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第12話 アンダーワールド

 


 屋上から階段へ戻るとそこは先ほどまでの異様な光景から普通の団地へと姿を戻していた。

 あれだけいたゲジゲジの群れも床に残った死骸以外は今はもうどこにも見当たらなかった。






寿々(すず)さんすみませんでした」


 (ふひと)は一度下まで降りて寿々が転んで落とした金縁の眼鏡を拾ってから再び3階へと戻ってきた。


「・・・・・・」


 差し出された眼鏡は片方のレンズが割れヒビが入っている状態だ。


「はは・・・・まぁ片方だけ何とか見えそうで良かったよ・・」


 と割れたレンズを外し片方だけの眼鏡を再び掛けた。


「怒ってないんですか?」


 ボロボロの姿で申し訳なさそうな顔で様子を伺う史のその顔が、寿々には本当に昔の愛犬日向吾(ひゅうご)のしょぼくれたあの顔に見えて仕方なかったのだ。

 当然怒ることなど出来なかった。

 しかしそれを本人に話すのはなんとなく気が引けるので、あえてその話は触れないでおくことにした。


「ま、怒ってもしょうがないだろ?そんな事よりも当間さんを確認しにいかないと」



 そう言うと二人は301号室へと向かい、今度は寿々が先に立って当間がいるであろうその部屋の扉に手をかけた。


 ガチャリと玄関のドアノブが回り寿々の左手に緊張が走る。


 ゆっくりと開くとその先に見えたのは昨日見た暗がりの301号室ではなく、窓から燦燦(さんさん)と日が降り注ぎ慌ただしく日常を送るとある一家の朝の光景だった。


「!?」


 寿々は驚いて後ろによろけ、そのまま後ろに立っている史に勢いよくぶつかってしまった。

「いって・・・どうしたんです寿々さ・・・」

 しかし寿々を支えようと肩に手を掛けた史にも突然その扉の先の光景が目に飛び込んできたのだ。


「これは・・・一体・・・」



 (いってきまーす!)

 そう言って二人の目の前をセーラーを着た一人の女の子が飛び出ていった。


「あの子・・・さっき屋上で見た首の折れた女の子だ・・・」


 寿々はその姿を見て胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


「つまり今僕たちは15年前の當間(たいま)康夫(やすお)の一家を見ている・・・って事ですか?」


 するともう一人お腹の大きな女性が玄関にやってきて


 (ちゃんと病院行ってね!)と中にいる人物に話しかけて外へ出て行った。


 部屋の中、キッチンの奥で一人のやせ細った小柄な男性が力なく手を振って女性を見送っているのが視えた。


「・・・これはもしかしたらこの部屋の残留思念でしょうか・・・」

 と史が呟いた。


 その光景が煙の様に消えたかと思うと次は中から赤ん坊の泣く声が聞こえてきて先ほどの女性が酷く焦りながらあやす様子が視えた。


 玄関先ではやせ細った小柄な男性が何度も何度も頭を下げている。


 (いい加減にしてください!!!ちゃんと赤ん坊の面倒みてるんですか!?何であんなに昼も夜も毎日毎日大声で泣いているんです??)


 隣人の苦情にその男は何度も頭を下げていた。


『・・・・この人が當間康夫・・・』


 寿々は記事の内容から考えていた人物像と目の前の残留思念のその姿がかなり違っていた事にショックを隠せなかった。


 そしてその光景が消えると今度は玄関先に散らばったゴミを片付ける康夫の姿が視えた。


 (ゴホ・・・ゴホ・・・)と酷い咳を何度もしながら一人ゴミを片付けている。

 部屋の中を見ると玄関もキッチンも荒れ果ててやはり中からは赤ん坊の泣き声が絶えず響き渡っていた。


 (あ・・・おかえり)


