第9話 見えない力
寿々と史は丸から避難するため、史の定位置である応接ソファの方に移動して打ち合わせを始めた。
寿々の書いた誌面ラフを確認し、今日の会議の報告を済ませ具体的な記事の内容とボリュームをラフに合わせて考えてゆく。
「わかりました。じゃあ僕はまず住民の証言レポートの記事を先にまとめていきますね」
「んじゃ、俺はこのあとデザイナーさんと連絡とって明日明後日のうちに打ち合わせをしてその後発注って感じかな・・・」
仕事をしている寿々を史は時々大真面目な顔で見つめているのに気づくと
「あのさ・・・そんなに真剣に見ても今の俺からは何も出て来ないと思うぞ?」
寿々は何だかやりづらさを感じ、同時にむず痒さもあった。
「そうですか?だって寿々さん僕の教育係でしょ?そりゃあこっちだって真剣ですよ」
「まぁ・・そうだけどさ。やっぱり俺はまだアガルタの事何も知らないし。正直この先どれくらい続ければああいう風にやっていけるのかなぁって・・・」
寿々は持っていたラフをテーブルに置くと編集部内の方を見つめ何となく遠い目で
「今日一日マジでずっとそればかり考えてた」
そう独り言のように呟いた。
「・・・わかりました。じゃあ話しを変えましょう!」
「ん?」
史はそう言うと一度机の周りを整頓し紙とペンを取り出した。
「今回の記事の中で一番大事な締めを飾る取材班の証言の記事を先に書きます。その為には寿々さんへの取材が必要なので。これから僕が寿々さんへ昨日の事を聞きますのでそれに答えていってください」
「え?今??」
寿々は急に振られたので心の準備ができておらずどうしたものかと狼狽えた。
「はい。正直僕も昨日の今日でどうしようかと思っていたのですが。やはりこういうのは記憶が鮮明なうちにまとめておいた方がいいと思いますので」
「う~ん・・・。よし、わかった」
確かにもっともだと寿々も納得せざるを得なかった。
「では昨日当間さんの部屋を出て4階に上がった時のどのあたりからその異変を感じましたか?」
「4階の階段を全て上がりきった瞬間かな・・・」
「その時何を見てどう異変だと感じましたか?」
「確かあの時一番最初に目に入って来たのが虫の死骸・・だった」
「虫の死骸・・は何でしたか?」
「ゲジゲジと蛾だったな。特に気になったのがゲジゲジの多さだ」
寿々は昨日の光景を頭の中で思い出し、ぼんやりと遠くを見ながら返答を続ける。
「その他に異変はありました?」
「・・・3階から上がりきる途中まで感じていた風が、4階の廊下に出た途端全く吹いていなくて・・」
「・・・・」
史は綺麗なペン字で寿々の言葉をそのまま書き留めていたが、それを聞いてその筆をピタっと止めた。
「風、吹いてましたよね?少なくても僕はそれをちゃんと覚えています」
「そうなのか?ただ俺はもうその時点で体が急に動かなくなっていて、酷い耳鳴りで回りの音まで聞こえなくなっていたから」
「体が動かない・・・金縛りという事ですか?」
「・・・そうだと思う。俺も昔は頻繁に金縛りにあっていたけれど、大人になってからは殆どなかったからそうだと思う、としか言えない」
「その後は?」
寿々は一番恐ろしかった黒い影との遭遇をそのまま話し続けた。
「足の痺れが、徐々に下から上へ虫が這い上がるように広がってきて酷く緊張し、息もまともにできずそんな状態の時、俺の後ろ405号室の方向から何かを引きずる様な音が聞こえてきて・・少しずつソレが背後に忍び寄るのを感じた。・・・・ズ・・・ズル・・ズズ・・とその音が次第に大きくなりそしてピタっと俺の背後で止まるのがわかった。足から上がってきた虫が這うような痺れはついには首元にまで達し眼球だけ動く視界をそっちに向けると俺の体を無数の百足が這い上がっているのが見えた。俺は絶対にこれは幻覚だと思い何とか正気を保つのに必死になって視線を逸らして正面を見た次の瞬間、耳元で生暖かい吐息を感じそして『くまからんじていけぇ』と低い男のような声で囁かれた。・・・その直後ソレは俺の背後から覆いかぶさって体を通り抜ける様にして物凄い速さで手前の403号室の換気扇の中へとズズズズと吸い込まれていったんだ・・・・」
そこまで話し終えると史はすっかり寿々の話しに聞き入っていたようで途中からメモを取るのも忘れていたようだ。そして
