第2話 クリスマスローズ
12月3週目
三枝寿々は規定の仕事をこなしつつも、明後日の3月号の最終企画会議に向け前回ボツになった企画書を再度書き直しながら更に10以上の企画を捻出しなといけない過酷な日々を送っていた。
しかしながらアガルタ編集部に来てからおおよそ1ヵ月半が過ぎたとはいえ、寿々の超常現象、オカルトへのアイディアはまったく進歩を見せていない。
しかもタッグを組む頼みの綱、高校生アルバイトの秦史も先週から体調不良でずっと休んでおり、仕方なく既刊号を漁ってはとにかく何でもいいから書き出しては調べてを繰り返していた。
「ぐぬぅぅ・・・・・」
寿々は午後9時を回っても編集部で一人作業を続け、結局30以上の企画書を書きまくったがどれもこれも既に出尽くしているネタの上書きばかりで、ちっとも魅力を感じられず一人唸り声をあげた。
「だめだ・・・全部これっぽっちも面白そうじゃない・・・」
自分の企画書を読み返し寿々は改めて自分の知識の浅さに絶望した。
机に顔を突っ伏し、しばらく精神統一を試みたがどうにも明日までに提出できる企画書を書き上げる事ができそうになく本当にノイローゼになりそうだった。
寿々はふと机の端に置いてあったスマホに目を向けた。
先週から休んでいる史からは5日間一切連絡もなく、昨日あたりまでは『俺に直接連絡くらいしろ!』と思ってはいたのだが、いよいよそんなに休むくらいなら余程悪いのではないか?と本気で心配になってきていた。
連絡先は知ってはいたものの、寿々も史もお互いチャットアプリを利用するような事はなかったので特に連絡もせずに今日にいたる。
「・・・・やっぱり連絡をしてみるべきなのか?」
何故か連絡する事を躊躇していると、突然スマホに着信が入った。
「!!」
着信は編集長の最上からだった。
「・・・はい三枝です」
通話に出ると背後ががやがやと騒がしい音が聞こえる中、最上の声が聞こえた。
「三枝君?・・・今まだ編集部にいるかい?」
「ええ、はい。まだいます」
「そうか。もうすぐ帰宅するようならば、そこからちゃんとタクシー呼んで絶対に外を出歩かないようにして帰宅しなさい」
最上のその発言に寿々は驚いた。
「え・・?何かあったんですか?」
「ちょっと三枝君の身の回りに女性の不審者が付きまとっている可能性があって。何もないといいのだけれど念のために今日はもう帰宅して明日出社する時も十分回りに気をつけて来るように。もし少しでも身の危険を感じるような事があったらすぐに僕に連絡して、いいね?」
最上はそれだけ話すと忙しそうに通話を切った。
「・・・・女の不審者?俺に?」
寿々は最上の言っている事が何なのか、全く意味が分からなかった。が、とにかく今ここに一人でいるのはあまり良くないような気がしてきて、早速机の上を整理するとすぐに言われた通りにタクシー会社へ連絡をいれた。
「・・・・あ、すみません。一台いいとよ出版までお願いします・・・」
電話の向こうで「少々お待ちください」とオペレーターの声のあと保留音が流れると、編集部から出たすぐの廊下で、ガタッ!と何かが倒れるような音がして寿々はそちらを見た。
恐る恐る廊下を見てみるが、そこは特に変わった様子もなく人の気配もなく、ただいつもの通りの廊下の風景があった。
「お待たせしました」
保留音が切れオペレーターに繋がると一瞬ドキっとしたものの、
「それでは10分程度でそちらにお迎えに参りますのでお名前をよろしくお願いします」
と言われると名前を告げその電話を切った。
寿々は荷物をまとめて1階に上がり、外には出ないようエントランス内でタクシーが来るのを待った。
『それにしても不審者とか全く心当たりがなくて一体編集長はどこからそんな事を知ったんだろう・・・・』
そう考えていると、ふと前に丸が史に話していた会話が頭の中に蘇った。
『ナチュラルボーンメンヘラ製造機』
「・・・・思い出しただけでも何て最低なワードなんだ・・・」
寿々は丸のハイヤーセルフのワードセンスに呆れたが、もしあるとすればそのあたりにしか心当たりがない。
それに史がここ5日間休んでいるのもその不審者との関係があるならば、編集長からの連絡も全て合点がいくのだ。
『しかし史がそのメンヘラだかなんだか知らないけど、不審者に付きまとわれていたとして。どうして自分にもその危険が及ぶって言うんだろうか??
