プロローグ 大凶
「・・・にしても取材に了承してくれたのが4部屋だけ・・・。下見の時から3部屋出て行って現在残り10、そのうち6部屋は拒否。くそ、しけてんな・・・」
黒いTシャツに黒のセットアップのジャケットを腕まくりし、黒いショルダーバッグを持った男は指で数えながらスマホにメモを取り、204号室からでた共有廊下で愚痴を溢した。
「んで?次はどこの部屋だったっけ?」
男が気だるそうに後ろを振り返り、そこに立っている背の高い学ランの少年に問いかける。
「次は・・・402号室の戸田さん・・ですね。この前下見で来た際に『黒い影』に貼られたお札をくれた人です」
「402・・・・」
そう呟くと黒い服の男は1人スタスタと上の階へと上って行ってしまった。
階段を上る途中、
「あ」と短く声を出すと自分のポケットやカバンをゴソゴソと調べはじめ、そしてため息をつくと
「あーそっかぁ・・・・俺さっき105号室で社用携帯使った時に部屋に置いて来ちまったみたいだわ。わりぃけどお前とって来てくれね??」
と少年を調子良くパシらせた。
すると少年も、またか・・と言わんばかりの大きなため息をついて返事も返さず渋々今来た階段を再び降りてゆく。
それを待っている間、黒い服の男は3階の廊下で外を見渡すとそこで電子タバコを取り出して口に咥え、そして退屈なのかおもむろに自分のスマホを取り出し3階の廊下を手当たり次第にパシャパシャと写真に収め始めた。
しかし数枚撮ってから画像フォルダを見返していた男は急にハッと息を呑んだ。
最後に撮った一枚だけ、廊下の奥がなんだか妙な黒い煙の様なモヤがかかっている。
「なんだ・・・これ」
そう言って電子タバコを吸うのをやめ、ゆっくりとポケットにしまうとスマホの画像と現実のその場所を見比べながら、黒いモヤが写った301号室の方へとゆっくり歩き出した。
「・・すみません、お手数おけしました」
少年は丁寧に頭を下げ105号室を後にする。
社用携帯を手にしてうんざりと言った顔をするとそのままポケットにしまい、また再び4階へ上る為に階段を一段上ったその時。
「うわあああああああああ!!!」
上の階で団地一体に響き渡る程の男の叫ぶ声が聞こえたかと思うと、ドンドンドンドンドン!!と勢いよく廊下を走って階段へ向かう音が聞こえ、直後にガゴン!!という聞いた事のない異音が階段の一番下からして少年はそちらを覗き込んだ。
そこには先輩である黒い服の男が2階と3階の階段から飛び降りて着地に失敗したらしく、腕を抑えもがき苦しみながらのたうち回っていたのだった・・・。
~2週間後~
その日、彼は人生でこれほど最悪の日はないと言い切れるレベルでとてつもない不運に遭っていた。
「はいぃ??異動・・ですか?」
それは寝耳に水の出来事だった。
都内にある、いいとよ出版社5階。
学術誌大和編集部に一人の若手編集者の悲痛な声が響き渡った。
「そうだ三枝。お前は明日から地下1階の通称地下帝国、あの月刊アガルタに異動だ!」
突然の辞令。しかも明日からとはどういう事なんだ?
三枝は編集長の言葉に次第に頭がくらくらとしてきていた。
「し・・しかし編集長?社内異動とはいえ通常は内示は2週間前に出るものなんじゃないんですか?」
「知らん知らん!俺に言うな!俺だって今朝人事から急に言われたんだ。それによればアガルタの方で急な欠員が続出したとかで急遽人員をまわせとのお達しでな。それでお前が選ばれただけだ。ったく、正直詳しく聞きたいのは俺の方だよ・・・」
大和編集長の真崎も困った顔をして頭を掻きながら訳がわからんといった表情だ。
「あ、三枝。お前確か今は連載以外は特に大きな案件無かったよな。とりあえず連載については回りに引き継いで、あとは荷物まとめて下へ行く準備しておけよ」
編集長は無責任にそう言うと、最後らへんは三枝の顔を見る事もなく自分の仕事へと目を逸らしてしまった。
「・・・・・・」
三枝は暗転する脳内で、ふと今年の初詣で引いた大凶という世にも珍しいおみくじの事を思い出していた。
『通常では考えられない事が起こります。あらゆる災難に注意しましょう』
その一文が頭の中をただひたすらぐるぐると回っていた。
そしてその文言は今後彼の人生において実に驚く程的中してしまうのであった・・・。