「・・・・・寿々さん怪談師にもなれますね」
と冗談まじりに笑いながらからかった。
「は?怪談師??こっちは真面目に答えているんだから変に茶化すなよ・・・」
と寿々は気恥ずかしそうに反論した。
「それでその後は何かありましたか?」
「その後は史がようやく気づいてこっちに来た瞬間再び黒い影が今度は403の窓の隙間から出てきたかと思ったらものすごい勢いで401の換気扇へと入っていったんだ・・・」
「・・・なるほど。その後は僕も知っているので大丈夫です」
史は寿々に質問しながらも真剣に記述し続けている。
寿々はその顔を見てふと昨日の佐藤の部屋を出た後、村田が転落する前までの出来事を思い出していた。
「・・・なぁ、そういえば村田さんがその・・・転落する少し前。史は301号室の部屋の中に手を向けて『直接見ることはできないけれど、どこに何がいるのかはわかる』って言ってたよな・・・」
寿々は村田の事についてはあまり思い出したくなかったが、当然あの時の事もちゃんと確認をしておかなければと思い切り出した。
「・・・・そうですね」
史は少し言葉を詰まらせた。
「つまりそれって幽霊とか視えないけれど場所はわかるって事なのか?つまり透視とかそういうやつなのか?」
「まぁ・・平たく言うとそうですね。実際視えると言っても限定的な物ではなく、意識を集中させれば人であれ物であれ視える物は視えるといった感じですね。幽霊や超常現象などは現れたり消えたりするので絶対ではありませんが」
寿々はそれを聞いてやっぱりにわかには信じられなかったが、もしそうだとすれば色々と納得いくなとも思った。
「ちなみ能力ってアガルタの皆は知っている事なのか?」
「知ってますよ。丸さんのハイヤーセルフも皆知ってますし、信じているかどうかは別ですけれど」
史はどうも透視の話題に乗り気ではないのが良くわかる。
信じてもらえない人とこの話しをしたくないといった態度だ。
寿々はそれを察したものの、能力の真偽には理解が及ばないので一旦置いておくことにし、仮定として話しを進めた。
「そうなのか・・・・じゃあ、あの時何が視えていたんだ?」
史は少し間を置いてから。
「・・・そうですね、僕が視えていたのは漆黒のモヤです。301号室の壁から床、天井までその真っ黒なモヤが上から下へ下から上へと這うように全てを覆いつくしていました。そしてその中心に大きな一つ目が泳ぐように動いているのが視えました。」
「目?」
「あくまでも僕が視たものですよ?寿々さんは何が視えていたんですか?」
「俺は・・・・」
そう言ってあの時の幻覚を思い出し身震いがした。
「俺が見たのは・・・・床に倒れている大人と子供、そしてキッチンと和室の欄間からぶら下がるもう一人の姿だった・・・」
「それは一家心中と関係あるのでしょうか?」
「わからない・・・一家心中の詳細がわからないと何とも言えないな」
「そうですね・・・」
史は再び寿々の発言を記述しはじめる。
「でもそうすると、史には301号室にいたその黒いモヤがその後401号室に移動したのが視えたのか?」
「はい。暫く蠢いていたものがスッと上の階へと移動していきました」
「それで村田さんは急に自分の部屋で何かを見て驚いて逃げて転落したのかもしれない・・・という事なんだな」
「おそらく」
寿々は考えても考えてもどうにも壁にぶつかってしまい答えが出なかった。
やはりこれを全て超常現象として理解しておく以外方法はないのだろうか?と頭を悩ませた。
しかしながらどうしてもこれら全てが幻覚やただの思い込みということで終わらせておく方がよっぽど気が楽だと言うのも事実であった。
史はそこまでの事を書き記すと次にこんな質問をしてきた。
「実際こうやって思い出してみて、寿々さんが昨日言ってた黒い影の違和感というのはどうですか?何かわかりそうですか?」
「うーん・・・・」
寿々は目を閉じてもう一度あの瞬間の気持ち悪さを思い出してみた。
そして思い出しながら全身の鳥肌が立ち。
「俺が見た黒い影の動きって、幻覚というよりか本物の物体なんだと思うんだ。
物凄く似た物で思い出せるのは、ほらアニメのあの真っ黒い煤のような生き物・・・」
「ススワタリですか?
