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オカルティック・アンダーワールド  作者: アキラカ
幽霊団地後日+前日譚

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22/102

代償

 

 寿々(すず)が丸と篠田に連れていかれたのは、とあるビルの地下にある一軒のバーだった。

 その店の看板には〝都市伝説バー〟と書かれている。


「ここアタシの行きつけの店なんだけど、いろんな業界人や都市伝説好きな人達が集まって、いろ~んなディープな話を聞ける店だからめっちゃおススメ!」

「都市伝説バー・・・」

 世の中には色んなコンセプトバーが存在するんだなと寿々は驚きながらもその新鮮な感覚に図らずも胸が躍った。



 地下にあるこじんまりとしたバーの中には、とてもそんなに入れないだろうと思うくらいの沢山の人で賑わっていた。

 丸が笑顔でマスターに挨拶すると、マスタ―は一番奥のカウンターを開けて3人を座らせてくれた。

 三人は丸が一番奥になり、寿々を挟むようにして腰を掛ける。


 するとマスターは何も聞かずにメキシコ産の瓶ビールを開けると三人の前へと出した。

「凄いですね。何も言わなくても出て来るもんですか?」

 と寿々も驚きを隠せない様子だ。

「あ~これはいつも入ってきたらこれ出してね!ってアタシがマスターに頼んでいるだけ。さてと。なんにせよまずはアガルタに乾杯!!」

 丸はそう言うと篠田と寿々の瓶ビールに音を立てて乾杯をし一気に一瓶を呑み切った。

「あ~~・・・うまっ」


 一息つくと丸は据わった目で寿々を見つめる。


「え・・・なんですか?話って・・」

 気まずい雰囲気を感じて丸から少し身を離す寿々。


「う~ん・・・やっぱり篠田頼んだ!!」

 と余程言いづらいのか議題を篠田へと丸投げした。


「えええ。もう仕方ないっすねぇ・・」

 そう言うと篠田は丸に代わってぽつりぽつりと話し始めたのだった。



「・・実は三枝さんが来る少し前の事なんですけれどね。これはもう知ってると思いますが、さっき来た松下さんが幽霊団地の取材中に階段から飛び降りて腕を骨折しまして。その後松下さんが突然辞表を郵送で送ってきたすぐ後の話しになります・・・・・」 





 10月下旬





「やっぱり団地の特集から差し替えるならせめてそれに近しいネタでないと・・・。なんせ既に先月号で告知してしまってるし」


 副編集長の吉原が苦々しい顔で全員に話しかけた。


「そうだねぇ・・・。正直アガルタは今松下君の担当する心霊特集がずば抜けて人気があるからね。そういう意味でも告知から大きく外れた内容を前の方に出すのはやっぱり読者の期待を裏切る事になりかねない」


 最上も困ったと言った感じで腕を組んで椅子もたれかかった。


「心霊関係だと副編も昔はバリバリ作ってましたよね?やっぱり今手を出すのは難しそうですか?」


 丸も真剣に意見を出す。


「時間さえあれば無理でもないけれど。締め切りまであと1ヶ月を切っていることを考えると・・・」


 他の編集者達も自分の仕事で手一杯で、とてもじゃないけれど松下の特集を引き継ぐのは難しそうだった。




 一旦会議を終えてまた2日後に再考という事で一同は解散した。

 会議が終わるとちょうど(ふひと)が学校からそのまま編集部へ来たところだった。



「お疲れ様です。もしかして会議もう終わりましたか?」


 史は丸と篠田の前を通りながら誰ともなしに質問をする。


「あ、史君お疲れ!会議はさっき終わったところだよ」


 篠田は史にあまり気を使わせないよう出来るだけ普通の態度で返答をした。


「・・・・・」


 しかしながら史はその異様な雰囲気をすぐに察した。



「史君ちょっといいかい!」



 奥の机から編集長の最上が史を呼びかける。

 その声に史も嫌な予感がしていた。



「・・・・まず。単刀直入に話すね」


 最上は史を見上げるようにしてゆっくりと話しはじめる。


「今日松下君から郵送で辞表が届いたよ」


「・・・・・・」


 現場に居合わせたとは言え、まさかこんなにもあっさりと松下がアガルタを辞める事に史は驚いた。


「勿論それだけで僕も辞表を認めるわけにはいかないからすぐに連絡を取ってね。まあ向こうは病院だから長い時間話せたわけではないけれど。・・・松下君としては幽霊団地で起きた怪異の恐怖でとてもじゃなけれどもうこれ以上編集の仕事を続けることは出来ないとの事だった」


