第2話 合縁機縁
その日三枝寿々は少し遅れて午前10時に編集部に出勤した。
いいとよ出版はフルフレックス制なので出社時間は気にしなくてもいいのだが、アガルタ編集部の面々は皆一様に真面目なのか、ただ仕事が好きなのかわらないがとにかく出社時間がどの編集部より早い。
大体朝の8時前出社が当たり前で遅くても9時には皆仕事を初めているのが通常だ。
寿々は今日、朝一で病院に行き左肩の診察を受けその後壊れた眼鏡を修理に出してからの出社になったのでこんな時間になってしまったのだ。
「・・・おはようございます」
そう挨拶して自分の席に着こうして目の前の席の丸と篠田と菊池、それからたまたま通りかかった浅野全員が寿々の姿を見て硬直した。
「・・・・・・さ・・三枝??どした・・・その顔??」
丸が寿々の顔を見て驚愕している。
「あぁ・・・・昨日また眼鏡が壊れて、予備用のも壊れたら困るので仕方なく前に買ってあったコンタクトを引っ張り出したんですよ・・・でも久しぶりにコンタクトしたら何だかしっくりこなくてそれで手元が滑って髭も無くしました」
寿々はその言葉通り、いつもの眼鏡も虚勢で生やしていた顎鬚すら無くし、どうみても中学生ぐらいの少年にしか見えなかったのだ。
「いやぁ・・・想像以上にその・・・」
と篠田も言葉に詰まった。
「大丈夫です。それは一番自分でもよくわかっています。ここに来るまでにも警察に危うく補導されそうになりましたし。本当自分でも嫌になる程の童顔なので・・。あのあまりジロジロ見ないでもらえますか・・・・」
と流石に皆から見られている事に恥ずかしくなり顔を真っ赤にさせ片手で顔を覆った。
それを真顔で見ていた浅野は、
「・・・三枝さんこんな言い方嬉しくないと思いますが。予想していた以上に可愛い過ぎてヤバいです。年上だけど弟にしたいです!」
「すみませんがお断りします!っていうか皆さんいい加減仕事に戻ってください!ほら!」
と寿々は手を振って注目する全員を散らせると、ため息をつきながら席に着いた。
『まったく・・・本当これだから自分の顔嫌なんだよ・・・』
心の中でボヤキながら鞄から仕事道具を取り出すと、その中に読みかけの本に挟まったダーラナホースのしおりを見て昨晩に見た夢の事を思い出した。
『鬼神・・・色々と調べないといけない事が出て来たな・・まずは大和編集部の時にお世話になった民俗学の先生達に連絡をとってみるか・・・』
寿々は自分の中に潜むもう一人の存在、鬼神アグルが本当にこの日本の伝承に実際に存在したのか気になって仕方がなかった。
勿論存在を確認するだけで終わりではない。それと同時に解いてしまった血の縄の戻し方も更にアグルを自分から取り除く方法も調べないといけない。
そして一番聞きづらい事ではあるがやはり一度母親に連絡を取って真相を確認する必要があった。
「・・・やる事一杯だな・・・」
と小さく呟くと寿々はPCの電源を入れ仕事を開始したのだった。
午後5時
4日ぶりにアガルタに来た史は寿々の姿を見て素で1mほど後ろに飛び退いた。
「・・・・・ど、ど、どうしたんですか」
その様子を見ていた丸は
「まぁそうなるよなぁ・・・」
と独り言を呟く。
寿々も寿々で今日は朝から一日中色んな人から同じ反応をされ、もういい加減にしてくれと言わんばかりの疲れようだ。
「史、頼むからそれ以上何も言わないでくれ・・・もう今日一日中同じ事言われ過ぎてマジで疲れてんだよ」
そう言うと顔を両手で覆って塞ぎ込んだ。
「いや・・・まぁ。童顔なのはわかっていましたが。それにしてもなんで・・・」
史も今日編集部に来るまでに、寿々への想いをどうすればいいのか色々と悩み、動揺を抑えつつ覚悟して来ただけに寿々の眼鏡と顎髭が無い姿に驚きを上書きされて返って冷静になれた。
「まぁ、昨日の夜また眼鏡壊れたり変な易者に会ったり・・・」
「変な易者?」
「とにかくいっぺんに話すのは無理だからまた今度な。んで、さっき言ってた面白いネタって?」
と話を変え質問をされた。
史も仕事に集中していようと決めたばかりだったので、余計な事を考えずに持って来た変化する写真の話しを詳しく話した。
「うわ・・・・え・・これ本当に同じデータの写真なのか??」
寿々は史が学校の新聞部からもらったプリントアウトした写真と、同じデータの画像を見比べながらその明らかな違いに驚き鳥肌が立つほど震えあがった。
「まあ少なくても撮った本人はそう言っていました」