 康夫が声を掛けた先には娘の姿があった。しかし娘は泥だらけでスカートの裾は裂け顔には殴られたのか口元から血が滲んでいた。


 その様子を隠そうと娘は父親を避けると急いで家の中へ駆け込み玄関脇の和室の先へと飛び込んでいってしまった。



 寿々はこの先の事を考えるともう居ても立っても居られないくなった。

 胸の奥がゾワゾワと震え今にも泣きだしそうになっていたからだ。

 すると史も寿々の肩に置いた手に力が籠るのを感じた。

 少しだけ振り返ると史も険しい顔をしてその様子を見守っていた。



「・・・これは寿々さんの力ですか?」

「・・・わからない・・・。ただ俺が視ようとしているのではなく誰かに()()()()()()()のだけはわかる」

「・・・ならばちゃんと最後まで視届けましょう。きっと僕たちにはその義務があるはずです」


 寿々は史のその力強い言葉にゆっくりと頷く。


 場面が変わると、再び玄関先ではゴミを撒く見知らぬ大人と中学生くらいの男子の姿が視えた。

 壁には殴り書きされた當間家を中傷する張り紙が何枚も貼られている。

 玄関から娘が出て来ると二人は逃げ出すこともなく睨みながらその場から階段の方へゆっくりと歩きだした。

 家の前のゴミを見てほうきと塵取りで片付ける娘。

 するとその娘に向かって男子が持っていた生ごみを更に投げつけたのだった。


 娘はその場に立ち尽くしたままだ。


 中からは相変わらず赤ん坊の泣き声が聞こえる。キッチンの椅子には母親がテーブルに伏せたまま動く様子がなかった。

 隣の部屋から這いずる様にして赤ん坊を抱えキッチンへ向かう康夫の姿が視えた。

 その光景がすっと消え・・・。



 そしてついに娘の骨壺を抱えた喪服の康夫と鳴き続ける赤ん坊を抱えた妻が階段の方からやってくると、その後ろから冷たい視線を送り続ける近隣の住民がゾロゾロと三人の後をまるで亡霊のようについてくる光景が視えた。


 その視線はこのF棟だけではなかった。


 隣の棟もその隣の棟からも全ての住民が當間家のその様子をただただ見ていただけなのだ。


 誰も彼らを救ってくれる人はこの団地にはいなかった。

 

 目の前を通る當間一家の絶望に打ちひしがれた顔を、寿々は視届けるのが本当に辛かった。

 3人が部屋の中へ入ってゆくと、玄関の扉は閉じられ。そのまま次の光景へと変わってゆく。



 部屋の奥、開いたカーテンの向こうの窓は真っ暗だった。

 外では激しい雨が降っている。


 床には動かなくなった妻と赤ん坊が横たわっていた。


 そして死角になっているキッチン横の和室からドスン!!という音とともに欄間から吊るされたロープにぶら下がった當間康夫のやせ細った体が数回大きく痙攣したかと、思うとそのまま力が抜け右から左へとただ宙を行ったり来たりと何度も振られ続けた。


 やがてその光景も霧の様に薄れてゆくと、廊下の先、ちょうど康夫が亡くなった場所で一人(うずくま)る当間の姿が見えてきたのだった。




 寿々はゆっくりと当間へ近づいた。




 当間は両手で何かを握りしめ、そして目線は遥か遠くを見つめ寿々と史には気づいていない様子でずっと何かブツブツと歌っているようだ。


「・・・むら・うどぅん・・・かどぅ・・なかい・・・みみちりぼ・・じ・・が・・たっちょんど・・・」


 史はゆっくりと当間の手から握りしめられた一枚の紙をスッと抜き取った。


「それ・・・俺の名刺・・」

「多分この名刺を使って寿々さんの居場所をずっとつけていたんでしょうね」



 名刺を手から抜き取ったあとも当間はずっとブツブツとひとり歌を歌い続けた。


「いらな・・ん・・し・・ぐんむ・・ちょんど・・・なちゅるわ・・べ・・みみ・・ぐずぐ・・ず」


 寿々はその歌に聞き覚えがあった。


「・・・耳切坊主(みみきりぼうず)・・」

「?」


「当間さんが歌っているこの歌・・・。沖縄のわらべうただ。内容は不気味に聞こえるけれど、親が泣いている子供をあやす時に歌うわらべうたなんだ・・・。多分当間さんは康夫さんの死を受け入れられずずっとその理由を探し続け、そしてこの団地であった事を知りここの住民に復讐するために引っ越してきたのかもしれない。でも・・・復讐が終わっても康夫さんも康夫さんの家族も戻ってくるわけじゃない」