「松下さんがそんな事を言っていたんですか?」


 史はあの心霊オカルトに対して人一倍貪欲な松下が、それだけの理由で辞表を出した事が全く解せなかった。


「僕も正直それだけが原因とは思ってはいないけれど。ただ会社としては仕事中の大きな怪我とそれこそ労働環境を持ち出されたら当然辞職を認めざるを得ないわけだよ。下手しなくても今回の松下君の件はアガルタだけでなくいいとよの雇用形態にまで関わるような問題になってもおかしくないからね。それに本人がもう雑誌編集をする事ができないと言った以上、やはり僕からは無理矢理続けさせるわけにもいかないんだ」


 最上は静かにだが丁寧に史に説明をした。


「・・・・わかりました」


 史も松下の実力は疑っていなかったが、もとより人間的に嫌いなタイプでもあったため正直に松下への未練は特になかった。

 ただし未練があるのは()()の方だ。


「それで、幽霊団地の特集はどうなるんですか?」


「そうだねぇ・・・・史君がこの特集を本気でやりたがっているのは編集部の全員がわかっている。ただ締め切りまでもう一ヶ月を切った今。人員も足りないしこの企画を続けるのは難しいというのが現状だよ」



 史は最上のその言葉に本気で悔しそうな表情を見せた。

 今回の幽霊団地の企画書は松下から丸投げされたとはいえ、史が一人で調べて書いて初めて通った企画でもある。

 それゆえに強い思い入れがあり、断念だけは本当にしたくなかった。


「・・・わかりました」


 わかったとは言ったものの、正直納得はできていない史に最上は


「とりあえず特集に関しては、また明後日の会議で最終的な事を決める予定になっているから。何かあればすぐに知らせるよ。それと今回の特集には間に合わないけれど、明日にでも人事課に誰かアガルタに来てもらえるよう相談してみるからね。それまではいつも通り丸君や篠田君の手伝いを頼むよ」


「・・・はい」

 そう最上に告げられると史は元気なく返事をしたのだった。






 夜10時になり史は仕事を終えると、誰もいなくなった編集部を見渡しこのアガルタに来てからの1年半の事を色々と思い出していた。


 最初は右も左もわからずただやりたいという勢いだけで入ったアルバイトだったが。小さい頃から好きだった妖怪や怪異への想いを、馬鹿にされず受け入れてもらえたこのアガルタが今では自分の居場所だと信じて疑う事もなかった。

 いつの間にか松下に気に入られ、事あるごとに使い走りのように何でもかんでも雑務を任され、土日でも急に呼び出されては松下と心霊系ライター達と一緒に心霊スポット巡りに同行させられた。

