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第13話 そして良き地底ライフを

 

 幽霊団地の一件から2週間ちょっとが過ぎようとしていた。




 三枝(さえぐさ)寿々(すず)はようやくアガルタの編集作業に慣れ始め、チーフの丸からどんどん原稿を回されてはその内容をチェックしまた丸へと戻すという作業がルーチンになり始めていた。



「三枝~~!!ゲラのチェック全部終わった???」

「いいえまだですけど!」

「まだですけどじゃないんですけど???これ全部今日入稿なんであと2時間で送らないとだから!!」

「わかってますけれど、だったら今日の昼にこんなにもドサッと渡さないで下さいよ??」


 寿々は今まで学術誌の編集でここまで入稿前ギリギリの作業に追われてこなかったので、こんなにも修羅場な仕事をしたのは研修時以来だったのだ。



 時刻は既に夜の22時をまわろうとしている。

 丸の隣では篠田も一生懸命原稿のチェックをしていた。


 編集部内は編集者総出でいつになくピリピリとした雰囲気が漂っていた。



 寿々は丸に聞こえないように小さくため息をつくとチラッと応接ソファの方を横目に見た。

 応接ソファの電灯は消され暗がりになっており、高校生アルバイトの(はだ)(ふひと)の姿はそこには無かった。






 団地から帰った翌日。

 寿々と史は最上(もがみ)に呼び出され、会議室で詳しい内容とその後の処分についての話しをされた。




「まず、当間(とうま)さんについてだけど・・・」


 二人は最上の言葉に自然と肩に力が入った。



「一応昨日話したとおり、当間さんの生霊を浄化させたあとタンクから解放してもらったんだけど。頼んだその方の話しではちゃんと当間さんの中へ戻されたとのことだった」



 それを聞いた寿々はほっと胸を撫で下ろした。



「・・・しかし。当間さんの精神は元に戻る事を拒否しているらしく僕も当間さんが元々どういう方なのかわからないのでそれ以上対処する事ができなくてね。結局今日になってもう一度団地へ赴きアガルタの編集長として一連の謝罪として改めて彼女の部屋を尋ねたら様子がおかしいという事で警察に通報。という形でこの一件は全て終わりとなったよ・・」


「・・・そうだったんですね」


 寿々はそこまで聞いてとても悲しい気持ちになった。

 たとえ命を奪われそうになったとはいえ、結局自分達のせいで当間という1人の人間の感情を壊してしまったという事に変わりはなかったからだ。


 だからこそ責任も感じていたし、願わくば当間が通常の生活に戻ってくれればと本気で思っていたのだ。



「まぁその浄化をお願いした方にも事情を話したけれど、当間さんは恐らく君達が来るよりだいぶ前から生霊を飛ばしすぎて肉体と精神の乖離(かいり)が進んでいた可能性が高いと言われたよ。だから大した慰めにはならないかもしれないけれど、あまり気を病まない方がいいと僕は思うよ。ね、三枝君?」


「え?・・・・そうですね」



 最上が気を使ってくれていることを寿々はちゃんと理解していたが、とは言えすぐに受け止められるような事ではなかった。



「さて。僕からの報告は以上になるけど何か他に質問はあるかい?」



 その言葉に史は少しだけ身を乗り出した。


「あの、F棟にはもう1人佐藤さんという住民がいるのですが。今日佐藤さんに改めて電話を入れたところ電話番号自体が繋がらなくなっていまして。佐藤さんについて編集長は何かご存知ですか?」


「うん、実はそれに関しても不可解な点が沢山あったんだよ」


「不可解な点ですか?」


「実は自治会や市の方にも問い合わせてみたのだけれど。あのF棟の205号室には佐藤という住民は登録されていないそうなんだ」


「え?・・・それはどういう?」


 史と寿々は最上のその言葉に驚きを隠せなかった。


「実際今日僕も当間さんの事が終わってから205号室を尋ねてみたけれど、チャイムを鳴らしても誰もいないみたいでね。まぁ色んな事があったから念の為にドアノブを回してみたらすんなり開いてしまい中を見てみたのだけど、部屋の中には家財など一つも置いてなかったし、なんなら廊下には長い間誰も住んでいなかったようにうっすらと(ほこり)が積もっていたんだよ」


