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オカルティック・アンダーワールド  作者: アキラカ
幽霊団地譚

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第1話 ようこそ地下帝国へ

 エレベーターが地下1階へと到着し、見慣れたその扉はいつもとは打って変わってとても重々しくゆっくりと左右へと別れていった。


 前日急な辞令が出た三枝(さえぐさ)は、デスク周りにあった私物一式を段ボールに詰め込み入社してから6年目にして初めて自社ビルの地下1階へと降りてきたのだった。



 ―地下帝国― 



 社内でそう揶揄(やゆ)され、どの社員からも地下1階へ降りるという事は所謂左遷(させん)烙印(らくいん)を押された事だと言われる程に毛嫌いされているのがここだ。


『超常現象専門雑誌・月刊アガルタ』を発行しているアガルタ編集部。


 三枝は入社してすぐに希望の日本の歴史・考古学・民俗学を専門とする学術誌『大和(やまと)』の編集者としてこの6年を過ごしてきた。

 勿論入社後の研修では色んな部署で勉強をするものだが、このアガルタだけは希望者のみという事で研修の受け入れが行われている。

 当然余程の変わり者でなければこの地下1階での研修を希望する者はいないのだ。



「はぁ・・・・」



 三枝は小柄な体を力なく丸め、金縁の眼鏡が曇るほどの大きなため息をついた。

 (よわい)28になるその男はコンプレックスの童顔を隠す為に虚勢であご髭を作っている。

 同期の誰からも似合わないから絶対に剃った方がいいと毎度強めに言われるほど不釣り合いな見た目をしているのだ。そんな事は当の本人が一番よくわかっている。

 コンプレックスの塊の様な人間だからこそ安寧を好み変化を恐れ今まで卒なく生きてきたつもりなのに。

 それが一体何がどうして自分とは正反対のクセの強い人員が集まる部署に来る羽目なったのだろうか。


 目の前の廊下は言うまでもなく窓一つなく、一昔前に付けられたであろうLEDのシーリングライトがより一層辺りを暗くし、上階とはまるで別世界のようなとてつもなくおどろおどろしい何かが(うごめ)いている雰囲気さえ感じられた。


「デカいため息だねぇ~~」

「!!!」


 エレベーターを一歩出た左側から急に気配もなく声を掛けられた三枝は口から心臓が飛び出る程驚いた。


「あれ?もしかして君が大和の編集部から来てくれた期待のエース三枝君かい?」


 ニコニコと優しそうな笑みでそう語りかけてきたのは、ちょうど給湯室から飲み物を運んで来たのか両手でマグカップを大切そうに持った三枝よりやや小柄な黒縁眼鏡をかけた初老の男性だった。


「ようこそ、僕はアガルタの編集長の最上(もがみ)だよ。よろしくね」


 驚いたことに、噂に聞く変人編集者集団アガルタ編集部を統括するのがまさかこのオーラを全く感じさせないどうみても冴えないただの初老の男性だと言うのだろうか?

 三枝は斜に構えてた分余計に驚きを隠せなかった。


「あ・・えっと、こちらこそ初めまして三枝です!本日付けで異動になりました。急な辞令だったので事前の挨拶もできずすみませんでした」


 と、取り繕いながら頭を下げた。


「あぁ~挨拶なんて気にしなくていいんだよ。勿論昨日の今日なんだから、ねぇ?驚いたでしょ~。さ、こんなところでなんだからまずは中に入って!!」


 最上はマグカップを片手に持ち直しながら三枝の背中を押し、廊下から仕切られたパーテーション向こうの編集部へと誘った。


「皆、ちょっといいかい?」


 窓もなく薄暗い部屋の中、最上が声を掛けると古びた書棚やら高々と積み上げた怪しい書物の山麓からこれまた怪しい雰囲気の面々が疲れた、いや憑かれた顔をして一斉にこちらを注目をしてきた。


「今日からうちに配属になった三枝君だ。三枝君は5階の学術(ジャーナル)誌の担当だったんだが、まぁこちらの相次ぐ欠員を考慮してもらって急遽来てもらうことになった。なのでうちのジャンルについてはこれから沢山勉強していく事になると思うので皆も手取り足取り教えてあげて欲しい。さ、三枝君」


 三枝は手に持った段ボールと肩にかけたショルダーバッグを急いで近くの棚の上に置き、ぐるっと見渡し注目する編集者達の顔色を伺った。

 ほとんどが無表情で注目する中一人だけニコニコと三枝を歓迎するかのように不気味な笑顔の黒髪ロン毛の編集者もいる。

 三枝の予想通りアガルタの地底民達はいずれもひと際クセの強いオーラを発していた。

 まるで時が止まったかのようなその独特な雰囲気、というか圧に押されながら振り絞るように声を発する。


「・・・大和編集部から異動になりました三枝・・です。えっと、私はその超常現象とかそういうジャンルに関しては全く無知なので・・・。これから皆様に色々とご教示頂きまして知識と造詣を深め雑誌作りに貢献していきたと思います。どうぞよろしくお願いします!!」