「でも・・変化する写真なんてあり得るのか?」
「俺は聞いた事ないですね。うーん・・・寿々さんどう思います?これってネタとして掲載できるような内容だと思いますか?」
「・・・確かに変化する写真っていうテーマは面白いのかもしれないけれど、実際誌面に載せた時の事を考えると本当に変化しているのかが分かりづらいし、下手しなくても編集でどうにでも弄れると即座に思われたら意味のない話だからなぁ・・」
史は少し考えてから。
「・・・それにしてもこの写真、どこまで変化するんでしょうかね?とりあえずは毎日プリントアウトして数日検証してみませんか?記事にするしないはその動向を見てからもでもいいのかと?」
「う~ん・・やるのは全然いいんだけど。とにかく誌面の構成や締切もあるからどうすればこの類の内容を上手く伝えられるのか・・・俺が気になるのは本当そっちなんだよ」
そう言いながら先月末に決めたレイアウトを取り出し内容と照らし合わせながら寿々は苦手な心霊写真を一生懸命見ながら作業をし始める。
その姿を横で見ながら史は、
「・・・寿々さん。実際使い物になるかわかりませんけれど、そのページ俺がやってみてもいいですか?」
と今まで誌面構成には一度も名乗りを挙げた事がない史が珍しく自主的にやる気になった事に寿々は驚き
「・・勿論いいに決まってるだろ!?いいよいいよ、やってみろって!!」
と嬉しすぎて思わず笑顔になりデスクチェアに座ったまま史のすぐ隣までぐっと近づくと、レイアウトを広げ肩が密着する距離で
「心霊写真の検証ページは全4ページだから、一応今のところ毎回3枚から4枚の写真を検証する事を想定してざっくりと構成してある。それで今回は初回だから3枚でも仕方ないと思って特に検証写真や記事を多く載せられるよう大きく枠をとっていて・・・」
とまるで子供が無邪気にはしゃぐように真横で笑顔で説明を始めたものだから史も急に心拍数が爆上がりして硬直し変な汗が出てきて、耐え切れずに後ろに身を引いた。
その動作と表情に寿々も気づき、
「・・・いやぁ、お前が自主的に苦手な誌面をやるって言うからちょっと1人でテンション上がっちゃったわ・・・わり」
そう言って気まずそうに少しだけ椅子を下げた。
「・・いや。別にいいんですけど」
そんな事より史は自分が今どんな顔をしているのか不安しかなかった。
恐らく相当な赤面と冷や汗とひきつった顔をしているに違いない。
「・・・まぁそんな感じで。やるならここ最後の枠使ってやってみろよ。わからない事があれば何でも教えるから」
と寿々は先程の笑顔が一瞬にして消え失せ渋い顔をして自分の席へと戻っていった。
「・・・・・・・」
寿々の反応からしてドン引きされる程の反応をしていたのは明白だった。
史は渡されたレイアウトをただ眺めながら、やらかした感を埋められず暫くの間何も手に付かずただ呆然するしかなかった。
「三枝さーん!ひろせさんが来てます!」
浅野が寿々を呼ぶ声がして
「はい!今行きます!!」
と返事をしながら席を立ったところでようやく史はまともに息が吸えるようになり、大きなため息をついた。
「・・はぁ・・つら」
史は誰にも聞こえないように呟くと、気を取り戻してスマホの新聞部から貰ったデータを確認する為に開いた。
「・・・・・・あれ?」
そして今の時刻を確認する。
午後6時半
データをもらってから3時間程度しか経っていないというのに、早速3枚目と4枚目に明らかな動きがあった。
3枚目は右手が少しだけ上がっており、4枚目はもうほぼ体が室内に隠れてかけている。
史は急いで4枚のデータをプリントアウトすると写真の裏に日付と時刻、そして枚数を番号で書き込んだ。
そして再びその日付の違う写真を見比べて明らかな違いに興味と疑問しかなかった。
『この人物、消えたらどうなるんだろうか・・・』
その先の事は全く予想が出来なかった。
史はその後も寿々と微妙な距離を取りつつひたすら仕事に没頭し、9時になると早々に一人でアガルタを出て家路に着いた。
そして寒空の中自転車を走らせ、これから本当にどうすればいいのかと思い悩んだ。
「・・・はぁ・・。本当に何でこんなことになってしまったんだ・・。あれか、やっぱりこれも引き寄せの術の代償なのだろうか・・・」
目の前では対向車線の歩道の青信号が点滅をしている。
『確かにこれが代償の一つで、呪いのように俺に科せられているであればだいぶ納得がいく。でももしそうだとしても、じゃあこの呪いは一体いつ解けるのだろうか・・』
