第2話 オシラサマ
史と呪物コレクターのひろせが盛り上がって話をしている中、土曜午後の喫茶店は立地もあってか急な賑いをみせていた。
そこへ一人の男性がボストンバッグを抱えて不安そうな表情で店内へ入ってきた。
男は50代くらいで小太りな見た目、薄茶のスーツを着て酷く汗をかいている。
寿々はすぐにその挙動不審な男の様子が気になった。
どう見ても土曜午後に買い物ついでに喉を潤しに来たような客には見えなかったからだ。
男はハンカチで汗を拭うと、焦りながらもスマホを取り出すと誰かに連絡を入れる。
するとすぐにひろせのスマホが着信を受けてヴゥーヴゥーとバイブ音を鳴らした。
「はい。・・・・ああそうです」
そう言うとひろせは立ち上がり入口のそのボストンバッグを抱えた男性へ向けて手を挙げた。
「どうも初めまして。私門田正樹と申します」
「はじめましてひろせですぅ~」
「はい!勿論存じ上げています!!ひろせさん本当にお会いできて嬉しいです!」
門田はひろせが呪物を集めている事を動画などで知った上で、今日意を決して手に負えない呪物をわざわざここ渋谷まで渡しに来たのだ。
「ああ、それとメールでもお話させて頂きましたが。今日は僕が連載させて頂いている出版社の方も同席しておりますので」
とひろせが話を振ってくれたおかげで寿々もようやく名刺を取り出し門田へと手渡しできた。
「月刊アガルタの三枝と申します。この度は大変貴重な機会に同席させて頂きまして本当に感謝いたします。あ、あとこっちは秦と言います」
寿々が史を紹介すると史は何も言わずにただ頭を下げた。
寿々と史はひろせと門田が向い合せになるように席を移動し、ひろせの隣が寿々、門田の隣が史という位置に座り直し話しは始まった。
「実はですね・・・・。これをお渡しする前に皆さまに一応お断りさせてください」
門田は抱えるボストンバッグを見てから真剣にひろせの目を見直した。
「はい。勿論です」
ひろせも当然とばかりにゆっくりと頷く。
「まずこのバッグに中にあるものが何かを最初にお話しします。ただし今ここでこのバッグを開けて中を確認するような事だけは絶対にしないでください」
「・・・中確認出来ないんですか??」
ひろせもそれは困ったと言った感じで門田に聞き返す。
「はい。絶対にしない方がいいです。もしここで見てしまうとここの喫茶店にいる人達にも影響がでるかもしれないので・・・」
門田は大げさな言い方でひろせと寿々を交互に見たが、寿々にはその表情はとても冗談を言っているようには見えなかった。それゆえにまた背筋にゾゾっと怖気が走った。
「まずこの中にあるのは〖オシラサマ〗です」
「オシラサマ!?本物ですか??」
ひろせはその名前を聞いて目の色を変えて興奮気味に門田に質問を返した。
「はい。本物です。これは岩手県の二戸にある私の祖母の家に代々祀られてきたオシラサマになります」
「オシラサマと言うと桑の木を彫って魂を込めた2対のご神体ですよね?」
寿々も日本の信仰や風習に関しての最低限の知識があるからか、勿論東北地方のオシラサマ信仰についても知っているようだった。
「はい、そうです。このオシラサマは祖母の家に何代にも渡って祀られていたのですが、祖母が亡くなってからこのオシラサマはそのまま家に放置された状態で20年近く経ってしまいました。私は祖母の家にオシラサマがいるなんてちっとも知らなかったのですが、私の父は父の兄、つまり伯父とはあまり仲が良くなくて。祖母が亡くなってからはほぼ絶縁状態だったのです。しかしここ数年で伯父、妻である伯母。そしてその子供の従妹3人。更に私の父までも立て続けに次々と毎年誰かが亡くなっていまして。これは何か祟り事に遭っているのではないかと私の母と弟で徹底的に調べたところ、祖母の家からこのオシラサマが酷い状態で出てきたというわけです」
ひろせはとても険しい顔をしながらも、悲しそうな表情でその話を聞いていた。
「そりゃあきませんわ・・・。オシラサマを20年も放置なんてそれは祟られても仕方ないですよ?」
と少し叱るようにひろせは静かに怒りを表した。
「・・私もその通りだと思います。それに一番の問題はこのオシラサマは一体だけなんです!」
「えええ??一体だけ??じゃあもう一体は・・・」