確かにここ一ヵ月くらいは史と一緒に外を行動する事もそれなりにあった。
女性ならいざ知らず男の俺にまでもその危険が及ぶ可能性なんて本当にあるのだろうか・・・?』
そんな事を考えているとビルの前に一台のタクシーが停車した。
寿々はタクシー会社の名前を確かめるとそのまま急いでタクシーに近づく。
車の扉が開き「三枝です」と話すと、そのまま寿々は後部座席へと乗り込んだ。
すると、突然なんの気配もなく背後から見知らぬ人影が現れたかと思うと、まるで寿々の連れだと言わんばかりの至近距離ですぐ横の後部座席に腰を掛けた。
「!!!」
そのあまりにも自然すぎる動作と、突然見ず知らずの人物に隣に座られた恐怖で寿々は言葉を失った。
その人物を見るとボサボサの髪の毛で顔全体を覆い、痩せ細った体に白いフリルのワンピースを着た女だった。
そして女は寿々にピッタリとくっつくようにして体を寄せ、良く見ると寿々の脇のあたりに刃渡り10センチくらいの果物ナイフを押し付けている。
「・・・・・・・」
女が何か呟いたように聞こえたが声はとても小さくそれ以上聞き取る事が出来なった。
「お客さんどこまでですか?」
どうやら運転手からは寿々がナイフを突き立てれいる様子は見えないようだ。
「・・・・・・」
寿々はあまりの恐怖で声も出せず硬直した状態だ。
すると女は、
「駒沢公園まで・・・」
と今度ははっきりとした口調で運転手に告げた。
「もしもし史君?・・・警備会社でここ一週間の監視カメラの記録全部確認してもらったけれど、キミの言っていた通り、先週の木曜日に駐輪場あたりでそれらしき人物が映っている映像はちゃんと録画できていたよ。・・・・うん。とりあえずキミはまだそのまま自宅で待機してなさい。一応僕からもお父さんに事情を説明してあるし、この後この映像持って警察に届けるからね。・・・それじゃまた」
そう言うと最上は通話を切った。
「・・最上さんでしたっけ?これ1週間どころじゃなくだいぶ前からずっと同一人物らしい人が映ってますよ」
一緒に画像を確認していた警備会社のスタッフはここ一週間以外の映像も確認しながら、ずっと史の周りを付け回す白いワンピースの女の姿を全てまとめて録画してくれた。
そしてつい2日前の録画には自宅から出て来ない史に業を煮やしたのか、今度は寿々の後をつけていく姿が映っていたのだ。
最上はそれを見て急いで寿々に連絡をいれた。
不審者の目的は史だったはずなのに何故寿々に向かったのかは分からない。とにかく今は映像を全てまとめて史の父親と共に警察に行くしか方法がなかった。
その間寿々に何事もなければ、と最上もだいぶ焦りを感じていた。
今井が史のマンションで襲い掛かってきてから6日間。史は一歩も外に出る事もできず、ひたすら自宅で事態が変わるのを待つしかなかった。
大学の助教授である史の父秦総司は、週末は必ず実家がある神奈川の神社へ戻り宮司の仕事を務めている。
週明けには都内のマンションへ帰ってくるのだが、史から相談を受けた最上が事情を話しひとまずは自宅へ戻らず職場近くのホテルに滞在することをすすめた。
もし今マンションへ帰ってくれば不審者に何をされるかわからないからだ。
更に最上はちょっとした知り合いに頼んで、回りに怪しまれないよう史に食事を運ぶようにも取り計らいもしてくれていた。
おかげで史は今のところは特に何の不自由もなく過ごす事ができていた。
しかし史は特にやれることもなく、アガルタへ行くことも寿々に会う事もできず。そのストレスを吐き出すように自宅で企画書のアイディアをとにかく出せるだけ書き出し続けていた。
企画会議が明後日にあるのはわかっていたけれど、とにかく今は下手に寿々に連絡を取るのも危険だと思いそれも控えていたのだ。
「・・・きっと寿々さん企画出すのめちゃくちゃ悩んでいるだろうな・・・」
今井の事が早くに片付けば今日にでも、直接まとめた企画案を持っていこうかと思っていたのだが。結局5日経っても事態が良くなることがないまま夜の9時を越えてしまった。
