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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

即死させる能力者と科学者じいさんの最期

作者: ZIPA

 

 あらゆるものを即死させる能力者がいる。


 だが、そんな者には関わらなければ良いではないか。


 そう思って、ある科学者はその能力者を放置していた。

 科学者の名は安藤(あんどう)


 ヨレヨレの白衣を纏っていて、頭は薄くなった白髪をオールバックにしているが、目尻にシワが目立つせいで柔和な印象を受ける。


「君子危うきに近寄らず」そんなスタンスの安藤だったが、最近考えが変わる…ある出来事があった。


 だから今は、助手の土井口(どいぐち)青年にトラックを運転してもらいながら、その能力者が移動すると予測される地点へと向かっている。


「博士…。本当に会うんですか?」

 ズレた丸メガネを掛け直し、不安そうに土井口青年が口を開く。


「もちろん」

 安藤博士は自嘲気味な笑顔を交えて返す。


「…今からでも考えなおしませんか?」


「しかし、もう決めた事だからなぁ。それに不測の事態が起こった時、対応出来る適任者は我輩が一番じゃろうし」


「そうかもしれませんが…。怖くないんですか?」

「うーむ…?怖くはないな。ただ、憂鬱な気持ちと、期待する気持ちとが、半分ずつじゃなぁ」


「期待?」

「そう、期待じゃ」


 安藤博士は、その能力者に会うつもりでいる。

 どうしても最期に、即死させる能力者と話がしたかったのだ。


 ガタガタと路面の悪い道を進み、トラックが目的の場所へと到着した。

 二人はトラックから降りると、荷台に乗せていた大型の球体をトラック備え付けのクレーンで降ろす。


 この大型の球体は、いわゆる秘密兵器というヤツだ。

 秘密兵器とはいっても攻撃を目的としたものではないが。


「土井口くん、ありがとうな」

「そんな!僕は何も…。それに、お礼を言うなら僕の方こそです」


「…フフ。さてと!そろそろお別れじゃな。すぐにココから離れなさい、もうすぐヤツが来る頃合いだから」

「分かりました…。そうだ、頼まれてたコレを渡しておきます」


 土井口青年が紙袋と飲料水を渡した。

 紙袋の中身はアンドーナツ、最後の晩餐にと頼んでおいたものだ。


「もし博士の気が変わったなら、また会いましょう!」

「我輩も、そう願っているよ。さようなら、土井口くん」


 二人が握手を交わすと、助手の土井口青年は再びトラックに乗り、元来た道を帰ってゆく。


 彼は最後まで別れの言葉は口にしなかった。

 それを少しだけ残念に思いながら、安藤博士は彼の乗ったトラックを見送ったのだった。



 ────そして数分後、ヤツが現れた。



 即死させる能力者。

 見た目は、まぁ…美少年に分類されるか?