「え?それって本当に205号室の話しですか??」


 寿々も驚いて声を上げた。


「勿論僕も何度も確認してみたよ。でも確かに205号室だった」


 史と寿々は目を合わせるとまるで佐藤という狐にでも化かされたのでないかとばかりに奇怪すぎる話しに言葉が出てこなかった。



「何にせよこれ以上は僕ら編集者が手も足も出せないところだからね。2人ともこの団地の件はこれで終わりだから、いいね」


 最上は口調は優しいが目だけは笑う事なく寿々と史を嗜めた。




「じゃあ次は史君!」


「はい?僕ですか」


「そう。いいかい?よく聞いてね。

 キミはこの先卒業まで取材の同行は一切禁止!」


「ええ!!」


 史はまさかそんな事を言われるとは微塵も思っていなかったらしく、本気でショックを受けていた。


「キミ、松下君と行動していた時にも何度も僕に内緒で週末勝手に心霊スポットとかに取材同行していたよね?あの時キミまだ18歳以下だったから深夜の取材とかダメだったけど僕も甘いから本当は知ってたけど黙っていてあげたんだよ。でもね、今回の件はもっとダメ!何度も言ってるけど一応キミがここに居られるのは僕がキミの保護者代わりとして受け入れているからなんだ。巻き込まれてしまったのは確かに僕の責任なんだけど、だからこそキミを現場に行かせるのは間違いだったと痛感したよ」



 最上の厳しい発言に史の顔は青ざめ、そのデカい図体がどんどん小さくなっていくのが寿々にはよく分かった。



「何よりもキミはまだ高校生だ。勿論ここに来てからも学校の成績はずっと首席を維持しているのは知っている。それに今月には大学の推薦入試も控えている。だからこそ卒業まであと数ヶ月は我慢して欲しいんだ。わかるね?」


「・・・・・・」


「とりあえず編集のバイトを辞めろとは言わないから安心しなさい。バイトは続けて今は三枝君のもとで編集作業のアシストを中心に勉強を続けて欲しい。卒業したらその時はキミができる範囲で取材にも同行して構わないから。いいね?」


 隣に座る史は(うつむ)きぐうの音も出ないとばかりに顔を硬直させワナワナと震えているではないか。

 しかし寿々もこれにはどうする事もできなかった。

 なんせ最上の発言が正論すぎるからだ。


「・・・・・わかりました」 


 史はそのまま頷く事もなく小さく答えたのだった。








 深夜0時


 ようやく校了となり、これで来月発売のアガルタ1月号が約束されると編集部内は一気に過労の瘴気で満たされ、ゾンビのように(やつ)れた面々が1人また1人と帰路へとつくのだった。



 寿々もこの半月、特集記事と並行して丸から投げられるゲラのチェックとデザイナーやライターとのやりとりで疲労困憊だった。

 結局幽霊団地の特集も記事として出せる部分の方が少なく、史の黒い影の正体を暴くと言う目的もしっかりとは明記できず、また寿々の力不足もあり2人とも満足のいく内容にする事は出来なかった。

 これについては丸からも次回に期待!と厳しく指摘され2人はまた一から企画を考えねばならない日々を送っている。

 寿々はその間にも寝る間を惜しんでアガルタの創刊号からの全記事に目を通し続けていた。

 寿々はただでさえ体力が無い。

 今はもはや一歩たりとも動ける気がしなかった。



「三枝~アタシも帰るからな!風邪ひく前にちゃんと家帰れよ~」

 そう丸の声を最後に聞いたような気がしたのだが、机に突っ伏したまま寿々は気を失うように深い眠りについてしまった。






 夢の中で寿々は沖縄の海を見ていた。

 暖かく心地よい風が吹き強い日差しも全てが輝いて見えた。

 しかも隣には日向吾(ひゅうご)も一緒にいる。



 ふと美しい海岸の奥の方を見ると當間(たいま)一家と当間が楽しそうに遊んでいる姿が見えた。



 それはとても幸せそうで。

 本当ならばそういう現実もあったのかもしれない、と寿々は切なくなって涙を流した。



 隣にいる日向吾が寿々を慰めようと頭を擦り寄せ笑顔で尻尾を振る。



「そうだな。今は彼らが少しでも穏やかに過ごせるよう祈る事しか出来ないな・・」



 寿々は彼らの事を幽霊などと、簡単に呼びたくはなかった。

 どんな姿になったとしても人の心を信じたかったし、人の心がある限りそれは決して(くら)いだけの存在ではないと信じたかったからだ。



 日向吾はいつものように寿々の膝の上に顎を乗せるといつの間にかスヤスヤと寝息をたてて眠りについてしまった。




「風邪をひきますよ?」




 そう史の声が聞こえて寿々はガバッと机から頭を起こした。




 気づくと午前1時。

 編集部内は静まり返り、辺りを見渡すもそこには誰もいなかった。


 だが寿々の肩にはいつの間にか毛布が掛けられていた。

 それは史が応接ソファで使っていた古びた毛布だ。

 そして机の上には見覚えのある綺麗な文字で



【泣いてないでさっさと家に帰って寝てください。】



 とだけ書かれたメモと栄養ドリンクが置かれていた。




 寿々は欠伸(あくび)をし固まった体をめいいっぱい伸ばすと暫くぼーっと天井を眺め。


 ふいにそのメモをグシャリと潰しゴミ箱へ投げ捨て


「泣いとらんわ!」


 と1人呟きながら急いで家路についたのだった。



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