最終話 そして素晴らしき地底ライフを【後編】
寿々は目の前の白い階段を上り続けた。
何段あるかも、どこに続くのかも分からないその階段を。
ひたすら上り続けた。
途中で立ち止まって振り返ってみたが、上って来たであろうその階段と白い砂漠はすっかり見えなくなっていた。
寿々は極度の高所恐怖症というわけではないが、流石にちょっとだけ怖くなってその場に座り込んだ。
「うわぁ・・・下なんて見なきゃ良かった・・・」
そして遥か先の空を眺めながら
「史・・どうしているかな・・・。元気だといいな」
そう呟きながら苗木の鉢を抱きしめた。
「俺ここの仕事が終わったらシンディさんみたいに天使になってまた戻れるのかな・・・。そしたらその時にまた史の魂に会えるだろうか・・・・」
寿々はそう言いながら、なんて未練たらしい男なんだと笑ってしまった。
「はぁ・・・本当にどうしようもないな俺は・・・」
そして立ち上がり、再び上を見上げて階段を上り出す。
「我がままで・・・情けなくて・・・他人任せで・・・弱くて・・・偏食で・・料理も出来ない!」
寿々は自分の悪いところばかりを上げ連ねながらズンズンと上った。
「身長も高くないし、ガリガリで筋肉もない!運動神経も無いし体力も皆無。そのくせすぐに虚勢を張るし、意地っ張りだし、頑固者。更に優柔不断!!」
寿々は再び立ち止まる。
「俺ってやっぱり低スペックすぎるな!!」
その声は周りに何も無いのに何故か響き渡った。
そして深呼吸をすると、再びゆっくりと上り始める。
「・・・それなのに。あんなに俺の事好きでいてくれて・・・本当に幸せだった」
と呟くと今度は再びズンズンと上りだした。
そうやってまた長い間上り続けると
「??」
遥か先だが、何となく上空に白い四角い箱のような建物が浮かんでいるように見えた。
寿々はそのまま止まる事なく更に上り続ける。
そしてようやく目的の場所に辿り着くと、
「ここかぁ・・・・」
寿々はその建物に入る前に回りを見渡した。
そこはまるで遥か空高く雲の上のような場所だった。
空気ではないのだろうが、そこの世界はとても澄んでいてしかし同時にキシキシとした何とも形容しがたい鋭さみたいな雰囲気もある場所だった。
寿々は目の前のドアノブに手を伸ばした。
キィィィィ・・・・
扉は微かな音を立てて開く。
「・・・・あのぉ・・・」
中の様子を伺いながらそろりと足を踏み入れた。
中は外から見た大きさとは全く異なる別次元の世界のようだった。
「・・・・・」
後ろで開けて入ってきた扉が閉まる。
バタン・・・。
するとその扉はスッと形を無くして、白い壁の一部となって消えていった。
寿々は更に部屋の奥へと進む。
部屋の中はよく見ると壁一面に白い背表紙の本がぎっしりと詰まっているようだ。
「・・・・・・・これは」
そう言ってその棚の本を触ろうとしたところ、
「まだ触らないで」
と前方に歪に積み上げられた、よく分からない大きな積み木の様な白い構造物の上から声が聞こえた。
「えっと・・・」
寿々がそう言うと、上から一人の人物が落ちないようにゆっくり下りて来た。
「やあ、待ってたよ寿々」
そう言う人物は眼鏡を掛けていない寿々そのものだった。
「あ、え・・・と。君は確か・・・」
「そう。俺は寿々の上位者。つまりはマスター。ここには寿々の人生のあらゆる可能性とそれにまつわる物語、それから資料、そしてデータが全部詰め込まれている。そして俺はこの寿々のデータを管理する司書みたいな仕事をしている」
「えっとつまりここは・・」
「ここの本当の名前は他にあるけれど、皆はアカーシャと呼んでいるよね。よくアカシックレコードとか言われているけれど。アカシックレコードはこれ」
そう言ってすぐ近くの棚から本を引き抜いた。
「この本自体がアカシックレコードだ」
マスターはパラパラとページをめくるとすぐにパタンと閉じて元の場所に戻した。
「ところで寿々は何でここにやって来たの?」