「・・・・この後どうしますか?」

「・・・どうもしないよ。ただこのまま置いていく事もできない」


『とはいえ屋上に閉じ込めた当間さんの生霊をどうすればいいものか・・・』

 寿々は考えてみたが心当たりなどあるわけもなく。


「なぁ史、誰か生霊の事で相談できそうな人ってアガルタにいるのか?」

「・・・・・・そうですねぇ・・・」







 寿々と史はF棟の下でその人物を待った。

 時刻は23時近くになっている。


 すると暗がりの中一台のタクシーがF棟の前に停まり中から編集長の最上(もがみ)が降りてきた。



「・・・・・・」


 最上は寿々と史のボロボロな姿を見て暫く唖然とした様子だったが。

 すぐににっこりと笑うと。


「ま、三枝君と特に史君。キミたちの事はまた後でゆっくりと話そう。まずはその当間さんのところに案内してもらえるかな?」


 最上は相変わらず怒っているのかそうでないのかわからない表情で二人に微笑んだ。




 301号室の当間は相変わらずブツブツと一人わらべうたを歌い続けている。

 最上はその様子を少しだけ見るとすぐに誰かに電話をかけ始めた。


「・・・・もしもし。夜分遅くにすみません。アガルタの最上です。・・・いえいえ。はい・・実はですね・・・」


 その様子を見ていた寿々は史に小声で問いかけた。

「何でよりによって編集長なんだ?」

「まぁ編集長ですし。何よりも生霊に詳しいって人も特に心当たりがなかっただけです」

「・・・そうなのか・・・」


 寿々は正直昨日からこの最上という男がどんどん怖くなってきていたのだ。

 今では初日に会ったイメージからほぼ真逆の印象しかない。

 多分最上は言葉や態度では絶対に感情を出さないが行動で全てを物語るような人物なのではないか・・・と。



「すみません。本当にこんな時間に・・・大変ご足労おかけします。では詳細はメールで送らせて頂きますので・・・・。はい・・失礼します」




 そう言うと携帯を切ってそのままコートの内ポケットへしまった。



「・・・うん。とりあえず解決してくれそうな人に頼んだから二人はもう帰っていいよ」


「え?」

「?」


 寿々と史はそのあっさりとした返答に虚をつかれ、すぐに言葉が出て来なかった。


「え・・でも、これは俺たちがやった事ですし・・・編集部や会社にも責任を負わせるような事ではないので・・・ましてや編集長にご迷惑をおかけしたかったわけでもなく・・・」

 寿々はしどろもどろに答えると。


「うん。でもこうなってしまったからにはその責任を取るのが僕の仕事なんだよ」


 と最上は全く変わらない笑顔で寿々に話した。


「三枝君・・・僕はねぇ、いいとよ出版に来る前は別の雑誌でね()()()()()()()()()()()()()()と密接に関わって記事をずっと書いていたんだけどね・・。そういう裏の世界では一般の人間とは関わる事を許されない専門的な仕事をしている人達が沢山いるんだよ。今回頼んだのも正直そういう人なんだ。だからこれ以上はキミ達をここに置いておけないんだよ」


