4章 新たな決意
タナカはリリスとの約束を胸に、宿屋へと向かった。いつもなら魔法で瞬時に移動できるところを、足で歩くのは新鮮な感覚だった。街の喧騒や人々の笑顔が彼の心を和ませる。
「ここが宿屋か」
彼は看板に目をやり、中に入った。木の温もりが感じられる内装で、暖かな照明が彼を迎え入れる。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
宿の主人がにこやかに声をかけてくる。
「ああ、一晩お願いしたい」
「かしこまりました。お部屋は二階の奥になります。こちらが鍵です」
鍵を受け取り、階段を上がる。部屋に入ると、清潔なベッドと小さな窓がある簡素な部屋だった。タナカは荷物を置き、ベッドに腰掛けた。
「今日は色々あったな...」
異世界に飛ばされ、言葉も通じず、魔法も使えない。しかし、リリスという協力者を得て、一筋の光が見えてきた。彼は窓の外を眺める。見知らぬ星空が広がり、異世界であることを再認識させる。
「まずは休もう。明日からが本番だ」
そう言ってベッドに横たわると、疲れからかすぐに眠りについた。
翌朝、タナカは朝日と共に目を覚ました。窓から差し込む光が部屋を明るく照らしている。彼は軽く伸びをし、身支度を整えた。
「よし、行くか」
宿屋の食堂で朝食をとり、リリスとの待ち合わせ場所へと向かった。学院近くの静かな公園で待っていると、リリスが姿を現した。
「おはようございます、タナカさん。よく眠れましたか?」
「おかげさまでね。リリスも早いんだな」
「ええ、今日は大切な日ですから」
二人は公園の奥へと進んだ。木々に囲まれた静けさが、魔力の調整には最適な環境だ。
「では、始めましょう。まずは瞑想からです」
タナカは地面に座り、リリスの指示に従って深呼吸を繰り返す。
「周囲の魔力を感じて、自分の内なる魔力と同調させてください」
彼は目を閉じ、意識を集中させる。微かに風が肌をなで、鳥のさえずりが耳に届く。しばらくすると、体の中を暖かな何かが流れる感覚があった。
「感じる...これがこの世界の魔力か」
「ええ、その感覚です。無理をせず、そのまま受け入れてください」
タナカは全身で魔力を感じ取り、自分の魔力と融合させていく。しかし、突然強い頭痛が彼を襲った。
「ぐっ...!」
「タナカさん、大丈夫ですか?」
リリスが心配そうに駆け寄る。
「すまない、少し無理をしすぎたようだ」
「焦らないでください。ゆっくり進めていきましょう」
彼女はタナカの肩に手を置き、癒しの魔法をかけた。痛みが和らぎ、彼は深呼吸をした。
「ありがとう、リリス。助かったよ」
「いえ、お気になさらず。今日はここまでにしましょう」
「そうだな、無理は禁物だ」
二人は立ち上がり、公園を後にした。
「タナカさん、この後はどうされますか?」
「少し街を散策しようと思う。この世界のことをもっと知りたいからね」
「それは良い考えですね。もし何か困ったことがあれば、いつでも言ってください」
「ありがとう、心強いよ」
リリスと別れた後、タナカは街の市場へと足を運んだ。活気溢れる人々の声や、多種多様な商品が彼の興味を引く。
「見たことのない果物だな」
赤や紫の鮮やかな果物が並ぶ店先で、一つ手に取ってみた。
「それは『ルベリアの実』ですよ」
店主が笑顔で説明してくれる。
「甘酸っぱくて美味しいですよ。試食されますか?」
「ぜひお願いするよ」
タナカは一口かじると、爽やかな酸味と甘さが口いっぱいに広がった。
「これは美味しい!」
「でしょう?お土産にもいかがですか?」
「そうだな、いくつかいただこう」
彼は金貨を取り出し、果物を購入した。歩きながらルいくつかベリアの実を味わい、そして自身のMPの最大値が増えている事に気づく。
「この実にそんな効果が...もっと買い占めておくんだった...」
その時、遠くから叫び声が聞こえた。
「助けて!泥棒よ!」
タナカは声のする方へと駆け出した。一人の男が小さな袋を持ち、逃げている。
「待て!」
タナカは素早く男の前に立ちはだかった。
「邪魔するな!」
男はナイフを取り出し、タナカに向かってくる。
「くっ...!」
魔法が使えない今、彼は自分の身体能力だけで対処するしかない。だが、魔王を倒した勇者の実力は侮れない。