史はこれはもう間に合わないだろうと思い、まとめたデータを寿々の会社用メールに添付して送信した。
送信し終えると再び何もする事がなくなり、史はベッドの上に寝転がるとただ天井をぼーっと眺め続けた。
今井紗耶は史の中学校の一つ上の先輩にあたる。
中学2年の時、史はクラス全員からほぼ無理矢理な形で生徒会役員へ推薦され、その生徒会で書記を務める事になった。
本音を言えばやりたくなかったし、暇があれば本を読んだり山に出かけて過ごしたかったが、生徒会に入ってからはそんな事もほとんどできず、史は学校ではいつでも不機嫌だった。
一つ上の今井は生徒会の副会長を務め、何よりも校内は勿論地域でも美少女として有名になる程の人気のある女子中学生だった。
明るい性格で男子は勿論女子からも好かれ、まるで絵にかいたような輝かしい学生生活を送っていた。
最初話しかけてきたのは今井の方からだった。
「史君はどこの国とのハーフなの?」
確かそんな質問をされたような気がする。
史はとりあえず面倒くさかったので適当にやり過ごそうと目を合わせる事もなくそっけなく返した。
「スウェーデンですけれど・・・」
「スウェーデン?へ~行ったことあるの?」
「はぁ・・まあ」
「え~良いなぁ~北欧って白夜があるんでしょ?どんな感じなのかな?行ってみたいなぁ」
今井はとにかく事あるごとに史に色んな質問をしてきては、どんなに史が冷たく返しても気にする様子もなく、しかし不快になるまでしつこく話しかける事もなく、とにかく話術が巧で史も話すうちに次第に嫌悪感が薄れ生徒会があれば今井と過ごす事が自然と増えていったのだった。
しかも誰が見ても羨むほどの美男美女だ。二人が校内を一緒に歩くだけで生徒達がどよめいた。
そのうち周囲では何故か史と今井が付き合っているという既成事実が出来上がっていた。
例え史が否定してもそれを信じてくれるような人は校内には一人も存在しなかった。
史は今井と話すのは嫌ではなかったが、小学生の頃から自分に近づいてくる女子達が漏れなく最後には泣きわめき暴れ出し暴言を吐くようになったり、場合によってはストーカーになって家まで付け回してきたり。
とにかく自分にとっては恐怖の対象でしかなかったのだ。
なので今井ともちゃんと距離を置いて近づきすぎないように気をつけていた。
そんな折、今井から一緒に出掛けたいとデートの誘いを受けるが、史がそれをきっぱりと断るとそれから徐々に今井の態度に変化がみられるようになった。
ある時はデートに行けないならと自宅に無理矢理押し入られた事もあった。
そんな事を了承した覚えもないのに校内で大声で「何で付き合っているのに一緒にいてくれないの?」と泣き喚かれ、その頃には流石に史も今井と顔を合わすのも嫌になっていた。
今井は卒業する頃になるとそれまで誰からも好かれる人気の美少女中学生から一変し、見るからに痩せこけ顔色も悪く常にブツブツと独り言を喋るようになり、同級生からも怖がられるような存在になってしまっていた。
当然その原因は全て史にあると校内では誰もがそう噂した。
史が今井と付き合っていたにも関わらず、酷い態度を取り続けたから今井がおかしくなったのだと。
極めつけは今井が卒業した日。史は嫌な予感がし早めに帰宅したにも関わらず途中待ち伏せされた今井に背後から脇腹を刺され、警察沙汰となったのだ。
幸い怪我はかすり傷程度で済んだものの、今井はその後他県の精神病院に入ったと警察から聞かされ、それ以降はもう二度と会う事もないとそう思っていた。
史は今井に最後に言われた言葉を思い出し恐ろしくなり布団を頭から被った。
「史君・・・あたし苦しいの・・だから史君もあたしと一緒に苦しんで!!・・あたしの事もっと想って・・誰よりも強く想い続けて!・・・・・そして一緒に死んで・・永遠に一緒にいよ?・・・ねえ、史君・・」
あの時の今井の顔とその声が今でも脳裏に張り付いて消える事はなかった。