「え?・・・何でって言われても・・行くところもなかったし」
「う~ん・・・。ねぇ、俺の話ちゃんと聞いてた?」
「え?」
「ほら、新宿のあの天使。シンディだよ」
「ああ~あの〝神の力を侮るな。内なる悪は人の心なり〟ってやつ?」
「そうそう。で、その続きも覚えてる?」
「えっと・・・・〝決して道を誤るな。運命はまだ切り開かれていない。己が心を信じよ。道の遥か先に答えはある〟・・・・だったはず」
「う~~ん」
と唸り声を上げると首を傾げてしまった。
「え?何か違ってたの?」
「まぁ・・もう言っても遅いけど。決して道を誤るな。運命はまだ切り開かれてないって言うのは、史の運命の人はまだ決まっていないから勝手に暴走するなって意味だったんだけどさ・・・」
「え!?じゃあその後の己が心を信じよってのも?」
「そうだよ、まだチャンスはあるから諦めるなって意味だよ」
「そ・・そうだったのか・・・」
寿々はここに来てようやくその意味を理解して
『何だもっとちゃんと自分の気持ちを信じて下手に遠慮なんかしなくても良かったのか・・』
と今更ながら反省をした。
もしそういう意味で、もっと自分の気持ちを信じて少しでも弱気にならなかったら違う道もあったのだろうなぁ・・・と更に後悔をした。
「でも結果的にここに来たのはやっぱり宿命だったわけだし。それもやむなしかもね」
そう言うとマスタ―は指をパチンと鳴らす。
その合図と共に今まで組まれいていた積み木のような構造物が全て床へ吸い込まれて消えていった。
「さて。じゃあ寿々が来たので俺はそろそろ行くとするよ。ここの部屋の意味は分かっただろう?あと詳しい事が分からなかったら全部この中から探し出せるから」
「あ・・ああ。あ、でも一つだけ聞いてもいいか?」
「ん?」
「俺、肉体も持って来ちゃってるんだけど・・これどうしたらいいかな?」
そう言って寿々は鉢の苗木を見せた。
「ふ~ん・・・。いいんじゃない?ほら、インテリアにもなるし。特に気にしなくても。要らくなかったら外に捨てちゃえばいいよ」
と言われ、流石に寿々も
『見た目は苗木だけど・・自分の死体をインテリアだって?しかも要らなくなったら捨てればいいって・・・』
マスターは寿々と見た目は近いけれど、内面は大分乖離した考え方をしているようだった。
「じゃ、俺もう行くから」
そう言うと寿々が入って来たドアへと向かう。
「マスターはこれから何になるの?」
「ん?俺?俺はやっぱり上を目指すよ。神になってその世界を見に行く」
「そうなのか・・・」
寿々はマスターがかつて生きた世界の史がどうだったのか気になったが、それを聞く事はできなかった。
「これからは寿々がここのマスターだ。次の交代が来るまで頑張れよ!」
そう言うとマスターは扉を開けて出て行ってしまった。
「・・・・・・・・さて、と」
寿々は一声かけると床に鉢を置き、ゆっくりと手前の本を一冊引き抜くとその物語を読み始めた。
5月11日午後11時
史は皆が帰った編集部で、一人昼間シンディに言われた事を反復していた。
「これは史にしか出来ない事だから。良く聞きなさいよ。・・・あなたの持っている透視能力はただ視るだけの力じゃない。透視はただ視るのではなく、本質を見抜く能力なの。この世界にはあらゆる粒子の中にも膨大なデータが詰まっている。それを正しく理解できる能力こそが透視なの。だから絶対にあなたなら大切なその人を見つけられる!鍵になるのはその人を思い出せる何かに強く触れる事よ!絶対にあなたの身の回りはそれが残っているはずだから・・・。そのアイテムから残されたその人の記憶と、そこに残留する意識の奥の奥の更に奥へと向かいなさい。きっとその人はそこで待っている」
史は右手で持っていた朝顔狗子図のキーホルダーを見つめると、左手に持ち直した。
そしてそのキーホルダーの中に残る記憶を探るように意識を集中した。
『・・・・・深く・・・もっと深くへ・・・・』