 年齢は中高生ほどだろう、顔立ちは整っていて、飾り気のない服装も相まって無機質な印象を受ける。


「ふむ、時間通りか…計算通りで狂いもない。問題はここからじゃなぁ…はぁ~」


 半分ある憂鬱な気持ちが安藤博士に大きなため息をつかせた。


「…誰だよ、お前?」

 感情の起伏がない声で、即死させる能力者───通称『死神』が訊ねてくる。


「うん、まずは自己紹介じゃな。我輩は科学者である、名前は安藤」

「はぁ…?その科学者が何か用か」


 面倒くさいと言わんばかりの気だるい態度で雑に返事をすると、死神は辺りを見回しはじめた。


「ここには私とキミしか居ないよ、安心したまえ」

「…別に心配はしてない、俺を殺そうとすれば自動的に能力が発動するし、殺そうとしてきたヤツは死ぬだけだ」


「うんうん、知ってるよ。キミの能力は誰もが知っている。普通は手を出さない」

 そして、関わろうともしない…とまでは言葉に出さなかった。


「君と最後に…色々と聞きたい事や、話したい事があってね。ここで待っていたのじゃ」

「最期ね…、ソレってお前の最期ってことか?」


「そうじゃよ?…まぁ、少しだけでいいから雑談でもしないか?」

「…は?ソレって俺に何かメリットがあるのか?」


「あるか無いかで言えば確実に『ある』。デメリットも特に無し、話くらい良いじゃないか」

「ふーん…。フン、お前もアレか?」


 死神が何かを思い出したかのように、博士を一瞥する。


「アレとは?」

「最近、武装したジジババ軍団が襲って来る事が多いが、お前も連中と同じで使い捨ての決死隊みたいなもんだろ?」


 武装したジジババ軍団───

 この死神の場所が分かった時、武装して向かう老人達がいた。

 博士にも心当たりがある。


「んー?…ああ!彼らは別に使い捨てにされているワケじゃないぞ」

「そう思わないとやってられないとかか?老い先短いし、特攻みたいなマネさせられるのは哀れだな」


 なるほど、死神にも人を哀れむ感情はある…のかもしれない。


「うーん、ハズレじゃなあ…。彼らは彼らの意思でキミに襲い掛かったんじゃよ?」

「…即死させる俺を止めようって正義でも気取ってるってことか?いい迷惑だ」


 少しだけ死神から感情が出た気がする。

 しかし、それは殺すのが嫌だから迷惑…という意味では無さそうだ。

 ただ鬱陶しいという、そういう理由で迷惑と言ってる気がする。


「いやぁ、それも見当外れじゃな。彼らは別に正義感で動いた訳ではないし、キミを倒そうとした訳でもない」

「あぁ?じゃ、何で襲ってきたんだよ。全員ボケ老人だったってか」


「惜しいのう、だが半分は正解と言ってもいいぞ?」

「ウゼエ爺だ、もったいつけてないで答えだけ言えよ」


「おーおー、怖いのう」

 博士は半ば諦めたような、失望したような視線を死神に向けた。


「…まぁ、答えようか。あの老人達は死にたいから、キミに攻撃を仕掛けたんじゃよ」

「はあ?」


「決死隊というか自決隊って感じじゃな、ハハハハハ」

 博士は答えたが、死神は疑問符を頭に浮かべるような顔を見せる。

 理解できていないのだろう、死神を利用したということに。


「要するに、気軽な安楽死装置があるならソレを使いたい…ってコトなのかもしれんな」


 死神には攻撃を加えようとした相手を全自動で即死させる能力がある。

 おそらく苦しみも何もなく、一瞬で無に返る。

 死んだ老人達にとって死神は…救いの神だったかもしれない。


「ハッ…じゃ、お前も安楽死に来たって事か?」

「いいや、我輩は違うよ。…まぁ、自決した彼らの気持ちも分からんでもないがね?…老いは怖いしなぁ、超こわい」


 何の表情も浮かべない死神に対し、博士は彼ら老人達の心情を代弁するように言葉を続けた。


「免疫力も落ちるし、関節痛や腰痛、肩こりにも悩まされ、時間と共に身体はボロボロになってゆく───」

 博士は自分の背中を押さえ、大袈裟に仰け反って腰を伸ばした。


「それだけならまだしも、ボケてしまう恐怖があるからのー?自分が自分で無くなるのは怖いぞー。想像できる?」

「知らないね、俺には関係ない事だ」


「関係ないと来たかぁ…」

 まだ子供とも呼べる年齢だろう、想像なんて出来るハズもない。


「キミの事は色々と調べたがね?身体の成長は間違いなくしているようだし、先の長い話だが…50年後、60年後にはキミも老人になっているじゃろうて」

「だから何?そんな先の事なんて考える必要はないだろ」


「あるんじゃよなぁ。老化…それはキミも例外ではないという事だがね。まだ先の事とはいえ、即死させる能力を持ったボケ老人が爆誕!とか…超こわくない?」

「爺が…、バカにしてんのか?」


「まあ怖い!バカになんかしておらんぞ?我輩は至って真面目じゃ」

 博士は顎に手を当て、まじまじと死神を見た。


「危険運転で若者を轢き殺すボケ老人だけでも厄介なのに…。キミがそんなボケ老人になった場合、被害のスケールがヤバい事になると思わないか?」

「どうでもいいだろ。というか、この話のどこが俺にメリットがあるんだよ」


「せっかちじゃなぁ、雑談くらい良いではないか…。それに、この話だってキミにとってのメリットは確実にあるんじゃぞ?まぁ、我輩の知的好奇心を満たす意味も多少はあるが…。この会話はギブアンドテイクってやつじゃな」