「わからないんです。私たちが探した時には祖母の家からはこの一体しか見つからなくて・・・。それでもう家族一同この祟りはオシラサマをこんな風にしてしまったからに違いないと思い、すぐに預かってくれる場所を探し持ち込んで事情を話してみたのです。そして一度預かって貰えたのですが、その後3日も経たずにそのお寺から連絡が来てやっぱりこのオシラサマだけは預かる事ができないと拒否されてしまいました」
門田はそこまで話すとボストンバッグを更にぎゅっと抱きしめて目に見える程の冷や汗をだらだらと流した。
「・・・それは何でですか?」
ひろせは息を飲んで門田に聞く。
「お寺ではこのオシラサマを他に預かったオシラサマと一緒にお祀りしていたそうなんですが、住職が朝嫌な予感がしてその棚を見に行くとこの一体を除いて他のオシラサマの首が全て折られてしまっていたとの事でした・・・」
門田の話しに一同がその場に凍り付いた。
「・・・他のオシラサマの首を??」
「はい・・。住職の話では他のオシラサマは皆2体の対になっているので、もしかしたらそれを妬んで全部の首を折ったのではないか。との事でした。とにかくそのお寺では預かってもらえず、他の神社や遠野にあるオシラサマを祀る施設にも聞いてみたのですが、そういうオシラサマは絶対に預かれないと全て断られてしまったのです」
「なるほど・・・それで頼みの綱ということで僕のところへ」
「・・・・はい。どうにかこのオシラサマを預かっていただけないでしょうか?」
そこまで聞いて寿々は、このオシラサマを預かるなんて普通ならば出来ないだろうと素直にそう思ってひろせに目をやると。
「ええですよ!勿論そのつもりで僕もここへ来てますので」
と二つ返事で快諾したのだった。
寿々はそのひろせの即答に、そんな馬鹿なと言わんばかりに口を大きくあけて驚愕した。
「ありがとうございます!本当に助かります!!」
門田もこれで一安心とばかりに泣きそうな表情で喜びを表した。
「ただし・・・」
「?」
ひろせはその喜びを遮るように続ける。
「こちらをお預かりしたとしても、僕は祟りそのものをどうにかできるわけではないですからそれだけはご理解下さい。もし万が一不幸ごとが続いたとしても、僕は一旦お預かりしたオシラサマをお返しするつもりはありません。その代わりめちゃくちゃ大事にはします。それだけはお約束させて下さい」
門田は一瞬言葉に詰まりもう一度ボストンバッグを抱え込むと意を決し。
「・・・・わかりました」
とだけ答えた。
その後ひろせは門田からボストンバッグを預かると、門田はまるで逃げるように喫茶店を出て行ってしまったのだった。
「さて・・・どうしますね」
ひろせはアイスコーヒーを飲むとゆっくりと首を捻った。
「と言いますと?」
寿々はひろせに問いかける。
「いやね、やっぱりこれを確認しないまま持ち帰るってのも違うんじゃないかなぁって」
ひろせはそう言うとボストンバッグのファスナーに手をかける。
「ちょっ・・ひろせさん、それここで開けて大丈夫なんですか?」
寿々はその行動に驚き咄嗟に制止した。
「う~ん・・・大丈夫かどうかはわかりませんが。ほらだってアガルタさんだってここまで聞いたところで、もしこの中身が全く関係のない物だった、としたら意味がないでしょう?」
それはそうなのだが、寿々も門田の話しを全て信じているわけではないがやはり万が一という事を考えるとそれはそれで不安があった。
寿々が返答に困っていると。
「じゃあ、僕からの提案ですが」
と今までずっと黙っていた史が声を上げた。
ひろせと寿々は同時に史を見る。
「ここからだと編集部が近いので一度こちらを持って編集部で確認するっていうのはどうですか?」
史の提案に寿々は正直賛同し難いとは思ったものの、色んな事を考えるとそれが一番手っ取り早いのも確かであった。
そこから史と寿々、そしてボストンバッグを抱えたひろせは喫茶店を出るといいとよ出版のビルまで約10分の道のりを歩き、編集部までやってきたのだった。
編集部内は土曜という事もあり出勤しているスタッフはほとんどいなかったが、編集アシスタントの浅野とメディアプランナーの高橋だけが在中していた。
「あれ?三枝さんと史君?どうしたんですか?」
浅野が3人を見ると不思議そうに問いかけてきた。
「あ、浅野さんお疲れ様です。ちょっとだけ打ち合わせ室を借りますね」