すると突然一人の人物の口元が見えた。
その人物はこのキーホルダーを見ると嬉しそうに笑う。
その人は目の下のホクロと八重歯が少し尖った特徴的な口元をしていた。
〝・・・・史〟
「!!!?」
史は思わず目を見開いた。
途端、隣の席から
〝おい史!!そのレイアウト明日までだからな!急げよ!〟
〝おお!!いいじゃん!いい感じ!お前やれば出来るじゃん!〟
〝じゃあ・・・そろそろ帰るか?〟
まるで色々なシーンを切り取った様にその人物の姿が溢れ返ってくる。
〝史!こっちで打ち合わせするぞ!〟
振り返ると応接ソファ前にも
「・・・・・・・」
史はそのヴィジョンに震え瞬きもできない。
〝少しは落ち着いたか?〟
〝えぇ・・・俺はいいかな・・・〟
〝史!!〟
〝・・史?〟
〝史・・・・・〟
「寿々さん!!!!」
史は立ち上がると鞄を持って急いで走り出した。
上がるエレベーターの中でも、エントランスでも、駅までの帰り道も
〝ちょっと待てって!・・・まさかまたいじけているのか?〟
〝・・・・今は家にいる時間の方が大事だし?〟
あらゆるところに寿々がいた。
「・・・・はぁ・・はぁ・・・っう」
史は息を切らしながらも溢れる涙を止められず拭いながらも懸命に走る。
〝俺はお前にどれだけ薄情な奴だと思われているんだよ・・・〟
『・・寿々さん・・・』
急いで改札を抜け、ちょうど停車していた電車に飛び乗った。
〝いやぁ~、間に合ったな・・!〟
隣で寿々が嬉しそうに笑う。
史は電車の中でも涙が止まらなかった。
他の乗客は不審そうに史を見ていたが、史にとってはそんなものは全く見えていなかった。
視えていたのは全て寿々との記憶だけ。
『何で・・・何で俺は・・・こんなにも大切な記憶を忘れてしまっていたんだ・・・!!!』
史は自分が情けなかった。
そして今にも張り裂けそうな胸をグッと掴み
『こんなにも・・・こんなにも大切な人なのに!!!!』
東北沢の駅を出るとダッシュで家を目指した。
その途中にも沢山の寿々が溢れていた。
〝この前作ってくれたあのうどん、めっちゃ美味かったよ!俺、今日もあれがいいな〟
〝いやぁ、お前はその容姿だからわからないだろうけど、俺だってもっと格好良くなりたいよ・・〟
〝あ、そう言えば卵切らしてたよな?買って行かないと〟
史はマンションの階段を二段飛ばしで駆け上がる。
そして急いで家の扉を開け、靴を脱ぎ捨て部屋へと駆け込んだ。
目の前には部屋着姿の寿々が笑って立っていた。
〝・・・おかえり・・史〟
「・・はぁ・・はぁ・・・・・・・寿々さん!!」
史はその寿々に近づいて触れようとした瞬間、七色の火花となって弾けて消えて行ってしまった。
史の手は虚空を掴み、そのまま転ぶようにその場に膝をついた。
「・・・はぁ・・はぁ・・・・・・違う・・。
この部屋も・・この世界も・・みんな間違っている!!」
そしてテーブルの上に置かれたダーラナホースのしおりを見た。
史は鞄を下すと、そのまましおりを左の手のひらに乗せる。
「・・・例えもとに戻れなくても・・結末が変わらなかったとしても。・・それでも無かった事にされるより遥かにマシだ・・。この記憶・・この大切な気持ちは俺だけのもの・・・!」
そう言ってしおりをぐっと握りしめた。
「・・・絶対に行ける・・絶対にあなたを見つけられる・・・!いや・・絶対に連れ戻す!!」
史は更に右手を被せると、左手に全ての力を注ぎ意識を集中させた。
その中に潜む記憶の内側へ。
記憶の中にある繋がった世界の中へ。
その奥の奥の更に奥・・・。
まだ微かに残る寿々の意識の中へ・・・・・。
深く、深く・・・更に深く・・・・・。
遥か底の更に深い底・・・・。
史は気づくと辺り一面が白い砂の大地の上に降り立っていた。
「・・・・・・・」
左手には遥か上空から垂れた細い銀色の糸が結ばれている。
これは史の意識の糸だ。
そして運命の糸でもある。