アレはアニメの中でしか出てこない設定ですが似たような言い伝えは聞きますよ」
と考え込む寿々に史は即答する
『ゲジゲジ・・・蛾・・・・ムカデ・・・』
そう考えてから寿々はスマホを取り出し検索をしはじめた。
「・・・・なるほど」
「どうしたんですか?急に?」
「俺は百足が這い上がってくる幻覚を見たけれど、それに触れられた感覚が全く違っていたんだ。昔実家で本物の百足が這い上がってきて噛まれた事があるから間違いない。でも確実に何かに触れられているという感覚があったから違和感を感じていたんだ」
「?」
「・・・わかった。黒い影の正体。
あれ全部ゲジゲジの塊だ」
その発言に自分だけでなくその会話を聞いていた編集部全員が凍りついた。
ガシャッ!!
と音がして後ろを見るとそこには顔面蒼白の編集アシスタントの浅野がワナワナと震えながら手元からファイルを落として呆然としている。
「浅野さん??」
寿々がその様子を伺うと浅野は二、三歩後退しながらブルブルと指を振るわせ。
「そ、それ元住民の連絡可能な人のリストです・・・。ごめん!私虫ダメ!!聞きたくなかった!!」
と言うとそのまま編集部内から早足で逃げていってしまった。
「・・・・・なんか、申し訳なかったな」
寿々は浅野が落とした名簿を拾い上げ確認する。
そこには先日までF棟に住んでいた人達のリストが書かれ、更にアポの取れた元住民
の情報が付箋で貼られていた。
そして良く見ると付箋の下には殴り書きされた住民のリストと一緒に脇にとあるメモ書きがあり
『15年前の一家心中、たいま・・・』
とだけ記されている。
「なぁ史?このリストを作ったのって・・」
寿々は史にそれを見せる。
すると史は
「この汚い字は松下さんですね。この企画の前任者です」
ちょうどその時もう1人の編集アシスタント菊池が電話の受話器を掲げながら。
「三枝さんお電話です!!例の団地の佐藤さんって方からです!」
と声をかけられた。
「はい!」
寿々は急いで近くの受話器で電話を引き継ぐ。
「もしもし、お待たせしました三枝です」
史はその様子が気になり電話する寿々の隣まで近づき、会話の様子に耳を傾けた。
「・・・わかりました。本当にご迷惑をお掛けしてすみませんでした。では今夜7時にお伺いさせて頂きますので・・・はい。はい。・・失礼します」
と寿々は受話器を置く。
「もしかして、佐藤さんのところにこれから行くんですか?」
「あぁ・・佐藤さん冷静な言い方だったけど、昨日の話しからして相当怒っているみたいだな・・。確かにもう関わるなって釘を刺された直後に村田さんの事があったし」
寿々は腕時計を見ると時刻は夕方の5時になろうとしていた。
「史はこのまま編集部で元住民への電話取材とライティングを進めてくれ。俺1人で行ってくる」
「いやでも、僕も一緒に行きますよ」
「いいって。そんな事より史には俺の力不足をカバーするくらいの面白い記事書いてもらわないと困るからな。じゃ、頑張れよ!」
そう言うと寿々はコートと鞄を持って急いで編集部を出ていってしまった。
寿々はエレベーターを上がるとビルを出て通りまで出る。
5時台という事もあってか車の往来が激しくなかなかタクシーが捕まらない。
3分くらいそうしているうちに、どうせタクシーは駅までしか使えないし時間の無駄だと思い走って駅に向かうことにした。
『駅まで走って10分程度。運よく電車にスムーズに乗れれば6時半くらいには団地に到着できそうか・・・』
しかし体力のない寿々は700メートル程走ったところで息が上がり徒歩に戻ってしまった。