史は信号が青になったのを確認すると再び車道を走り始めた。
『思い当たる解決方法があるとすれば、俺が寿々さんから離れる。もしくは引き寄せの術を取り消してもらう・・・・まぁでも後者はもう無理だろうけど』
史は少しだけ夜空を仰ぐと本意ではないが、『・・もしこれ以上寿々さんへの想いが強くなるようならば最終的にはアガルタを辞めないといけないかもしれないな・・・』と不安に顔を歪ませた。
「誰か・・・・相談できる人がいれば・・・・・・・」
そう口にしたところでふととある人物の顔が頭の中に思い浮かんだ。
「・・・そうか」
翌日の土曜夕方。
史は一人渋谷から地下鉄を乗り継いて新宿三丁目駅へと向かった。
そうだ。相談できる相手は一人しかいない。
3ヵ月前史が強く望んで寿々をアガルタに引き寄せてくれた張本人。
シンディにしかこんな相談をできるわけがなかった。
とはいえ一人で新宿2丁目に行くのは相当な勇気がいる。
ましてやまだ18歳の高校生だ。
万が一何かあれば人生を棒に振る事にもなりかねない。
確か編集長の最上にも以前、シンディとは今後絶対に関わらないようにと忠告をされていた。
しかしシンディからは『いずれまた貴方は私に会いにくるかもしれないわね・・』と言われていたこともあり、これは必然なのだと史は自分に言い聞かせ、地下鉄を出ると2丁目に向けて横断歩道を渡り始めようとしたその時。
「高校生はまだダメだって言ったでしょ?」
と背後から聞き覚えのある声に引き留められた。
振り返るとそこいたのはタイトなレザーワンピースの上に毛皮のコートを羽織ったシンディが立っていた。
「・・・シンディさん??なんで・・」
「ふふ、だから前にも言ったでしょ。私はそういうのわかるんだって」
シンディは10㎝近いヒールの靴を履いており、史より少しだけ高い目線からにっこりと笑い、
「さ、行く場所はそっちじゃないわよ。こっちの方のお店で話しましょ」
そう言うとモデルのように優雅にくるりと回り、ヒールを鳴らして先導するように歩き出した。
二人が入ったのはチェーン店の喫茶店。
カウンターで注文をするとシンディは振り返り、
「じゃあこの前の約束。ここはあなたの奢りでよろしくね!」
と以前した約束として史に紅茶を奢るように頼んだ。
「え?こんなのでいいんですか?」
と史も以前の雰囲気からすると、酒でも奢れって意味だと思っていただけにちょっとだけ驚いた。
「いいのいいの」
そう言うとシンディは手をヒラヒラと振りながら上機嫌で店の奥の席へと先に行ってしまった。
史がシンディの向かいに腰をかけるとシンディは史の目を見て
「あらあら・・・随分と困っているみたいね」
と何も聞かずに史の内情を理解したかのように優しく声を掛ける。
「・・・はい。あの、正直誰にも相談できる人がいなくて・・・」
「ふふ、そうでしょうね」
シンディは紅茶に砂糖とミルクを入れるとかき混ぜ、そしてゆっくりと一口飲んだ。
「・・・まさかと思いますけれど・・・シンディさんあの時すでの俺の事わかっていましたか?」
史がそう質問するとシンディは少しだけ目を丸くして
「ん?何のことかしら?」
と聞き返された。
「えっと・・・・その・・・。あの時引き寄せてもらった人物の事を・・俺がいずれ本当に好きになるって・・わかっていましたか?」
史は肩をすぼめながらかなり恥ずかしそうにシンディに聞くと、シンディもその反応があまりにも可愛いすぎたのか思わず笑いだしてしまった。
「ふふふふふ」
「ちょっ・・・笑わないでくださいよ!!真剣に悩んでいるんですから・・」
反論する史に更に胸がキュンキュンしてしかたがないシンディは、
「もう!あまり可愛い反応するとこっちの身がもたないでしょ!」
と笑いながら茶化す。
「・・・・・・」
史もそれ以上何も言えず顔を真っ赤にしながら肘をテーブルにつけ顔を手で覆ってしまい、するとシンディはそれを見て微笑むと目を閉じゆっくりと答えてくれた。
「・・・・・違うわよ。あなたはね、私のところに来る前からすでにその人の魂そのものを好きだったから本気で願えたし、だから叶ったのよ。だからもし今あなたが恋をする事で苦しかったとしてもそれは引き寄せた代償とは全く関係ないの。つまりあの時引き寄せなかったとしてもあなたはその人と出会っていただろうしやっぱりどうしたって恋をしてしまう運命だったってだけなの」
そうシンディが優しく諭してくれたのだが、史は顔をあげ、