この糸が切れれば史は永遠に体には戻れない。つまり死がそこにある。
しかし史に迷いはなかった。
その糸を大切に握り締めると後ろを振り返った。
目の前には空高く延々と続く白い階段がそびえ立っている。
「この上か」
史はすぐに分かった。寿々がどこにいるのか。
それはもはや人の成せる感覚ではない。
そして上空を見上げるとその階段を一気に駆け上った。
寿々はアカーシャで過ごすのにも次第に慣れてきていた。
しかし一つだけ全くもって慣れない事がある。
チーーン・・
呼び出しのベルが部屋に鳴り響いた。
「え??また??」
寿々は読んでいた本から顔を上げ、その音と共に床からせり上がってきた電子モニターのような画面に向き直る。
「はぁ?何々・・・この世界の寿々の未来へのアドバイス・・」
寿々は持っていた本をもとの棚に返すと、すぐにその世界のアカシックレコードを探し出し急いで戻る。
そして質問事項にあたる記録をパラパラと探し出すと、
「えっと・・はぁ・・・・なるほど。じゃあ・・今言えるのは・・」
とそのモニターのタッチパネルで文字を3つ程打ち込んだ。
そしてエンターキーを叩く。
するとそのモニターはスッと床の中へと消えていった。
「はぁ・・・全くどの世界線にも交信者とかハイヤーセルフってうじゃうじゃいるんだな・・」
寿々はアカシックレコードの記録を読んで理解する仕事よりも、頻繁に来る各世界線の交信者からの質問に答える業務の方が多すぎて正直辟易していた。
「本当こういうメッセージって難しいよなぁ。しかも文字数の制限もあるし・・まじでSNSかよって思うよ・・・」
そう言って手元に持った世界の物語をついでに読んでおこう、と本を開き座ろうとしたところ。
チーーン!
再び呼び鈴が鳴りモニターがスッと目の前に出現した。
「もぉぉ・・・勘弁してくれ・・」
寿々はそう言うと持っていた本を元の場所に戻し、再び呼ばれた世界の本を走って探しにゆく。
「あ、あれあんな上に・・・」
そう言うと寿々は指をパチンと鳴らした。
その合図で寿々の足元は積み木のように歪な形を積み重ねた床がグググとせり上がる。
「えっと・・・これか」
と一冊の本を引き抜くとその世界の寿々の物語をパラパラパラと速読する。
そしてせり上がった階段状になった床を本を読みながら歩いて下りた。
「ふぅ~ん・・・・。こういう可能性もあるんだな。ふふ」
そう言うとモニターに文字を丁寧に打ち込んだ。
「ここはちゃんと伝えておかないとな。大事な局面だ・・」
寿々は慎重に言葉を選びながら、しかし文字数を考慮し可能な限り伝わりやすい文章を打ち込んでエンターキーを押した。
すると再びモニターが床の中へとスッと沈んでゆく。
「・・・・・・」
寿々はそのままその本を大事そうに両手で抱えてその場に横になった。
「・・・・頑張れ、寿々・・・」
そう言って目をつぶると、何かを思い出すように微笑んだ。
寿々はそのまま少しだけウトウトと眠くなってきた。
こんな場所でマスターをしているっていうのに、なんで疲れたり眠くなったりするのだろうか。
本当ならばそんな感覚はないはずなのに。
『・・・そうかきっと体があるからなんだろうな』
鉢に入った苗木は特に育つ事も枯れる事もないが、どことなくまだ寿々と繋がっているようで。
一度はちゃんと機能を失ったというのに、何故か今は前よりも生き生きとその葉っぱを茂らせている。
風もない場所なのに時々上から吊るされた星型のオーナメントが、キラリと輝く事があるのが本当に不思議だ。
それでも寿々はその苗木が愛おしくて堪らなかった。
生きていた頃ならコンプレックスの塊でしかなかったのに、こんなにも自分の体に愛情を持つ事もなかっただろう。
「本当、水でも与えてやりたい気分だよ。そうすればもっと成長したりして?・・ははは」
そう言って入口の近くに置かれた苗木の鉢を眺めていると。
「・・・ん?」
何か異様な音が聞こえてきて眉をひそめた。
そして次の瞬間、
バタン!!!