寿々はそう言うとそそくさとパーテションで仕切られた一角の灯をつけ、2つあるブースの一部屋へひろせを案内した。
「さてと・・・じゃあ開けさせてもらいますよ?」
ひろせはでまるで宝箱の蓋を持ち上げるようにとても楽しそうな表情でゆっくりとバッグのファスナーを開いた。
「・・・・・」
一方寿々は異様な緊張感で乾いた喉の奥がヒリついた。
中から取り出したのは40センチくらいの物体を何重にもぐるぐる巻きにした布の塊だ。
ひろせはそれをまるで赤子でも抱くように大切に抱えるとその布を一枚一枚丁寧に剥がす。
出てきたのは魂を込められた桑の木と思われるご神体を、丁寧に包み隠すように何重にも布を被せた一体のオシラサマが姿を現した。
「おおお・・・これは本物のオシラサマですねぇ」
ひろせは更に恍惚とした表情でその御神体を掲げると急に両腕でギュッと抱きしめたのだった。
「!?」
その様子にギョッとして寿々は反射的に少しだけ身を引いてしまった。
反して史はひろせの抱える御神体を興味津々に覗き込んでいる。
「これがオシラサマなんですね、僕初めて見ました」
こちらもひろせに負けじ劣らず目をキラキラと輝かせているではないか。
「そうなんですよぉ・・・はぁ~やっとお会い出来て嬉しいです!」
ひろせは感慨深そうに話すと再度オシラサマをギュッと抱きしめる。
「いやね、オシラサマってもう作られていないんですよ。風習を守ってきた世代が僕のお婆さんとかの世代になってしまい今ではもう消えかけてる信仰の一つなんです。そんなもんでね、今までずっとオシラサマとこうやってお会いしたかったんですが叶わなかったわけですよ~」
ひろせは1人うっとりとオシラサマを見つめながら椅子にゆっくりと腰をかける。
「前に岩手の遠野の施設で集められたオシラサマを拝見した事はあるのですが、あそこのはもう家そのものを守る役目を終えてただただ眠るだけの存在でしたが。このオシラサマはなんと言うか・・・一味違う雰囲気がありますよね・・・やっぱりまだ神様なんだなっていう風格というか」
寿々もそう言われてもう一度恐る恐る顔を覗き込んだ。
と同時に頭の奥をビシっ!というまるでヒビでも割れたのかという衝撃が走った。
「!?」
偏頭痛とかでもないその衝撃の余波が身体中を走りびっくりして手を見つめた。
「寿々さんどうかしましたか?」
史は寿々のそう言った不可思議な反応に敏感だ。
まるで共感覚でもあるのではないかとばかりに気がつく。
「いや・・・オシラサマの目を見た瞬間何となくこうビシって感じの衝撃が・・」
寿々が史の質問に答えるとそれを聞いていたひろせが嬉しそうに声を掛けてきた。
「あれ?もしかして三枝さんて何かそういうのを視えたり感じたり出来る人なんですか?」
「いや、そういう事はないと思いたいのですが・・・。私本当に怖い物が凄く苦手なのでそれで最近はちょっと過敏になりすぎているんだと思いま・・す・」
寿々はそう答えながらもさっきからずっと、オシラサマが自分を睨んできている様な気がしてならなかったのだ。
すると突然ひろせのスマホが震え、着信を知らせた。
「なんや、こんな大事な時に・・・」
そう愚痴を漏らしながら電話にでるひろせ。
その間も寿々はひろせの腕の中からこちらを見つめるオシラサマの存在に得体の知れない畏怖を感じずにはいられなかった。
「ええ?なんやって??それホンマか?」
ひろせの口調が急に荒ぶって関西弁なのかわからないが訛りが激しくなった。
「ああ・・・・ほなわかった。今からそっちに行くわ」
そう言うとスマホを切り、寿々に向かって急にまた丁寧な口調で。
「三枝さん、ほんまに申し訳ないんですけど。今電話でうちの家族がこの近くで怪我したゆーて病院に運ばれたらしいんですぅ。ほんで申し訳ないんですが、ちょっと病院行ってくる間だけでええんで、この子ここに置かせてもろてもええですかね?」
と懇願してきたのだった。
「え?ここにですか??」
正直寿々もどうしていいものか困惑した。
「ほんますぐ近くらしいので・・多分2時間、いや3時間以内には戻って来れると思いますんで!」
時計を見ると夕方の5時前。
寿々は断る事もできず仕方ないとばかりに
「・・わかりました。ではお待ちしておりますので必ず戻ってきて下さい」
と念を押してひろせを見送ったのだった。