「無駄話にしか思えないな。メリットがあるってのも信用出来ないね」

「うーむ。それなら、キミにとって関係ない…メリットが無い話をしたら我輩が即死するように、キミの能力を調整すれば良いのではないかね?」


「そうだな、そうさせてもらう。話にメリットが無ければ、お前は即死する」

 博士の提案に死神は乗ってきた。


「話が早くて実に助かる。では、続きといこうか」

 博士は片方の眉を上げてニヤリと笑う。

 死神には色々と聞きたい事があったのだ。


「キミは時間も殺せるのか?」

「意味が分からないな」


「そうか、分かってない感じか…?まぁ良いか、矛盾の塊みたいな存在だものな」

「何が言いたい?」


「次の質問に移りたいだけじゃよ…。キミは自殺しようとしたらどうなるんじゃ?自殺しようとする自分を自動的に殺すのか…その自動的に殺そうと発動する能力をさらに殺すのかね?」

「くだらないな、そんな質問のどこにメリットがあるんだ」


 メリットが無い話をしたら自動的に死ぬ───


 そうやって能力を調整したのに博士は死んでいない。

 この質問にメリットがあるのは確実なのだろうが、死神は不愉快だった。


「なんかイライラしておるのぉ、我輩は聞きたいだけなのに。腹でも減っておるのか?…そうだ!アンドーナツでも食べるかね?」

 博士は紙袋を死神に差し出す。


「何だ急に…、毒でも入ってるのか?だとしても無駄だな。毒が入ってるモノを俺に渡せば、危害を加えようとした判定で、お前は即座に死ぬ事になる」


「失礼じゃのー。あー、でもあれかぁ!糖分、油に炭水化物…。体に毒とも言えるし、毒と判定されたら殺されるかぁ」

 博士は差し出した紙袋引っ込めると、簡易なテーブルと椅子を用意して席に着く。


「キミも座りなさい。積もる話はまだまだあるからのう。アンドーナツは心配しなくていい、責任を持って我輩が食べておこう!食べ物は粗末にしてはいけないからな」


 博士はアンドーナツを頬張ると咀嚼し、よく味わいながらのみ込んだ。

「うむ、んまい」


「チッ…、イラつく爺だな」

 博士を横目に死神も席に着く。


「あまり質問に答えてくれておらんが…、仕方ないか。次の話に移ろう」

 アンドーナツを食べ終えて飲料水を飲み、一息ついた博士が再び話を切り出した。


「手短にしろ」

「まぁ、努めるよ」


 博士は席から立つと、クレーンで降ろしていた球体に触れてポンポンと軽く叩いた。

 ソレには丸い窓と扉が付いていて、中に入れるようになっている。


「この球体、気にならんか?」


「別に、興味がない」

 死神は素っ気ない返事をする。


 本当に興味が無いのだろう、目立つ場所にあったにも関わらず、話題に挙げるまで、死神はコレを無視していた。


「そうか、では説明しよう!」

 博士はそんな死神の言葉を無視し、話し始める。


「これはな?究極☆健康!絶対生命維持・栄養素ウルトラ自動補完☆メンタル安泰・太陽&ブラックホールだろうと超余裕!完全完璧コックピット…じゃ」


「は?」

 死神が意味が分からないという声を出す。


「…うぉっほん!略して、絶対安全カプセルと言った所かの?」

「だからソレがどうした」


 博士は絶対安全カプセルを撫でる。

 するとソレはプシューという音を立てながら扉を開いた。


「手短に言うが、コレに入ってくれんか?」

「入るワケないだろ」


「大丈夫!絶対に危害はないし、コレに入っても酸素も温度も適度に保たれる上、重力制御もバッチリ!なんなら食事も排泄もする必要がなくなるスグレモノなんじゃけど?」

「知るかよ、どうせ入ったら二度と出れない仕掛けでもされてるんだろ?」


「ご明察…と、言いたいが。まだそんな状態ではないのう?自分の意思で出入り自由じゃよ、それに君なら万が一の事があっても絶対安全カプセルも殺せるだろうから問題あるまい?」