 しかも松下は高校生である事なんかお構いなしで、史に毎日夜の10時まできっちりと働かせるのだ。

 正直どう考えてもまともな人間ではない。

 ただゆえに異常な世界がより身近に感じられたのは、間違いなく松下のおかげと言わざるを得なかった。



 史はまだまだアガルタでやりたい事が沢山あった。

 ライターの仕事も楽しいが、何よりも自分で企画して取材して誌面を作ってみたいのだ。

 そういう貪欲さはどうも松下の感性に培われたと言って過言ではないのかもしれない。



 だからこそ今回の企画は何としても諦めたくなかった。

 もしまたチャンスがあったとしても関係ない。

 どうしても()やりたいのだ。



 しかしただの高校生アルバイトという非力な立場の自分を、史はどうすることもできず()()の助けを心から強く願うより他なかった。




 時刻を再度確認すると10時15分を過ぎていた。

 流石にこれ以上ここにいると編集部だけでなく会社にバレた時に色々と面倒くさそうだ、と思い、仕方なく立ち上がると編集部を出てエレベーターのボタンを押した。



 降りてきたエレベータに乗り地上を目指す。

 1階の扉が開きエレベーターから降りたところですれ違うようにして乗り込んできた一人の人物に、史は心臓が跳ね上がるほど驚いた。


「あ・・・」


 と思わず声が出る。


 振り返りエレベーターに乗り込んだその人物を数秒間見つめたが、向こうは史に全く気付かない様子でそのまま上階のボタンを押すとすぐに扉が閉まり5階へと行ってしまった。



『・・あの人・・・・本当にいいとよ(ここ)にいたんだ』



 5階と言えば確か学術雑誌やアウトドア系の雑誌の編集部がある階だ。


『そうか・・いいとよに来てから何回か透視で探してみたけれど、見つからないはずだ。自分の力では地下1階から5階までの距離を透視するのは恐らく無理だからな』



 史は後にその人物が三枝(さえぐさ)寿々(すず)という名前である事を知る。



 がその時はまだ、かつて自分の父親が出版した本の元担当編集者、という事ぐらいしかわかっていなかった。アガルタを知ったのもたまたまではない。当然父親の本からいいとよ出版を知りそこからアガルタの存在も知ったのだから。


 そしていいとよに行けば三枝寿々(あの人)と会えるかもしれないし、もしかしたらいつか一緒に本を作る事だって出来るかもしれない、と1年半前にそう思いながら必死に最上を説得してアガルタへ来たのだ。



 もはや史にとってこの一連の流れを運命以外の言葉で表す事など出来なかった。







 翌日、史は丸と篠田を打ち合わせ室へ呼び、とある相談をもちかけた。


「丸さん、篠田さん。真剣な相談なのですが。実はどうしてもアガルタに呼び寄せたい人がいるんです。しかし僕はその人の存在は知っていますが、名前などは一切分かりません。何とか力を貸して頂けないでしょうか?」


 いつになく真剣なその表情に丸も篠田も最初困惑を隠しきれなかった。


「とは言ってもアタシは人事的な話をできる立場じゃない事はわかっているでしょ?」

 丸は真剣な眼差しの史に負け真面目に答えた。

 篠田も、

「まずはその人物の存在を探る事から始めますか?ちなみにどこの部署の人です?」

 と茶化す事なく質問を返す。


「昨日初めて5階の編集部にいるって事だけはわかりました」

「5階って言うと・・・ベストアウトドアとかフィッシングフリーク、あとはマージサイエンスと大和の中のどれかって事か・・・・」

 丸が5階の編集部から出されている雑誌の名前を並べると

「多分、大和だと思います」

 と史は即答した。


「じゃあ俺が後で大和にいる同期に聞いて探ってみましょうか?」

 と篠田が提案すると史はさらに真剣な目で、

「すみません。僕どうしても今回の企画を諦めたくないんです。なので下調べをして説得して、とかそういう段階を全て吹っ飛ばして何とかその人を呼び寄せたいんです」


 とまたあまりに突飛な事を言い出すものだから、二人は顔を合わせて更に頭を抱えてしまった。


「う~~ん・・・史の気持ちはわかるけれどぉ。それ本気で言ってる?もし本気だとしたらそれもう会社云々ではなく、()()()()()()でも使わないと無理なんだけど?」


「はい。つまりそっちの方で相談しているつもりです」


 丸は史のその大真面目な目を見て正直どうしたものかと暫く考えこんでいたものの。


「わかった。じゃあとりあえず、今日仕事終わったら()()()に会わせてあげるからその人に直接相談してみて」

 と史に告げた。






 丸と篠田と史は夜の8時に仕事を終え、地下鉄を使い三人で新宿へと向かった。


「あ~史?その学ラン脱いでしまっておいてね。正直あんたをあそこに連れて行く事がバレたら私のクビが飛ぶから」

 新宿三丁目駅で降り、歩く丸の後をついてゆくと篠田ももしやと思い丸へ問いかける。


「まさかと思いますが・・2丁目に行くんですか?」

「そうだよ。だってその人2丁目にしか現れないんだもん」

 とサラッと答えた。


「まぁ、史は容姿が見ての通りだからそりゃ皆にチヤホヤはされるだろうけれど。実際あぶねぇのは史より篠田みたいなずんぐりタイプの方だから。冗談抜きに篠田は気をつけな」