「・・・相手が10歳も年上の男だとしても?」
と絶望の表情で聞き返した。
「あら、それは知らなかったけれど。なるほどだから私のところに来たんじゃなの?言わばこれも運命ね!」
と合点がいった顔をしてシンディはあっさりと答えた。
「仕方ないわね。どうもあなたとは今後も何かしらのご縁がありそうだから、特別だけど私の連絡先教えておいてあげるわ!私基本的に誰にも連絡先教えないのよ?」
そう言うとシンディはポケットからメモとペンを出しサラサラっとアドレスを書くと史に「はい」
と渡し、顔を近づけると小声で。
「これから先も沢山悩む事があるでしょうから、聞きたい事があれば何でも教えてあげるわよ!」
とウィンクしすると席を立ちあがった。
「・・いや、そうじゃなく。聞きたかったのはどうすれば無かったことにできるのかって・・・」
と史がシンディを引き止める様に質問すると。
「はぁ??あんたどこまでおまぬけなの??」
とシンディは急に呆れ気味に返してきた。
「いい?人が人を好きになる事はどうする事もできないの。関係を終わらせる方法はいくらでもあるれど運命の相手とは結局離れる事はできないの。たとえあんたが今逃げたとしてもいずれどこかでまた引き合ってしまう。だから腹を括りなさい。相手が自分を受け入れてくれなくても自分だけは相手を受け入れなければいけない覚悟をね」
と凄みのある顔できつく言われた史はその場で肩を落とした。
「・・別に受け入れてもらおうとは思ってはいないです。ただ迷惑を掛けたくなくて・・」
とぼそりと呟くと、シンディはもう一度席に座り。
「本当に悩んでいるのは迷惑を掛けるとかじゃないでしょ?ちゃんと自分の気持ちに素直になりなさい。嫌われたくないって!」
「・・・・・・・」
「もう・・安心なさい。引き寄せで呼べるくらいの運命の相手ならば、男だろうが女だろうが関係なくあんたの事を蔑む事だけは絶対にありえないから!成就する確証はなくてもあんたは安心して相手の事をずっと好きでい続けていいのよ。相手も絶対にあんたの事を嫌ったりはしないから。もっと相手を信じてあげなさい」
と言うとテーブルの上でグッと握られた史の手をポンポンと叩き再び立ち上がるとそのまま店を出て行ってしまった。
翌日の日曜日
史は変化する写真の記録をとる為に編集部を訪れていた。
エレベーターを降りて中へ入ると、めずらしく編集長の最上と後藤が忙しそうに仕事をしていた。
「おはようございます」
挨拶をしながら史は自分の机へと向かう。
「あれ?史君今日はどうしたの?」
最上が遠くの机から史に声をかけた。
「ちょっと今変化する心霊写真を検証中で。毎日記録をとっているんです」
そう答えると
「へぇ~それは面白いね!なかなか記事にするのは難しそうだけれど頑張ってね」
と笑顔で応援してくれた。
史は昨日、最上から会うなと言われていたシンディと会って話をしたことを思い出し少しだけ後ろめたさを感じた。
しかし結果的に昨日シンディに『相手も絶対にあんたの事を嫌ったりはしないから。もっと相手を信じてあげなさい』と言われた事でスッと心のモヤが晴れ。今日はこの一週間の悩みが嘘の様にすっきりとしていたのだった。
史は例の変化する写真の記録をとる為にスマホの画像とSDを読み取ったデータ、そして昨日と一昨日、新聞部からもらったプリントアウトされた写真をすべて机の上に広げる。
そして一枚一枚入念に見比べてみた。
新聞部から預かった写真を基準にして追ってゆくと3枚目4枚目の写真に写る人影が顕著に変化が見られるが、今日も朝起きてからスマホの画像を確認した時にはまだかろうじて体の一部が窓枠から僅かに見えていたのに、編集部に来てから確認したところSDのデータとスマホのデータの画像4枚全てから人影が消えてしまっていたのだ。
「・・・・なんだこれは」
史は急に嫌な雰囲気を感じとり、あえず人影が消えた4枚のデータ全てをプリントアウトしその裏に日付と時間、そしてナンバーを書き込んだ。
「これあと何時間待つと次の変化があるのだろうか・・・」
そしてやはり今一度あの民家を詳しく調べる必要があると感じた。
だが史は高校卒業まで現場取材が禁止されている身だ。どうしたって取材は寿々を頼らざるを得ない。
心霊写真だし今回の記事はなるべく寿々を頼らずに自分一人で何とかやり遂げたかったのだが・・。
仕方ないと思いスマホを握り少しだけ気持ちを整えると、史は寿々に現場取材を頼むメッセージを送った。