「めんどくさいな、お前が入れよ」


「ああ、別にかまわんよ?」

 博士は二つ返事で絶対安全カプセルに乗り込んでみせた。

 だが、扉は閉まらない。


 博士はカプセル内部に用意されているフカフカしたものに腰を落とすと、両方の掌を広げ首をかしげてみせた。


「この絶対安全カプセルはな?当初の予定だと巨大ロボットのコックピットになるハズだったモノなのじゃ…」


 博士はポケットから紙切れを取り出すと、これ見よがしにソファーに置き、話し始める。


「我輩の孫はそういうのが好きで、ロボットに乗りたいとお願いをされた事があってのう。巨大ロボットを造るには色々と問題があるが、コックピットが一番の課題でな、それをクリアする為に作っていたモノが元になっておるんじゃ」


 博士は懐かしむようにカプセルの内部に触れた。

「最初はここまで仰々しい機能は無かったがのう。キミを生かし続ける為に造り変えていったら、こういうモノが出来上がったのじゃよ」


「ふーん」

 やはり興味がないといったように、死神は雑な返事をする。

 だが、博士は話を続けた。


「我輩の孫はイジメられてての、それに気付いてやれなかった…。ある時、キミに対して攻撃を仕掛けてこいとイジメっ子達に無理難題を吹っ掛けられてのう。結果はもう分かるじゃろ?」


 博士は大きなため息をつくと、自嘲したような笑顔を浮かべる。


「我輩の孫も、どうなるかくらい分かっていたと思う。だが、イジメ続けられるより死んだ方がマシと思ったんじゃろうなぁ…。心優しい子じゃったよ、だからかな?迷惑を掛けたくないと思ったのかな?最期まで誰にも相談しなかった…」


 まるで関係の無い話にしか聞こえない。


「そんな原因を知らない我輩の息子や義理の娘は、仇討ちとばかりにキミに挑んだよ…。結果は言うまでもないがな。我輩は最期まで後手後手じゃった、本当に情けない」


 博士の話からは、メリットも何も見えてこない。

 だが、博士は死ぬこともなく話を続けている。

 まるで懺悔のように。


「しかし今さら悔いた所で、もう誰も戻ってはこない。コックピットになるはずだったモノも孫を失い、本来の役割がなくなってしまった───なぁ、これを聞いて…キミは何を思う」


「あん?何か言ってたのか、聞いてなかった」

 死神は、余所見をしていた。


 誰にも殺せないという自負があるからだろう、物事に無頓着なのかもしれない。


「そうか…話が長かったな、すまない。簡潔に言おう。キミを利用して自殺する者に対し、何か思うことはあるかね?」

「別に何も?それに、自殺する方が悪いに決まってるだろ、自業自得だ」


「フフ…そうか、それがキミの答えか。良かった、本当に良かった」

 安藤は心の底から安堵したように言葉を溢した。


 その顔には微笑みが浮かんでいて、清々しいものだ。


「意味がわからないな?ていうか、お前まだ死んでなかったのか」

「ああ、我輩に迷いがあるからだろう。死んでないのは」


 博士はカプセルから外に出ると空を仰ぎ見る。

 そこには、雲一つない青が広がっていた。


「?」

「気にしなくていい。きっとキミという存在が…力に溺れる迄には至っていないと感じたから、僅かな可能性を感じているだけに過ぎない。我輩も煮え切らない男じゃな」


 博士は腕時計を見ながらため息をついた。


「しかし、即死させる能力か…」

「文句でもあるか?」


「いいや、普通の人間たちとは違って特別じゃなぁと思ってな…。才能とも違う」

「へー?じゃあ、お前は特別じゃ無いんだな」


「そうじゃな、我輩は良くも悪くも普通じゃったよ。生まれてから産声をあげ、まずは呼吸をするようになる。少しずつ、色んな事を学びながら出来るようになっていく」


 昔を懐かしむように、博士は語る。


「パジャマのボタンをかけれるようになる、箸を持てるようになる、自転車に乗れるようになる…。そんな些細な積み重ねをしながら、成長するのが我輩たち…普通の人間じゃな?」