 無難な挨拶を終え三枝は背筋に冷や汗が流れ落ちるのを感じながら深々と一礼をした。


 すると顔を上げる頃には辺りはまるで今の挨拶が無かったかの用に再び時が動き出し皆自分の仕事へと戻っていた。ただ一人先ほどの不気味な笑顔の小太りなロン毛編集者だけがまだ三枝へニコニコと笑顔を振りまいているのだった。



『・・・まじでここでやっていける自信がない!!!』



「まぁまぁ、ここはさ皆自分の仕事により一層()()()熱心なもんでね。でも皆、根は優しいから心配しないで!三枝君もそのうちちゃんと慣れると思うから!」


 最上のフォローは正直三枝の心には届いていなかった。


「あ~じゃあ三枝君、君の机はそこの空いているところを使ってね」

「・・・はい」


 三枝はうなだれながらも再び段ボールを抱えると指示された机の上へと移動させた。


「あ、あとね早速だけど・・」


 最上はそう言うとおいでおいでと手招きをするように三枝を編集部奥の一角、暗がりにある応接ソファへと案内した。

 チラッと見る限りそれは古びた応接セットではあるが、明らかに本来の用途では使われていない雰囲気があった。

 何故ならばそのソファの上には無造作に置かれた毛布の塊が載っている。

 つまりここはさながら仮眠場とされているのは一目瞭然だったからだ。


「三枝君」

「はい?・・なんでしょう?」


 最上は急に改まったというか畏まった雰囲気で三枝を見つめてきた。


「実は君をこの編集部に呼んだのは他でもないんだ。君にどうしても育ててもらいた人物がいるんだよ」

「は?育てるって・・・私はまだここの事を何も知らないのにですか???」


 三枝はいよいよ頭の中が理解の範疇を超えてきているのを感じていた。


「ああ勿論。超常現象やオカルトについて教えてくれと頼んでいるわけではない。君には編集者としての仕事を教えてもらいたいんだ」

「はぁ・・・」


 そうは言っても内容を知らずしてどうやって編集作業を教えることができるのだろうか?

 脳内の疑問が疑問で上書きされてゆく。


 すると最上はソファの上に置かれた毛布の塊を優しく叩いて声を掛けた。


(ふひと)君、史君!」


 (ふひと)と呼ばれた人物は先ほどから気になっていた毛布の塊からむくりと起き上がるとそのまま大きな欠伸(あくび)をした。


「・・・はい?」


 寝起きが悪そうなその男は深々と被っていたパーカーのフードを脱いで眠たそうな細い目で三枝を睨みつけるように見返してきた。

 その風貌は、見るからにハーフであろう彫りが深くどことなく北欧の血を感じる端正な顔立ちと灰色の瞳。頭髪も寝起きでボサボサながらも綺麗なグレー寄りのブロンド、といった明らかな美男子だ。


「史君。ほら昨日話した君の教育者になる三枝君だよ」


 最上がそう説明すると史はすくっと立ち上がり三枝の前に歩み寄る。

 身長は180㎝を超えるだろうか。自称身長170㎝の三枝は少し・・いや、だいぶ上を見上げそして唖然とした。



「え??学生・・・高校生ですか??編集長!!!?」



 そうなのだ。史はパーカーの上に学ランを着ていたのだ。

 確かによく見ればまだ若干幼い顔立ちをしている。

 しかしながらここに来てまさか社員ではなく学生、つまりアルバイトの教育を任される事になるとは夢にも思っていなかったのだ。



「初めまして(はだ)(ふひと)です。よろしくお願いします。三枝・・さん?」



 口が半開きのままの三枝は史の挨拶を遮るように隣の最上に縋り寄った。


「最上編集長!!冗談ですよね??私は本当に()()()地下(ここ)へ異動になったんですか??嘘だと言ってください!!」


 もはや無礼だの何だのと気にも留めず三枝は史本人を無視して半泣き状態で最上に問いただした。


「いやぁ~驚くのも無理ないよねぇ、うんうん。わかるよ三枝君!でもねこれは決して冗談ではないんだ。史君は確かに現状ただの編集見習いのアルバイトだ。今は学校が終わってからうちの雑務やらスタッフのサポート、それからライティング作業も含めて必死になって勉強をしてもらっている最中なんだ」


「はぁ・・」


 気のない返事をしながらチラッと史を見ると腕組みをしてこちらの会話を聞いていたようでふと目が合いニコっと笑みを返した。


「いずれここの編集者になる事を強く希望していてね。ここへ来てそろそろ2年になるし18歳にもなったので企画や現場取材、編集の経験を積ませる為にもちゃんと教育経験がある若手編集者と一緒に行動してもらう方がいいと思って君に白羽の矢が立ったってわけだよ」