 と脅すと

「そんなぁ・・・俺ずっと丸さんに引っ付いてますからちゃんと守ってくださいね!」

 と丸のすぐそばに寄り添ってくるのを

「嫌だよ!!」

 丸は一蹴した。



 2丁目に入るとすぐに丸は声を掛けられた。

「丸ぅ~久しぶりじゃなぁい!!なになに?今日はめちゃくちゃ可愛い子二人も連れてきてどうしたって言うのよ~!」


 路上だと言うのにすでに丸の後ろを歩く史は勿論、篠田まで通り過ぎる輩から艶めかしい視線をこれでもかと投げられた。


「あー今日は取材だから!!この二人も仕事の連れだし手出さないでねー!!」

「ええ~??残念~!!」


 丸は二人を引率しながら更に奥の店へと急ぐ。

「いい?二人ともあまりジロジロと見てるとすぐに声掛けられるからね。とにかく気にせず真っすぐついて来なさいよ」


 史も篠田もこの時ほど丸を頼もしいと思った事はなかっただろう。


 そうするうちに一軒のバーへとたどり着き三人はその中へと入った。


「ヤダぁ丸じゃん!!超おひさ!!来るなら来るってメールしてよ~~!」

 店のカウンタ―内でカクテルを作りながら店主らしき男が丸へと声を掛けた。


「サッチーごめんごめん!今日は急な用事があって来たの」

 丸はそう言うと店内をぐるっと見渡す。

「・・・今日はシンディ来てない?」


「シンディ?シンディならほら、一番角の席に座ってるわよ?」


 三人は店主のサッチーが指さす方向を見つめる。

 すると人と人の間から紫色の髪をした妖艶な一人の男が姿を現した。




 丸がシンディに近づくと、向こうから声を掛けてきた。


「はぁい丸。元気?」


 その人物の体つきは見るからに男性だが、仕草や体のしなりはとても中性的でこの店の中でもひと際違ったオーラを出しているのは特に何の力もない篠田でも良くわかった。


「久しぶりシンディ!会えて嬉しいわ!」

 そう言うと丸はシンディとハグを交わす。


「で?今日()()()()()のはどっちの子?」

 と丸の後ろに立つ史と篠田へ視線を向けにっこりと微笑んだ。


「なんだ丸さんちゃんと連絡とってたんですか?」

 篠田は日中隣に座る丸からはそんな様子が見られなかったのでちょっとだけ気になった。

 するとシンディが微笑みながら、

「違う違う」

 とそれを否定した。


「シンディはわかっちゃうんだよね。今日もそうでしょ?」

 丸が付け加えるように答える。

「そ。今日の夕方くらいにふと、あ、今日は丸がここへ来るなって思ったから来たのよ。で?今日来たのは・・・・」


 そう言うと史を指差し、

「キミの方ね?」


 史はこの2丁目の世界は勿論、店もシンディの雰囲気にも慣れずただただ呆然とした様子だ。

「・・・・」

 なのでどう答えていいかわからず一人困惑していた。


 それを察したシンディは笑いながら

「にしたって丸?こんなところに高校生を連れて来ちゃ駄目よ?」

 と全てを見透かしたように話す。


「・・・シンディには嘘はつけないわね」

 そう言うと丸は史に、

「シンディは私にハイヤーセルフを教えてくれた人だから。安心して例の事ちゃんと相談するのよ」

 と言うと篠田を連れてカウンターの方へと離れていってしまった。

 一人取り残された史は突っ立たまま何を話せばいいかと考えていると。


「ふふ、そんなに緊張されると私まで緊張しちゃうでしょ?さ、とりあえず椅子に座って?」

 そう言われ、史はシンディに言われるがままに椅子に腰を掛けた。


「じゃあ、まずは右手を出して」

 史は素直に右手をバーテーブルの上に差し出す。

「あの・・」

 ようやく一言だけ声を出せた史だったが、シンディにすぐにそれを止められた。

「大丈夫。ちゃんと私が貴方の()()()()に全て聞いてみるから。まずは上の方とお話させてね」

「・・・・」

 そう言うとシンディは両手で史の手を優しく包み、史の頭の上を向くと遠くを見る様にして見つめた。


「なるほど・・・あなた血筋が渡来系になるのね・・・?それもだいぶ濃い血筋になるわね。家系は神職なの・・・そう。あら?あなた()があるわね?ある程度の範囲ならば何でも見つけられるの」