と急に入口の扉が勢いよく開け放たれた。
「・・はぁ・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・」
そう苦しそうに肩で息をするその人物を見て寿々の思考は一気に停止した・・・・・・。
「・・・・・・・・・ふ・・ひと・・・・なんで・・・・」
寿々は上半身だけ床から起き上がるとその場から動けなくなった。
「はぁ・・はぁ・・・・・」
史は何も言わず息を切らして、そのまま大股でズンズンと寿々へと近づくと、動けない状態の寿々を軽々と持ち上げそして強く、強く抱きしめた。
「・・・・何でっ!!!」
史の馬鹿でかい声が部屋中に響き渡る。
「何で!!一人で消えてしまったんですか!!!
・・・約束したじゃないですか・・!〝俺を一人にして消えない〟って!!!
・・・あんまりじゃないですか・・・・」
史の温かい涙が寿々の頬を伝い落ち、寿々も顔がぐっと歪んだ。
「・・ごめ・・ん。・・俺・・確かに約束を破った・・・」
寿々の手が自然と史の大きな背中へとまわり、その手が史の服をぐっと掴む。
「・・・俺、寿々さんがいない世界じゃ一人で生きていけません・・・・。寿々さんが戻れないって言うのなら、俺もここで朽ちるまで一緒にいます!」
その言葉を聞いて寿々は動揺した。
動揺して少しだけ体を突き放し
「ダメだって・・。お前には・・まだ可能性があるんだよ・・。俺じゃなくて・・お前にはいずれ俺以上に大切に思える女の子と出会える人生が待っているんだって!俺はお前の運命の相手じゃないんだ・・だから今は苦しかったとしても、未来に希望を持って・・」
「それを決めるのは寿々さんじゃなくて俺ですよ!!何で勝手に俺の人生をこっちがいい、あっちがいいって決めるんですか!俺が今大切なのは未来に出会う知らない人じゃない!・・・・今、目の前にいるあなたなんです」
寿々はもう史の目をまともに見る事が出来ず目を逸らし涙を流した。
「・・我がまま言うなよ・・。俺もう死んでいるんだから・・。お前は正しい世界線で幸せに生きなきゃダメなんだよ・・」
「正しい世界線??じゃあ何ですか、俺達が出会って愛し合う世界線は間違っていたって言うんですか!?」
「・・・それは」
「そんなわけないじゃないですか・・。絶対に間違ってなんていません!俺は断言しますよ。俺と寿々さんが一緒にいて、お互いに幸せだと、大切だと、必要だと思う世界線こそ。どんな世界線よりも正しいんです!それでいいんです!それ以外必要ないんです!!」
寿々は崩れ落ちるように史にしがみ付きもうそれ以上何も言えないくらい泣いた。
史も寿々を優しく抱きしめると、
「・・・俺、ようやく美味い卵焼きを作れるようになったんですよ?・・・絶対に寿々さんに食べてもらいたいんです。・・・・・だから。・・一緒に帰りましょう」
耳元で優しく囁くその声、その言葉全てが寿々は本当に嬉しかった。
だからもう、可能ならばそうしたかった。
出来る事ならどんな形でもいい。元の世界に戻りたい、と。
「史・・・ありがとう。・・・でも俺もう死んでいるし魂も切り離されている・・。それに今はここの番人としての任務もある・・・」
「じゃ一緒にどうすればいいか考えましょう」
「は?・・・」
寿々は史のあまりの執念にびっくりして変な声が出た。
「俺は諦めがクソ程悪いんですよ。だから絶対に諦めません。なので寿々さんも一緒に方法を考えてください」
そう言って史は困る寿々の顔を見つめた。
二人はまず寿々の体を見てどうしようかと考えた。
「これが寿々さんの体ですか?」
史は鉢に植えられた青々と茂る苗木を見た。
「この星は?」