 明かりのない301号室の中でわらべうたを歌い続ける正気の失った当間の横に立つその小柄な最上の姿に、寿々はこれ以上恐ろしい光景はないとばかりに言葉を失った。

 勿論最上に逆らう事など出来るはずもなくただ小さく頷いた。


「編集長・・ですが当間さんをこの後どうするつもりですか?」


 その寿々に代わって怖いもの知らずな高校生の史は最上へずばりと言わんばかりに言及する。


「・・・まぁ心配はいらないよ。勿論違法な事をしようってわけではないからね。専門的な人に当間さんの魂をちゃんと戻してもらうだけだから。ただそれで彼女がちゃんと元に戻れるかは正直僕にも保証はできないけれど・・・」


 史もそれ聞いてこれ以上何ができるわけもなく、その言葉を信じ今はこの場を去る以外方法はなかった。




 二人は団地の外に出ると再びこの幽霊団地と呼ばれたF棟を振り返った。


「本当に今生きているのが奇跡としか言えないな・・・」

 寿々はあまりに色んな事がありすぎて、まだしっかりとこの一連の出来事が現実だったとうまく飲み込めずにいた。

「でもとりあえず今生きているんですから良かったという事にしましょう?」

「お前なぁ・・・何でこんな事があってそうもあっけらかんとしていられるんだよ・・」

「う~ん・・・そうでもないですけれどね。正直そういう事にしておかないとやっていられない。といった感じです」

「・・・・・はは。それは言えてる」



 二人は通りに出るためにF棟の前の公園を通り抜け歩きだした。


「それにしても・・・」

 史は思い出したように一人話し始めた。

「?」

「結局佐藤さんからの電話ってなんだったんでしょうか?」

「・・・ああ。確かに」


 寿々も正直今の今まで佐藤の電話が何だったのかをすっかり忘れてしまっていた。

 チラッと振り返ると205号室の明かりはまだ消えたままだ。

 若しくはこんな事態のさなか帰宅して既に就寝しているのかもしれない。

 しかし時間も時間だ。今から戻る事もできなかった。


『たしか佐藤さんの電話番号は編集部の方で控えていたはずだ・・・』


 そう思い出し、寿々は明日にでも確認とお詫びの連絡を入れなくてはと考えながら団地を後にした。







 公園の横に停車していた一台の車の中から寿々と史が公園を抜けていくのを隠れる様にして一人の男が確認をしていた。



 運転席には手袋を着け制服を着た運転手。

 そしてスモークの貼られた後部座席には髭を蓄えた恰幅のいい男とその横には佐藤が腰を掛けていた。


「・・・で?今回の仕事はこれで上手くいったのか??」

「そうですね。まぁ7割は完了といった感じでしょうか?」

「7割?」

 髭をつまみながら佐藤のその発言に不満そうに男は答える。

「ええ。あとはアガルタの最上編集長が全て綺麗にしていってくれると思いますので。それでこのF棟からは全員居なくなり、他の棟にも一連の話しが出回った頃には今の半分くらいは皆ここを出て行く事になるでしょう。そうすればこの団地を解体する事なんてもはや造作もないことです」

「なるほど・・・今回も悪い噂を流しては上手い事人間を裏から先導して自分の手は一切汚さずに仕事を完遂というわけか。はは、やはり()()()の人間はこういう仕事に長けたもんだなぁ」



「今回はたまたま上手くいったとも言えますがね・・・。幽霊団地の噂話がまさか本当だったというのもそうですが、その主犯の呪術師が10年近くかけてここの住民をジワジワいたぶってくれたおかげで一気に事が片付きました。メディアの力を借りようとネットにも書き込みをしましたが・・・・寧ろあのアガルタの編集者の二人はちっとばかり厄介でしたね。どうも()()()()に片足を突っ込んでいるような連中でしたのでねぇ。まぁ結果的には呪術師を上手く煽る事にも役立ってくれましたが・・・。もし今後アガルタの人間に遭遇する時は十分警戒する事にしましょう・・・・」



 そう言うと佐藤は寿々の名刺をシャツの胸ポケットにしまい、一人車を降りると目の前のF棟の部屋へと帰っていったのだった。






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