タナカは男の攻撃をかわし、的確に拳を振るった。男は倒れ、気を失った。
「大丈夫ですか?」
被害者の女性が駆け寄ってくる。
「ありがとうございます!命の恩人です」
「いいえ、当然のことをしたまでです」
警備隊が到着し、タナカは事情を説明した。隊長らしき人物が感謝の意を伝える。
「あなたのような方がいてくれて心強い。ぜひ私たちの隊に入っていただけないか?」
「申し出は嬉しいが、今はやるべきことがあるんだ」
「そうですか。何かあればいつでも言ってください」
タナカは礼を言い、その場を後にした。
「やはりこの世界でも人々の役に立てるんだな」
自分の存在意義を感じながら、彼は再び歩き出した。
夕方になり、彼は宿屋へ戻った。食堂で夕食をとりながら、今日の出来事を思い返す。
「リリスとの魔力調整もうまく進んでいるし、この世界にも少しは慣れてきたな」
その時、宿の主人が話しかけてきた。
「お客様、今日は市場で活躍されたとか」
「ええ、たまたまですが」
「素晴らしい。ぜひこちらの特製エールをどうぞ、サービスさせていただきます」
「それはありがたい」
タナカはエールを受け取り、一口飲んだ。芳醇な香りと深い味わいが広がる。
「これは美味しい!」
「お気に召して何よりです」
周囲の客たちも彼に感謝の言葉をかけてくる。タナカは少し恥ずかしそうに笑った。
部屋に戻り、彼は窓から夜空を見上げた。
「明日も頑張ろう。この世界でできることを精一杯やってみるか」
彼はそう心に決め、静かに目を閉じた。
翌日、タナカは再びリリスと共に魔力の調整を行った。少しずつではあるが、確実に進歩している。
「タナカさん、この世界の魔法の知識が保管されている場所があります、行ってみますか?」
「ぜひお願いしたい」
リリスは学院の図書室へと彼を案内した。そこには膨大な数の魔法書が並んでいる。
「この書物には、古代の魔法や次元間の理論も記されています」
タナカは興味深くページをめくる。異世界に関する記述や、転移魔法の高度な理論が彼の目を引いた。
「これなら元の世界に戻る方法も見つかるかもしれないな」
「私も協力します。一緒に探してみましょう」
二人は熱心に調査を進めた。
その時、学院内に警報が鳴り響いた。
「何だ?」
「非常事態です。学院の防御結界が破られました!」
学生や教師たちが慌ただしく動き出す。
「リリス、一体何が起きてるんだ?」
「わかりません。でも急ぎましょう!」
外に出ると、黒い煙が立ち上っている。そこには巨大な魔物が現れていた。
「なぜ魔物がここに...!?」
「魔物の数は減ったはずじゃ...」
恐怖に包まれる学院。タナカは拳を握りしめた。
「俺に任せてくれ!」
「でも、魔法がまだ...!」
「大丈夫だ。リリス、みんなを避難させてくれ」
タナカは魔物に向かって走り出した。魔法が使えない今、自分の力だけで戦うしかない。
魔物が咆哮し、炎を吐く。タナカは咄嗟に跳び避け、魔物の懐に飛び込んだ。
「うおおおおっ!」
全力の拳を叩き込む。だが、魔物はびくともしない。
「くそ、やはり魔法が必要か...!」
その時、彼の体が熱く輝き始めた。
「これは...?」
周囲の魔力が彼の中に流れ込み、力がみなぎる。
「今なら...!」
彼は手をかざし、かつて使っていた火炎魔法を思い出した。
「フレアブラスト!」
巨大な火球が生み出され、魔物に直撃する。魔物は苦しげな声を上げ、崩れ落ちた。
「やった...!」
リリスが駆け寄ってくる。
「タナカさん、今のはあなたの魔法ですか?」
「ああ、どうやら魔力の調整ができたみたいだ」
「素晴らしいです!」
学院の人々が歓声を上げる。タナカは安堵の笑みを浮かべた。
「これでこの世界でも戦えるな」
しかし、彼は同時に不安を感じていた。なぜ魔物が現れたのか。
「リリス、もしかしてこの世界にも何か異変が起きているのかもしれない」
「その可能性がありますね。一緒に調べてみましょう」
新たな課題が彼らの前に立ちはだかる。しかし、タナカは決意を新たにした。
「この世界を守るためにも、俺は戦う」
「私もお力添えします」
元の世界には彼女達がいる...今は自分のいるこの世界の力になろう。