「アイナ・・えっと・・。あの次元の狭間にいた顔がぽっかり開いた女の子を覚えてるか?」
「ええ」
「あの子が俺と別れる時にくれた政府の機密データだって言ってた」
「機密データ・・・?」
史はそっと銀色の糸が絡んだ左手でその星を触った。
「!!」
「・・・どうした?何かあるのかそれ」
史は信じられないと言った顔をして寿々を振り返った。
「・・・・これ。次元転送と人体の再形成、更に魂込めのデータです」
「は・・?」
寿々は何を言っているのが良く分からなった。
「政府の裏組織はポータルを使っての次元昇華を狙っていたんですね。人体を移動させたり、更に次元さえも越えて肉体に囚われない存在になろうと・・・」
寿々はアイナがこの事を自分がいなくなることで全部忘れてしまう。いい気味だと言っていたけれど何となくその恐ろしさが今になってわかってきた。
「・・・本当に一か八かですが。このデータと寿々さんの再生能力があればもしかしたら体を元の世界に再構成できるかもしれません。それに魂を戻す事も・・」
「でもやり方を知っただけじゃやっぱり難しいんじゃないのか?ほら俺の体の事とか」
すると史は立ち上がり寿々に微笑んだ。
「それなら安心してください。俺はちゃんと寿々さんの体を元に戻せる自信があります」
「?・・・どうやって・・」
「俺は物質の潜在データを正しく把握できる能力があります。それがつまり《《透視》》の本質です。だから寿々さんの構成データなら俺の中に全てあるので絶対に間違いません」
「ん?・・・何で俺の体の構成データを全て知ってるんだ?」
「そりゃあ、寿々さんの体の事なら全部知ってますからねぇ?」
「ええ!!そんなとこまでも??」
と寿々は顔を真っ赤にさせた。
二人が本当に久しぶりに笑い合っていると、突然部屋の扉が開いた。
「!?」
あまりに突然だったので二人して驚いていると、そこにはかなり年を取った姿の寿々が立っていた。
「おやおや・・・そんな・・・まさか・・・」
その年を取った寿々は次のマスターになる為に交代でやって来た別世界線の寿々だった。
「・・・まさかこんな場所でまた史に会えるだなんて・・・本当にびっくりした・・」
そう言うと年を取った寿々は涙を流す。
寿々と史は二人してその姿を見て微笑みあった。
寿々は老人の寿々に説明をすると、自分の体を持って史と一緒にアカーシャを後にした。
そして外に出ると、
「いいですか?寿々さんは目を閉じて意識を集中させ俺達の部屋を思い出してください。ひたすらそれだけを祈ってください。再生能力で生命エネルギーを使わないよう部屋で過ごす自分を想像するだけで大丈夫です。魂が上位者のあなたの祈りならば必ず叶うはずです」
「わかった・・」
そう言うと寿々は史の左手に右手を添える。
手を添えた途端に寿々の手から七色の光が糸のように伸び、史の銀色の糸に絡みつくように天高くへグングンと伸びていった。
その光景を見て二人は手を深く繋ぎ、確信を持って頷き合う。
そして寿々は左手でしっかりと鉢を抱え、史は更にその上から右手で寿々の腰をしっかりと包み込んだ。
「じゃあ、行きますよ・・!」
史は階段の上から思いっきり上に向かって飛び上がった。
寿々はひたすら祈った。もう一度帰りたい。史と暮らしたあの部屋に。
そしてもう一度一緒に暮らしたい、とひたすら祈った。
色んな思い出が次から次へと溢れ涙が零れたが、それでも目を開けずに必死に祈り続けた。
抱きしめる史の温もりと微かに聞こえる心音だけが救いだった。
その暖かさと心地よい香りだけでネガティブな考えなど一つも浮かんでこなかった。
本当に夢のようで。幸せだけを実感していた。