「なんだ、説教か?」


「まさか?人はそれぞれ考え方が違う。キミのような人間が居てもいいさ。しかし、人間たちとキミは真逆の存在だなぁと、改めて思っただけじゃよ…」


 博士はわずかに残っていた飲料水を飲み干す。


「人間は、先人達の知識や技術を受け継ぎ、未来へ紡いでいく…。火をおこし、電気を生み出し、使い、さらに進化、発展させてきた。そしてキミは、全てを終らせる者…か。我輩は科学者だというのに、キミと似たような事をしでかしている。本来は次世代へ紡ぐ為の知識だと言うのにな」


「回りくどいな、じゃあ望み通り終わらせてやろうか?」


 博士は死神の言葉に返事を返さなかった。


「…なあ、キミという存在を除いて地球を転送させると、キミ自身がどうなるか知っているか?」


 再び博士が口を開いたが、それは無機質な声色に変わっていた。


「急に何の話だ?」

「地球の自転による遠心力が残り、軌道からそれて宇宙へと放り出される。…これは分かるな?」


 これまでとは違う、仕事中であるかのような雰囲気。

「キミに干渉する事そのものが危険ならば。キミを除く全ての人たち…いや、生き物たちを別の太陽系に…地球や月ごと引っ越しさせる」


「は?」

「もちろん、ソレだけではキミに危害を加えたことになる可能性は大いにある」


 豊かだった表情は消え失せ、博士は淡々と喋り続ける。


「だが、キミを絶対に生かす舞台を整えた後ならば?キミが絶対に生き続けられる環境を残し、逃げてしまえば…キミという存在に二度と関わらずに済むのでは?」


「そんなことができるものか!」

「できるさ、我輩達なら出来────」


 博士の言葉はそこで途絶えた。

 塵一つ残さず、即死したのである。


「できるにしても、それをさせる訳ないだろう?」

 何の感慨もなく、死神は即死させる能力を行使した。

 自動的に殺す以外にも、当然ながら自分の意思で即死させる事も出来るのだ。


「やれやれ…、聞いておかなきゃデメリットだったってことか。そんなの不可能だろうけど、万が一もありえるからな。死んで貰ったよ…って、聞こえてる訳ないか」


 死神は絶対安全カプセルを一瞥した。


 中には紙切れが一枚置いてある。

 博士がカプセルに入った時に置いたものだ。


「本当にくだらない爺だったな。…どうでもいい」


 死神はカプセルを無視して歩きだした───


 そして、500メートルほど歩いた頃だろうか?

 目の前に巨大な青い壁が現れたのは。


 即死させる能力を駆使しても壁が壊せない。

 これは危害を加えるモノではないと判断し、死神は迂回しようとした。


 だが、いくら回っても青い壁は途切れない。

 さすがに不審に思った死神は、いったん科学者と会った場所へと戻ってきた。


 あの科学者が何かしたと思ったのだ。


 科学者本人は既に死んでいるから問い詰める事はできないが、残したモノにヒントがあるかもしれないと思った。


 安全カプセルの中、そこに紙切れが一枚置かれている。

 ここに入って扉が閉まった所で、問題はない。


 絶対安全カプセルなど、即死させる能力ならいつでも消し炭に出来るからだ。


 死神はカプセルの中に入って、博士の残した紙切れを手に取った。

 と同時に、プシューという音と共に扉が閉まる。


 死神は思わず鼻で笑った、想定通りすぎたからだ。


 カプセルの中は光源らしいものは見当たらないのに明るかったし、温度も適温のようだ。

 博士が言ってたように快適ではある。


 死神はカプセル内部に腰掛けると、紙切れを見てみた。


 どうやら、手紙のようである。



『この手紙を読んでいるという事は、きっと我輩は既に殺されているんじゃろうな。


 そして予想じゃが、我輩が計画の事を話し、その瞬間に我輩を殺し、計画を阻止した───


 と、思っているんじゃろうな?