 シンディはずっと史の少し上の方をぼんやりとした視線で見つめまるで独り言のように呟き続けるが、その全てが当たっていた。


「それで?・・・今日私に会いに来たのは・・・・」

 そう呟くとふいに上空を見つめるのを止めて史の目を見つめた。


「なるほど。じゃあ貴方の望みはその人を近くに引き寄せればいいって事ね?」


 と今度はしっかりとした口調で史に問いかけた。


「はい・・・・出来ますか?」


 史のその質問にシンディは握っていた手を離し手元にあったショートカクテルを一口だけ飲んだ。


「そうね・・。出来るわ・・・ただ」


「・・・ただ?」


「無理矢理糸を引き寄せるという事は他の糸も絡んで引き寄せられてしまうって事なの・・・・・つまり運命を無理矢理操作させようとすると必ず思いもよらない代償が伴うってこと。わかるかしら?」


「・・・・」


「運命っていうのはね、自分がどうしたいかって事とは全く関係ないの。それは必ず起こる事だから。だから私が出来る事はその必ず起こる事を少しだけ早まらせて引き寄せるだけ。つまり今貴方がその人を引き寄せたとしても結局はいつかそれは引き合う運命にあったということなの。だけどその時間を無理矢理早めると色んな余計な糸が絡んで付いてきてしまう・・・。結果糸は擦れ脆くなり千切れてしまうかもしれない。それが代償よ。それでも貴方はその人を引き寄せたい?」



「・・・その。代償っていうのは()()()()起こるって事で間違いないですか?」

「そうね・・・貴方に代償が降りかかった時に相手がその事に対して何の感情も抱かなければ実質一人だけ代償を被る事になるけど。・・でも人間関係は一人で成せるものでもないから結局は何とも言えないわ」


 史は暫く考えてみたが、ここまで来て目の前の能力者に引き寄せの術をお願いしない選択肢など無いのは確かだった。



『要するに、万一自分に不幸が起こっても相手にそれを悟られなければいいって事か・・・』



 史はその選択の重さをその時はそれほど深く考えていなかったのは事実だ。

 後にそれがどれだけ自分を苦しめる事になるとは想像すらしていなかっただろう。



「どうする?それでもその人を引き寄せるよう()()祈ってみる?」

「・・・・・はい。お願いします」



 シンディは軽く微笑むと再び史の手を先ほどよりもやや強く握り

「じゃあその引き寄せたい人を強く願って・・・」

 と史に囁いた。

 史は目を閉じ心の中で強くその存在を想った。




 数秒してシンディは史の手をパッと離すと。

「はい!終わり!」

 とだけ答えた。


「・・・・ありがとうございます・・・あの。お代の方は・・・」

 なんだか実感の湧かない史だったが、シンディの方を向きなおすと、


「あらやだ。高校生からお金なんてとれないわよ!!・・・・でもそうね。いずれまた貴方は私に会いにくるかもしれないわね。その時に一杯奢ってくれればいいわ」


 そう言ってシンディはもう一度だけ微笑んだのだった。






 