すると進行方向の少し手前で一台のタクシーが停車した。
「??」
ぜーはーと派手に息を切らす寿々。そしてそのタクシーからは何故か史が降りてきた。
「寿々さん体力無さすぎですね・・」
「は?何でお前がいるの?」
「さっき寿々さんが出て行った直後に編集長が戻ってきて、手ぶらはマズいからコレ持っていけって僕に渡してきたんですよ。しかもタクシー使って直接行っていいってね」
そう言って史は菓子折りの紙袋を持ち上げた。
「編集長は基本、都内で急用の時は現地までタクシー使えっていつも言ってるんですよ?」
「はぁ・・・はぁ・・・・それをもっと早く教えてくれよ・・」
「人の話しを最後まで聞かないで飛び出して行ったのは寿々さんの方じゃないですか?」
ちょっと呆れた顔をした史に寿々はぐうの音も出なった。
二人はタクシーに乗り込むと一路C市の団地へと向かった。
「寿々さん、さっき見た松下さんのメモ書きですが・・・」
史はスマホを弄りながら何かを調べ、そしてそのサイトを寿々へと差し出した。
「C市公営団地内にて一家心中・・・・」
寿々はその記事の日にちを見た。今から15年前だ。
しかも掲載されている写真は昨日見たあの団地ではないか。
「これって例の一家心中の記事なのか・・・」
「おそらく。そしてここの名前を見てください」
「當間康夫41歳・・・・たいま?あのメモの」
史はゆっくりと頷いた。
寿々は記事を最初から読み直す。
【今月の15日、C市の公営団地内で41歳の父親と39歳の妻、1歳の息子の遺体が見つかった事件で、警察は父親が妻と子供を殺害したとして容疑者死亡のまま書類送検しました。
殺人の容疑で書類送検されたのは、父親の當間康夫41歳です。警察によりますと父親は15日の深夜、就寝中だった妻と息子の首を絞めて殺害した疑いがもたれています。その後父親も室内で亡くなっており、警察は父親が無理心中を図ったと断定し今日付けで容疑者死亡のまま父親を書類送検しました。またこの一家の長女13歳はこの事件の3週間前に同じマンションの屋上から飛び降り死亡しております】
「・・・そんな一家心中の前に13歳の娘も自殺してるなんて」
寿々はそのニュース記事を読みながら昨日の301号室で見た幻覚を思い出し、不気味さよりも哀しさで胸が締め付けられる思いだった。
「僕も団地へは下見の時と松下さんとの取材、そして昨日を入れて3回しか行けてないのでまだ一家心中の話しについては詳しく調査できていませんでした。しかも松下さんと行った時は取材始まってすぐに松下さんが転落したのでほぼ何も出来ずじまいでしたし・・」
「史、この記事のサイト俺にも送っておいてくれ」
「わかりました」
タクシーで団地に向かう最中、二人は一家心中の調査の他一家の娘の自殺についても調べ。
當間の娘が壮絶ないじめの末屋上から飛び降りたという事までわかった。
F棟の前の公園脇に着くとで二人はタクシーを降りた。
そして寿々と史は降りてすぐにその異変に気が付いた。
「あれ・・・?」
「おかしいですね・・・・。全室灯りが消えていますね」
当間が不在なのはまだしも、呼び出した佐藤までいないのは少し妙である。
二人は一応確認の為205号室の佐藤の部屋まで上がり玄関のチャイムを鳴らした。
ピンポーン、という軽快な音が中からしたものの佐藤は一向に出て来ない。
「やっぱりいないみたいだ」
「どこかに急用で出かけたんですかね?」
「確かにそうかもしれないけれど・・・・なんか妙だな。中で倒れていたりしなければいいけど」
寿々が心配そうにしていると史は佐藤の部屋のドアに向けて左手を掲げ目を閉じ意識を205室の中に集中する。