『・・・やはりこれは・・左遷だったのか・・・』


 三枝は急に胃がキリキリと痛むのを感じていた。


 一体自分が何をしたのだろうか・・・?ここ数ヵ月間の業務内容の記憶を辿ってみたものの、思い当たる節が全くなく、本当に情けなくなってきた。

 きっと自分の思いもよらないところで物凄いミスを犯してきたのだろう。

 そうでないとこの状況は到底納得のいくものではなかった。


「あ、そうそうそれから。急ごしらえで申し訳ないんだけど、はい。これ君の新しい名刺」


 そう言って最上は茫然とする三枝の手のひらに握らせるように名刺ケースを乗せた。


「まずは史君が今進めている特集を一緒に進めてもらいたいんだ。」

「特集記事ですか?・・・学生なのに凄いんですね・・・」

「あぁ、というか本当は元々別の担当が史君と一緒に企画していて進めていたんだけど・・・。ちょっと諸事情があって彼辞めちゃってね・・」

「辞めた?」


 三枝が不思議そうな顔をしていると最上はちょっと気まずそうに史に目配せをする。

 史はそれを気にする様子もなく、突然三枝が持つ蓋の空いた名刺ケースから細長い指で一枚それをスッと引き抜くとすぐ隣でマジマジと眺めた。


「三枝・・・寿々(すず)??」


 不意の事で三枝は驚き、急いで抜かれた名刺を史の手から取り返した。


「こらっ!勝手に人の物を取るんじゃない!!っていうかフルネームを声に出して読むな!!」


 三枝は全てにおいて人一倍コンプレックスを感じているような気の小さい男ではあったが、それ以上に見ず知らずの相手から下の名前を呼ばれる事はかなりの屈辱でもあった。

 まるで小動物が威嚇している程度にしか見えない三枝寿々を横目に史は不敵な笑みを浮かべたかと思うと三枝の金縁眼鏡に顔が映り込む距離までぐっと近づいて話しかけてきた。


「前任者の先輩は今回の企画の立案者ではありましたが、実は現場で不慮の事故に遭いまして退社されてしまいました・・・」


「不慮の事故・・・?」


 先ほどまでいたずら気味にふざけた態度だったかと思うと急に神妙な面持ちで話しかける史に三枝はどきっとして寒気を感じた。


「はい。・・・僕が言うのもなんですが。実は今取り組んでいる企画の現場に行くと前任者の先輩の様に何かしらの事故、つまり『(さわ)り』に遭う可能性もあります。ですから是非とも十分に気を付けてもらいたいんです」


「え・・・本当にそんなに危険な場所に行かないといけないんですか??編集長?」

「う~ん・・・そうだよねぇ嫌だよねぇ。でも普通ならそんなに危険な場所じゃないんだよ。まぁとりあえずやってみてもし本当にダメだったらその時は考えるからさ!ね!」


『ね、って言われても嫌なものは嫌なんですけれど!??』


 とは言え選択肢が無いのは三枝自身が一番よくわかっていた。

 もしこれが嫌ならば本気で辞職するより他はないだろう。

 勿論昨日の夜はそれを真剣に一晩中考え、結局答えがでないまま今に至るのだ。

 ならば最上が言うようにとりあえずやってみるしないのかもしれない。

 覚悟などもとより無かったが、三枝は一先ず腹を括る事にした。


「・・・・事故は絶対に嫌なので。危険な目に遭いそうな時は即座に一人ででも逃げます。その時は(はだ)君の事も面倒みれないと思いますので。それだけはご理解ください・・・」


 我ながらとんでもなく最低な事を言った自覚が三枝にはあった。


「はぁ・・良かった~!!いやぁ本当にもし断られたらどうやって人事に話そうかと、僕もう昨日からそればっかで眠れなかったんだよ!引き受けてくれてありがとう三枝君!!」


 最上は安堵したせいか急に明るい顔になり三枝の手を握ってぶんぶんと握手を交わした。


「大丈夫!こう見て史君は日本の()()()()()()()について、うちの編集部内でも随一と言える頼もしい存在なんだ。是非彼からも色々と学んでここアガルタで頑張って欲しい!」


 一人浮かれて最上は三枝の手をひとしきりバシバシ叩いた後に上機嫌で自分の席へと戻っていった。


「・・・・心霊や怪奇現象・・・・」

「やっぱり嫌いですか?」


 取り残された三枝を見下ろす様に眺める史。

 三枝はみるみるうちにより一層青ざめた顔になっていった。


「そんなの好きな奴の気が知れないよ。というか絶対に仲良くなれないタイプだ」

「そうですか、それは良かった!きっと()()()()()もっと面白い記事が作れるに違いありませんね!改めましてようこそ地下帝国へ。どうぞよろしくお願いします、寿々(すず)さん」


 三枝が下の名前にコンプレックスを抱いていることなど一瞬で見抜いていたのだろう。

 史はあえてからかうようににっこりと満面の笑みを寿々に向けた。



今後の創作の為にも是非!感想と評価へのご協力をよろしくお願いします!

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