 しかし、我輩とキミが会った時には、計画は実行済みであるから安心して欲しい───』


「…なに?」


『そもそも阻止される可能性があるのに、ペラペラと計画を喋る者なんておらんじゃろうて。


【我輩とキミだけ】を残し、地球は別の太陽系に転送済み。

 我輩は最初、その事についても言ってるじゃろうが…気付くかな?


 まぁ、他人に無関心なキミが気付くとは思えないが、それはどうでもいいか。


 この手紙を読んでいるなら、カプセルに入ったのだろう?

 ならば、外を見てみるといい───』



 死神は窓から外を見る。

 すると、今までいた場所が徐々に崩壊していく姿が見えた。


 青空だと思っていた青色、それに亀裂が入り、宇宙が見える。


 ───今までいた場所、あの青い壁の正体、あれは巨大なドームを形成していたモノだったのだ。


 今まで地球だったと思っていた場所が無くなり、死神はカプセルと共に宇宙を彷徨い出したが…何故か不安も焦燥も湧いてこなかった。


 死神は再び手紙を見始める。


『絶対安全カプセルの説明も、我輩は伝えただろう。

 伝えた事で、生き続ける手段をキミは把握し、準備は全て整った───


 精神も常に安定させるようにしてある。

 危害を加える訳にはいかないからのう、怒りも不安も悲しみも、全てフラットに保たれるような仕掛けを施しておいたよ。


 眠る事も、狂う事も出来ないから安心してほしい。

 我輩はキミを絶対に生かし続ける。


 地球がなくとも、生きていける環境さえあれば、キミの即死カウンターは発動しないと踏んだ。


 しかし万が一の事を考え、我輩も残る事で、さらに即死カウンターの可能性を下げる。


 我輩自身が、キミのメリットとなりうる。

 それだけの事じゃ…。


 我輩と一緒なら、転送した地球まで戻る事も容易かろうし───


 我輩達だけ残し、地球を転送させたら何が起こるか分かるかい?


 取り残された我輩達のいる部分は、地球の自転による遠心力で軌道を離れ、現在地の特定が困難になってしまう。


 だから、転送させた地球の位置と、我輩達が宇宙に放り出された位置との計算が必要となる訳じゃ。


 転送するにも、起点となる場所は必ず必要になるのじゃよ。

 今、この手紙を書いてる時も時間はしっかりと見ておるし、その計算もしておる。


 …この計算が無駄にならんよう、祈るばかりじゃが。今、やっぱり手紙を読んでいるんじゃよなぁ。


 ───実はな?


 キミがもし、他者を殺してしまうことに心を痛める優しい者だったなら。

 我輩は深く反省し、再び地球と合流するために全力を尽くすつもりじゃったよ。


 キミの能力を取り除く事は出来なくとも、一人の人間として、幸せに生きていける道を一緒に模索出来たかもしれない。


 そういう期待を…この手紙を書いている時はしているが。

 残念ながら、そうはならなかったのじゃろうな。


 我輩としても無念だが…。

 結果として、この方が良いのかもしれない。


 親を失ったみなし児達や、子供を失う親達を…これ以上、見たくはないから。


 どうか人類の事は、そっとしておいてくれ。


 …さて、もう手紙に書くことも無くなってしまった。

 しいて言葉を残すなら、そうじゃな───』


 博士の手紙は最後にこう締め括られていた。


『キミの生きている時間は、キミが殺してきた者達が生きたくても生きていけなかった時間だ。だから、その時間を大切に生きていきなさい…』



 ───手紙を見終わった死神は、自分自身を即死させる事を試してみた。



 しかし、何も起こらない。



 次に、絶対安全カプセルを即死させる事も試してみた。




 しかし、何も起こらない。






 何も、起こらなかった────


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