何秒、何分・・・・何時間そうしていただろうか・・・・。
二人は次第に周りの空気と匂いを懐かしく感じ・・・そして同時にゆっくりと目を開けた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
気付くとそこはいつもの部屋だった。
ソファとテーブル。
そして目の前には史の部屋とキッチン。
後ろを見ればダブルベッドが置かれた寝室・・・・。
二人の繋ぐ手の中にはダーラナホースのしおりが握られていた。
暗がりの中本棚の上に置かれたデジタル時計を見ると【4月26日午後7時】を示している。
それは寿々が亡くなったあの日だった。
寿々はゆっくりと自分の体を確かめる。
「・・・本当に・・・?」
体は痩せ細ってはいるが。いつもの通りだ。
二人は顔を見合わせ。
「なんか・・時間まで戻ちゃったみたいだけど・・・」
「・・ちょっとデータの再現性が高すぎたんですかね・・・」
そう言うと二人は思わず笑いだしてしまい・・・・。
握られたままの手を更に深く繋ぎ合わせるとそのまま引き合うようにキスをした。
4月27日
二人は駅から走りながらいいとよを目指した。
「もう9時とか・・!遅刻じゃないけど今までずっと朝一出勤だったのに・・」
「俺も学校休みだから早めに出勤しようと思っていたのに・・・」
寿々はもう走れないと立ち止まり息を切らして項垂れる。
「これもう絶体に俺達の関係、皆にバレるよな・・・」
「帰宅はともかく出勤まで一緒ならそうでしょうね。まあ多分もうすでに皆分かってると思いますけど」
「いやさ・・真面目な話、仕事の前日に調子こいてその・・な?やめた方がいいよな・・?」
と寿々は薄っすら顔を赤くさせる。
「そうですね・・。翌日が仕事の日はダメですね・・・」
史も思わず反省をした。
二人はいいとよに入るとエレベーター前で同時に【下】のボタンを押す。
そして地下1階に下りると、
「はぁ・・しんどい・・仕事前なのにすでに疲れた・・」
寿々は先に降りていった史に続き、のろのろとエレベーターを降りた。
史は入口前で振り返ると、
「寿々さん」
「?」
「地下帝国へおかえりなさい」
「・・・ああ」
寿々は満面の笑みで答えた。
「おはようございます!」
「遅れました!」
「二人共!もう9時過ぎだからね!既に仕事いっぱい溜まってんぞ!」
と入った途端にいつもの丸の激励が飛んできた。
そして丸はまだ席にもついていない寿々にドサッと校正チェックを山ほど手渡す。
「えぇ・・丸さんマジで朝から勘弁してくださいよ・・・」
「おはよう三枝さん、史君」
目の前の篠田がニコニコと笑いながら挨拶をしてくれる。
「おはようございます篠田さん」
史が挨拶を返すと
「史君!!片付いたらちょっといいかい!」
と一番奥の最上編集長が大声で史を呼んだ。
「はい!わかりました!」
二人して椅子に腰をかけ、同時に大きなため息をつく。
「はぁ・・・・」
「はぁ・・・・」
そしてふとお互いに目が合うと思わず困ったように笑い合った。
~END~
最後まで読んで頂きまして本当にありがとうございます!
これで寿々と史の物語は終わりになります。色々な怪異・怪奇。因果・因縁・スピリチュアルなどあれやこれやと書きたい内容をこれでもか!ってくらい書き込んだはずでしたけれど、正直まだまだ書き足りていません!
この後に色々な補足を含めた後日譚が1話ありますのでそちらも後日投稿しますのでどうぞよろしお願いします。
それでは一先ずは。
この世のオカルト全てに愛を!超神秘に夢と希望を!!
ありがとうございました!! (アキラカ)
今後の創作の為にも是非!感想と評価へのご協力をよろしくお願いします!