 その翌日。

 学校が終わると史はいつものように編集部へと向かった。

 そして会社のエレベーターのボタンを押そうとしてふと上を見上げた。


 エレベーターが5階に停まっている。

「・・・・・・」

 それを見て妙な期待に胸がざわついた。


 史はその後下行きのボタンを押し、アガルタ編集部のある地下へと降りた。



「お疲れ様です」

 いつも通りに挨拶をしながら自分の定位置である応接ソファへと行こうした時、奥の会議室から最上が史に声をかけた。


「史君!ちょっと!」


 最上に呼ばれる史を丸と篠田は何となく気まずそうな目で見つめている。

 史はその二人の視線の意味が分からず、ただ最上に呼ばれるままに会議室へと入っていった。


「とりあえず座って」


 最上は怒っているわけではないが、どうもいつもとは様子が違う。



「えっとね・・・・まずこれは今日上から知らせが来た事なんだけれど・・・」


 どうやら最上も動揺しているのか、口調が少し上ずっているように聞こえる。


「実は今日人事課の方から連絡があって、明後日づけで上の大和の編集部から一人うちに人事異動があるって報告を受けたんだ」


「!!?」


 史もその言葉に驚きが隠せなかった。


「本当・・・ですか?」


「うん・・・。それで僕も昨日連絡を入れて今日の決定なんて事は聞いた試しがないから本当にびっくりしていてね・・・」


「それじゃあ、もしその異動して来た人が可能ならば特集の企画は続行できるかもしれないって事ですか?」

 史は驚きと嬉しさをを悟られないよう自分を抑えながら慎重に最上に質問した。


「・・・・うん。まぁそうだね。編集部としては特集記事を潰して別に差し替えをするよりかは、出来るならば続行したいところではあるけれど・・・」


 そこまで言って最上は史を少し鋭い目で見つめ返した。


「ただ・・はたして本当にこんな事が自然に起きるものなんだろうか??ね、史君?」


 最上は明らかに史を疑っていた。

 恐らく十中八九史が何かをしたからこんな妙な人事異動が起きたのではないか?と考えていたからだ。


「・・・・・・」


 史は正直に答えても良かったのだが、それによって最上に迷惑がかかるのもまた嫌だったのですぐに返答する事ができなかった。

 すると最上も諦めたのか、


「ま、とりあえずアガルタとしては悪い話ではないからね。これ以上確証の無い事を話しても仕方ないね・・・。ひとまずそういう事だから君にも伝えておきたかったんだ」


 そう言うと最上は立ち上がり


「じゃあ、史君はその異動してくる人にきちんと特集の内容を説明出来るよう準備しておきなさい。僕もその人がちゃんと君の教育担当になれるのか色々を調べておくから」


 と言って会議室の扉を開けた。









 篠田はあくまでも自分の目線で見た事しか語れなかったが、事の顛末を包み隠さず寿々に話した。


「・・・・つまり俺と丸さんが史君に頼まれて、そのシンディさんを紹介した事で三枝さんは急に人事異動が下った・・・と少なくてもここの3人はそう思っているんです」


 そう話す篠田に続き丸もようやく話し始めた。


「んで。結局団地の一件で三枝は結構大変な目にも遭ったでしょ?だからさ本当言うとアタシも結構責任感じてたんだ」


 そういう丸の横顔はいつもより真剣に見え、寿々も何だか少しだけほっとしたのだ。

 確かに引き寄せの術の話しについては信憑性など全く分からなかったが、思えば異動初日に篠田がやたらとニコニコとしていたのはそういう事だったのか、と何となく腑に落ちたのだった。





 3人が都市伝説バーを出た頃には0時を回っていた。

 辺りはすっかり人の通りも少なくなり、心なしか気温もグッと下がったように感じる。

 寿々はセンター街からのその明るい空を見上げ、その肌寒さにブルっと身を震わせた。



「はぁ~!今日は吞んだし楽しかった!!」

 丸と篠田は話しきってすっかりすっきりしたようで、二人共とても機嫌が良さそうで寿々もそれにつられて笑みがこぼれた。


「今日は本当にありがとうございました。・・・まぁプライベートでは嫌な事もありましたが。何だかんだ皆さんのおかげでちょっとだけ元気が出たような気がします」

 寿々は二人にお礼を伝えた。



「・・・・三枝」


「?」


「今日の話しを聞いても史を嫌いにならないでね」


 丸は別れ際に急に少し悲しそうな顔で寿々にそう訴えてきた。



「・・・・なりませんよ。絶対にならないと思います」


 寿々も未来の事など全くわからないけれど。

 何故だかそれだけはあり得ないと、心からそう思ったのだ。



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