン本体に刺さっているアンテナが付いたカードをもう一度確認するとそのカードをゆっくり引き抜いた。
「・・・・・・・・・」
少しだけ様子を見たが、すぐに何かが起こるわけもなく。
史は自分のスマホを出し、引き抜いたカードを机の上に置くとその写真も撮った。
史は部屋を出て廊下で待つ寿々のところへ戻ると
「もしかしたらですが、これで複製データの変化は止まったかもしれません」
そう言いながら自分のスマホの画像を見るとサムネの時点でその変化がすぐに分かった。
先ほどまで真っ黒だった4枚の画像が今度はホワイトアウトするように真っ白な画面へと変わっているではないか。
「史・・・これはどういうことなんだ?」
「ちょっと詳細は外に出て話しましょう・・・流石に俺もこれ以上ここにいるのは無理です」
そう言って二人は急いで家を出た。
そして寿々はそのまま鍵を閉めもう一度ロープを括り直し、鍵を言われた通り裏の家のポストにメモ書きと共に投函した。
時刻は午後7時
二人は服についた悪臭が酷い為今日は編集部に戻るのをやめ、その旨を連絡すると帰宅するために駅へと向かって歩きだした。
「いやいやいや・・・マジで臭いヤバいな・・俺これ電車乗れなくないか?」
寿々は自分の服の臭いを嗅いで再び吐き気がしてきた。
史もそう言われ寿々の臭いを嗅いだあと自分の服の臭いを嗅いで
「俺の方が臭いのでもはや何もわからないですね」
と二人してげんなりした。
「で?結局さっきのはなんだったんだ?」
寿々は吐き気を抑えながら史に聞く。
すると史は自転車を押しながら片方の手でポケットからスマホを取り出しさっき撮った写真を寿々に見せた。
「寿々さんこれ何だかわかります?」
そう言って見せた写真には一枚のPC用通信カードの写真が写っていた。
「・・・これは。確か昔のノートパソコンとかに差し込んで使うデータ通信用のカードだったような・・」
「やっぱりそうですよね。俺も実物を見るのは初めてでしたが、アンテナがついていたので多分そうなのではと思いました」
そう言ってスマホを再びしまうと、
「あの部屋めちゃくちゃ乾燥していて静電気が凄かったんですよ。だからこれはあくまでも推測ですが。かつてあの部屋にいた住民の念が部屋の中の電子と混ざり通信データカードに帯びた静電気によって存在がデータ化され近くの電子媒体へとたまたま伝播したのではないかと・・・」
寿々は史のその発想力に度肝を抜かれた。
「・・そんな事ってありえるのか??」
「わかりません。あくまでも推測です。しかしそれだけではその後の写真が変化する異変との関連性は不明なので、結局は全てオカルトの領域からは抜け出せそうにないですね」
史はそう言いながらもどことなく楽しそうな眼をしている。
寿々は正直こういう類の取材や調査は勘弁してもらいたかったが、それでも最近様子がおかしかった史がようやくいつもの史に戻ってきたような気がして少しだけ安心したのだった。
「寿々さん、この写真。心霊写真の検証とは若干ズレますが、それを踏まえたうえでも多分面白い記事に出来るような気がするんです・・・俺明日からもらったレイアウトを参考にちょっとこの記事頑張って作ってみたいと思います」
寿々はそう言う史の頭を思いっきり撫でくりまわしてやりたい気持ちを抑え
「・・ああ、頑張れよ!」
と笑顔で答えた。
二人は駅前の商店街へ着いたものの人通りが多くなるにつれ二人の横を通り過ぎる人達が一瞬驚いて皆一様に離れていくのを察し、
「俺やっぱり歩いて帰るわ・・・」
と寿々はがっくりと肩を落とした。
「送っていきましょうか?」
と史に聞かれたが
「流石にそれは遠慮しとく・・・」
そして疲れた顔をした寿々は史に向き直り
「じゃあまた明日編集部でな」
といつも通りににっこりと笑うとくるりと反対方向を向いて歩き出した。
史もその背中に向かって
「はい・・・また明日」
と返すと自転車に跨り、漕ぎ出そうとしたところで
「あ、そうそう史!」
と寿々の声で後ろを振り返った。
「お前のくれたあのダーラナホースのしおり、マジで幸運のお守りかも」
と言いうと手をふりニッカリと笑いながら寿々は帰って行ってしまった。
史は寿々のその言葉も動作も全てが愛おしすぎて駅前の商店街の中一人にやけた顔を必死に隠すように伏せた。
そして再びシンディの言葉を思い出し、もっと寿々の事を信じていいんだなと実感したのだった。