すると昨日見たままの佐藤の部屋の輪郭が脳裏に浮かびあがってくると、その中に佐藤がいないかと全ての方向を探るが、そこには誰も見えてこなかった。
「史??」
「多分大丈夫です。中には誰もいないようです」
寿々はその言葉を聞いてふと昼間丸から聞いた「嘘でもいいから信じてみて・・」とう言葉が頭の中をリフレインした。
「お前・・本当に透視する能力があるんだな・・・」
「あ~・・・やっぱり信じられないですよね?もし信じられないのならそれでも構いません。僕はこの力をちょっとだけいい方に使えればと思っています。透視と言っても遠くまで視えるわけでも人の心が読み取れるわけでもなく、特別万能ってわけでもありませんし。誰かに大声で話したり自慢したりする気もありません。なので・・・」
「信じるよ」
「??」
寿々のその言葉に史は驚いて目を丸くした。
「・・・今日、丸さんにハイヤーセルフ?だったかをやってもらった時に『信じれば、嘘だと遮っていた壁の向こう側にいるあらゆる存在が次第に認識できるようになる』って言われて。その時はそうでもなかったんだけど、なんか今史を傍で見て妙に納得したんだよ」
寿々は共有廊下の手すりへ向きなおし、外を見渡した。
「実は昨日久しぶりに小さい頃に飼っていた犬の夢を見たんだど。俺昔めちゃくちゃ体弱かったからいつもそいつが寄り添って助けてくれていてさ。でも俺が9歳の時に亡くなっちゃたんだ・・・。昨日の夢の中には黒い影も出てきて、ずっと俺を狙うように塀の向こうから見てるのをそいつ威嚇して守ってくれたんだよ。なんかまだ俺の事忘れてないのかな?って思ったらそれだけで嬉しくてさ。こういうのは超常現象とは違うのかもしれないけれど、多分アガルタに来なかったら絶対にまた会えなかったと思うんだ。だからさ・・・そういう目に見えない力を信じてみるのもいいんじゃないかなって」
寿々はそう自分に聞かせるように話すと史の方を振り返って
「あ、でも〖幽霊〗を信じるかはまた別の話しな!史や丸さんみたいな力は信じるけれど。こと〖幽霊〗に関してはまだただの幻覚だと思っているからさ!自分で色々見ておきながら何だけど・・・」
と笑ってみせると
「・・・・・・・・」
寿々の言葉に史は何故か目を丸くしたまま呆然としており
「ん?大丈夫か??意識飛んでる?史?おーい!」
寿々は史の目の前で手をヒラヒラと振った。
「・・・すみません大丈夫です」
ようやく我に返った史はまた寿々を茶化してからかうのかと思ったのだが
少し下を向き
「ありがとうございます」
とはにかみながら本当に嬉しそうに微笑んだ。
「!!!」
寿々はその笑顔があまりにも眩し過ぎて
『うっ・・・・これが本物のイケメンの笑顔の力か!!!』
と危うく心が持っていかれそうになるのを必死で引き戻し
「ははは、それにしても佐藤さんいないなら一応編集部に連絡して帰るしかないかな?」
とぎこちなく話題を逸らすのが精いっぱいだった。
「?・・・・そうですね。仕方ないですが、もう7時過ぎてしまいましたしね」
そう言って史はスマホを確認した。
寿々もスマホを取り出し編集部に電話を掛けようと連絡先一覧を開きながら下へ降りようと階段に向かっていったその時。
目の前に広がる光景を目の当たりにして一気に背筋が凍り着いた。
「あっ・・・・・・!!!」
「どうしました寿々さ・・・・・」
二人が目にしたのは2階から下の階段の天井から壁、床全てにかけて元の素材が見えない程真っ黒に塗りつぶしたように蠢く夥しい数のゲジゲジの幕だった・・・・。